鉄道ホビダス

2008年11月アーカイブ

名残のEF55を見送る。(上)

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▲暮れなずむ上越線を一路高崎に向けて帰投してゆくEF55。その特異なサイドビューも間もなく見納め。'08.11.29 敷島-渋川(試9734レ)
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趣味の大先輩・宮澤孝一さんから、EF55の試運転があるので一緒に撮影に行きませんかとお誘いいただき、これまた大先輩であるプロカメラマン・RGGの荒川好夫さんの車に同乗させていただき、上越線へと行ってまいりました。

081130n014ご承知のようにJR現役最古の電気機関車EF55 1は、この12月から来年1月にかけて行われるさよなら運転を最後に現役を退くこととなっており(アーカイブ「EF55ラストランへ…」参照)、今回の試運転はそのイベントを前にしたテストランというわけです。運転区間は高崎~水上。高崎を10時前に出てお昼に水上に到着、15時過ぎに水上から帰路につくというダイヤですが、いかんせん陽の短いこの季節、復路はほとんど撮影できなさそうです。
▲化粧直しされて眩いばかりの光沢を放つ特徴的な前頭部。'08.11.29 水上
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▲旧型客車4輌を従えていまだ衰えぬ俊足ぶりを見せるEF55 1が木ノ根隧道への10‰を駆け下りる。ちなみに今回お見せする画像はすべて愛用のコンパクト・デジカメ「ペンタックス・オプティオS4」(アーカイブ「帰ってきた“オプティオ”」参照)で撮影したもの。このカットは1/60で一発必中の“流し撮り”を試みたが、わずかに振り遅れて2エンド側付近が止まっている。'08.11.29 上牧-後閑(試9734レ)
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私はもとより荒川さんでさえEF55の現役時代は見たこともありませんが、さすがに宮澤さんは暖房車を従えて高崎線を行き交うEF55を幾度となく撮影されておられ、今回の引退への感慨もひとしおのようです。1936(昭和11)年生まれのEF55 1は今年で齢72歳。1964(昭和39)年に廃車になるまでで28年、1985(昭和60)年の復活から現在までで23年…合計すれば半世紀以上も東京近郊の鉄路を走り続けてきたことになります。

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▲編成は高崎の旧型客車4輌。オハ47 2266(左)やスハフ42 2173(右/ともに〔高タカ〕)といえどもEF55から見れば親子ほどに年が離れている。'08.11.29 水上
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081130n004今回の試運転は本運転とは異なり旧型客車4輌を牽引して行われました。それだけに注目度も高かったようで、沿線では多くの知り合いの皆さんともお会いしました。ちなみに撮影地へのナビゲーター役は沼田の「よみがえれボールドウィン実行委員会」の広報担当・木村一博さんにお願いしました。さすが地元だけあって良く知っておられること…。さらに途中から連載「ガイドブック・最盛期の国鉄車輌」でお馴染みの浅原信彦さんも加わり、和気藹々、実に楽しい撮影行となりました。
▲何とも懐かしいデッキ部。高崎車両センターの旧型客車は実によく整備されている。'08.11.29 水上
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▲名所・第一利根川橋梁(通称・大正橋)にEF55+旧型客車のシルエットが浮かぶ。この橋梁手前から5キロあまりの10‰上り勾配が続くが、EF55はモーター音も軽やかに駆け抜けていった。'08.11.29 渋川-敷島(試9735レ)
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それにしても磨き上げられたEF55は実に矍鑠としており、その独特のモーター音も“勇退”が近いとは思えないほど力強いものです。さよならイベント後は、当然ながら静態保存への途がひらかれることになると思われますが、あの走行音を次世代にも聞かせてあげたいと思えてなりません。

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▲3車体連接構造の豊橋鉄道T1000形ほっとらむ。車体は手前からACBの順。メーカーはアルナ車両。’08.11.27 赤岩口車庫 P:RM(高橋一嘉)
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豊橋鉄道豊橋市内線(東田本線)の超低床電車T1000形が完成、去る11月27日に鉄道雑誌社向けの報道公開が行われましたので、さっそくお目にかけることにいたしましょう。

toyotetu02.jpgご存知の通り、同線では2005年から元名鉄美濃町線の部分低床車800形が運転されていますが、今回導入されたT1000形は台車上も含めた全面超低車です。長崎電気軌道3000形や函館市交通局9600形と同じく、モーターを台車ではなく運転席下の車体側に装架(自在継手と台車外側の歯車装置を介して動力を伝達)することで、車軸上の通路部分も超低床化したものですが、前2路線に比べ豊橋市内線は狭軌(1067mm)であり、国産技術による狭軌用LRVとしては初めて台車上を含めた全面超低床化が実現したことになります。
▲前面は全体に丸みを帯び、どことなくイルカを連想させるデザイン。’08.11.27 赤岩口車庫 P:RM(高橋一嘉)
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▲車内、B車体からC・A車体を見る。台車のないC車体は非常に広々としており、車椅子スペースも設置されている。’08.11.27 赤岩口車庫 P:RM(高橋一嘉)
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▲運転台は右手ワンハンドルマスコン。左手には中間のC車体から後方と車外を映すモニターが設置されている(左)。モーターは運転席下に装架され、台車外側の歯車装置と自在継手で結ばれる(右)。’08.11.27 赤岩口車庫 P:RM(高橋一嘉)
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車体は3車体連接構造で、赤岩口方からA車体、C車体、B車体の順(車輌としては3車体で1輌の扱い)。台車を持つ両端のA・B車体の車内はクロスシートで、シートの下に納まる左右の車輪間に通路部分が通る構造ですが、狭軌ながら通路幅は820mmが確保されており、狭さを感じさせません。一方、中間のC車体は台車のないフローティング構造で、車内はロングシート。折りたたみ式の腰掛による車椅子スペースや側扉の車椅子用スロープが設置されており、車椅子で利用の場合はC車体の扉から乗降することになります。なお、残念ながら運動公園前方面へは従来の800形と同様、入線不可とのことです。

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▲試運転で国道1号線を行くT1000形。制御装置は中間のC車体屋根上に搭載されている。’08.11.27 市役所前-札木 P:RM(高橋一嘉)
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このT1000形は12月19日から駅前~赤岩口間(一部は競輪場前折り返し)で1日最大14往復(平日)が運転される予定で、新しい豊橋の顔として活躍することになるでしょう。なお、運行開始に合わせ各種記念グッズの発売が予定されています。詳しくはホビダスニュースをご覧ください。また車輌についての詳細は本誌12月発売誌上にてご紹介する予定です。

※「今日の一枚 The Movie」で上原善行さん(東京都)からご投稿いただいた動画をご覧になれます(→こちら)。

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▲ありし日の金名線をゆくモハ3741。本数こそ少ないものの、金名線は私にとってお気に入りのロケーションの線区だった。ちなみにこの写真は1984(昭和59)年に9ヶ月間のみ仮復旧して運行されていた時のもの。この年の12月には再び不通となり、その後運行が再開されることはなかった。'84.5.6
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北陸鉄道は先月、国土交通省北陸信越運輸局に石川線鶴来~加賀一の宮間2.1㎞の廃止届けを提出しました。ご承知のように2000年春の鉄道事業法改正によって旅客鉄道事業の退出(つまりは廃止)がそれまでの許可制から原則一年前の事前届出制に変わっているため、来年2009(平成21)年11月1日をもっての廃止が確実となってしまいました。

hokutetsu03n.jpg鶴来~加賀一の宮間は1927(昭和2)年に金名鉄道が開業した区間です。金名鉄道はその壮大な名称が示すように、金沢と名古屋を結ぼうという荒唐無稽とも思える夢を描いていましたが、結局、白山下までの16.8㎞(実際は白山下が起点)を開業するのが精一杯でした。開業2年後鶴来~加賀一の宮間は金沢電気軌道に譲渡され、さらにその後、いわゆる戦時統合で他の石川県内の小私鉄とともに北陸鉄道に統合されて「石川線」の一部となりました。加賀一の宮から白山下までの旧金名鉄道部分が「金名線」、旧金沢電気軌道(石川鉄道)部分が「石川線」、旧能美電気鉄道部分が「能美線」を名乗ることとなり、なおかつこの3線をまとめて「石川総線」と通称するようになります。
▲「白山下」の方向板を掲げたモハ3761。石川線生え抜きの車輌である。'80.3.5 鶴来
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▲鶴来に到着した金名線からの直通準急野町行き。モハ3741はこう見えてもクロスシート装備であった。'80.3.5 鶴来
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▲「石川総線」と刷り込まれた北陸鉄道車内乗車券。能美線、金名線健在なりし全盛期のもの。
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通称と言えども、車内乗車券をはじめいたるところに「石川総線」の名称が用いられていました。一大ネットワークを端的に言い表したこの名称は、私鉄王国=北陸の象徴として、私たちファンの心に深く刻まれることになります。

turugimapn001.jpgそんな「石川総線」が崩れ始めたのは1980年代に入ってからのことでした。1980(昭和55)年秋には能美線が廃止となり、続いて1983(昭和58)年には橋梁の岩盤崩壊が原因で金名線が部分不通に…。結局、1987(昭和62)年4月に加賀一の宮~白山下間も廃止となり、この時点で残存区間は石川線のみとなって、残念ながら“総線”を名乗ることはできなくなってしまったわけです。
▲地形図に見る今回の廃止区間。(国土地理院・電子国土より)
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ほぼ時を同じくして離れ小島であった小松線も廃止され(アーカイブ「北陸鉄道小松線の春」参照)、以後、北陸鉄道は石川線と浅野川線の2線のみとなってしまいます。北陸鉄道がこのたび北陸信越運輸局に提出した届出では、廃止理由として「当該区間は利用者数が僅少であること」、「当該区間の老朽化した鉄道インフラ更新に関わる資金調達が困難であること」があげられていますが、金名鉄道が壮大な夢を描いて創設してから80年余、ついにかなわぬ夢の終焉となってしまうわけです。

