鉄道ホビダス

2009年2月アーカイブ

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▲ディーゼル・エレクトリックのDE601を先頭にしたシャトルトレインを見学するツアー参加者たち。'09.2.20 太平洋石炭販売輸送臨港線春採駅 P:釧路臨港鉄道の会
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先月、小ブログで開催をお知らせした「釧路臨港鉄道の会」がJR北海道と力を合わせて計画した「冬のSLと石炭のマチ・釧路 ~SL冬の湿原号撮影・乗車と釧路の石炭産業・鉄道名所を体験する3日間~」(アーカイブ「釧路の鉄道の魅力を満喫できる3日間」参照)はキャンセル待ちまで出るたいへんな人気となり、先週末に実施されました。折しも北海道地方は台風並に発達した低気圧の直撃を受け、新千歳空港をはじめ道内交通機関はたいへんな混乱だったようですが、幸いにも釧路地方はそれほどの被害もなく、ツアーは予定通りに催行されました。釧路臨港鉄道の会の皆さんから詳細なツアーレポートが届いておりますので、一週間遅れでツアーを擬似体験していただくことにいたしましょう。

090228n004■くしろ海底力モニター見学会&体験会
「冬のSLと石炭のマチ・釧路」
~SL冬の湿原号撮影・乗車と釧路の石炭産業・鉄道名所を体験する3日間~

今回のモニター体験ツアーは、釧路の商工会議所、市役所、観光協会などでつくる「くしろ圏広域観光推進コンソーシアム」が、経済産業省の支援事業の認定を得て実施したものです。簡単に説明しますと、特徴的な資源や食材など(いわば地域の“底力”)を観光集客に活かしていく事業で、“海底”炭鉱にかけて「くしろ海底力(そこぢから)プロジェクト」と銘打って、「産業観光」をはじめとする、さまざまなプログラムが進められています。
釧路は厳冬の風景の中を行くSLや炭鉱鉄道など地域資源に根ざした鉄道産業への注目も高く、石炭のマチ・釧路のオンリーワンの魅力を組み合わせた「産業観光プログラム」をレイルファン向けに提供することで、旅行商品として成立するか、ニーズや課題を把握するのがこのツアーの目的です。
▲和商市場では名物「勝手丼」を賞味。どんぶり飯に“勝手”に豊富な海産物をのせて食べる釧路ならではの味。
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▲DE601の運転台を見学。後ろのエンジンルーム点検扉も開放され、キャタピラエンジンを見ることができた。'09.2.20 太平洋石炭販売輸送臨港線春採駅 P:星 匠/佐藤邦弘
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とはいえ、「ファンの気持ちはファンに聞かねばわからない!」ということで、私たち釧路臨港鉄道の会の出番となり、企画からガイドまでお手伝いさせていただくこととなりました。

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▲吹雪をついて春採へ戻る返空列車を撮影。'09.2.20 太平洋石炭販売輸送臨港線知人-春採 P:釧路臨港鉄道の会
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3日間のツアーはJR北海道釧路支社と同コンソーシアム共同企画による羽田発着の体験プログラムで、『編集長敬白』をはじめとするネット告知だけでしたが、約2週間で定員を超えるお申し込みをいただきました。人数限定のため参加いただけなかった皆様には申し訳なく思っております。

090228n005さて、2月20日(金)午前、23名の参加者が、たんちょう釧路空港に到着しました。首都圏だけでなく東北、中部、関西、中国など全国各地よりお越しいただいたようです。
雪の少ない冬の釧路らしく、凛と澄み切った青空の下、冷気で頬を赤らめたお客様をお出迎え…のはずだったのですが、この時期には珍しく低気圧に直撃されてしまい、予想外の雪と風の中でのツアーとなりました。
▲吹雪に耐えて列車を待つ参加者の皆さん。'09.2.20 太平洋石炭販売輸送臨港線知人-春採 P:星 匠
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▲吹雪の中、春採湖畔を駆けるシャトルトレイン。'09.9.20 太平洋石炭販売輸送臨港線知人-春採 P:釧路臨港鉄道の会
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まずは、市民の台所「和商市場」で名物の勝手丼などを味わってもらい、ラッコのくぅちゃん人気に沸く幣舞橋を通って、「釧路の運炭列車」の基地、太平洋石炭販売輸送春採駅を訪問しました。

090228n006同社のご配慮で、電気式ロコDE601やロッド式のD401などを撮影、形式写真には悪条件でしたが、DE601の運転台見学や点検扉を開けてキャタピラ製V型エンジンを見せていただき、整備庫では全検ですっかり綺麗に整備されたD701をみることもできました。列車の運行時刻となり、選炭工場ポケットへの入線を構内で見学させていただいた後、春採湖岸の通称・沼尻ポイントへ移動、撮影スタンバイを待って列車を出発してもらい、吹雪の中を行く運炭列車を往復撮影しました。
▲C11 171の入庫を撮影。'09.2.20 JR北海道釧路運輸車両所 P:釧路臨港鉄道の会
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▲当日は運用の無かったC11 207だが有火で、足回りには点検灯をスタンバイしていただいた。'09.2.20 JR北海道釧路運輸車両所 P:釧路臨港鉄道の会
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続いて、JR北海道の釧路運輸車両所を訪問、近年は立ち入りが許されなくなった機関庫に入って撮影するのが目的です。C11 171の入庫を屋外で撮影し、庫に入って帰区点検の様子を安全なエリアから撮影後、2輌のSL(どちらも有火)の撮影と運転台の見学タイムとなりました。ここでも社員の皆さんが警備から点検灯のスタンバイ、通路の除雪まで一生懸命支えていただき、ツアー参加者の撮影マナーもすばらしく、予想以上にスムーズに進み、石炭の積み込みまで見せてもらうことができました。
(つづく)

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090227n001.jpg一ヶ月ほど前にエコーモデルの阿部敏幸さんと片野正巳さんの対談をご紹介した際(アーカイブ「片野さん、阿部さん おおいに語る」参照)にも触れましたが、今年で創業36年を迎えるエコーモデルが築き上げてきた独自の世界をあらゆる方向から一冊に凝縮した『昭和の鉄道と暮らし ~エコーモデル・その世界~』が本日発売となりました。この単行本、80分の1に縮小された模型の世界のみならず、「昭和」をキーワードに、実物ファンの皆さんにも充分楽しんでいただけるコンテンツがいっぱいです。

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▲今はなき伝説の「城新鉄道」の全貌がはじめて詳らかになる(左)。のちに映画「ALWAYS 三丁目の夕日」に協力するエコーモデルのスタンスはこの「城新鉄道」時代からまったく変わっていない。(『昭和の鉄道と暮らし ~エコーモデル・その世界~』より)
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▲“記録魔”の阿部さんゆえ、「城新鉄道」建設のプロセスは1961(昭和36)年の着工時点から克明に残されている。今回はそのアルバムから完成までの歩みを詳細に紹介。(『昭和の鉄道と暮らし ~エコーモデル・その世界~』より)
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『鉄道模型趣味』誌1966(昭和41)年5月号(№215)でいきなり「ドラムカンの利用」を発表され、以後、ご自身のレイアウト「城新鉄道」にまつわるさまざまなシーナリィやストラクチャーが同誌誌上を飾ってきた阿部さん。その一連の記事が当時ホームレイアウトを夢見たモデラーにどれほどのインパクトを与えたかは計り知れません。ところが意外なことに、これまで「城新鉄道」そのものがまとめて発表されることはありませんでした。技術的にもマインド的にも常に“進化”してゆくなかで、既設の「城新鉄道」にご自身として不満が生じてきたからにほかなりませんが、今回は日本のレイアウト史上にきちんと記録されるべきと“説得”し、今は解体されてしまったその全貌と製作工程を詳細にご紹介しております。

090227n011.jpgさらに注目いただきたいのが、阿部さん撮影の実物写真の数々です。「私の鉄道趣味の中で軸足を置いているのは常に模型であり、写真はその資料を得るため、また再現したい情景をフィックスするための程度…」(本書より)とおっしゃる阿部さんですが、なかなかどうして、そのカメラアイは驚くべきものです。「エコーモデル“原点”への旅」の章では、信じられないバイタリティーで全国を行脚されていた1960年代の鉄道情景の数々が、次第に非電化ローカル私鉄へと傾倒してゆく「城新鉄道」への思いとシンクロしながら展開してゆきます。
▲エコーモデル前夜、阿部さんは魚の行商を思わせる25㎏もの撮影機材を背負って全国を行脚していた。「“原点”への旅」では後年エコーモデルのバックボーンとなってゆく情景をふんだんに紹介している。(『昭和の鉄道と暮らし ~エコーモデル・その世界~』より)
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▲全国のローカル線、地方鉄道を巡る撮影行は、次第に車輌そのものより駅周辺の情景やストラクチャーへと向けられてゆくようになる。(『昭和の鉄道と暮らし ~エコーモデル・その世界~』より)
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090227n004.jpg「阿部敏幸が見つめた“昭和の東京”」の章も必見です。撮影旅行で全国を行脚される合間にも、阿部さんは昭和30年代から地元・東京の日常を丹念に撮影されてこられました。その被写体は鉄道のみならず、路上の靴磨きから板塀、垣根、物干し、はたまた白木屋デパートのストッキング売場にいたるまで、よくぞこんなもの(失礼!)にまでカメラを向けられたと思うさまざまな「昭和」が誌面を埋め尽くしています。
▲昭和30年代から40年代初頭にかけて、阿部さんは実に細かく「東京」を写し込んでおられる。その名も「昭和の東京」では、32ページにわたってその貴重な記録をダブルトーン印刷で再現。(『昭和の鉄道と暮らし ~エコーモデル・その世界~』より)
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▲今はなき日車蕨工場内で撮影された新幹線試作車の木製モックアップ(左)。はとバスの外国人観光客や駅頭の両替所など、見逃されがちな情景がきちんと記録されているのは驚き。(『昭和の鉄道と暮らし ~エコーモデル・その世界~』より)
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あらためて本書を通観してみると、阿部敏幸さんが、そしてエコーモデルが追い求めてきたのは、鉄道模型にとどまらない、趣味と人生の幸せな関係の作り方…だったのかも知れません。モデラーの皆さんのみならず、広く多くの皆さんにご覧いただきたい一冊です。

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▲現在試運転中の山陽・九州新幹線直通用N700系7000番代。ボディーカラーには青磁を思わせる「白藍(しらあい)」色が用いられている。'08.10.14 博多総合車両所 P:RM(新井 正)
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博多~鹿児島中央間の全線開業を2年後(2011年春開業予定)に控え、山陽・九州新幹線直通列車の列車名が「さくら」に決定いたしました。

090226fig2.jpgJR西日本とJR九州では、山陽新幹線と九州新幹線を直通運転する列車名の公募を2008(平成20)年10月20日から11月30日まで実施していましたが、「さくら」が最多得票数であったこと、直通運転用車輌(N700系7000番代)の「日本の美しさ、力強さ、凛々しさを表す“凛”をキーワードとして日本的なもてなしの心地よさを表現」するコンセプトとも合致することから、このたび列車名が正式に「さくら」に決定したものです。
▲九州新幹線全線開業時の新大阪~鹿児島中央間概念図。(JR九州プレスリリースより)

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▲JR九州とJR西日本の結びつきを表現した側面のロゴ。先頭部形状は在来のN700系と同様。'08.10.14 博多総合車両所 P:RM(新井 正)

