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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2009年2月20日

駒吉さんの石油発動機関車。

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▲南筑軌道10号機の牽く列車。もともとが面妖な外観に加え、さらにヨレヨレの状態となってしまっている。この珍奇な機関車が、実は世界の内燃車輌史に記録されるべきものであった。(RMライブラリー『石油発動機関車』より)
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最近では模型製品化されるなど多少なりともメジャー(?)となってきた感のある「石油発動機関車」ですが、多くの方にとっては、ただの珍奇なゲテモノとしか連想されないのではないでしょうか。今月のRMライブラリーは、創刊以来恐らく最もマイナーなテーマとなるであろうこの「石油発動機関車」を取り上げた、湯口 徹さん渾身の一冊です。

090220n001「石油発動機関車」は大阪難波で鉄工所を営んでいた福岡駒吉さんが独自に考案したもので、動力に小型の船舶(いわゆるポンポン船)で使用されていた焼玉エンジンを用いた歴とした「内燃機関車」です。初めての試走は1903(明治36)年。日本に自動車が渡来したのが1898(明治31)年ことと伝えられていますから、それからわずか5年後のことです。これが日本における国産内燃機関車第一号であり、なにより特筆されるのは、駒吉さんが何の模倣するわけでなく、一から独自の設計でこの機関車を作り上げたことです。

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▲ほとんど“文明開化”時のポンチ絵のような石油発動機関車特許申請図の数々。特許から傍証を固めてゆくのは湯口さんならではの研究手法。(RMライブラリー『石油発動機関車』より)
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当初の出力はわずかに5馬力で、牽けるのは小さな客車1輌程度。さすがに出力不足は否めなかったらしく、のちに7馬力にバージョンアップされています。「国産第一号」とは言うものの、実のところ、駒吉が目指したものは、当時各地にあった馬車鉄道における「馬の代替」、文字通りの“アイアンホース”でした。

090220n003駒吉さんのこの機関車は、試走の翌年、1904(明治37)年に筑後馬車鉄道が大量に購入したのを皮切りに、当時九州北部に路線網を張り巡らせていた小軌道で矢継ぎ早に採用されました。しかし、その信頼性は決して芳しいものではなく、実際には複数の部品取りを保有して1輌を動かすというのが実態だったようで、1920年代にはそのほとんどが姿を消しています。最後まで石油発動機関車を使用していた南筑軌道が1940(昭和15)年に廃止され、石油発動機関車は永久にその姿を消したのです。
▲“所主 福岡駒吉”の名義で出稿された福岡鐵工所の『日本工業要鑑』(1907年)広告。祐徳軌道の石油発動機関車が「内務省軌道条例に依りて許可せられたるもの」として紹介されている。(RMライブラリー『石油発動機関車』より)
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▲牧野俊介氏撮影による南筑軌道石油発動機関車の末期の姿。趣味者が写した石油発動機関車の写真は、IWコレクション以外は、牧野さんが南筑を写した一連の作品くらいしか残されていない。(RMライブラリー『石油発動機関車』より)
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このように1輌の保存車もなく戦前に消滅し、写真はもとより、残された資料も非常に少ない石油発動機関車ですが、本書はわが国の内燃車輌研究の第一人者・湯口 徹さんが綿密な検証により、初めてその知られざる実態を掘り起こした画期的な一書です。それにしても、決して成功は収めなかったものの、模倣ではなく独自の設計を貫き、わが国初、いや国際的にも超初期の内燃機関車を生み出した福岡駒吉さんの評価は、いま一度見直されてもよいはずです。

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