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▲鶴来の車輌基地で休む[石川総線」の車輌たち。15m級の小型車モハ3732の姿も見える。'80.3.5 鶴来
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廃止区間終点の加賀一の宮駅は「神社前」という旧駅名からも知れるように、白山比咩(しらやまひめ)神社の最寄駅で、駅舎も実に風格あるものです。初詣シーズンはたいへんな賑わいだと聞きますが、それも一ヶ月後、来年の正月が最後となってしまうわけです。

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▲いよいよ引退が見えてきた3000系と並ぶ1000系5次車。すでにブルーグリーンの2本目も搬入され、その一方、取材当日も永福町駅ではクハ3720などの搬出作業が行われていた。これら引退した3000系の譲渡先も気になるところ。’08.11.26 富士見ヶ丘検車区 P:RM(高橋一嘉)
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すでにホビダスニュースでもご紹介していますが、京王電鉄井の頭線1000系の改良増備車が登場、1本目が11月10日より営業運転を開始しました。

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▲11月10日から営業運転を開始した1000系5次車。’08.11.26 富士見ヶ丘検車区 P:RM(高橋一嘉)
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京王電鉄1000系は井の頭線初の20m車として1995年に登場。当初は2M3Tの組成で、1998年までに1・2次車10本が製造されました。この後しばらく間が空いたものの、2002年からは3M2Tに組成を変更して増備が再開され、2004年までに3・4次車5本が製造され、計15本の体制となっていました。

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▲スタンションポールや袖仕切りなど、京王線9000系に準じたユニバーサルデザイン化が図られた車内。’08.11.26 富士見ヶ丘検車区 P:RM(高橋一嘉)
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5次車にあたる今年度増備の編成は16本目~ということになりますが、今回から車号が飛んで20番代となり、吉祥寺方先頭車1721~、渋谷方先頭車1771~となっています。また井の頭線車輌の特徴である先頭部のレインボーカラーも、16本目ならばアイボリーホワイトからのスタートとなるところですが、車号に合わせてライトブルーからのスタートとなりました。

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▲外観上、最も目立つ変更点が前面行先表示部分。ご覧の通り車体の曲面と一体になっている(左)。側扉上部に設置された大型LCD(右)。’08.11.26 富士見ヶ丘検車区 P:RM(高橋一嘉)
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keio1000.05.jpgこの5次車は1~4次車に比べ、外観上は前面LEDの大型化とデザイン変更および行先・種別表示のフルカラーLED化、また外板のビートレス化が大きな変更点です。一方、車内は側扉上案内表示の大型LCD化、スタンションポールおよび袖仕切りのデザイン変更、扉部分の黄色着色化、UVカットガラスの導入とカーテンの廃止など、地下鉄乗り入れ用の9000系に準じたユニバーサルデザイン化が図られています。
なお、1000系は今年度5本(すでに2本が搬入済み)、さらに2009年度9本の計14本が増備される予定で、これにより1000系は総勢29本になります。これは同時に1995年以来続いた3000系との世代交代がついに完了することを意味しており、井の頭線にとっては大きな節目となりそうです。
▲黄色着色化された側扉付近。’08.11.26 富士見ヶ丘検車区 P:RM(高橋一嘉)
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movie001.jpg先週末にスタートした「今日の一枚 The Movie」がたいへんご好評をいただいています。1万5千枚を超えて、今やコンテンポラリーな鉄道写真アーカイブとしてはわが国屈指の蓄積となった「今日の一枚」の動画版=「今日の一枚 The Movie」は、鉄道の“今”を今度は皆さんの投稿動画によって後世に残してゆこうという新企画です。
▲中秋の名月“お月見列車”。夜間特別便として運転された雨宮21号です。'08.9.13撮影 丸瀬布森林公園いこいの森 矢野友宏さん(北海道)
※上の画像をクリックすると動画のアーカイブにリンクします。その後、再生ボタンをクリックしてご覧ください。
音声付ですのでクリックする前に周囲の環境にご配慮ください。

ありがたいことにオープン直後から予想以上のご投稿を頂戴し、「鉄道ホビダス」編集部は嬉しい悲鳴を上げております。システム上、動画の“尺”としてはそれほど長くはアップできないものの、たとえ短時間でも音声入りの“ムービー”で見ると、その臨場感は感動的でさえあります。ここに一例としてご紹介する矢野友宏さんの「丸瀬布森林公園いこいの森」の雨宮21号の夜間走行シーンなど、まさに動画ならではの臨場感と言えましょう。

movie003.jpgオープンから連休をはさんで数日しか経っていないにも関わらず、すでに再生回数が2000回近いものもあり、皆さんの期待度の高さが伺い知れます。ただ現在、頂戴した投稿数に対してアップロードの作業が追いつかない状況となっており、ご投稿からアップまで少々お時間を頂戴するかたちとなりますが、どうかその点お含みおきのうえ、ご投稿いただければ幸いです。
▲網走行きの一番列車は、大雪のため知床斜里で運転打ち切りとなりました。'08.2.24撮影 釧網本線 川湯温泉 松崎 隆さん(東京都)
※上の画像をクリックすると動画のアーカイブにリンクします。その後、再生ボタンをクリックしてご覧ください。
音声付ですのでクリックする前に周囲の環境にご配慮ください。

movie002.jpgなお、投稿可能な動画ファイルの形式は、3GP、3GP2、AVI、MOV、MPEG-1、MPEG-4、H.263、H.264、WMVで、容量100MB以内でお願いいたします。お送りいただいた動画は、一度「鉄道ホビダス」編集部にて確認のうえアップロードいたします。
▲黄金色に門鉄デフが輝きました。'08.11.22撮影 「SLばんえつ物語号」8233レ 磐越西線喜多方―山都 酒井敏寛さん(東京都)
※上の画像をクリックすると動画のアーカイブにリンクします。その後、再生ボタンをクリックしてご覧ください。
音声付ですのでクリックする前に周囲の環境にご配慮ください。

また、ご覧いただく際の動作環境は次のとおりとなります。
■Microsoft Windows
Windows Vista、Windows XP または Windows 2000
Intel Pentium III 500MHz相当以上のプロセッサ(1GHz以上を推奨)
128MB以上の実装メモリ(256MB以上を推奨)
解像度1024 x 768、16ビット以上を表示可能なカラーモニタ
Internet Explorer 6.0以降、または Firefox 2以降
(要プラグインMacromedia Flash Player 8以上)
■Macintosh
Mac OS X v10.2以降
PowerPC G3 400MHz以上のプロセッサ(G4以上を推奨)
128MB以上の実装メモリ(256MB以上を推奨)
解像度1024 x 768、16ビット以上を表示可能なカラーモニタ
Safari 2以降、または Firefox 2以降
(要プラグインMacromedia Flash Player 8以上)

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0系、ラストウィーク。

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▲朝日をバックに、今日も0系の一日が始まります。'08.11.14 山陽新幹線西明石?姫路 土井廣三さん(兵庫県)(「今日の一枚」より)

0系新幹線がついに最終週を迎えました。残された最後の0系は、JR西日本博多総合車両所所属のR61、R67、R68の3編成。定期運用最終日となる11月30日には岡山駅と博多駅で「0系新幹線定期運転終了セレモニー」が実施され予定です。今回は「今日の一枚」にお寄せいただいた秀作をご覧に入れながら、0系ラストランの概要をおさらいしてみたいと思います。

081125n004.jpg●0系新幹線定期運転終了セレモニー
■岡山駅
・日時:2008(平成20)年11月30日(日) 14:25?14:55
・場所:岡山駅21番のりば 1号車先頭部付近
・対象列車:〈こだま659号〉 岡山駅14:37入線 14:51発 ※岡山駅始発
■博多駅
・開催日時:2008(平成20)年11月30日(日)18:15?18:45
・場所:博多駅14番のりば 先頭車輌付近(ホーム中央1号車付近)
・対象列車:〈こだま659号〉(博多駅18:21着)
※所定の〈こだま659号〉は博多南駅(博多南線)まで営業運転されるが、11月30日については博多駅止まり。なお、博多南駅へは別編成での運転。
▲新幹線だ! '08.11.19 山陽新幹線新大阪 野志幸史さん(和歌山県)(「今日の一枚」より)
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▲秋晴れの下、Go East! '08.11.4 山陽新幹線厚狭?新山口 矢野 恭さん(福岡県)(「今日の一枚」より)

081125n006.jpgまた、定期運用離脱後も12月に「0系さよなら運転」が下記のように予定されています。
■臨時〈ひかり〉
○〈ひかり347号〉 12月6、13、14日運転
 新大阪14:56→岡山15:45-15:46→広島16:31-16:41→小倉17:40-17:41→博多18:01
○〈ひかり356号〉 12月13日運転
 博多10:12→小倉10:32-10:33→新山口10:56-10:57→徳山11:13-11:18→広島11:45
○〈ひかり355号〉 12月13日運転
 広島14:42→徳山15:10-15:16→新山口15:32-15:40→小倉16:07-16:08→博多16:30
○〈ひかり340号〉 12月14日運転
 博多8:06→小倉8:26-8:33→徳山9:12-9:18→広島9:45-9:56→三原10:19-10:32→
 岡山11:03-11:04→姫路11:29-11:34→新大阪12:05
■編成
 0系6輌編成 全車指定席(1?5号車:禁煙車、6号車:喫煙車) 定員400名
▲丸いお鼻の新幹線は人気者。'08.11.6 山陽新幹線新大阪 閑野雅幸さん(兵庫県)(「今日の一枚」より)
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▲0系と100系が並んで通過待ち。'08.11.19 山陽新幹線東広島 駒井壮介さん(埼玉県)(「今日の一枚」より)