あらためて申し上げるまでもなく、「さくら」は2005(平成17)年3月1日で廃止されたブルートレインの列車名。さらにそのルーツをたどると、「富士」とともに1929(昭和4)年に誕生したわが国初の列車愛称名にまで遡ります。この年にもやはり公募が行なわれ、その結果、1位は「富士」、2位は「燕」、3位が「櫻」でした。

090226fig1.jpg今回の公募の応募総数は168,951通に達し、トップの「さくら」には7,927通が寄せられたそうです。参考までに応募の多かった10位までをご紹介してみましょう。
1位 :「さくら」   7,927通
2位 :「はやぶさ」 6,917通
3位 :「はやと」  6,270通
4位 :「さつま」  6,024通
5位 :「みらい」  3,803通
6位 :「つばめ」  3,438通
7位 :「ひびき」  3,043通
8位 :「きぼう」  2,407通
9位 :「やまと」  2,284通
10位:「みやび」  2,136通
▲新幹線「さくら」の列車編成と座席の概要。(JR九州プレスリリースより)

あと2週間あまりで消えてゆく「富士」、「はやぶさ」と入れ代わるように、今度は新幹線として復活を遂げる「さくら」。まさに奇跡の返り咲きと言えましょう。

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▲白い車体いっぱいにたま駅長が遊びまくる「たまでんしゃ」。改装種車は2275+2705の編成。まだ正面のマークなどが未完成だが、多くのサポーターの善意に支えられ、春の訪れとともに走り出す。'09.2.20 伊太祁曽 P:山田真人(『NEKO』編集部)
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“いちご電車”(2271+2701)、“おもちゃ電車”(2276+2706)に続いて和歌山電鐵の第3弾改装車輌「たま電車」が来る3月21日(土曜日)にデビューいたします。“たま電車”とは、いまや全国的に大人気の貴志駅の猫駅長“たま”ちゃんにちなんだ電車(アーカイブ「和歌山電鐵に“たまでん”登場?」参照)で、これまでと同様に水戸岡鋭治さん率いるドーンデザイン研究所がそのデザインを担当しています。

tamaden06.jpg先日、弊社の発行するペット誌その名も『NEKO』編集部が現地に飛び、改装作業たけなわの“たま電車”を取材してまいりましたので、さっそくその様子をお目にかけることにいたしましょう。改装種車となったのは2275+2705の2連。これで在籍する2270系2連6本のうち3本が改装車輌で占められることになります。
▲「たま電車」のロゴ。三毛猫たま駅長に倣った色彩。'09.2.20 伊太祁曽 P:山田真人(『NEKO』編集部)
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▲伊太祁曽の車庫内でラッピング作業中の「たま電車」。一匹一匹丁寧に貼り付けられてゆく。'09.2.20 伊太祁曽 P:山田真人(『NEKO』編集部)
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▲でんぐり返ったり飛び跳ねたり、たま駅長のかわいい仕草が車体いっぱいに広がってゆく。'09.2.20 伊太祁曽 P:山田真人(『NEKO』編集部)
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▲ドア付近には足跡ラッピングも(左)。さらに驚きは拘りの吊り手(右)。なんと三毛にちなんで3色の吊り手がぶら下がる。'09.2.20 伊太祁曽 P:山田真人(『NEKO』編集部)
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tamaden10.jpg注目すべきはこの“たま電車”の改装にあたって、全国からサポーターを募ったことです。スーパー駅長“たま”の人気もあって、驚いたことに全国から寄せられた“たま電車サポーター”は応募総数1,527件、実に1千万円以上(10,499口、10,501,205円)にも達しました。さらにテレビ等で取り上げられたこともあり、締め切り後もサポーター登録の希望が相次いでおり、同電鐵では温かい支援に応えるため、“たま電車サポーター”の第2次募集を行なっているそうです(下記参照)。
▲“Super Station Master TAMA”のエンブレムが燦然と輝く。'09.2.20 伊太祁曽 P:山田真人(『NEKO』編集部)
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▲もちろん車内にもたまちゃんがいっぱい。壁面ばかりか遮光カーテンにもたまちゃん、さらには窓から車内の様子を覗いている姿も…。'09.2.20 伊太祁曽 P:山田真人(『NEKO』編集部)
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▲2号車連結部。巨大なエンブレムやドアで遊ぶたまちゃん、そして足跡をあしらった号車表示が白い車体全面に広がる。'09.2.20 伊太祁曽 P:山田真人(『NEKO』編集部)
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この“たま電車”は来る3月21日にデビューを飾りますが、当日はデビューセレモニーが伊太祁曽駅で開催される予定です。
■“たま電車”デビューセレモニー
・開催日:2009(平成21)年3月21日(土)
・開催場所:和歌山電鐵伊太祁曽駅
・開始時間:10:30~(約30分間)
■同日開催行事「たま電車デビュー記念 第4回貴志川線祭り」
・開催場所:伊太祁曽駅、伊太祁曽神社
・開催時間:10:30~15:00
・祭り概要:たま電車見学会、撮影会、ミニ電車運転、子供広場、屋台など

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▲いまや和歌山電鐵の救世主とも言える貴志駅のスーパー駅長「たま」はラッチの上で今日も“勤務”。あいかわらずの愛想の良さで多くのお客さんを癒してくれている。'09.2.20 貴志 P:山田真人(『NEKO』編集部)
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■たま電車サポーター第2次募集について
○公募締切:2009(平成21)年5月10日(日) ※2月1日以降の申込分含む
○公募額:一口1,000円(広告料として)
 ※10口以上で申込みの方は、“たま電車”内の記念プレートに名前を掲示(永久掲示)。
  また10口未満で申込みの方は、和歌山駅に掲示
 ※記念プレート車内設置予定日:2009(平成21)年8月1日(土)
■公募の用途及び上限額
 “たま電車”改良製作費 約3,500万円
■応募方法
○直接持込の場合 受付窓口および受付時間(2ヶ所)
 和歌山電鐵本社・伊太祈曽駅窓口   9:00~17:30
 和歌山駅9番ホーム改札窓口     9:00~19:00
○振込みの場合
 全国の郵便局にて、郵便振替の払込用紙に必要事項を記入の上、送金。払込手数料同社負担の払込用紙は、伊太祈曽駅または和歌山駅(9番ホーム)にて配布。
 口座番号:00980-5-124202  
 加入者名:和歌山電鐵株式会社
 フリガナ:ワカヤマデンテツ(カ
 控えの払込票は領収書となるので、大切に保管を。
※記入事項
 通信欄:掲示を希望される名称(下記注釈参照)
 依頼人欄:住所 氏名、電話番号(必須要項)
 注)掲示される名称は個人名・会社名・団体名となる。ニックネーム、連名、肩書き、
   商品名等では受付できない。
■応募者特典
 口数にかかわらず、受付1件につき“たま電車”缶バッジ(非売品)を各1部進呈。郵便振替を利用された方は払込票を持参の上、伊太祈曽駅または和歌山駅(9番ホーム)まで。
■公募に関する問合先
 和歌山電鐵株式会社内(たま電車サポーター係)
 TEL:073-478-0110  FAX:073-466-3577
取材協力:和歌山電鐵株式会社

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遠鉄のED28によせて。

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▲機械室を開けてなにやら点検中なのだろうか、福井口の車庫に格納されたED28 2。キャブ側面の区名札差しには区名札ではなく紙切れが入れられているようだ。'57.6.7 京福電気鉄道福井口車庫 P:高橋 弘
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昨日の小ブログ「遠州西ヶ崎に残るED28」をご覧いただいた高橋 修さんから、宅ファイル便でたいへん興味深いレスポンスを頂戴いたしました。お父様・高橋 弘さんが、なんと京福電気鉄道福井口車庫で撮影されたED28 2の写真です。

090224n003.jpg撮影年月日は1957(昭和32)年6月7日。1943(昭和18)年の買収以来ずっと豊橋機関区に在籍してきたED28 2が同区で廃車となるのが1959(昭和34)年3月4日付け「達57」号によってですから(本誌301号付録・沖田祐作「機関車表」)、高橋さんがこの写真を撮影した時点ではED28 2は国鉄に籍があり、豊橋機関区に所属していたことになります。恐らく何らかの理由で一時的に京福に貸し出された際の一枚ということになりましょうが、吉川文夫さんの「鳳来寺鉄道・豊川鉄道買収機ED28について」(RMライブラリー『私鉄買収電機の系譜』上巻所収)にも京福貸出については言及がなく、実に貴重な記録です。
▲ED28 2の前には最古参デハ1の姿も見える。'57.6.7 京福電気鉄道福井口車庫 P:高橋 弘
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▲せっかくなのでデハ1の姿もご覧いただこう。1925(大正14)年加藤車輌製で、もともとは単車であったものを無理やり(?)ボギー化したもの。なにやら珍妙な台車を履いている。'57.6.7 京福電気鉄道福井口車庫 P:高橋 弘
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実に奇遇ながら、京福(福井)とED28の縁はもうひとつあります。京福は戦中に鉄道省からアプト式電気機関車EC40形2輌(デキ511・512)の払い下げを受けて一般の粘着式電気機関車として使用していましたが、後年国鉄はそのうちの1輌を復元保存のため返還を申し出、その代替機として京福に譲渡されたのが2代目のED28形11だったのです。初代ED28とは似ても似つかぬ東芝戦時型の二代目はもと宮城電気鉄道のED35 3。本機もまた1956(昭和31)年から豊橋機関区に所属していたといいますから、なにか運命的なものも感じます。

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▲近江鉄道時代のED28 1。山形交通に転じる前の同機の近江での活躍は7年あまりと非常に短く、残された写真も多くはない。'57.9.8 近江鉄道多賀 P:高橋 弘
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高橋さんは山形交通入りする前、近江鉄道時代のED28 1の写真も送ってくださいました。ひと昔前では考えられないほど瞬時に貴重なレスポンスをいただけるネット時代の有難さをあらためて思い知ります。高橋 弘さん、高橋 修さん、ありがとうございました。

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遠州西ヶ崎に残るED28。

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▲貨物営業廃止後、僚機が次々と消えてゆくなかで奇跡的に残されたED28 2。狭い機械室と台車マウントのカプラーなど独特の風貌を持つ英国生まれの老紳士。'84.12.3 遠州西ヶ崎
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キ100の除雪列車でこのところ人気急上昇中の弘南鉄道ED33は1923(大正12)年生まれですが、改めて見回してみると、私鉄(3'6"軌間)に現役で残された電気機関車には1920年代生まれのオールドタイマーが信じられないほど多いことに気づきます。

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▲東芝製戦時規格型のED212はもと西武鉄道のE31(初代)。この写真を撮影した10ヶ月ほど前に廃車となり、この時点では留置中であった。'84.12.3 遠州西ヶ崎
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現在でも定期的に貨物輸送を行なっている電化私鉄(3'6"軌間)は秩父鉄道、岳南鉄道、三岐鉄道の3社のみ。それにも関わらず、除雪用や工臨用、さらには蒸機列車の補機用などとして19社に87輌の電気機関車が在籍しています。このなかで1920年代生まれは実に16輌、その長寿ぶりが際立っています。残念ながらそのほとんどは現在休車状態にあって走行シーンを目にすることはかないませんが、いずれも個性豊かな古豪だけに、一度は記録を残しておきたいものです。

