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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2009年2月21日

安比奈線再訪。(上)

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▲入間川の河原を目指して雑木林を一直線に貫く安比奈線の線路。"休止”から42年…まるで時間が止まったような光景が展開する。'09.2.21
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3月末に発行を予定している新刊本の取材で、今日は久しぶりに西武鉄道安比奈線に行ってきました。安比奈線といえばトワイライトゾ~ンでも幾度となくご紹介していますが、個人的にもたびたび訪れており、1970年代はじめの最初の訪問から指折り数えてみると、かれこれ十数回も足を向けていることになります。

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▲西武新宿線南大塚駅西側(左)には橋上駅舎化された現在でも安比奈線の接続線路が残る。南大塚駅下り方に分岐した安比奈線は、すっかり住宅地と化した中を進む(右)。'09.2.21
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武蔵野鉄道と合併以前の旧・西武鉄道が南大塚-安比奈間3.2㎞を結ぶ「安比奈線」を開業したのが1925(大正14)年2月15日。入間川からの砂利運搬を主目的にしたこの安比奈線は、1923(大正12)年におこった関東大震災の復興用砂利需要の急増を背景に、旧・西武鉄道にとって重要な貨物線となってゆきます。

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▲南大塚駅から大きく曲線を描いて西へ進路をとった安比奈線は国道16号線を横切り、ひたすら直線で入間川を目指す。画面右奥が南大塚駅方向。'09.2.21
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戦後、1949(昭和24)年5月2日付けで安比奈線は電化され、さらに新・西武鉄道は安比奈の採砂場に旧鉄道聯隊の車輌や資材を大量に導入して、戦後復興に呼応した増産体制を確立します。東京オリンピック(1964年)を前にした建設ラッシュ時には一日7~8往復もの貨物列車が行き交ったと伝えられますから、当時の安比奈線の活況ぶりがうかがい知れます。

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▲線路用地内は原則として立入禁止だが、長い年月の間に地域住民の通路代わりや、時として家庭菜園などに使われてもいる。トワイライトゾ~ンとしてのみならず、模型的視点でも興味をひかれる光景が随所に展開している。'09.2.21
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そんな安比奈線が使命を終えるのは昭和40年代初頭のことでした。1967(昭和42)年の入間川の川砂利の採取禁止が致命的で、以後は廃貨車の解体場などとして使われるだけとなっていたようです。これまでにもご紹介してきたように(アーカイブ「“西武安比奈線を歩く”開催」「発見!安比奈線列車写真」「衝撃!安比奈はED14だった」参照)、安比奈線に最後に列車が走ったのが何時なのかは、いまもって詳らかになっておりません。

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▲2月も後半となって安比奈の地もすっかり早春の彩り。沿線のいたるところで梅の花が咲き乱れている。'09.2.21
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列車が走らなくなってから40年あまり、特筆されるのはこの安比奈線、今もって「休止」状態にあることです。一般誌ではたびたび廃線跡として紹介されておりますが、国土交通省の『鉄道要覧』最新版でも事業者・西武鉄道の項目に「安比奈線」はしっかりと記載されており、同社の路線総延長177.0㎞には安比奈線の3.2㎞も算入されています。一般に目にする路線図にこそ記載されていないものの、極めて特殊な例ながら、2009年の今日現在でも、西武鉄道安比奈線は歴として生き続けているのです。

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