さらに、臨時〈ひかり〉として0系の最終運転となる12月14日(日)には「0系新幹線さよなら式典」が以下のように新大阪、広島、博多の各駅で開催される予定です。

081125n003.jpg■新大阪駅
・日時:2008(平成20)年12月14日(日) 14:30?15:00
・場所:新幹線新大阪駅 20番のりば 0系新幹線(6輌編成)の1号車付近(ホーム中央 16輌編成の7号車付近)
・対象列車:〈ひかり347号〉 新大阪駅14:56発(14:45入線)
※回送列車として博多方面より入線
■広島駅
・日時:2008(平成20)年12月14日(日) 16:15?16:45頃
・場所:広島駅11番・12番ホーム西寄り 1号車先頭部付近(6輌編成)
・対象列車:〈ひかり347号〉 広島駅16:31着、16:41発
■博多駅
・日時:2008(平成20)年12月14日(日) 17:50?18:10
・場所:新幹線博多駅14番のりば 先頭車輌付近(ホーム中央1号車付近)
・対象列車:〈ひかり347号〉 博多駅18:01着
▲0系はみんなの想い出の中に…。 '08.11.3 山陽新幹線新神戸 百田浩士さん(大阪府)(「今日の一枚」より)
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▲本誌先月号より。

定期運用離脱まであと5日、そして本当の最後、0系が日本の営業線上から姿を消すまであと19日…、あまりにも大きな「昭和」が、歴史の彼方へと去ってゆきます。

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▲秋の陽を浴びて3年間の活動の結晶、ボールドウィン、協三、そしてホイットカムが並ぶ。'08.10.19 P:木村一博

いささか旧聞となってしまいましたが、去る10月19日(日)に行われた「根利森林鉄道まつり」の様子をお伝えいたしましょう。これまでに何回かご紹介してきた「よみがえれボールドウィン実行委員会」が、一昨年のボールドウィンB1リアタンク蒸気機関車、昨年の協三工業製10tディーゼル機関車に続き、今春から進めていたホイットカム製ガソリン機関車の塗装修復が完了し、それを記念しての「ホイットカム塗装修復完成披露会」でもあります。

081124n002すでに9月に行われた6回目の修復作業で細部を除いてほとんど完成状態にあったホイットカムですが、完成披露会前日の18日(土)にはメンバー有志が林野庁林業機械化センターに集い、最後の仕上げ、準備作業が行われました。前回残されていた排気管が銀色に塗装され、ヘッドライトを取り付け、木製の窓枠をはめ込みます、一方、「よみがえれボールドウィン実行委員会」の今年のもうひとつの成果である根利森林軌道(利根林道)の調査報告も展示すべく「親機館」内での準備作業が進められました。
▲いよいよ「ホイットカム塗装修復完成披露会」が始まった。林業機械化センター安藤所長の挨拶に続き、星野沼田市長、安藤所長、丸山実行委員会会長による除幕式が行われた。'08.10.19 P:木村一博

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▲5インチの線路も敷設。ライブスチームばかりか、地元の根利森林軌道(利根林道)で活躍していたという協三工業製特殊軽量機関車の模型も登場。'08.10.19 P:木村一博

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▲親機館内では根利森林軌道(利根林道)の調査報告展示が行われた。来場者の中には、かつての利根林道の様子をご存じの方、昔、林鉄の機関車の運転をしていた方もおられ、興味深いお話を聞く事が出来たという。'08.10.19 P:木村一博
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翌19日、「根利森林鉄道まつり」はまたとない好天に恵まれました。ボールドウィンや協三工業製DLも引き出され、“主役”のホイットカムと並びます。まさに「よみがえれボールドウィン実行委員会」3年間の成果が勢揃いした瞬間です。

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▲修復なったホイットカムの晴れ姿。青空と紅葉が進んだ辺りの木々に囲まれてお披露目の時を待つ。 '08.10.18 P:木村一博
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081124n006「根利森林鉄道まつり」は「ホイットカム塗装修復完成披露会」で幕を開けました。林業機械化センターの安藤所長から実行委員会への労いの言葉で始まったセレモニーは、星野沼田市長も除幕式に参加、メディアも注目するものとなりました。挨拶に立った実行委員会の丸山会長は、将来的な動態化に向けてアピール…「いつの日か機関車たちが自力で動き出すまで頑張りましょう」。
▲オリジナル銘板から複製したエッチング銘板も所定の位置に取り付けられた。'08.10.18 P:木村一博
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▲日が沈むと辺りは真っ暗、親機館の外灯がホイットカムを照らす。'08.10.18 P:木村一博

さて、林業機械化センターに保存されている3輌の機関車の塗装修復を終えた「よみがえれボールドウィン実行委員会」ですが、今後もこの機械化センターをベースに活動を繰り広げてゆくそうです。具体的な活動予定はこれから練られるそうですが、これまで手をつけていない足回り関係の整備に着手し、近い将来の動態化に向けての第一歩としたいと豊富を語っておられます。なお、利根軌道の調査活動も続行し、来年も秋の「根利森林鉄道まつり」は継続的に行う予定とのことですので、今後も「よみがえれボールドウィン実行委員会」の皆さんの活動に注目してゆきたいと思います。

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KBscaleのOMZ117。

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▲航空便で送られてきた7㎜スケールのドイッツOMZ117キット。115×75×45㎜ほどの紙箱にきちんと梱包された細々としたパーツが詰め込まれている。

「EXPO NARROW GAUGEの旅」最終回で、「年内には出荷できるという言葉を信じて予約金100ポンド也を渡してきてしまった」…と記したKBscaleの新作キットOMZ117ですが、早くも先週、自宅宛にエアメールで送られてきました。これまでの数多の例からして、早くて年明け、まぁ来春頃が妥当な線だろうと踏んでいた(失礼…)だけに、ちょっとした驚きではありました。

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▲主要パーツを並べてみた。エッチング板は台枠を構成する部分(左下)が洋白、車体関係の3枚が真鍮。モーターはマシマ製で、片道1万キロを往復して日本に戻ってきたことになる。

紙製の小箱を開けてみると、4枚のエッチング板を中心に、ホワイトメタル・パーツやら、パワートレーンを構成する細細した部品やらが丁寧に小分けされ、それぞれが梱包されて収まっています。両面抜きのエッチング板は極めて精度が高く、見ているだけでも楽しくなってしまうほどの出来です。

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▲インストラクション・シートの1枚目。シャーシ・アッセンブリーはおろかギアボックスもエッチング板から組み上げねばならない。さらにサイドロッドは2枚を貼り合わす構造となっている。
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▲ギアボックスはウォームからスパー3段で減速させる方式。動輪のクランクピンもユーザーが組みつけねばならない。
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A5判8ページのインストラクション・シート兼パーツリストが入っており、ゲージは基本の14㎜を中心に、12㎜と16.5㎜にも作り変えられることが知れます。7㎜スケール(1/43.5)の12㎜ゲージというのは耳慣れないバージョンですが、単純計算すると522㎜ゲージとなり、20in(1ft8in=508㎜)ゲージを“丸めた”結果なのでしょう。

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▲ドイッツ製のOMZ117形はヨーロッパ各地に同系機がいる。写真はボード・ナ・モナのLM254で、同系のKS28B形(3.4t)。'02.10.21 Bord Na Mona/Black Water Works(アイルランド)
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キット構成は彼の地にありがちなエッチング板でシャーシ・アッセンブリーまで組み上げるもので、同様にギア・ボックスもエッチング板から組まねばなりません。これまでの経験からすると、このパワートレーンの工作が結構デリケートで、微妙な歪みが走行性能に大きく響きかねません。

081119n002n.jpgそれにしても、これまた彼の地のキットではありがちですが、完成図がどこにもないのには少々面食らいます。図面らしき図面は箱絵となっているサイドビューだけ。実機を知らない者にとっては何とも心細い限りですが、マイナーな製品の性格上、購入するからにはある程度の予備知識があって当然ということなのかも知れません。
▲LM254のバックビュー。車体の割に不釣合いに小さい動輪とロッド駆動がチャームポイント。'02.10.21 Bord Na Mona/Black Water Works(アイルランド)
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▲役目を終えて放置されたKS28Bたち。ボード・ナ・モナには1960年に18輌(LM178~197)が導入されたのをはじめ、多くの同形機が在籍していた。(アーカイブ「アイルランドに欧州最大のナローゲージ網を訪ねる」参照)'02.10.21 Bord Na Mona/Black Water Works(アイルランド)
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そんな不安材料とは裏腹に、ちょっと嬉しかったのは一緒に入っていた小さなカードです。そこには“Send us some photos of your finished models-we would love to see them!”(出来上がったら写真を送って下さい。楽しみにしています!)と印刷されています。とかく送り出すことだけで手一杯になってしまいがちなメーカーが少なくない中で、この小さな紙片のひと言は、これから半田ごてを握ろうというエンドユーザーへの何よりの応援歌になるに違いありません。

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中川浩一さんをしのぶ会。

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▲故人に因んだ懇親会に先立ち青木栄一さんによる講演「中川浩一さんと鉄道研究」が行われた。鉄道のみならず、私たちが知らなかった中川さんの研究の幅広さに、改めてその存在の大きさを実感。'08.11.22