090216-001n.jpg遠州鉄道に残るED28 2もそんな1輌です。豊川鉄道が1925(大正14)年の電化に際して英国イングリッシュ・エレクトリック社から輸入した本機は、カプラーをマウントした台車に狭い機械室の凸型車体が載った特異なスタイルで、のちに同じく飯田線を形成する鳳来寺鉄道の同形デキ50とともに国有化後にED28形となっています(RMライブラリー『私鉄買収電機の系譜』参照)。僚機ED28 1(鳳来寺鉄道デキ50)は最終的には山形交通高畠線(RMライブラリー『山形交通高畠線・尾花沢線』参照)に転じ、こちらも幸いなことに現在は上山市のリナワールドでモハ2とともに保存展示されています。
▲電機たちとともに留置されていたト401形は1923(大正12)年日本車輌製。'84.12.3 遠州西ヶ崎
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▲ED211竣功図。遠州鉄道が戦後初めて導入した日本鉄道自動車工業製のBB25t機で、国鉄ED25などと同系の、いかにも日鉄自工らしい凸電であった。貨物営業終了とともに戦列を離れている。
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▲ED212竣功図。戦時設計とはいえ戦後の1948(昭和23)年生まれの東芝40t規格型機。僚機は伊豆箱根のED32・ED33など現在でも目にすることができる。竣功図では更新・西武鉄道、製造年昭和31年12月20日となっているのがわかる。
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一時は沿線工場や自衛隊関連の貨物輸送で賑わった遠州鉄道ですが、1976(昭和51)年3月末日で貨物営業を廃止、都合4輌在籍していた電気機関車は次々と廃車されてしまい、最後に残ったのがなぜか最古参のED28 2でした。一時は夜間の保線用として活躍していた同機ですが、現在ではめったに動く機会はないようで、遠州西ヶ崎駅構内の側線に留置されています。今なお車籍を有する車輌だけに、願わくばもう一度その走行シーンを見てみたいものです。

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安比奈線再訪。(下)

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▲大袋付近の雑木林を貫くシーンとともに安比奈線のハイライトとも言えるのがこの池部用水橋梁。40数年前までは、この橋梁をウェスチングハウスやGEの輸入電機たちが行き交っていたはずだ。'09.2.21
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安比奈線のように、40年以上にもわたって廃止届けが出されずに休止状態が続いている路線はほかに例を見ません。それだけに、沿線住民にとっても“列車の来ない線路”はすっかり日常の光景と化してしまっているようです。

090222n002.jpg起点の南大塚は、橋上駅舎化にともなって駅そのものの位置が移動しており、安比奈線の分岐部分は以前ほど判然としませんが、それでも住宅街の中を西側に大きくカーブを描いて行く線路跡…いや“跡”ではなく休止線を容易く見出すことができます。国道16号線と交差する0.5キロポスト付近までは市街地の中に軌道が続いており、一応「立入禁止」の立て札があるものの、多くは沿線住民の通路や、時としては家庭菜園として活用(?)されています。考えてみれば40年という歳月は、線路端に居を構える齢50の人にして、幼い頃列車が通ったのを見た記憶があるかどうかで、それほど遠い過去となってしまっているのです。
▲池部用水橋梁上り方の線路はバイパス道路によって分断されてしまっている。画面前方が終点・安比奈方。'09.2.21
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▲ひたすら直線で続いていた線路は、池部用水橋梁を過ぎると入間川の河原を目指して緩く左カーブを描く。画面前方が起点・南大塚方。'09.2.21
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090222n004.jpg国道16号線を渡った軌道は、農家の点在する畑の中をひたすら一直線で進みます。木製の架線柱もしっかりと残されており、茫洋とした風景の中を架線柱だけが建ち並んでいる姿は一種異様でもあります。線路はこののち1キロポスト付近で赤間川橋梁、葛川橋梁を続けて越え、なおも直線で進みます。ちなみにこの付近は線路に並行した道路が少なく、探索の際はたびたび大迂回を強いられることになります。
▲ほぼ全線にわたって架線柱も残されており、一部には架線も残存している。'09.2.21
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▲安比奈は歴史的古レールの宝庫でもある。写真は2.5km地点で見つけた極めて珍しいアメリカ・イリノイ州のジョリエット製鉄(JOLIET Iron Steel)1887(明治20)年製のレール。'09.2.21
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090222n008.jpg2キロポスト手前で鬱蒼とした雑木林を抜け、2.2キロポスト付近で池部用水橋梁を渡ります。この付近が比較的単調な風景の安比奈線随一の見所といえるでしょうか。この橋梁からしばらく先で、ひたすら直線で進んできた線路はようやく緩やかに左カーブをきり、入間川河川敷へと向かってゆきます。ただ、現在では途中に入間川を渡る八瀬大橋へのアプローチ道路が出来てしまい、安比奈線はこの道路築堤でいったん途絶してしまいます。休止線ゆえ、万が一運転再開する際にはこの部分はいったいどうなるのでしょうか…。
▲入間川を跨ぐ八瀬大橋から河川敷に続く軌道を見下ろす。前方彼方が安比奈駅構内。'09.2.21
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▲開業から84年、その長い歴史の後ろ半分はずっと“休止”のまま、安比奈線の線路は今日も入間川河川敷へと続いている。'09.2.21
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終点の安比奈駅構内は今ではすっかり河川敷に戻ってしまい、かつて賑わったであろう駅関連施設はまったく目にすることはできません。かつては所沢工場の移転先として候補に上がったり、大規模宅地開発にともなう復活旅客線化が取り沙汰されたりしたこともあったようですが、歳月の中でいずれも夢幻と消え、安比奈線は今日も“休止”のまま取り残されています。

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安比奈線再訪。(上)

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▲入間川の河原を目指して雑木林を一直線に貫く安比奈線の線路。"休止”から42年…まるで時間が止まったような光景が展開する。'09.2.21
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3月末に発行を予定している新刊本の取材で、今日は久しぶりに西武鉄道安比奈線に行ってきました。安比奈線といえばトワイライトゾ~ンでも幾度となくご紹介していますが、個人的にもたびたび訪れており、1970年代はじめの最初の訪問から指折り数えてみると、かれこれ十数回も足を向けていることになります。

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▲西武新宿線南大塚駅西側(左)には橋上駅舎化された現在でも安比奈線の接続線路が残る。南大塚駅下り方に分岐した安比奈線は、すっかり住宅地と化した中を進む(右)。'09.2.21
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武蔵野鉄道と合併以前の旧・西武鉄道が南大塚-安比奈間3.2㎞を結ぶ「安比奈線」を開業したのが1925(大正14)年2月15日。入間川からの砂利運搬を主目的にしたこの安比奈線は、1923(大正12)年におこった関東大震災の復興用砂利需要の急増を背景に、旧・西武鉄道にとって重要な貨物線となってゆきます。

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▲南大塚駅から大きく曲線を描いて西へ進路をとった安比奈線は国道16号線を横切り、ひたすら直線で入間川を目指す。画面右奥が南大塚駅方向。'09.2.21
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戦後、1949(昭和24)年5月2日付けで安比奈線は電化され、さらに新・西武鉄道は安比奈の採砂場に旧鉄道聯隊の車輌や資材を大量に導入して、戦後復興に呼応した増産体制を確立します。東京オリンピック(1964年)を前にした建設ラッシュ時には一日7~8往復もの貨物列車が行き交ったと伝えられますから、当時の安比奈線の活況ぶりがうかがい知れます。

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▲線路用地内は原則として立入禁止だが、長い年月の間に地域住民の通路代わりや、時として家庭菜園などに使われてもいる。トワイライトゾ~ンとしてのみならず、模型的視点でも興味をひかれる光景が随所に展開している。'09.2.21
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そんな安比奈線が使命を終えるのは昭和40年代初頭のことでした。1967(昭和42)年の入間川の川砂利の採取禁止が致命的で、以後は廃貨車の解体場などとして使われるだけとなっていたようです。これまでにもご紹介してきたように(アーカイブ「“西武安比奈線を歩く”開催」「発見!安比奈線列車写真」「衝撃!安比奈はED14だった」参照)、安比奈線に最後に列車が走ったのが何時なのかは、いまもって詳らかになっておりません。

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▲2月も後半となって安比奈の地もすっかり早春の彩り。沿線のいたるところで梅の花が咲き乱れている。'09.2.21
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列車が走らなくなってから40年あまり、特筆されるのはこの安比奈線、今もって「休止」状態にあることです。一般誌ではたびたび廃線跡として紹介されておりますが、国土交通省の『鉄道要覧』最新版でも事業者・西武鉄道の項目に「安比奈線」はしっかりと記載されており、同社の路線総延長177.0㎞には安比奈線の3.2㎞も算入されています。一般に目にする路線図にこそ記載されていないものの、極めて特殊な例ながら、2009年の今日現在でも、西武鉄道安比奈線は歴として生き続けているのです。

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▲南筑軌道10号機の牽く列車。もともとが面妖な外観に加え、さらにヨレヨレの状態となってしまっている。この珍奇な機関車が、実は世界の内燃車輌史に記録されるべきものであった。(RMライブラリー『石油発動機関車』より)
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最近では模型製品化されるなど多少なりともメジャー(?)となってきた感のある「石油発動機関車」ですが、多くの方にとっては、ただの珍奇なゲテモノとしか連想されないのではないでしょうか。今月のRMライブラリーは、創刊以来恐らく最もマイナーなテーマとなるであろうこの「石油発動機関車」を取り上げた、湯口 徹さん渾身の一冊です。

090220n001「石油発動機関車」は大阪難波で鉄工所を営んでいた福岡駒吉さんが独自に考案したもので、動力に小型の船舶(いわゆるポンポン船)で使用されていた焼玉エンジンを用いた歴とした「内燃機関車」です。初めての試走は1903(明治36)年。日本に自動車が渡来したのが1898(明治31)年ことと伝えられていますから、それからわずか5年後のことです。これが日本における国産内燃機関車第一号であり、なにより特筆されるのは、駒吉さんが何の模倣するわけでなく、一から独自の設計でこの機関車を作り上げたことです。

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▲ほとんど“文明開化”時のポンチ絵のような石油発動機関車特許申請図の数々。特許から傍証を固めてゆくのは湯口さんならではの研究手法。(RMライブラリー『石油発動機関車』より)
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当初の出力はわずかに5馬力で、牽けるのは小さな客車1輌程度。さすがに出力不足は否めなかったらしく、のちに7馬力にバージョンアップされています。「国産第一号」とは言うものの、実のところ、駒吉が目指したものは、当時各地にあった馬車鉄道における「馬の代替」、文字通りの“アイアンホース”でした。

090220n003駒吉さんのこの機関車は、試走の翌年、1904(明治37)年に筑後馬車鉄道が大量に購入したのを皮切りに、当時九州北部に路線網を張り巡らせていた小軌道で矢継ぎ早に採用されました。しかし、その信頼性は決して芳しいものではなく、実際には複数の部品取りを保有して1輌を動かすというのが実態だったようで、1920年代にはそのほとんどが姿を消しています。最後まで石油発動機関車を使用していた南筑軌道が1940(昭和15)年に廃止され、石油発動機関車は永久にその姿を消したのです。
▲“所主 福岡駒吉”の名義で出稿された福岡鐵工所の『日本工業要鑑』(1907年)広告。祐徳軌道の石油発動機関車が「内務省軌道条例に依りて許可せられたるもの」として紹介されている。(RMライブラリー『石油発動機関車』より)
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▲牧野俊介氏撮影による南筑軌道石油発動機関車の末期の姿。趣味者が写した石油発動機関車の写真は、IWコレクション以外は、牧野さんが南筑を写した一連の作品くらいしか残されていない。(RMライブラリー『石油発動機関車』より)
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このように1輌の保存車もなく戦前に消滅し、写真はもとより、残された資料も非常に少ない石油発動機関車ですが、本書はわが国の内燃車輌研究の第一人者・湯口 徹さんが綿密な検証により、初めてその知られざる実態を掘り起こした画期的な一書です。それにしても、決して成功は収めなかったものの、模倣ではなく独自の設計を貫き、わが国初、いや国際的にも超初期の内燃機関車を生み出した福岡駒吉さんの評価は、いま一度見直されてもよいはずです。

