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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2009年1月25日

熱海の“へっつい”を見る。(上)

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▲熱海駅前に保存・展示されている熱海鉄道7号機。いわゆる“へっつい”の生き残りである。JR東日本横浜支社指定準鉄道記念物第一号に指定されている。’08.9.28
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手近な場所にありながら、逆にそれゆえに何時でも行けると訪問機会を逸してしまうことはありがちですが、私にとっては熱海駅前に保存されている熱海鉄道7号機もそのひとつでした。かれこれ28年前にブローニー判モノクロで撮影してはいるものの、細かなディテールまで撮影しておらず、かねてより再訪せねばと思っておりました。場所柄、仕事がらみでの懇親会やら何やら訪れる機会は少なくないのですが、いつも一瞥するだけで「またいつか…」と時間ばかりが経ってしまっていたのです。

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▲長らく国鉄鷹取工場構内で一部をカットされた標本として保管されていた本機は、1969(昭和44)年に同工場で修復されて熱海市に戻った。鷹取で誂えられた“ATAMI 7"のプレートと復元銘板。’08.9.28
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▲恐ろしく小さなシリンダーと華奢なロッド(弁装置は内側スチブンソン)。右は床下の灰箱部。’08.9.28
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昨年秋、所要で静岡へ向かう際に、思い切って早朝の「こだま」に乗って熱海で途中下車することにしました。熱海駅前の展示スペースは28年前とほとんど変わってはいませんでしたが、手前には昨今流行の“足湯”が設けられ、展示場の周囲には植栽が増えて、撮影するには少々厳しい環境となってしまっていました。

090125n022あらためて現車を見てみると、その小ささはもとより“へっつい”と愛称される低くへばりつくようなプロポーションがなんとも異様です。ちなみに“へっつい”とは、かつて民家の土間に設置されていた“かまど”の異名で、志賀直哉が小説「真鶴」(1920年)の中で「どうだ、このボイラーの小せえ事、恰でへつつひだな」と表現したことに端を発します。この小説は真鶴に住む幼い兄弟が小田原に買い物に行く道中を描いたもので、熱海鉄道(この時点では大日本軌道小田原支社)の描写がたびたび登場します。
▲28年前の熱海駅前。展示場所は現在と変わってはいない。’80.3.7
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▲この当時は展示場周辺の植栽も少なく、公式側からの撮影もし易かった。それにしても、四半世紀以上の歳月を経ながら、現在でもしっかりと整備されているのは嬉しい限り。’80.3.7
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熱海鉄道が最初に実用導入したのは1904(明治37)年のボールドウィン製2.7t機で、機関車全体をさながら屋台のような屋根と側板で覆ったいわばスチームトラムでした。この機関車はサドルタンク機でしたが、異様なほどのボイラー中心高の低さが特徴で、以後の増備にあたっては国内メーカーがこれに倣ったがゆえの“へっつい”誕生だったと思われます。

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