去る8月19日に永眠された中川浩一さんをしのぶ会が、本日昼から東京・有楽町にある日本交通協会大会議室で行われました。中川さんが長年にわたって編集委員をお務めだった『鉄道ピクトリアル』誌の今津直久編集長が奔走されて実現したもので、日本各地から縁ある百名近い方々が故人を偲んで集まりました。

081122n005懇親会に先立って行われた青木栄一さんによる講演「中川浩一さんと鉄道研究」は、地理学という同じフィールドを背景にして、後輩でありながら「昔の言葉で言えば戦友だった」と語られる青木先生ならではの興味深いお話でした。
中川浩一さんは1931(昭和6)年のお生まれ。都立西高校から東京教育大学に進まれ、卒業後は教師として中学、高校、大学と一貫して地理教育に携わられ、1982(昭和57)年から茨城大学教授(のちに名誉教授)、1997(平成9)年に流通経済大学経済学部教授を最後に教壇を去られました。
▲献杯は発起人のお一人でもある小西純一さんの発声で行われた。橋梁にも造詣が深く、かつ並外れた洞察力をお持ちだった中川さんとの知られざるエピソードも披露された。'08.11.22

学生の頃から『Romance Car』誌に私鉄探訪記事を寄稿、1954(昭和29)年には創世記のガソリン動車の導入を考察した論考「気動車物語 私鉄編1」(『Railfan 』 別冊)を発表しています。青木さんが中川さんと出会われたのも1951(昭和26)年頃のことだそうで、その後、青木さんも同じ東京教育大学に進まれ、ともに地理学の道を目指されます。

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▲『鉄道ピクトリアル』誌1954(昭和29)年8・9月号(No.37・38)に掲載された伝説のルポ「常磐紀行」が復刻されて頒布された。1954(昭和29)年3月、東京教育大学卒業を目前に、臼井茂信さんと常磐炭田の私鉄・専用線を探訪する紀行で、フィールドワークを何より重視する中川さんの研究の原点が垣間みられる名著。なお、この復刻版はアーカイブス セレクション追悼編として同誌次号に掲載されるとのこと。'08.11.22

1961(昭和36)年に『鉄道ピクトリアル』誌の編集委員に就任されてからは、数多くの著作が誌面を飾るのみならず、現在の同誌の内容・編集傾向にも少なからぬ影響を及ぼしてきていると青木さんは振り返っておられます。

081122n004中川さんは人並み外れた好奇心と、信じられないほど幅広い教養をお持ちで、その著作も恐ろしいほど多岐にわたっています。車輌発達史からスタートして総合的な交通史の構築を目指されるなかで、土木史の専門家の間でも高く評価された『鉄の橋百選―近代日本のランドマーク―』(1994年共著/東京堂出版)、産業考古学のパイオニア的著作『産業遺跡を歩く―北関東の産業考古学―』(1978/産業技術センター)、さらにはより広い立場で交通を軸とした社会文化史をまとめられた『旅の文化史―ガイドブックと時刻表と旅行者たち―』(1979/伝統と現代社)、『観光の文化史』(1985/筑摩書房)…等々、枚挙に暇がありません。さらに地理教育史を学ぶ者にとって古典ともなっているという『近代地理教育の源流』(1978/古今書院)のように、私たち鉄道趣味の側では伺いしれない著作も多数あり、『霧社事件―台湾高砂族の蜂起―』(1980/三省堂)に代表されるアジア史、また日韓関係史に関する論文も数多いと聞くと、その引出しの多さにただただ圧倒される思いです(青木栄一さんの講演資料より)。また、夏目漱石や森鴎外の研究者としても知られていたそうで、実は私たちの知らない中川さんがあちらこちらにおられたわけです。
▲中川さんは駅弁、とりわけ横川の峠の釜めしをこよなく愛されていたという。「しのぶ会」では電気車研究会の皆さんのご尽力でこのゆかりの峠の釜めしが用意された。'08.11.22

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▲会場に誂えられた祭壇には中川さんが愛された日本酒が…。'08.11.22

数年前から療養生活に入っておられましたが、その明晰な頭脳と旺盛な執筆意欲はいささかも衰えていませんでした。ただ、何よりもフィールドワークを重要視されていた中川さんだけに、自らが現場に立てない晩年の状況はどれほどお辛かったかと胸がいたみます。今回の「しのぶ会」で、わずかながらでも中川さんと同じ時代を生き、薫陶を受けられたことを改めてありがたく感謝したいと思いました。
ご冥福をお祈りいたします。

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▲朝日を浴びて京都駅を通過してゆく集煙装置装備のD52 376〔吹〕牽引の上り貨物列車。(『思い出す日本の鉄道』より)

2005年から2006年にかけて『小田急電車回顧』(1~3巻+別巻)を出版(販売は弊社)された宮崎繁幹さんが主宰する多摩湖鉄道出版部から、異色の写真集『思い出す日本の鉄道』が上梓されました。この写真集は書名からも察せられるように、在日米軍の一員として昭和30年前後に神奈川県のキャンプ座間に駐屯していたアメリカ人、ゴードン・デービスさんが撮影された貴重な画像をまとめたもので、米国人ファンの目から見た高度経済成長前夜の日本の鉄道の姿が生き生きと甦ります。

gordondavis01.jpg日本の汽車を見たことはないが、根っからの鉄道ファンの私は、横浜へ上陸、そしてそこから軍務地へと列車に乗車することに、わくわくしていた。思い違いでなければ、我々の列車を牽いたのは、パシフィックのC51で、ピカピカに磨かれた御召機だった。私の最終目的地はキャンプ座間で、そこで私は故郷で聞くのに似た蒸機鉄道の音が全て聞こえるのだった。相武台下駅、Cタンク、そして機械式気動車。これ以上何が望めるのだろう。こうして私の日本の鉄道の冒険は始まった。さぁご一緒に1950年代中頃へと戻って、国鉄の旅へと出かけよう。(『思い出す日本の鉄道』前書より)

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▲下り「つばめ」を牽いて京都駅ホームに進入するC62 35〔宮〕(左)と、昨今話題の“波にかもめ”の装飾デフを付けた元祖C57 11〔港〕の麗姿(右)。(『思い出す日本の鉄道』より)
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ご自身の前書にもあるように、ゴードン・デービスさんは来日前からたいへん熱心なファンで、米国と比べればプリミティブな車輌が数多く残されていた当時の日本の鉄道に強く惹かれ、余暇の多くを鉄道撮影に費やされることになります。『小田急電車回顧』シリーズでは表紙回りに貴重なカラー写真を発表されておりますので、ご記憶の方も少なくないのではないでしょうか。

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▲ゴードン・デービスさんお気に入りの撮影地だったという上野駅で発車を待つC61 27〔白〕。後方にはEF55の姿も見える。(『思い出す日本の鉄道』より)

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▲機械式気動車や古典的な電気機関車に惹かれていたというゴードン・デービスさんだけに、EF50やEF53、それに車体載せ替え前の凸型時代のEF13も数多く登場する。(『思い出す日本の鉄道』より)
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gordondavis06.jpg■本書所収の主な内容
相模線の蒸機とキハ42500/東京の機関車(C61、C62、EF50など)/臨港線の5500、6250、8620、B20/御殿場線のD52/大船付近のEF53、EF56、EF57、EF58、EF10、70系、80系/山科・京都・大阪近郊のC51、C59、C62、D52/鹿児島本線のC57/東京・大阪近郊の国電/重油専燃機C59 127/客車特急「つばめ」「はと」「かもめ」 …ほか
▲国府津機関区横須賀駐泊所のB20たち。仕事の関係からだろうか、横浜、横須賀方面の写真も多い。(『思い出す日本の鉄道』より)
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本書はあえて「国鉄編」と銘打たれていますが、ゴードン・デービスさんのアーカイブには同時期の私鉄もふんだんにあるそうで、宮崎さんはいつの日か「私鉄編」も出版できればと夢描いておられます。もちろんモノクロのみならずカラースライドの多くも未発表だそうですから、いち読者としても今後の展開に注目したいと思います。
なお、本書のお求めは弊社特約書店のほか、ホビダス書店(オンラインショップ→こちら)でもご注文をお受けしております。

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▲ゴードン・デービスさんは現在では母国アメリカで悠々自適の余生を過ごされている。写真はこの6月に宮崎さんが写されたもの。(『思い出す日本の鉄道』より)

■Gordon Davis 写真集
『思い出す日本の鉄道 ─国鉄編─』

在日米軍人の見た1950年代の汽車・電車
A4判 横綴じ 定価3,000円(税込)
(発行:多摩湖鉄道出版部、発売:ネコ・パブリッシング)

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すでにそのアーカイブが1万5千枚を超えて大好評をいただいている「今日の一枚」ですが、かねてより準備を進めていた「動画版」のシステムが完成し、本誌今月号の発売と合わせて、明日よりスタートすることとなりました。その名も「今日の一枚 The Movie」。スチル版「今日の一枚」と同様に、気になる列車の走行シーンから、何気ない日常の鉄道情景まで、皆さんの投稿によって鉄道の“今”を記録してゆこうというこれまでにない動画サイトです。

themoviec57c56.jpgご承知のように、最近ではデジタル一眼レフも動画記録機能が充実してきており、今やコンパクト・一眼の別なくスチルカメラで動画を記録するのが不自然でない状況となってきております。もちろん本格的なムービーとしてのビデオカメラには及ばないものの、ことウェッブ上で見るには、スチルカメラで撮影した動画でも決して不足ではありません。ぜひこの機会に「今日の一枚 The Movie」にコンテンポラリーな動画をご投稿いただければ…と思います。
▲この夏に山口線で運転されたC57 1+C56 160牽引の〈SLやまぐちDX号〉。重連での絶気合図のシーンは今や貴重で、この醍醐味を味わえるのは動画ならでは。'08.8.3撮影 山藤 剛
※上の画像をクリックすると動画のアーカイブにリンクします。その後、再生ボタンをクリックしてご覧ください。
音声付ですのでクリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。