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▲EF66 42を先頭に早春の日差しを浴びてラストスパートをかける「富士・はやぶさ」。P:矢野登志樹(『東京発ブルートレイン最終章 ~さようなら「富士・はやぶさ」~』より)
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すでにご承知のように、来る3月14日のダイヤ改正で東京発の最後のブルートレインとなった「富士・はやぶさ」がついに廃止となります(アーカイブ「“富士・はやぶさ”廃止! さらば東京発ブルトレ」参照)。今週末発売のRM本誌の巻頭ギャラリーでもこの「富士・はやぶさ」を取り上げておりますが、東京発着のブルートレインが終焉を迎える事実はあまりに大きく、増刊号を急遽発行することにいたしました。その名も『東京発ブルートレイン最終章 ~さようなら「富士・はやぶさ」~』。本誌と同時、今月21日の発売です。

090219n00hyou1.jpg巻頭のメモリアルグラフは、やがて思い出の彼方に走り去る「富士・はやぶさ」の名シーンを凝縮、本誌と同寸法の大画面で迫力十分に展開いたします。富士の裾野を、瀬戸の浜辺を、ブルーの小粋な編成が駆け抜けるこの巻頭グラフは、これからの撮影の参考にもなるオーソドックスな作品で構成いたしました。また、現在の姿を鋭いカメラアイで捉えた石井尚顕さんの巻末カラーグラフ「蒼き孤高の流星」は、膨大な作品の中から後世にとどめておきたい多くの名場面を厳選した秀作集で、この列車に賭けた撮影の意気込みがひしひしと伝わってくるページの数々です。

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▲東京~西鹿児島間を結んでいた頃の「富士」は大分区のDF50にエスコートされて終点・西鹿児島を目指した。(『東京発ブルートレイン最終章 ~さようなら「富士・はやぶさ」~』より)
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もちろん資料性も十二分に盛り込んでおります。本誌の膨大なアーカイブの中から厳選した「東京発ブルートレイン牽引機の変遷」、「東京発ブルートレイン年表」、「富士・はやぶさ運転史」は、図表を中心にブルートレインのヒストリーを分かりやすく解説したものです。また、20系誕生前夜からブルートレイン衰退期まで、国鉄時代を中心にその軌跡を辿った「ブルートレイン栄光の日々」は鉄道史研究家・三宅俊彦さんならではの体系的な解説で、名列車のすべてを振り返ります。また「14系運転史」からは現在「富士・はやぶさ」で活躍する14系客車の全体像が浮かび上がってきます。

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▲国鉄時代のブルートレインの変遷。1970年代後半がその全盛期であったことがわかる。(『東京発ブルートレイン最終章 ~さようなら「富士・はやぶさ」~』より)
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さらには、ブルートレインの黄金時代に活躍したEF65Pを関 崇博さんの詳細な解説と多数の貴重な写真でボリュームたっぷりに展開する「Pの時代」も本誌のアーカイブから再録いたしており、まさに東京発ブルートレインの勇姿を後世に伝える永久保存版と自負しております。もちろん残された数週間の撮影にご活用いただける撮影ガイドも収録しておりますので、ぜひ書店店頭でお手にとってご覧いただければと思います。

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▲残り一ヶ月をきったラストランを確実に記録に残すためのガイドも充実。(『東京発ブルートレイン最終章 ~さようなら「富士・はやぶさ」~』より)
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■『東京発ブルートレイン最終章 ~さようなら「富士・はやぶさ」~
・A4変形(本誌同寸)・オールカラー116ページ
定価:980円(税込)

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1991(平成3)年のオープン以来18年間にわたって親しまれてきたJR東海の佐久間レールパークが、今年11月1日(日)をもって閉園することとなりました。これは同社が2011(平成23)年春を目途にオープンを予定している「JR東海博物館(仮称)」(アーカイブ「JR東海が“JR東海博物館”(仮称)建設へ」参照)の準備のためで、展示車輌は基本的に同博物館に移管されることとなります。
▲18年前、開園当時の佐久間レールパーク。静態で保存展示されていたED18(左)はその後動態復活して多くのファンの声援を浴びることになる。'91.4.18 P:RM
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この閉園を前に、JR東海では車内の特別公開やスタンプラリーなど、さまざまなイベントを実施し、最終日11月1日(日)には、閉園セレモニーも行なう予定だそうです。

090218n003.jpg■2009(平成21)年の佐久間レールパーク開園日
 2009(平成21)年3月1日(日)~11月1日(日)までの土・日・祝日及び4月25日(土)~5月6日(水)の間、8月8日(土)~8月16日(日)の間
 ※各イベントにより開催日が異なりますので注意。
■主なイベント内容
○佐久間レールパークへGO!来園の方にポイント進呈
 期間中、一定ポイントでJR東海博物館(仮称)の招待券や限定グッズを進呈。
○特別公開車輌の展示
 開園日に、一部車輌を月毎(4月~10月)に特別公開(車内が見学可能)。
 4月:キハ48000形 ※3月28日より公開
 5月:オハ35形
 6月:キハ181系
 7月:オヤ31形
 8月:ED11形
 9月:クハ111
 10月:モハ52形
▲中部天竜駅ホームから見た開園当時の佐久間レールパーク展示館。'91.4.18 P:RM
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○佐久間レールパーク記念台紙付入場券の販売
 期間中、中部天竜駅では記念台紙(毎月図柄を変更)に入場券をセットして販売(9:00~17:30)。
○スタンプラリーの開催
 飯田線沿線の有人駅を巡るスタンプラリーを春(4~5月)・夏(6~8月)・秋(9~10月)の3コース実施。
○さわやかウォーキング・佐久間レールパーク祭の開催
 4月26日に下川合~中部天竜コースのさわやかウォーキングを開催。さわやかウォーキングの開催に合わせ、地元イベント盛りだくさんな佐久間レールパーク祭を開催。
○ミニSLの運転、こども制服記念撮影会の開催
 5月2~6日、7月18~20日にこども向けにミニSL乗車(有料)やこども制服撮影会(無料)を開催。
○佐久間レールパークマスター認定
 鉄道の日記念イベントとして、10月10~12日の3日間、園内で佐久間レールパークに関する問題にチャレンジ。全問正解者先着500名に認定証を授与。
○佐久間レールパーク閉園セレモニー開催
 最終日の11月1日開催。
※上記以外のイベント及び閉園セレモニーについては、詳細が決まり次第発表。

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▲当初から展示の目玉だった“流電”クモハ52。展示開始時は飯田線最終時の姿のままであった。'91.4.18 P:RM

■臨時快速〈佐久間レールパーク号〉の運転
○運転日
 3月28日(土)、3月29日(日)、4月4日(土)、4月5日(日)、4月25日(土)、4月26日(日)、4月29日(祝)、5月2日(土)~6日(祝)
 ※夏以降の運転日は詳細がまとまり次第発表。

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▲(JR東海プレスリリースより)

○列車編成等
 指定席1輌、自由席3輌の4輌編成。
○特典
〈佐久間レールパーク1号〉に中部天竜まで有効な乗車券及び指定席券をお持ちの方に、湯谷温泉―中部天竜間で記念乗車証をプレゼント。記念乗車証は月毎にデザインが変わる(3・4月、5月、7月、8月、9月、10・11月の計6種類)。

2年後には“金城ふ頭”の地で再び会えるとはいうものの、居並ぶ名優たちをアウトドアで見られるのはあと8ヶ月あまりです。ぜひ一度足を運んでみてはいかがでしょうか。

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683系4000番代登場。

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▲大阪方クロ683-4501(Tsc5)を先頭とした683系4000番代。683系のグリーン車としては初の貫通構造車の誕生となった。なお、貫通機能は準備工事のため、扉に代わり板で覆われている。'09.2.15 金沢総合車両所 P:RM(新井 正)
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一昨日、6月1日から「サンダーバード」に投入される683系4000番代の報道公開が行われました。車輌は9輌固定編成で、1号車がグリーン席、2・3・4・8・9号車が指定席、5・6・7号車が自由席となっています。

090217n002.jpg車体は683系0番代・2000番代をベースに、衝突安全性を高めた構造を取り入れており、両先頭車は流線型から貫通タイプへ変更されたため、683系グリーン車としては初の貫通タイプ先頭車の誕生となりました。ただ、貫通機能は準備工事にとどめられているため、扉ではなく板で覆われています。
▲スカートに描かれた形式車号標記。貫通構造のスカートに初めてTscと記された。'09.2.15 金沢総合車両所 P:RM(新井 正)
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▲富山方クモハ683-5501(Mc5)。9連ながらも両先頭車は流線型ではなく貫通型。こちらの先頭車は貫通機能を備え、在来683系、もしくは681系との併結を可能としている。'09.2.15 金沢総合車両所 P:RM(新井 正)
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▲1号車グリーン車室内。1列+2列のリクライニングシート。ヘッドレスト、レッグレストに加え、アームレストにはモバイル用コンセントが新たに追加されている。なお、荷物棚下部の読書灯は普通車と同じ仕様になった。'09.2.15 金沢総合車両所 P:RM(新井 正)
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▲6号車の普通車室内(左)。2列+2列のリクライニングシートでアームレストにテーブルを配している。荷物棚は奥行きが深くなり、下部には読書灯も用意されている。右は4号車の車椅子対応便所。右側には化粧コーナーが見える。同コーナーに隣接する側扉は左右幅が広くなっている。'09.2.15 金沢総合車両所 P:RM(新井 正)
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室内は、荷物棚は収納性を高めるため奥行きのある形状に変更。グリーン車の全座席にはモバイル用コンセントが併設されています。普通席は偶数号車と奇数号車でモケット色を変え、変化がつけられています。このほか、4号車に多目的室、車椅子対応便所、化粧コーナーが新設されているほか、旅客案内表示器の文字サイズの大型化や、女性トイレを2・7号車に新設するなど、随所に快適性の向上が図られています。

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▲クロ683-4500の運転台。基本構造は従来車と同じだが、腰掛は強度を高めたものに交換。同車は、他車との連結は行わないが、腰掛背面の連結位置に「中」が用意されている。'09.2.15 金沢総合車両所 P:RM(新井 正)
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090217n009.jpg第一編成は昨年末に近畿車輌で落成、金沢総合車両所に到着後、現在は、性能試験など各種走行試験を北陸本線で実施しています。営業開始は、前述の通り6月1日からで、下りは「サンダーバード19号」(大阪11:42発→富山15:00着)・「サンダーバード49号」(大阪発20:56→富山0:12着)、上りは「サンダーバード10号」(魚津7:07発→大阪10:39着)・「サンダーバード40号」(富山16:15発→大阪19:37着)の2往復に投入される予定です。なお、その後は車輌の増備に合わせ順次運用が拡大していく予定で、これにより、京都総合運転所の485系は、順次「雷鳥」運用から離脱することになります。
▲クロ683-4501の運転台は高床構造であるのがわかる。階段右側の空間を進むと先頭部へ繋がる。これは貫通構造に改造した際、通路となる。'09.2.15 金沢総合車両所 P:RM(新井 正)
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(資料提供・取材協力:JR西日本)