なお、投稿可能な動画ファイルの形式は、3GP、3GP2、AVI、MOV、MPEG-1、MPEG-4、H.263、H.264、WMVで、容量100MB以内でお願いいたします。お送りいただいた動画は、一度「鉄道ホビダス」編集部にて確認のうえアップロードいたします。

themoviee655.jpgまた、ご覧いただく際の動作環境は次のとおりとなります。
■Microsoft Windows
Windows Vista、Windows XP または Windows 2000
Intel Pentium III 500MHz相当以上のプロセッサ(1GHz以上を推奨)
128MB以上の実装メモリ(256MB以上を推奨)
解像度1024 x 768、16ビット以上を表示可能なカラーモニタ
Internet Explorer 6.0以降、または Firefox 2以降
(要プラグインMacromedia Flash Player 8以上)

■Macintosh
Mac OS X v10.2以降
PowerPC G3 400MHz以上のプロセッサ(G4以上を推奨)
128MB以上の実装メモリ(256MB以上を推奨)
解像度1024 x 768、16ビット以上を表示可能なカラーモニタ
Safari 2以降、または Firefox 2以降
(要プラグインMacromedia Flash Player 8以上)

▲11月12日に運転されたE655系のお召列車。これまでの1号編成とは異なり、そのスピードに驚かれた人も多いのではないだろうか。 '08.11.12撮影 山藤 剛
※上の画像をクリックすると動画のアーカイブにリンクします。その後、再生ボタンをクリックしてご覧ください。
音声付ですのでクリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。

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RML112n001.jpg毎月ご好評をいただいているRM LIBRARY、今月発売の第112巻はひさしぶりの国鉄電車をテーマとした『鋼体化国電モハ50系とその仲間たち』です。国鉄(省線)における「鋼体化電車」の歴史は昭和初期にまで遡ります。当時の省線電車は初の半鋼製車モハ30系が誕生していたものの、その多く、特に電車運転開始の早かった関東の省電の多くは木製車で占められていました。これらを早急に安全性の高い半鋼製車に置き換える必要に迫られた鉄道省では、費用の高い電機品やパンタグラフ、台車などを木製車から流用し、新製した半鋼製車体と組み合わせたのです。こうして1934(昭和9)年に誕生したのがモハ50系電車でした。

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▲ひと口に鋼体化改造と言ってもその足取りはなかなか理解しづらい。本書では電車のみならず客車の例もひいて国鉄における鋼体化改造の歴史を総整理している。(『鋼体化国電モハ50系とその仲間たち』より)
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RML112n003.jpg本書はRMライブラリー・シリーズ第60巻で『美しき半流国電―40・51系電車―』を執筆された長谷川 明さんによる2作目で、モハ50系をはじめ、62系や戦時設計のクハ79、そして戦後のモニ13まで、省電~国電における「鋼体化電車」について、登場年次別の形態変化を解説。まだ屋根にはガーランド式のベンチレータが並ぶ1950年代前半の写真を中心に収録したものです。ちなみにこの「鋼体化」という言葉は戦後に国鉄部内で造られた造語であり、戦前には「車体補強」と呼ばれていたとのことです。
▲池袋電車区で出区を待つクモハ11457(←モハ50065)。威厳ある髭をたくわえた運転士の姿にもご注目。'54.2.25 P:長谷川 明(『鋼体化国電モハ50系とその仲間たち』より)
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▲資材不足の影響で運転室機器の搭載ができずに出場した車輌は、制御車「ク」の頭に「サ」を冠して「サクハ」となって運用入りしていた。(『鋼体化国電モハ50系とその仲間たち』より)
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▲巻末の鋼体化改造車の全履歴、50系電車年度別改造番号表は半世紀以上にわたって長谷川さんをはじめとした国電ファンの皆さんが地道な調査をくり広げた結晶とも呼べるもの。(『鋼体化国電モハ50系とその仲間たち』より)
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RML112n006.jpg■目次から
1、鋼体化改造電車とは
鋼体化改造工事のスタート
2、鋼体化電車の仲間たち
  50、62系電車の特徴
  通勤型グループ
  近郊型グループ
  戦時設計グループ
  戦後グループ
3、時代を反映した各グループの特徴
  標準通勤型グループ
 近郊型グループ
  戦時設計グループ
  戦後グループ
  異端のスタイルの改造車
4、各地での活躍
  東京鉄道局50系電車配置表
  50系電車配置表(広島・宇部・豊橋)
5、私鉄での活躍
50系・62系電車 形式変遷図
50系電車戦災被災車廃車記録表
鋼体化改造車履歴表
50系電車年度別改造番号表

現在では一部の保存例などを除けば、ほぼ完全に姿を消してしまった鋼体化国電ですが、国電の一時代の築いた車種であり、30年ほど前ならば地方線区や中小私鉄でかなりの数が活躍しており、現在40代以降の方ならば誰しも一度はお世話になったことがあるのではないでしょうか。第60巻と合わせて広くお勧めしたい一冊です。

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▲修復なったワ5490を使用して、りんご箱などの積み込み実演が行なわれた。鉄道省職員立会のもと、日通の職員が積み込みを行うという設定である。'08.11.2 P:柴田東吾
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去る11月2日の日曜日、貨物鉄道博物館において、かねてより修復が行なわれていたワ1形ワ5490号の修復完成お披露目式が行われました。これまでにも途中経過をご紹介してきたように(アーカイブ「修復進む貨物鉄道博物館の木造有蓋車」参照)、貨物鉄道博物館は今年で開館5周年にあたり、その記念事業として木造貨車の修復作業に取り組んでいたものです。まずは改めてワ1形ワ5490号の歩んできた道のりを振り返ってみることにいたしましょう。

081118n001.jpgワ5490号のルーツと辿ると、元は1906(明治39)年に新潟鐵工所で製造された8噸積の有蓋車で、現在のJR信越線の一部である北越鉄道が使用していたものです。北越鉄道は翌年の1907年に国有化され、1911年の改番でワ9633形ワ9678となりました。1918年頃に車体を改造して10噸積となり、ワ50000形ワ55818に。さらに1928年に称号改正が行われ、他の形式と統合してワ1形ワ5490となったものです。今回の修復はこの頃の状態を再現するべく作業が行われました。なお、現車は戦後、近江鉄道に移籍してワ92となった後、2003年に貨物鉄道博物館に収蔵されています。
▲ワ5490の前で行われたお披露目式。テープカットを行うのは館長の清水 武さんと副館長の吉岡心平さん。'08.11.2 P:柴田東吾
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車体構造は台枠より上は鋼製の柱を除いて木製で、屋根には帆布が張られ、滑り止めの砂が塗られています。室内は天井部が白色に塗られ、壁面と床部は鳶色に塗られています。なお、床面は下回りの見学ができるよう、一部の床板が取り外せるようなっているのも「貨鉄博」ならではの嬉しい配慮と言えましょう。

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▲ワ5490の下回り。10噸長軸を使用し、片側の車輪がスポーク車輪となっている(左)。床板は下回りが観察できるよう、一部が取り外し可能になっている(右)。'08.11.2 P:柴田東吾
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なお、ワ1形は大正期の一般的な有蓋車であり、他の形式からの編入を含めて最大9300輌ほども存在しました。後継貨車が登場するとその数を減らし、国鉄では1962(昭和37)年に形式消滅しており、現存するものはこの1輌のみとなっています。

081118n004.jpgさて、お披露目式当日は11時にワ5490の前で貨物鉄道博物館の理事である北川 潤さんの司会によりセレモニーが始まりました。清水 武館長の挨拶のあと、テープカットが行われ、続いてワ5490についての解説、関係者による記念撮影と進みました。11時15分頃からは館内で貨車研究家の渡辺一策さんによる講演が行われましたが、物流博物館所蔵の写真を使用した有蓋車の荷役に関する解説は、立客が出て配布資料が不足するほどの盛況だったそうです。
▲車票も再現された。碇ヶ関から丹生川へりんごなどを運ぶ設定で、他の荷物も運ぶことから赤い三角印の「混載」の記号を使用している。'08.11.2 P:柴田東吾
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▲お披露目式のあとに行われた渡辺一策さんによる公演。物流博物館所蔵の写真を使用し、昭和初期の有蓋車の荷役について解説が行なわれた(左)。開館日には貨物鉄道博物館が寄付・貸与を受けた貨物鉄道関連の備品・資料が見学できる。なお、今回から提供された収蔵資料の一部についても公開が行われ、この日は貨車関連の詳細図面が特別公開された(右)。'08.11.2 P:柴田東吾
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11時30分頃からはワ5490を用いた荷役の実演も行なわれました。当時の荷役で実際に使用した猫車を使用し、これまた当時の荷姿を再現したりんご箱の積み込みが行なわれました。積み込みは当時の係員を模した姿で行われ、貨車の側面に差し込まれる車票も再現されるなどの考証もかなり忠実なものでした。実演中は、前出の渡辺一策さんによる解説もあり、午後には積み下ろしの作業も行われ、盛況のうちに幕を閉じました。
なお、このワ5490号修復のプロセスについては本誌12月発売号誌上にてさらに詳しくご紹介する予定です。

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▲大正15年版貨車形式図に見るワ50000形。(資料提供:柴田東吾)
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■貨物鉄道博物館について
貨物鉄道博物館は2003年に貨物鉄道を専門とする博物館として開館したもので、三岐鉄道の協力のもと、運営はボランティアによって行われている。原則として毎月第1日曜日(但し1月は第2日曜日)に開館しているが、開館日については貨物鉄道博物館のサイト(→こちら)で事前に確認をしていただきたい。館内には機関車2輌、貨車12輌が保存・展示されているほか、貨物輸送に使用した部品・資料も展示されている。
なお、ワ5490のような徹底した修復が行われたのは、2006年に修復が完了したト246に続いて2輌目で、他の保存車についても車軸が固着しないために車輌の入換えや、再塗装などの補修が開館日を中心に、絶えず行われている。最近では「貨車」という言葉が一般に知られなくなってきており、鉄道による貨物輸送が身近なものでなくなりつつある。貨物鉄道博物館で行われている取り組みが広く知られ、関心が持たれることが今後も期待される。

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「パノラマカー」あと40日。

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▲燃えるような名残の紅葉をバックに復活なった白帯車7011Fが快走する。この木立の葉が落ちる頃には、パノラマカーの姿はもうない。'08.11.16 名古屋鉄道尾西線森上―上丸渕 P:安井真美さん(今日の一枚」より)

全面的な運用離脱は来年…と思われていた名鉄7000系「パノラマカー」(アーカイブ「名鉄パノラマカーに乗る」参照)が、来る12月27日(土曜日)に実施される同社のダイヤ改正で定期運用を離れることが明らかになりました。

081117n002.jpg4月時点では6輌編成6本、4輌編成が在籍していた7000系ですが、去る6月29日に実施されたダイヤ改正にともなって6輌編成の運用が激減、9月14日をもって定期運用は消滅してしまいました。結局、残されたのは4輌編成の7001F、7011F、7041F、7043Fの4編成のみ。ただ、嬉しいサプライズもありました。かつて特急整備車の証として白帯を巻いていた7011Fに再び白帯が甦ったのです。10月19日に白帯復活記念列車が中小田井~三柿野間で運転され、以後、12月26日の最終定期運用まで、その凛々しい姿を目にすることができるはずです。
▲白帯も颯爽と最後の力走を続ける7011F。'08.11.13 名古屋鉄道名古屋本線本星崎―本笠寺 P:井上弘之さん(今日の一枚」より)
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▲フェニックスエンブレムを輝かせて一度限りのお披露目運転で晴れ姿を披露するトップナンバー編成。'08.11.9 名電長沢-本宿 P:林 英樹さん (本誌次号より)
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一方、残された4編成のうちのトップナンバー編成7001Fは保存が決定し、10月27日をもって定期仕業を終了、翌28日に舞木検査場に入場して保存に向けた整備が施されました。

081117n011.jpgこの際に豊橋方の7001がオリジナルのスタイルに復元され、なんとデビュー時の“フェニックスエンブレム”までもが甦りました。しかも11月9日(日曜日)には本宿~伊奈間で一度限りの本線走行が行なわれ、47年前のデビュー時を彷彿させる端正な姿に多くのファンが酔いしれました。7001Fはこの運転をもって現役を退き、岐阜方の7002とともに両端先頭車のみ2輌に組み直されて舞木検査場内に保存されることとなります。
▲誕生間もない頃のパノラマカー7001F。'61.5.21 新岐阜 P:三谷烈弌
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▲パノラマカーの運転台。外階段を上って入った運転台は意外と広々としている。ただし高さは低く、窮屈な体勢での乗務となる。P:RM
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以上のような経緯で、今日現在残された7000系パノラマカーは、白帯となった7011F、それに7041F、7043Fの4連3本のみとなってしまいました。幸いにも名古屋鉄道では7000系パノラマカーの充当列車をホームページで公開してくれています(→こちら)。指折り数えてみると定期運用離脱まであと40日。0系新幹線に続いて、日本の鉄道史に残る昭和の名車が記憶の彼方へと去ってゆきます。

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▲パノラマカーの展望室はいつの時代も子どもたちの憧れの的だった。この展望席でミュージックホーンを聞けるのもあとわずか…。'08.4.19 P:名取紀之
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夕張SL館に厳しい冬が…。

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▲10月末をもって指定管理返上となってしまった石炭の歴史村・SL館に厳しい冬が迫っている。D51を模した巨大なモニュメントがエントランス、画面左側が展示棟となっている。P:奥山道紀

これまでにも何回かご紹介してきた夕張「石炭の歴史村・SL館」の窮状ですが、去る10月末をもって指定管理者として受託・運営に当ってきたリゾート会社が、老朽化や採算性を理由にSL館の指定管理を返上し、再び大きな危機に瀕しています。先日は三菱大夕張鉄道保存会と日本鉄道保存協会の代表が夕張市長と面会し、保存の意義を訴えるなど活動が続いていますが、その前途は決して予断を許しません。今日は三菱大夕張鉄道保存会の奥山道紀さんから頂戴したお手紙をご紹介してみることにしましょう。

081116n003.jpg「編集長敬白」でも幾度となく取り上げられた(アーカイブ「ついに…夕張「SL館」廃止」参照)北海道夕張市の石炭の歴史村・SL館ですが、再度危機に瀕しています。
夕張では炭礦の開発と共に鉄道が延び、町並みが形成されました。北海道炭礦鉄道(後の北海道炭礦汽船)により北炭夕張炭礦の前身となる夕張採炭所が設置されたのが明治22(1889)年、早速石炭輸送のための鉄道建設が進められ、追分~夕張間の夕張線は明治25(1892)年に開通しています。周辺でも炭礦の開発が進むと明治40(1907)年には紅葉山から楓への支線が、明治44(1911)年には清水沢から二股間に大夕張炭礦専用鉄道(後の三菱大夕張鉄道/RMライブラリー47巻『三菱鉱業大夕張鉄道』参照)が開通、さらに大正2(1913)年には北炭真谷地専用鉄道も開通し、夕張川の本支流に沿い線路が延びて街並みが形成されました。また、大正15(1926)年には札幌・小樽方面への短絡線として夕張鉄道も開通しました。
▲財政破綻前の石炭の歴史村・SL館。隣接していた遊園地はすでにない。'04.6.19 P:名取紀之
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▲SL館館内の現状。左の夕張鉄道14号機はこの写真でもわかるように大きく傾きはじめてしまっている。うしろの客車はナハニフ151、右奥に見えるのは大夕張鉄道4号機。P:奥山道紀
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しかし炭礦の合理化・閉山により夕張市内の鉄路の多くは廃止され、現在残るのは旧国鉄夕張線を吸収し道東方面への短絡線として昭和56(1981)年に開業した石勝線と、その支線だけです。古くは三菱大夕張鉄道の9200形や、真谷地専用鉄道の8100形、4110形と多くのファンの人気を集めましたが、国鉄蒸機の終焉を飾ったのも昭和50(1975)年12月24日のD51 241号機牽引による石炭列車でした。

081116n004石炭の歴史村・SL館は夕張市石炭博物館の付属施設として昭和55(1980)年に開館し、石炭輸送や市民の足となった夕張鉄道14号機・客車ナハニフ151、三菱大夕張鉄道4号機、保線車輌のほか、国鉄夕張線や北炭真谷地専用鉄道の関連資料も含め、車輌部品、駅備品、模型、映像など550点の資料を収蔵・展示しています。特に夕鉄14号機は今もって人気の高いスタイリッシュな自社発注機で、地方鉄道が独自設計でテンダ機を製造した数少ない事例の車輌でもあります。
▲「SL館」館内には夕張地方に存在した数々の地方鉄道・専用鉄道の史料も保存されている。'04.6.19 P:名取紀之
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▲新夕張駅(旧紅葉山)に到着したC11 207の牽く「夕張応援号」。さまざまなかたちで夕張応援の輪は広がりつつあるのだが…。P:奥山道紀
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平成18(2006)年に夕張市の破綻が明らかになり、その後昨年4月よりリゾート会社が指定管理者として受託・運営に当ってきましたが、10月末に老朽化や採算性を理由にSL館の指定管理が返上され、現在、保存車輌や収蔵資料が解体や散逸の危機に瀕しています。

081116n012.jpg夕張市内で鉄道文化財の保存・活用に取り組んでいる私たち三菱大夕張鉄道保存会では、日本鉄道保存協会と共に、11月10日に夕張市長に対して、これら鉄道車輌・関連資料は夕張市石炭博物館と一体となった石炭とともに歩んだ夕張の鉄道文化財であり、それらの保全・活用を要望するとともに、今後の協議・協力も申し出ました。同席した夕張鉄道の元機関士で、最後に14号に乗務した柴原新平氏(『SL甲組の肖像3』所収「日産4200トン! 黒ダイヤとともに半世紀/夕張鉄道」参照)は「14号は自分の分身のようなもの」と保存を訴えましたが、今後も幅広い支援が必要となります。
▲三菱大夕張鉄道保存会と日本鉄道保存協会による夕張市長への要望書提出。夕張鉄道OBも列席した。'08.11.10 P:毎日新聞社提供
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▲ボランティアによるSL館の雪下ろし作業。間もなく夕張の地に厳しい冬が訪れようとしている。P:奥山道紀

地下に坑道が多い地盤の関係からか、現在、14号機は「SL館」壁面に持たれかかるようなかたちで次第に傾きはじめており、このままだと危険な状態にもなりかねないそうです。次号の本誌でも屋鋪 要さんがご自身の連載中でこの14号機の危機的状況に触れておられますが、これからの夕張市の対応が懸念されてなりません。

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第10回:再会、そして別れ。
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▲OO9の“County Gate”の石炭埠頭支線のワンシーン。その規模、完成度ともに終始注目の的だった。'08.10.25
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ところで、今回の旅では思いもかけぬ再会もありました。会場入りして10分も経たぬうちに「ムッシュ・ナトリ!」と大仰なジェスチャーとともに駆け寄ってきたのは、昨年のRAIL EXPOのチェアマンのグランシュール会長(アーカイブ「RAIL EXPOの旅・第2回」参照)です。パリでお世話になった何人かのスタッフの方も一緒で、しばし再会を喜びあいました。