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▲箱根登山鉄道1000形・2000形と同色にカラーリングを変更した小田急1000形イメージ。(小田急電鉄提供)

3月14日(土曜日)に実施されるダイヤ改正に合わせて、小田急電鉄では小田急線新松田駅~箱根登山線箱根湯本駅間を運行する小田急通勤車輌のカラーリングを、箱根登山鉄道のシンボルカラーとなっている赤色に変更することになりました。現在、箱根登山線の小田原駅~箱根湯本駅間(一部の列車は小田急線新松田駅~箱根登山線箱根湯本駅間)では、小田急の通勤車輌によって折り返し運転が行われており(アーカイブ「小田原に下りなくなる“登山電車”」参照)、特急ロマンスカー利用の場合を除き、小田急線内から箱根湯本方面に向かう場合は、原則として新松田駅または小田原駅で箱根湯本行きの小田急通勤車輌に乗り換える必要があります。今回のカラーリングの変更は、視認性を高め、乗り換え時の利便向上を図る目的で行なわれるもので、1000形4輌編成3本が箱根登山鉄道1000形、2000形と同色に塗りかえられます。

hakoneyumoto01.jpg箱根登山鉄道でもこのダイヤ改正に合わせて2000形「サンモリッツ号」(2005・2203・2006の3輌編成)を、スイス・レーティッシュ鉄道で運行されているグレッシャー・エクスプレス(氷河特急)塗色に変更し、箱根湯本~強羅間の営業運転に投入します。これは箱根登山鉄道がスイス・レーティッシュ鉄道と姉妹提携を結んでから今年6月で30周年を迎える記念行事の一環として実施されるもので、通常の営業運転のほかにも各種イベント等での使用が予定されているそうです。
▲橋上駅舎化完成後の箱根湯本駅イメージ。(小田急電鉄プレスリリースより)
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hakoneyumoto02.jpgまた、このダイヤ改正に合わせて箱根湯本駅が新駅舎となります。このたびの橋上駅舎の建て替えに伴い、エレベーター、エスカレーターの設置をはじめ施設のバリアフリー化が図られ、駅舎内には飲食店のほか箱根名産店が装いを一新して営業を開始します。ちなみにこの橋上駅舎化は神奈川県、箱根町、箱根登山鉄道の3者が一体となって推進している事業の一環として行なわれるものです。
▲箱根湯本新駅舎の改札周辺イメージ。(小田急電鉄プレスリリースより)
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■箱根湯本駅 新駅舎の概要
1.所在地神奈川県足柄下郡箱根町湯本707
2.敷地面積:約3,700㎡
3.建築面積:約1,500㎡
4.延床面積:約2,300㎡
5.構造:鉄骨造地上3階、2階に改札・駅務室・店舗
6.使用開始:2009年3月14日(土)
7.バリアフリー施設:エレベーター2基・エスカレーター4基、多目的トイレ1カ所(2009年秋頃使用開始予定)
8.店舗:物販・飲食:箱根の市(弁当・土産物販売)、カフェ・サンモリッツ(軽飲食4席)、箱根カフェ(軽飲食64席)/4月1日営業開始予定
9.サービス案内:総合案内所、ロマンスカー窓口、バス案内所、当日宿泊案内、ATM、手荷物旅館配送

なお、今回のダイヤ改正では、ロマンスカーの運転時刻・停車パターンの変更のほか、平日夜間の下り快速急行の増発、新宿~町田・本厚木間を運転する各駅停車の8輌編成化の推進などが実施されます(詳しくは→こちら)。

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▲“OIL AND WATER FACILITY”と銘打たれたキットの全貌…と言ってもレジン製のタンク体と脚部、ドラム缶、それにホワイトメタル製のバルブが入っているだけ。

一昨年のパリのRAIL EXPO(アーカイブ「RAIL EXPOの旅 15」参照)に続いて、昨秋ロンドンのEXPO NARROW GAUGE(アーカイブ「EXPO NARROW GAUGEの旅 10」参照)で再会したスモーキー・ボトム・ランバー・カンパニー(SBL)のリチャードさん(アーカイブ「リチャードさんからのクリスマスプレゼント?」参照)から、「作ってみて」とレジン製キットをいくつか頂戴したのを思い出し、まずは手始めにOスケールの給水(給油)タンクを仕上げてみることにしました。

090215n002例によって同社の製品は大半がレジン・パーツ。この給水タンクもまさにレジンの塊のタンク体を中心に構成されており、金属部品はホワイトメタル製のバルブのみです。しかもこのレジン・キャストがお世辞にも誉められたものではなく、付録として同封されているドラム缶にいたってはエッジがケラれてしまっている有り様。幸いにも肝心のタンク体は五体満足でしたので、さっそくバリを落として組んでみることにしました。
▲レジン“無垢”のタンク体は結構な重量。
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ただ、そのまま塗装して組んだだけでは何の芸もなく、恐らくものの30分で終わってしまいますので、一計を案じて“ラッテンストーン”を使ったトリートメント処理を施してみることにしました。

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▲入念に脱脂して下塗りを終えたタンク体を脚部に載せてみる。これだけでもそれなりの雰囲気ではある。

14年ほど前にRMモデルズ誌上でも簡単にご紹介(1995年12月号「彼岸のモデラー」)したことがありますが、ラッテンストーン(Rottenstone=和名・トリポリ石)とはリビアで産出する堆積岩類の珪藻土の一種で、高級家具の仕上げなどに用いられる超微粒粉末です。この微粒粉に“漬け込む”ことによって恐ろしいほどの質感を演出する手法を編み出したのは、ガゼット誌でながらく“Building an Empire”の連載をされていた写真家のレイン・スチュワートさん。発表された当時はこのラッテンストーンなる謎の粉が欲しくて八方手を尽くしたのも、今となっては懐かしい思い出です。

090215n004RMモデルズ誌上でもラッテンストーンそのものの写真は掲載しませんでしたので、その姿が詳らかになるのは本邦初。実態は安っぽい紙箱に入った「砥の粉」のようなものですが、その微粒さといったら尋常ではありません。
下塗りが完全に乾燥したパーツに艶消しコートを吹き、乾かないうちにこのラッテンストーンに“漬ける”のですが、このコートに威力を発揮するのがテスターズのダルコートという製品です。以前、グンゼの艶消しトップコートなどでも試したことがありますが、速乾性が高すぎるのと粘着力が弱いこともあってか、どうもダルコートほど上手くコーティングできないようです。やむなく渡米した際に買い求めてきたダルコートを今もって愛用していますが、唯一の難点はその強烈な臭い。たとえ数回のプッシュでも部屋の中ででも吹こうものならたちまち頭がクラクラ…とても日本では市販できそうもない強烈なスプレー缶です。
▲テスターズのダルコート(左)とサンドリー・プロダクツのレインボー・ブランドのラッテンストーン(右)。華奢な紙箱にビニール袋入りのラッテンストーンが入れられている。
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▲いよいよ作業開始。ダルコートを吹いたパーツを、素早くタッパウェアの容器に入れたラッテンストーンに“漬ける”。
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さて、ラッテンストーンの中に漬け込んだパーツ類ですが、数日後に静かに取り出し、今度は通気性の良い箱に移して一ヶ月ほど寝かせます。なんとも悠長な工程ですが、この熟成加減こそが絶妙の質感を生むことになります。というわけで、この給水タンクの続編はまた一ヶ月後に…。

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廃止私鉄の忘れ形見として車輌が残されるのは珍しくありませんが、路線そのものが廃止されてしまっているわけですから、保存車輌が終点にでも保存されていようものなら、見にゆくのも決して楽ではありません。なかでもとりわけ“難易度”が高く感じられたのが、愛知県北設楽郡設楽町で保存されている田口鉄道(豊橋鉄道田口線)の電車です。
▲奥三河郷土館前庭に展示されている豊橋鉄道田口線モハ14。1925(大正14)年日本車輌製の15m車で、トラス棒が目につく古風ないでたちながら、均整のとれた好ましいプロポーション。'83.2.17
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奥三河郷土館前庭に保存されているのは日本車輌1925(大正14)年製のモハ10形モハ14。1968(昭和43)年に廃止となった豊橋鉄道田口線で最後まで働いていた田口鉄道時代からの生え抜き車です。田口鉄道は豊川鉄道、鳳来寺鉄道とともに現在の飯田線南部に相当する交通網を形成していましたが、豊川、鳳来寺が三信鉄道、伊那電気鉄道とともに買収されて飯田線となったのに対し、鳳来寺口(現在の本長篠)から分岐して三河田口まで22.6㎞の、いわば盲腸線であった田口鉄道は買収されず、それにも関わらず戦後しばらくまで国鉄が運行管理するという特異な鉄道でした。

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▲26年前の奥三河郷土館全景。現在ではモハ14の展示スペースには屋根がかけられているようだ。'83.2.17
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田口鉄道は1956(昭和31)年に豊橋鉄道に合併されて豊橋鉄道田口線となり、しばらくは飯田線に乗り入れて豊橋までの直通運転も行っていましたが、度重なる水害に力尽き、ついに1968(昭和43)年8月31日限りでその使命を終えました(アーカイブ「田口線を語り継ぐ一冊」参照)。

090213n003.jpg今さら地図で確認してみても、この設楽町の郷土館、とても“ついで”に足を向けられるような場所ではありません。手帳をひもといてみると、この時は『木曽谷の森林鉄道』で知られる西 裕之さんと訪問しています。足助街道沿いにあったナローを訪ねようと西さん運転のランサーで深夜の東名をひた走り、早朝4時に豊田ICを下りて、唯一開いていた新豊田のミスタードーナッツで明るくなるのを待ちました。主目的を遂げたのち、せっかくだからと段戸本谷の森林鉄道(名古屋営林局新城営林署)跡を辿りながら山越えをして飯田線側に抜けようということになったものの、いやはやこれが遠いのなんの…奥三河郷土館に辿り着いた時にはすでに夕暮れが迫っていました。
▲設楽への道すがら沿道で見かけたボンネットバスの廃車体。この当時、すでに現役のボンネットバスにはそうそうお目に掛かれなかったが、このような廃車体はあちこちで目にした。'83.2.17
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▲この時は道中の名鉄三河線も訪ねている。終点西中金駅で折り返しを待つ知立行き3730系3760。この写真の2年後には非電化となり、2004(平成16)年4月に猿投~西中金間は廃止されている。なお、現在でもこの西中金駅駅舎とホームは残されており、一昨年には文化庁により登録有形文化財に指定されている。'83.2.17
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豊川ICから東名にのったのが19時。ところが雪のため沼津IC~大井松田IC間が通行止めになってしまい、大渋滞の沼津ICを下りて国道246に出たのが22時、さらに苦難は続き、ようやく帰り着いたのが午前2時という有様でした。そんな個人的体験もあってか、数ある保存車輌のなかでもこの田口鉄道モハ14がひたすら遠く感じられるのかも知れません。