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そしてさらに驚いたのはグランシュールさんに促されてスタッフの方が取り出したバインダーです。なんと「編集長敬白」のプリントアウトがきちんとファイルされているではないですか! RAIL EXPOからの帰国後、メールで連載を知らせはしたものの、日本語フォントもないだろうし、まさかご覧になっているとは…。

▲今回発表された各社の新製品の中で個人的に一番気になったのがこの7㎜スケールのドイッツOMZ117。ロイ・C・リンク製品をディストリビュートするKBscaleの予定品で、年内には出荷できるという言葉を信じて予約金100ポンド也を渡してきてしまった。ちなみにこのOMZ117タイプは各地で見られるドイッツのもっともポピュラーな内燃機だが、そのわりに今まで7㎜スケールでは製品化されていなかった。(アーカイブ「LSLのOMZ122」参照) '08.10.25
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スモーキー・ボトム・ランバー・カンパニーのリチャードさん(アーカイブ「RAIL EXPOの旅・第15回」参照)とも感動の再会でした。昨年のパリではお見せした拙作をいたく気に入られ、会期中ずっとブースに展示してくれましたが、今年は作品は持ってきていないの、としきりに尋ねられます。

081114n011.jpgところで、このEXPO NARROW GAUGEは毎年10月下旬の土曜日一日のみの開催(来年は10月31日)です。パリのRAIL EXPOが3日間、アメリカのNARROW GAUGE CONVENTIONが通常4日間の開催なのと比べると、あまりに短く、しかも10時半から17時半までですから正味7時間しかないことになります。初日にひとわたり様子を見て、2日目にじっくり、3日目にさらに気になるブースを再訪…といった楽しみ方とは無縁なわけで、その点では少々残念ではあります。
▲お懐かしや…終始フレンドリーに接してくれたバックウッズミニチュアさん(左)とスモーキー・ボトム・ランバー・カンパニーのリチャードさん(右)。'08.10.25
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▲あれから3週間、晩秋の紅葉が目に沁みたホワイト・オーク・レジャー・センター周辺も、今頃はきっと冬の装いとなっているに違いない。'08.10.25
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会場にはかつてご自宅にお邪魔したこともある“RPI”のデュトンさんの姿もありました。そしてグランシュールさん、リチャードさん、デュトンさん、皆さん異口同音に「来月のパリは来るの?」とおっしゃられます。来月のパリ…つまり11月28~30日に昨年と同じグランドームで開催されるRAIL EXPOのことです。ドーバー海峡を越えて数時間の皆さんと違い、こちらは1万キロ彼方に住んでいるわけですから、そう簡単に行けようはずもありません。パリには行けない…と伝えると、これまた皆さん異口同音に「では来年のコロラドスプリングスで」と返してきます。そう、来年のナローゲージ・コンベンションは11年ぶりにロッキー・ナローの聖地・コロラドスプリングスに戻ってくるのです。
ナローゲージャーに国境はありません。パイクスピークをのぞむ秋のコロラドでの再会を約し、すっかり暗くなったホワイト・オーク・レジャー・センターを後にしたのでした。

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EXPO NARROW GAUGEの旅。(9)

第9回:水辺への拘り。
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▲実感的というよりはインテリア的な温かみを感じさせる“Whiteoak Light Railway”のハイライトシーン。もちろんDCC対応で、サウンドも波止場の雰囲気を盛り上げていた。'08.10.25
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鉱山をモチーフとしたレイアウトとともに目に付くのが、河川や港湾での荷役を取り込んだ作例です。会場内で最大の規模を誇るOO9の“County Gate”も支線の終端は“coal harbour”でしたし、アニバーサリー・チャレンジに出品されていた“Sunnyside Mine”にしても、手前は河岸に泊められた荷船が近景役を務めていました。

081114n012.jpgそれというのも、やはり日本と同じ島国ゆえの近親感なのかもしれません。ここにご紹介する7㎜スケール(16.5㎜ゲージ)の“Whiteoak Light Railway”もそのひとつで、作者であるMartin Coombsさんのイマジネーションの世界ながら、埠頭でくり広げられる荷役の様子が絵画的色調の中に模型化されています。ちなみに改めるまでもなく鉄道名のホワイト・オークは、会場のホワイト・オーク・レジャー・センターから来ており、このコンベンションのためにわざわざエントリーされたものであることが知れます。
▲こちらが“Whiteoak Light Railway”の全容。欧州では大小に関わらず、このようにボックス状にした天井に照明を組み込む方式が主流。'08.10.25
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▲バックを建物の壁面で覆い、その裏に“fiddle yard”を隠すのは他の作例と同様。DLはバックウッズ・ミニチュア製をベースにしたものと思われる。'08.10.25
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車輌はキット改造などが中心ですが、ストラクチャー類はすべてが自作だそうで、素材はポリスチレンや部分的にはベニヤを使ったとのことでした。もちろんベースボードはベニヤ板のダブルスキン構造、DCCはGaugemasterのProdigyシリーズを採用しています。

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▲最大規模のOO9レイアウト“County Gate”では子ども向けの体験運転も行われて人気を博していた。会場内には結構子どもたちの姿も見られ、その面では将来有望? '08.10.25
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昨年のRAIL EXPOの際も触れましたが、会場内の各レイアウトを見ていると、照明にかなり気を使っていることに気づきます。会場の室内光に頼らず、時としては色調も考慮して、エントラント自らが専用照明を用意しているケースが多く、この辺も見習うべきでしょう。

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▲ウェールズとイングランドの中間あたりの小さな村をテーマとした“Hollies End”のシーンから。池で泳ぐ白鳥やら釣り人やら、フィギュア類の拘りが秀逸。'08.10.25
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081114n010.jpg最初に訪れた13年前と比べて何が大きく変わったかといえば、やはりDCCの普及が一番に挙げられましょう。アニバーサリー・チャレンジでも見てきたように、極小スペースのレイアウトでさえも、コントロールとしてより、サウンドを自在に操るためのツールとして広く活用されています。もちろんこれまでにご紹介してきたように、“fiddle yard”に象徴される狭小スペースを有効活用する手法や、植栽へのあくなき拘りはおおいに参考になりますが、ことサウンド(DCC+環境BGM)に関しては、彼の地は一歩も二歩も先へ行っていると言わざるをえないようです。
▲“CAN YOU FIND?”とレイアウト上に配置されている動物類の数が掲示されていた。ロブスターも1匹…? '08.10.25
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EXPO NARROW GAUGEの旅。(8)

第8回:ここにも塩田のナロー?。
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▲正体不明の“屋台”風内燃機関車が牽く列車が台貫線をゆく。後ろに見えるホッパービンは実際に可動し、ホッパー下に入った貨車に遠隔操作で「塩」を積み込むことが可能。'08.10.25
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会場内で気になるレイアウトを見かけました。Garry Bullockの皆さんのGスケール(16.5㎜ゲージ)“Secciole Salina”で、何と「塩田」をテーマとしたレイアウトです。この春には中国・遼東半島に未知の塩田のナローを求めて旅したばかり(アーカイブ「遼東半島に未知の大ナローゲージ網を探る」参照)ですが、まさかヨーロッパで塩田ナローに出会おうとは思ってもみませんでした。

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▲“Secciole Salina”のブース。手前にプロトタイプとなったスロベニアの塩田の様子をレポートしたボードが立てられている。オペレータが被っている麦藁帽子(?)は現地で買ってきたものとのこと。'08.10.25

プロトタイプとなったのはベニス(イタリア)とヴェネツィア湾を挟んで対岸に位置するイーストラ半島(スロベニア)にあるという塩田。昔ながらの天日製塩が行なわれており、遼東半島から比べれば小規模ながら、展示されている写真を見ると、蒸発池の間を縫うようにナローの軌道が敷かれているのがわかります。

081112n005残念ながら動力車は見当たりませんが、製作者は塩まみれの木造トロにいたく感激したそうで、現地で買った麦藁帽子まで被ってご満悦の様子。実は折り良く、会場にブースを出しているナローゲージ・レイルウェイ・ソサエティの編集長に遼東半島の塩田ナローのレポートを渡すことになっており、画像やら英文原稿やらを持参してきていました。そこでこれは好都合とお見せすることにしたのですが、いや、驚かれたのなんの。それはそうでしょう、謎の東洋人が見たこともない塩田ナローの写真を次から次へと見せるのですから、あっという間に人だかりとなってしまいました。
▲ヴェネツィア湾沿いの干潟に広がるスロベニアの塩田。その塩田にプリミティブなナロー網が敷設されている。'08.10.25
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Gスケールとあって幾分トイ的な感覚を残しながらも、これまた小さなギミックが各所にちりばめられていました。ローディング・ホッパーが実際に可動するのをはじめ、建屋のドアが自動的に開いたり、はたまたストアハウスの時計が動いていたりと、見れば見るほど微笑ましく温もりが感じられるようになってくる作品です。

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▲蒸発池からの収穫シーン(左)。Gスケールだけあってフィギュアの表現は巧み。右は簡易転車台の向こうにうちやられた廃車体。'08.10.25
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▲揚水ポンプは風車動力。風車は実際に回転している(左)。右は積み替え場入口で、この建屋にも数々のギミックが仕込まれている。'08.10.25
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シーナリィの大半を占める「塩」は珪土(silica=シリカ・ゲルのシリカ)を使用しているそうで、蒸発池の質感などはなかなかのものでした。それにしても、遼東半島の塩田の写真のせいか、最後の最後まで中国人と思われてしまっていたのには参りました。