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▲FRPで出来た「SL館」エントランスの巨大なD51の雪下ろし。作業中の参加者と比べるとその大きさがわかろう。'09.2.7 P:三菱大夕張鉄道保存会提供
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先日ご紹介した夕張「SL館」の雪下ろしツアー(アーカイブ「“夕張SL館”雪下ろしツアー」参照)が先週土曜日に行なわれ、小ブログを見て参加いただいた方も含めて、多くの皆さんが雪下ろしに汗を流してくれたそうです。このツアーを呼びかけた三菱大夕張鉄道保存会から当日の様子と、これから行なわれるイベントのご案内をお送りいただきましたのでご紹介することにいたしましょう。

090213n012.jpg谷間に広がる低い家並みが、雪に包まれている2月の夕張。白は「七難隠す」と言われ、雪に包まれた夕張の街並みは、白く輝き希望に満ちているように思えますが、多くの家屋が空き家であることで、夕張が直面する厳しい現実に気付きます。財政再建団体となり2回目の冬を迎え、止まらない人口減少や、診療所改築や学校の統廃合と課題も多く、民間委託されていた石炭の歴史村・SL館や北炭鹿ノ谷倶楽部等、地域の歴史遺産であり、夕張に観光客を呼び込んでいた施設も次々と管理が返上され、再建計画のほころびが表面化してきています。
▲館内には夕張鉄道14号機をはじめとする貴重な資料が一杯。慎重に屋根の雪を下ろすボランティアの皆さん。'09.2.7 P:川合宏幸
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▲FRPでできたキャブの雪はスコップで傷つけないよう慎重に(左)。屋根上は結構広い(右)。'09.2.7  P:川合宏幸
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夕張市内で鉄道遺産の保存活動に取り組む三菱大夕張鉄道保存会では、昨年秋のSL館の指定管理返上に際して貴重な資料保全の要望書を提出していますが、雪下ろしなど冬季間の管理費用も無い夕張市に変わり、かつて夕張本町・野幌間に鉄道路線を持っていた夕張鉄道(本社・夕張市)と協力して、去る7日にSL館の雪下ろしツアーを実施しました。

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▲30数人の人海戦術で雪下ろしもほぼ終了。まずはひと安心。'09.2.7 P:三菱大夕張鉄道保存会提供
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昨年には夕張市唯一の屋内プールが雪で倒壊しており、施設の雪下ろしは欠かせない作業です。夕張に到着した20名ほどのツアー客は、午前10時頃より作業を開始していた現地スタッフや市民に合流し、雪下ろし作業に当たりました。巨大なD51の煙突やキャブ等、FRPで出来た部分は金属で傷つけないよう配慮が必要でしたが、屋根上に70cmほど積もった雪も、総勢30数名の人海戦術でどんどんと落とされ、作業は短時間で終わりました。昼食時には夕張市担当者の配慮で、SL館内部も公開され、保存されている夕張鉄道14号・ナハニフ151号・三菱大夕張鉄道№4に対面出来ました。三菱大夕張鉄道保存会ではこれからも積極的に夕張市に協力し、貴重な鉄道遺産の保存・活用の方策を探りたいと考えています。

090213n016.jpgところで、昨年復活した「ゆうばり映画祭」が、今年も2月26日から開催されます。「ゆうばりアーカイブス」(入場無料)としてかつての夕張市の記録映像の上映も行われ、2007年制作された「鉄道王国北海道」(アーカイブ「映画“鉄道王国北海道”が完成」参照)も上映されます。なかには美唄鉄道最後の機関区長であった星 修氏が、美鉄から大夕張に転出したSLを清水沢駅で見送るにシーンも含まれています。ほかにも夕張鉄道OBの石田 司氏が撮影した「16列車異常無し」等、見所も一杯です。夕張市支援のためにも、お誘いあわせのうえご来場頂ければ幸いです。
▲昼食時には予定になかった館内も開放。三菱大夕張鉄道の4号機など保存車輌の数々との対面も実現した。'09.2.7 P:三菱大夕張鉄道保存会提供
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▲「ゆうばり映画祭」のフライヤー。「ゆうばりアーカイブス」と銘打たれた記録映画の数々(右)は必見。三菱大夕張鉄道保存会提供
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オバマ大統領のカブース?

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先月20日にアメリカ合衆国第44代大統領に就任したバラク・オバマ氏は、敬愛するリンカーン大統領がフィラデルフィアから列車でワシントンに入り就任式に臨んだのに倣って、特別列車を仕立てて首都ワシントンを目指しました。この様子は日本のニュースでも繰り返し流され、“特別列車”に興味を持たれた方も多かったのではないでしょうか。
▲D&SNG鉄道のカブース0500。1886(明治19)年製の17フィート・カブースで、デンバー&リオグランデ鉄道の#1。1993(平成5)年にフル・レストアされている。8人乗りで、スペシャルイベントではこのカブース席も売り出される(アーカイブ「冬のコロラドに思いを馳せる」参照)。'06.8.25 Durango
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そんな“オバマ・エクスプレス”が、アメリカのファンの間でちょっとした物議をかもしているそうです。メールをいただいたのはカリフォルニア在住で北米の蒸機撮影で広く知られる青木晴夫さん。ことの発端はこの列車を取り上げた名門『ワシントンポスト』紙が、「バラク・オバマは土曜日(17日)骨董品の車掌車(an antique caboose)に乗ってワシントン入りした」と書いたことです。えっ「骨董品の車掌車」? と首を捻ったところに追い討ちをかけるように、CNNのレポーター、ウォルフ・ブリッツァー(Wolf Blitzer)氏が、自身の番組でこの記事を捉えて「赤く塗ってなかったからカブースではない」と解説を加えてしまったのです。

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▲同じく1886年製のD&RGW鉄道#0505。キューポラを持つ典型的なスタンダードカブースである。車体に描かれたヘラルドは伝統的なリオ・グランデのまま。'06.8.25 Durango
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もちろん“オバマ・エクスプレス”の後部車輌はカブースではありませんし、カブースの塗色が赤と決まっているわけでもありません。鉄道知識に乏しくとも、多少なりとも調べればわかることを、アメリカを代表する新聞とテレビがこぞって間違えてしまったのですから、彼の地のレイルファンが面白かろうはずはありません。

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▲キューポラと逆端側のデッキから車内を見る。左には執務用のデスク、手前にはロングシートが並び仮眠もとれるようになっている。'06.8.25 Durango
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ちなみにオバマ新大統領が後部展望台でにこやかに手を振った車輌は“Georgia 300”と呼ばれる1930年プルマン製の展望車で、ジョージア鉄道(Georgia Railroad and Banking Company)がマスターズ・トーナメントのツアーなどに使用していた由緒あるもの。現在はフロリダ在住の個人が所有するプライベートカーだそうです。展望室のほか、車内にはダイニングルーム、ベッドルーム、浴室、厨房なども備わり、スパルタンな“カブース”とは対極に位置するような超豪華車輌です。

090112n004この“Georgia 300”は前任のブッシュ大統領、さらにそれ以前のクリントン大統領もキャンペーン・ツアーで利用しており、パッカードブルーに銀のストライプを巻いたその姿は、アメリカ国民にとっては少なからず見覚えがあるはず。それだけにまるで初見のごとく“カブース”と筆を走らせてしまったワシントンポスト紙はなおさら辛い立場に立たされてしまったわけです。
▲カブースにはつきものの石炭ストーブ。車掌はここで暖をとるほか、料理もこなす。後年は石油ストーブにとって代わられた。'06.8.25 Durango
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090112n005蛇足ながら“カブース”とはアメリカ鉄道用語(米語)で貨物列車の最後尾に連結される緩急車(車掌車)を指し、英語では“ブレーキバン”と称されるのが一般的です。カブースレッド、もしくはラディッシュブラウンと呼ばれる赤系に塗られたものがよく知られていますが、黄色や、中には無塗装ステンレス車体のものさえも存在します。またその形態も様々で、キューポラやドッグハウスと通称される屋根上に監視室が飛び出たタイプ、逆にベイウィンドウと呼ばれる監視窓が車体側面に飛び出たタイプなど実にバラエティー豊かです。
▲キューポラ部を下から見上げる。2階へは両壁面の簡単な足掛けを使ってよじ登る形となる。ちなみにこのキューポラ、屋根に穴が空いてしまったボックスカーを修理中に検修掛が偶然“発明”したものだとか…。'06.8.25 Durango
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▲キューポラ部の2階席に相当する部分。簡単な椅子と車掌弁が備わるだけのきわめてシンプルな空間。'06.8.25 Durango
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最後に、青木さんからのメールに話を戻しますと、このオバマさんの特別列車の牽引にあたったのは、第44代大統領1月20日就任にちなんで、アムトラックのディーゼル機関車(P42)44号機と120号機の重連だったそうです。どんな時も遊び心を忘れないアメリカらしい逸話ではあります。

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昨日ご紹介した30年前の茅ヶ崎機関区の帰路、行きがけの駄賃とばかりに立ち寄ったのが住友セメント大船包装所(大船サービスステーション)でした。東海道線の車窓から大船駅上り方に住友セメントの専用線があり、当時としても比較的珍しかった川崎車輌製のスイッチャ-が在籍していることは見知っていましたが、かといってわざわざ出向くほどのものでもなく、いずれ機会があればと思っていたものです。
▲独特の足回りが印象的な住友セメント大船包装所D201。川崎車輌1964(昭和39)年2月製(製番109)のレディーメード機。'79.8.15
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車窓からはたいした距離ではなさそうに見えたこの大船包装所ですが、実際に大船駅から歩きはじめてみるとえらく遠かった記憶があります。西口を出て東海道本線に並行する柏尾川を渡り、延々と北上するのですが、直線距離としては2キロほどにも関わらず、線路沿いの道がないためかなりの迂回を余儀なくされてしまうのです。

090211n02.jpg辿り着いた大船包装所で出迎えてくれたのは川崎車輌製の規格型20t機でした。かつて磐越西線の大阪住友セメント広田包装所の同系15t機をご紹介したことがありますが(アーカイブ「住友セメント広田SSのこと」参照)、川崎車輌が昭和30年代に製造した15t、18t、20tのスイッチャ-・シリーズの兄貴分にあたります。主台枠を組まない足回りと、ボンネットに埋め込まれた2灯の前照灯が外観上の大きな特徴と言えるでしょう。なお、資料によれば大船包装所にはやはり川崎製の10t機D101もいるはずでしたが、すでにこの時点では姿を消してしまっていました。
▲D201のバックビュー。液体変速機と逆転機を収めるためキャブはかなりの高床構造となっている。後部2灯の前照灯がご愛嬌。背景の住友電工横浜工場は現存している。'79.8.15
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▲同形機の竣功写真。1961(昭和36)年に神戸製鋼に納入された製番82もしくは83(神戸製鋼DL3/DL4)と思われる。P:川崎車輌原図
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▲メーカー形式170-20-B形式図。本図は140HPのDMF13Cを搭載したバージョン。
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15t機(メーカー形式150-15-B)に比べると、形態的に今ひとつ間のびしているようにも思え、あまり興味をそそられなかったのか、今さら見返してみると、ここ大船包装所で撮影した6×7判のネガは茅ヶ崎機関区に続くたった4コマのみ。苦労して往復した割にはなんとも寂しい収穫に終わっています。もちろん現在、この住友セメント大船包装所はすでになく、線路もすっかり剥がされてしまっていますが、D201が入っていた庫だけは残されており、東海道本線の車窓からその名残を見ることができます。

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30年前の茅ヶ崎機関区。

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▲茅ヶ崎機関区構内で休むDD13 355〔新〕とDE10 529〔新〕。このほかDE11も姿を見せ、DEチームは平塚から馬入川の河原にのびる日本石油平塚油槽所専用線への仕業も受け持っていた。'79.8.15 茅ヶ崎
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先日、ひさしぶりに東海道本線在来線を下りました。思えばこのところ東海道の往復は新幹線ばかりで、日中の在来線の車窓をゆっくり眺めるのは何年ぶりでしょうか。次々と現れる“古戦場”の変貌ぶりには改めて驚かされますが、その一方で記憶の面影を色濃く残すシーンにも出会え、瞬間的に記憶がフラッシュバックするのも嬉しい体験です。

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▲首都圏色のキハ10 49〔八〕。茅ヶ崎(相模線)はのちに“タラコ”と通称された首都圏色気動車発祥の地でもあった。背後の検修庫に「茅ヶ崎機関区」の文字が見える。'79.8.15 茅ヶ崎
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辻堂から茅ヶ崎に向かう車窓は必ず進行右側、東海道で言うところの山側に気を取られるのが常でした。中の様子を伺うことはできないものの、構内にナローの線路が敷き巡らされていた関東特殊製鋼の工場群に目をこらし、列車が緩く左にカーブをきってゆくと、今度は茅ヶ崎機関区の構内が目に飛び込んできます。1991(平成3)年の相模線電化までは10系や35系の気動車がたむろしていた構内は、決して広くはないものの、かつてはDD11やDD12の姿を見られる希少なポイントでした。

090210n004.jpgそんな茅ヶ崎機関区を最後に訪れたのは、今から30年前の1979(昭和54)年夏のことです。特に事前にアポイントを取ったわけでもなく、ふらりと訪れて事務所で撮影許可をもらって構内に入れたのですから、思い返すに良い時代でした。もちろんこの時点では茅ヶ崎名物(?)だったDD11やDD12はすでに姿を消しており、代わりにDD13やDE10が休んでいました。これら茅ヶ崎常駐のDLたちは相模線や相模貨物駅、湘南貨物駅、西湘貨物駅の入換えを主な仕業としていましたが、面白いことに、「茅」の区名札が入っていながら、正式には全機が新鶴見機関区の所属でした。検修庫建屋には「茅ヶ崎機関区」の看板が掲げられながらも、実はこの時点で茅ヶ崎機関区の配置機関車は皆無だったのです。
▲DD13 355〔新〕。拡大するとおわかりのように区名札にはしっかりと「茅」の文字が入れられている。'79.8.15 茅ヶ崎
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▲スエ38 7。1928(昭和3)年製のマロネ37 34をカニ29 22に改造して、さらに救援車化した車輌。リベットだらけでダブルルーフの車体を持ち、3軸ボギー台車を履く姿に鉄道省時代の余韻を感じる。'79.8.15 茅ヶ崎
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同様に留置線を埋め尽くす気動車たちも、ことごとく八王子機関区の所属で、この時点で茅ヶ崎を“現住所”とする車輌は、茅ヶ崎客貨車区所属の客車3輌のみでした。ただ、この3輌がただものではなく、スエ31が2輌(37・38)にTR71を履くスエ38(7)と強烈な個性の面々。愛用のペンタックス67にトライXを詰め、お誂えむきの場所に停まっていたスエ38をファインダーに捉えたのが、茅ヶ崎機関区で撮った最後の一枚となりました。

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58654号機が試運転を開始。

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▲小倉工場構内で走行試験に臨む58654。2005(平成17)年8月28日に「SLあそBOY」を引退して以来3年半、大正生まれ(1922=大正11年日立製)のハチロクは見事二度目となる復活を果たした。'09.2.6 小倉工場 P:宇都宮照信
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4月25日に始まる「SL人吉」号の運転(アーカイブ「“SL人吉”号4月25日スタート」参照)を前に順調に修復作業が進んでいるJR九州のハチロク、58654号機ですが、先週末、ついに小倉工場内で走行試験が行なわれ、3年半ぶりとなる元気な姿を披露してくれました。

090209n002.jpg今回の修復工事は主台枠を日本車輌で新製、ボイラーを大阪のサッパボイラで修復し、さらにテンダー水槽部をステンレスで新製するなど、これまでにない大きな作業となりました。注目の外観は、「SLあそBOY」時代の火の粉止め内蔵ダイヤモンドスタックが伝統的な化粧煙突に変更され、より原形に近い姿となっています。好評だったK-7タイプの小工式切取式除煙板(門デフ)や、AC6425図面に基づく形式入りローマン書体のナンバープレートは踏襲されています。全体の塗色は黒。ボイラーケーシングのバンドやランボード縁、煙突などの要所には金色のライニングが施されています。
▲快調に構内を走る58654。キャブ吊り環ももちろん伝統的な小倉工場式。テンダー側面のパイプは検水管だろうか。'09.2.6 小倉工場 P:宇都宮照信
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▲形式入りナンバープレートに門デフ、そして化粧煙突と魅力的なスタイルが甦った。前照灯は250WのLP403、ロッドには赤が入れられている。'09.2.6 小倉工場 P:宇都宮照信
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2月6日(金曜日)午後に行なわれた小倉工場内での報道公開走行試験ののち、同日夜には日豊本線小倉-行橋間でEF81 411を次位に本線走行を行ない、足回りの発熱や煙室内に内蔵された火の粉止めの性能確認がなされました。今月末、2月28日(土曜日)には九州鉄道記念館でいよいよ一般公開が行われ(11:00~15:00/入館料大人300円)、翌3月1日(日曜日)には博多駅4番線で現在リニューアル工事中の「SL人吉」号用客車(50系700番代)3輌とともに見学会(13:10~13:40)が催される予定です。

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▲前灯や塗り分け線の変更により大きく印象が変わった9000系5次車。’09.2.4 綾瀬工場 P:RM(高橋一嘉)
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先日速報でお伝えした東京地下鉄南北線用の新造車である9000系第5次車の鉄道雑誌社向けの報道公開が行われました。

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▲乗務員扉付近で絞られる特徴的な帯。’09.2.4 綾瀬工場 P:RM(高橋一嘉)
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▲今回から新たに連結された中間T車(9400形)。帯が車端部でモザイク処理されているのも特徴のひとつ(左)。右は2号車のM1'車(9200形)。今回からM2'車が連結されないため、M1'車のVVVFインバータは1C4M制御×1群に変更されている。’09.2.4 綾瀬工場 P:RM(高橋一嘉)
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9000系は1991(平成3)年の駒込~赤羽岩淵間の開業に先立ち、1990(平成2)年に試作車が誕生していますが、今回の第5次車は営団地下鉄時代の2000年度に登場した18~21編成以来、約8年ぶりの増備で、初期の車輌が更新時期を迎えるのに先立っての予備車確保といった意味もあるそうです。

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▲車内は一人当たりの座席幅の拡大、7人掛け腰掛を2-3-2で仕切るポールの設置、袖仕切りの形状変更、ホームとの段差縮小、両車端部の荷棚高さを低く設定、優先席部の吊手の高さを低く設定するなど、快適性や使い易さの向上が図られている。写真左はCT1車(赤羽岩淵・浦和美園方)運転台。’09.2.4 綾瀬工場 P:RM(高橋一嘉)
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▲火災対策の強化の一環として天井の冷房吹き出し口は従来のFRPからアルミ製に変更された(左)。このほか床材はゴム製に、吊革はナイロン製に、座席表地はポリエステル+アラミド繊維製に変更されている。右は今回から新たに設置されたLCDに案内表示器。’09..2.4 綾瀬工場 P:RM(高橋一嘉)
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090206n010.jpg既報の通り、外観上は前灯の形状や色帯の変更、さらにスカートの取り付けにより前面のイメージが大幅に変わったことが大きな特徴ですが、車体自体も、構体の柱、梁、板、桁などのアルミ合金の種類を統一してリサイクル性の向上が図られたほか、セミダブルスキン構体や車体隅柱強化および溶接位置の変更により衝突安全性のより一層の向上が図られています。
▲今回から台車は南北線初のボルスタ付に変更。形式はMTとも10000系のFS777にサフィックスを追加したFS777Aとなっている。’09.2.4 綾瀬工場 P:RM(高橋一嘉)
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▲完成時の9000系試作車。当初は4輌編成であった。’91.2.25 営団地下鉄綾瀬工場 P:RM
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▲9000系第5次車主要諸元表。
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車号は従来車からの続番ながら、編成がこれまでの4M2Tから3M3Tに変更され、3号車にM2'車(9300形)に代わって新形式のT車(9400形)を連結しています。また、台車はこれまでのボルスタレス方式に代わって、10000系同様のボルスタ付となったことも大きな特徴でしょう。
なお、この9000系第5次車は2本が新造され、今春から営業運転を開始する予定で、詳しくは本誌次号でご紹介いたします。 

※この週末は不在のため小ブログは休載させていただきます。あしからずご了承ください。

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▲アニマス川に沿って雪晴れのD&SNGをゆくK28形473号機(Alco/1923年製)牽引のスペシャル・トレイン。写真提供:コロラド州観光局日本事務所 ※写真はイメージ
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090205n001.jpg数日前にコロラド州観光局日本事務所から私宛に、デュランゴ&シルバートン鉄道(Durango & Silverton Narrow Gauge Railroad/以下D&SNG鉄道)で今月運行される撮影特別列車のご案内をいただきました。D&SNG鉄道は小ブログでもたびたび紹介しているコロラド州屈指の保存鉄道で(アーカイブ「ナローゲージ・コンベンションの旅」等参照)、かつてのロッキー・ナローの真髄=デンバー&リオグランデ・ウエスタン(D&RGW)鉄道のシルバートン支線に相当します。1970年代まで観光用としてD&RGW鉄道自らの手で運行されてきた由緒ある線区で、現在ではニューメキシコ州境のクンブレス&トルテック・シーニック(C&TS)鉄道(→こちら)とともに、アメリカのナローゲージャーから絶大な人気を博しています。
▲デュランゴの庫内。通常は機関区構内には入れないので(→こちら)、その面でも今回のようなイベントは注目。'06.8.25 P:名取紀之
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▲K36形482号機(BLW/1925年製)が牽引するスペシャル・トレインがTefft Bridgeを渡る。写真提供:コロラド州観光局日本事務所 ※写真はイメージ

このD&SNG鉄道ではシーズンごとに様々なスペシャル・トレインを運行していますが、雪に閉ざされるこの季節に毎年注目を集めているのが“Cascade Canyon Winter Train”と通称されるフォトグラファーズ・スペシャルです。5年目となる今年は来る2月22日(日)に運転されるそうで、朝8時に起点のデュランゴを出発、フォトラン(→こちら)を繰り返しながらカスケードキャニオン(→こちら)へと向かいます。

COPhotoProject20070284.jpgところでこのD&SNG鉄道、全長72キロのうち、アニマス川の渓谷を縫うように走るもっとも風光明媚な区間にはまったく並行道路がありません。ことにカスケードキャニオン付近はトレール道しかなく、通常は列車の走行シーンをカメラに収めることは困難です。しかも厳冬のこのシーズンとなればなおさらで、多少なりとも現地を知る者にとっては、まさに垂涎のスペシャル・トレインといえるでしょう。
▲デュランゴの転車台でライトアップされて浮かび上がるK28形478号機(Alco/1923年製)。写真提供:コロラド州観光局日本事務所 ※写真はイメージ
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コロラド州観光局のリリースによればこの特別列車は定員100名。8:00にデュランゴを出発し、夕方デュランゴに戻る行程で、料金は通称の客車に乗るコーチ席109USドル、カブース席159USドル(朝食コーヒー、スナック付き)。また運行前夜21日(土)18:30から2時間の予定で定員40名、有料(25USドル)での夜間撮影会も実施されるそうです。(詳しくは→こちら

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▲エルクパークから終点シルバートンへと最後の力走を見せるレギュラー・トレイン。線路が550号線から離れるロックウッド付近からこのあたりまではアプローチ道路がなく、列車は森閑とした渓谷の中を走る。'06.8.22 P:名取紀之
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2週間後とあってはもちろん参加することはできませんが、雪景色のサンファン・マウンテンでの撮影三昧の一日を思うと、居ても立ってもいられない気分になってきます。そういえば今年のナローゲージ・コンベンションの開催地は11年ぶりとなるコロラド・スプリングスです。雪景色はかなわなくとも、アスペンが黄金色に色づく頃には、またデュランゴの地を踏みしめたいものです。

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▲新型リゾートトレインの外観イメージ。車体塗色、内装色は各線区ごとの特徴を現すデザインとなる予定。(JR東日本提供)
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昨日のE5系量産先行車に続いて、JR東日本の新型車輌に関する話題をお送りいたしましょう。現在JR東日本では、“リゾートしらかみ”や“リゾートみのり”、“きらきらうえつ”などの観光地を結ぶリゾートトレインを運転していますが、2010(平成22)年12月目標の東北新幹線八戸―新青森間開業にあわせ、ハイブリッドシステムを搭載した新型リゾートトレイン10輌を新製することが発表されました。投入内訳は津軽・大湊線には2輌編成×2本、五能線には4輌編成×1本(既存の“リゾートしらかみ”を1編成取替)、大糸線には2輌編成×1本とされています。

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今回新造されるリゾートトレインは、2007(平成19)年夏に小海線に導入された、営業車輌としては世界初のハイブリッド車・キハE200形と同様のハイブリッドシステムを搭載することにより、現行“リゾートしらかみ”車輌と比べて燃料消費率10%、排気中の窒素酸化物(NOx)など60%の低減が見込まれるほか、駅停車時は20dB、発車時は30dBの騒音低減も見込まれています。
▲運転台後部には展望室が設けられ、広い眺望が可能となる。また、一般客室は回転式リクライニングシートで構成されており、シートピッチは1,200mm。
▲(JR東日本プレスリリースより)
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さらに注目されるのはその車体で、新製リゾートトレインとしては初のステンレス車体が採用されます。両運転台の後部には展望室が設けられ、運転台前面窓と側面の大型窓により広い眺望が可能となり、室内には眺望用腰掛やソファーが配置される予定です。また、一般客室は大型窓と高床により広い眺望が可能となるほか、ゆとりある回転リクライニングシート(シートピッチ1,200mm)が配置され、前方風景や観光案内を放映する車内モニタ装置や次駅案内等を行なうLED式車内案内表示器、自動放送装置が装備されます。また五能線に投入される車輌にはコンパートメント室も設けられます。このほかトイレは改良型電動車イス対応トイレと男性用小トイレが設置される予定です。

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▲ハイブリッドシステムを搭載した新型リゾートトレインの車輌概要。(JR東日本プレスリリースより)
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この新型リゾートトレインは2010年秋以降に営業開始をする予定で、詳細な運行計画は改めて発表される予定です。なお、津軽・大湊線に投入される車輌は、青い森鉄道への乗り入れも計画されています。

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東北新幹線新青森開業に向け、新幹線の高速化に取組んでいるJR東日本が現在開発中の新型高速新幹線車輌(E5系)量産先行車のデザインが本日発表されました。全車輌にフルアクティブサスペンションが搭載されるこのE5系は、試験車E954形(FASTECH 360S)の成果を反映させて新規開発されるもので、話題だった“ネコ耳”こそ持たないものの、環境性能を考慮した“アローライン”と呼ばれる特徴的な先頭形状が大きな特徴です。
▲E5系量産先行車エクステリアイメージ。(JR東日本提供)
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エクステリアデザインのカラーリングは「FASTECH360」の色彩をもとに、
・上部色「常盤(ときわ)グリーン」
・下部色「飛雲(ひうん)ホワイト」
・車体中央の色帯「はやてピンク」
とし、未来を感じさせる先進的イメージとスピード感を表現しています。

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▲E5系量産先行車グリーン車客室内インテリアイメージ。(JR東日本提供)
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一方インテリアデザインは、「ゆとり」「やさしさ」「あなたの」をキーワードにデザインされており、自然の色を基本に、暖かで落ち着いた空間が演出されます。
■グリーン車
・温もりある木目調の壁に、自然の山並みと雲の連なりを表現した柄の座席を配置し、「高品質で優美な客室空間」としています。
■普通車
・明るいグレーの壁に、リズム感をもたせて広さを強調した柄の座席を配置し、「シックでモダンな客室空間」としています。
・従来の「はやて」車輌と同様に、座席色は奇数号車と偶数号車で分けられています。

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▲E5系量産先行車普通車客室内インテリアイメージ。左が奇数号車、右が偶数号車。(JR東日本提供)
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このE5系、定期列車としては国内初の“ファーストクラス”とも呼べる「スーパーグリーン車」(仮称)が青森方先頭車10号車に設定されることも発表されています(アーカイブ「新型“はやて”(E5系)に“スーパーグリーン車”」参照)。なお、営業運転の最高速度では、2010 年度末には300 km/h 、2012 年度末には320km/h で走行する計画で、最終的には東京?新青森間は最短3時間5分程度に短縮されることとなります。

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▲営業運転2日目、オヘソライトを光らせて夕暮れの明治通りを渡る。’09.2.1 梶原 P:高橋一嘉
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一昨年登場し好評を博している都電荒川線のレトロ電車9000形(アーカイブ「都電9000形が完成」参照)の増備車である9002号の報道公開が2月2日に実施されました。

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▲紺色とクリーム色のツートンカラーで登場した9002。’09.2.2 荒川車庫 P:RM(高橋一嘉)
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ご存知の通り、荒川線のレトロ電車9001号は2007(平成19)年5月27日から営業運転を開始したもので、レトロ調に改装された三ノ輪橋電停や荒川車庫前に開設された「都電おもいで広場」と合わせて、今では都電観光のシンボル的存在となっています。

090202n003.jpg今回登場した9002号は、ご覧の通り車体のツートンカラーを紺色とクリームの組み合わせとすることで個性を持たせているのが最大の特徴。その他はほぼ9001号と同形ですが、モニター屋根風の屋上機器カバー左右の窓状部分が全てルーバー風のデザインとなった点、その両端部に旧局章が3つずつあしらわれている点が外観上の変更点です。また腰掛袖仕切りおよび優先席部分の吊り手の形状、列車無線装置の端末の設置位置などが変更されています。なお、この9002号の投入に伴う在来車の引退は現時点ではないとのことです。
▲屋上機器カバーの両端部には新たに旧局章があしらわれた。また、9001号では一部のみルーバーが設置されていた屋上機器カバー左右の側面窓状部分は、9002号ではすべてルーバー風のデザインとして統一が図られている。’09.2.2 荒川車庫 P:RM(高橋一嘉)
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▲9002号の運転台(左)。9001号では運転席背面にあった列車無線装置の端末はマスコン奥に設置されている。車内(右)は基本的に9001号の仕様を踏襲しているが、ロングシートの袖仕切りが大型化されているほか、優先席部分の吊り手がオムスビ型から丸型に変更されている。’09.2.2 荒川車庫 P:RM(高橋一嘉)
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この9002号はすでに1月31日から営業運転に就いており、同形とは言え色違いの電車に沿線での注目度も抜群のようです。なお、2月8日には荒川車庫で9001号とのコンビでの撮影会(→こちら)も予定されていますので、訪れられてみてはいかがでしょうか。

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▲9001号や旧塗色の7022号と並んだ9002号(左は入庫車の8502号)。’09.2.2 荒川車庫 P:RM(高橋一嘉)
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▲EF81 411に牽引されて小倉駅へと向かう58654。'09.1.23 西小倉 P:有馬淳子さん (「今日の一枚」より)

昨年12月に火入れ式が行われ(アーカイブ「58654号機が火入れ式」参照)、いよいよ試運転目前となってきたJR九州の58654号機ですが、このたび待望の運転予定の詳細が発表となりました。運転区間は既発表のとおり鹿児島本線・肥薩線の熊本~人吉間。愛称名は「SL人吉」号と決定し、来る4月25日(土曜日)から営業運転を開始します。

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▲「SL人吉」号停車駅と運転時刻。(JR九州プレスリリースより)

今年の運転日数は合計125日(下表参照)。運転時刻は、下りが熊本9:41→新八代10:26→八代10:32-10:40→坂本10:56→白石11:23-11:26→一勝地11:42-11:52→渡12:02→人吉12:13、上りが人吉14:39→渡14:50→一勝地15:00-15:08→白石15:25-15:28→坂本16:09→八代16:29-16:35→新八代16:40→熊本17:21で、蒸機現役時代から肥薩“川線”として知られた風光明媚な区間だけに、再び名シーンの数々を見せてくれるに違いありません。

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▲58654号機を待つ人吉の転車台。人吉には1911(明治44)年に建てられたという加久藤溶結凝灰石を積み上げた石積機関庫も残る(アーカイブ「肥薩線視察記」参照)。'07.3.8
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編成は58654号機を先頭にした客車3輌(全車指定席/定員132名)。客車車内には蒸気機関車に関する本を集めた「SLライブラリー」や関連グッズを展示した「SLミュージアム」などのコーナーも設けられ、さらに「SL人吉」オリジナルの制服を着た客室乗務員が乗務して観光案内・車内販売を行う予定だそうです。

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▲「SL人吉」号運転開始にあわせてリニューアルされる人吉駅完成予想図。(JR九州プレスリリースより)
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hitoyoshistn02またこの「SL人吉」の運転開始に合わせ、人吉駅がリニューアルされます。茶色を基調とした木製の連子格子を一階前面に設置し、駅コンコースや待合室も大きくリニューアルされる予定です。同時に途中停車駅の坂本、白石、一勝地、渡の各駅についてもリニューアルが施されるほか、くま川鉄道にもリニューアル車輌「KUMA-1・KUMA-2」が登場します。さらに産交バスがボンネットバス型の「人吉観光周遊バス」を運行する計画もあり、人吉・球磨地域は歓迎ムード一色に包まれます。
▲現在の人吉駅舎。'07.3.8
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▲リニューアル後の人吉駅改札口周辺の完成予想図。(JR九州プレスリリースより)
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▲「SL人吉」号運転予定カレンダー。夏休み期間は火曜日を除いて連日の運転が予定されている。(JR九州プレスリリースより)

なお、運行に先立ち、2月28日(土)には九州鉄道記念館でお披露目会が、3月1日(日)には博多駅で見学会が開催されます。
■お披露目会
○日時:2009(平成21)年2月28日(土) 11:00?15:00
○場所:九州鉄道記念館 ※門司港駅より徒歩5分
○料金:無料(但し入館料は必要)
○内容
・運転台の一般公開・完成記念撮影会・フォトコンテスト
■見学会
○日時:2009(平成21)年3月1日(日) 13:10?13:40
○場所:博多駅4番のりば
○料金:無料(但し博多駅の入場券が必要)
○内容
・58654号機+客車の外観をホームより観覧(※見学者多数の場合は、安全上の理由から見学をお断りする場合がある)

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