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▲クモロE654-101にスペイン国旗と日章旗を掲げ、一路土浦へ向かうE655系。'08.11.12 常磐線荒川沖―土浦 P:伊藤真悟
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081112n002.jpg本日、E655系による初のお召列車が運転されました。これは天皇皇后両陛下が現在来日中のスペインのフアン・カルロス国王夫妻をつくば市の筑波宇宙センターなどにご案内のため特別に誂えられたもので、JR東日本の上野→土浦間、つくばエクスプレスのつくば→南千住間での運転となりました。
▲E655-1側面に初めて取り付けられた御紋。'08.11.12 常磐線荒川沖―土浦 P:伊藤真悟
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行路は上野10:03発―(お召9001M)―土浦10:43着、復路はつくば16:00発―南千住16:35着で、いずれも途中駅は全駅通過となっています。

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▲本運転終了後の回送では、日章旗はもちろんのこと取付ステーもはずされた。なお、クモロE654-101に連結器カバーを取り付けた姿は本日が初披露。'08.11.12 常磐線藤代 P:伊藤真悟
※上の画像をクリックすると動画がご覧になれます。
音声付ですのでクリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。

注目のE655系前面には1号編成時代の牽引機と同様に日章旗とスペイン国旗が掲げられ、特別車輌のE655-1(東京総合車両センター所属、他号車は尾久車両センター所属)には初めて菊の御紋が取り付けられました。なお、復路のつくばエクスプレスはTX-2000系の第68編成が特別マーク付きで抜擢されています。

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EXPO NARROW GAUGEの旅。(7)

第7回:再び会場へ…。
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▲1/50という市販品を流用できないスケールながら見事な完成度だった“Pempoul-Reseau Breton”。とりわけ植生の表現が秀逸。ドーバー海峡を越えてフランスからのエントリー。'08.10.25
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“アニバーサリー・チャレンジ”の中からいくつかの象徴的な作例を見てきましたが、再びメイン会場に戻り、今度はコンペティションではなく展示されているレイアウトを覗いてみることにしましょう。

081111n004.jpgその規模とともに完成度の高さで注目を集めていたのが、最初にご紹介したOO9(4㎜スケール、9㎜ゲージ)の“County Gate”と、今回ご紹介するGordon&Maggie Gravettさんらの“Pempoul-Reseau Breton”です。例の1/50でメトリック・ゲージを模型化するというムーブメント(?)の一例で、車輌からストラクチャーまでほとんどスクラッチという労作です。しかもシーナリィの表現が素晴らしく、スケールを超えてギャラリーの共感を得ていました。
▲“Pempoul-Reseau Breton”の全貌。完成度の高さもあって終始人だかりができていた。ちなみに、会場の“体育館”を象徴するように、背後にバスケットボールのゴールが見える。'08.10.25
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▲いかにもなフランスの田舎駅に停車中のマレータンク機。18.2㎜ゲージというイレギュラーな軌間ながら、車輌の走行も極めてスムースだった。'08.10.25

ゲージは18.2㎜とこれまた珍奇(…失礼)で、当然ながら線路はハンドスパイクしたものと思われますが、走行状態は極めてスムース。絵画を思わせる色調のシーナリィやストラクチャーとあいまって、見飽きない作品のひとつでした。

081111n001.jpgモチーフに関しては詳しく聞き取ることができませんでしたが、フランス・ブルターニュ地方に1967年まで存在したメーターゲージがプロトタイプで、シーンそのものは架空ながら、田舎の村とSNCF(フランス国鉄)本線に接続する町を結ぶ支線の最晩年を想定しているとのことです。それにしてもメーターゲージの1/50スケールで何ゆえ18.2㎜ゲージ(単純計算だと910㎜、つまりメトリックではなく3フィートに近い…)なのかはついにわからず仕舞でした。
▲農家の裏庭をかすめる線路。さりげない光景だが見習うべき表現が少なくない。'08.10.25
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▲市街をゆく本線(左)と村を横切る用水路(右)。ストラクチャーはもちろんすべてスクラッチ。水面の表現なども卓越している。'08.10.25
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もともとスレートなどの鉱山を発祥とする英国のナローゲージと比べ、フランスの場合はドコ-ビルに代表されるように農園などが主な活躍の場でした。そんな背景も影響しているのか、昨年のRAIL EXPOでもご紹介したように、フランスのレイアウトは植生の表現が実に巧みで、その点でもわが国のモデラーにとってよりシンパシーを感じる作例となっているのではないでしょうか。

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EF55 ラストランへ…。

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▲齢72歳を迎えた老体ながら、その表情は今もってどことなくユーモラス。風をきって走るこの顔がもう見られなくなると思うと寂しさもひとしお。'08.11.8 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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JRの現役電気機関車としては最古参のEF55 1がついに引退することとなり、その花道を飾るべく車体の化粧直しが行なわれ、先週末に大宮総合車両センターで報道陣に向けたお披露目が行なわれました。今日はエキスポ・ナローゲージ訪問記をお休みして、その最後の晴れ姿をご覧にいれることにいたしましょう。

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▲車体の塗装が塗り直され、再び美しい輝きを放つEF55 1。まさに有終の美を飾ろうとしている。'08.11.8 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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同機は1936(昭和11)年、EF53形の最終増備機の資材を用いて製作されたとされる省型機関車で、当時の欧米の「流線型」ブームに触発されたデザインが特徴です。ただし、流線型のスタイルは1エンド側のみで、2エンド側は小デッキが付いた平妻スタイルとなっており、軸配置は2C+C1という独特のものとなっています。このため、終着駅では基本的に機回しが必要となることが運用上の支障となり、わずか3輌のみの製造にとどまりました。戦前は東海道本線、戦後は高崎線で活躍しましたが、1964(昭和39)年に廃車となり、その後は中央鉄道学園(東京都国分寺市)に保存されていました。

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▲左は1エンド側の運転台。中央の窓は開閉可能な構造であり、上部に開閉用の持ち手が見られる。左端に見える赤い球は汽笛。対して右は2エンド側の運転台。非常に狭く、計器盤には速度計がない。'08.11.8 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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▲1エンド側より機械室を見る(左)。右は機械室内の電動送風機。今となってはアナログなメカがぎっしりと詰まっている。'08.11.8 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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▲2エンド側から見たEF55。小さなデッキと平妻形状のキャブは1エンド側とはまったく別の印象を与える。'08.11.8 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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そのEF55 1に転機が訪れます。1978(昭和53)年に準鉄道記念物に指定され、中央鉄道学園の閉鎖に伴い高崎第二機関区に移されて保存されていた1985(昭和60)年6月30日、20年あまりの静寂を破って奇跡の復活を遂げたのです。実はこの復活劇の裏には、国鉄分割民営化を前にした混沌とした情勢の中での高崎第二機関区の方々の熱い思いがありました。当時、本誌はこの復活までの足取りを同区のご執筆による「EF55復活への夢」と題して詳細にご紹介していますが(1986年7月号/№31所収)、「食事中にコロッケが、そして人の履いている靴がEF55に見えてきた」(同記事)と語るほどEF55復活に掛けた高二検修の方々の熱意なくしてはなしえない復活だったのです。

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▲2エンド側台車のアップ(左)。EF55の軸配置は2C+C1と前後非対称で、写真は“従輪”に相当する部分。右は台車間のわずかな空間に取り付けられたATS車上子。'08.11.8 大宮総合車両センター P:RM(小野雄一郎)
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その後、1987(昭和62)年の国鉄分割・民営化後はJR東日本の高崎運転所(現高崎車両センター)に配属されて数々のイベント列車の先頭に立ち、「ムーミン」の愛称で多くの人々に親しまれてきたことは周知の通りです。しかし、誕生から70年を経て、保守管理上の問題から、今般ついに二度目の引退を迎えることとなってしまったのです。EF55 1のさよなら運転は本年12月から翌年1月にかけて行なわれます。

恐らく、JR線上で旧型電気機関車が本線走行する最後のシーンとなるはずで、EF55の見納めのみならず、わが国の電気機関車の歴史のひとつの幕引きとなります。

■EF55 1さよならイベント
12月6日 「EL奥利根」
12月13・14日 「さよならEF55みなかみ」
12月27・28日 「EF55碓氷」
1月10~12日 「EF55碓氷」
1月17日 「さよならEF55碓氷」
1月18日 「さよならEF55横川」
※ダイヤの詳細は最新鉄道情報(→こちら)をご覧ください。

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EXPO NARROW GAUGEの旅。(6)

第6回:エキスポNGへの路。
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▲ロンドン市内の交通量は凄まじい。しかも一方通行や進入禁止だらけとあって、慣れない者にとっては何とも走りにくい。'08.11.27 キングスクロス駅前 

さて今日は会場を離れ、エキスポ・ナローゲージへの道のりをご紹介してみることにいたしましょう。例によって航空券、宿、レンタカーとネットを駆使しての個人手配ですが、為替が激動している時期でもあり、まさにその変動を肌で感じる旅でもありました。

081109n003.jpgアメリカと異なりヨーロッパの場合、意外とやっかいなのが宿の手配です。もちろんガイドブックには、それこそマナーハウスからB&Bまで魅力的な宿泊施設が満載ですが、いわゆるビジネスホテル的なものはまったく掲載されていません。なにもドレスコードのレストランで優雅に夕食をとろうなどという気はさらさらなく、それよりもチェックイン、チェックアウトの融通が利くのが一番…そんな私たちにとってありがたいのが、ヨーロッパを中心に800以上のチェーンを展開しているイビス・ホテルです。昨年のパリでもレイル・エキスポ会場近くのイビスにお世話になりましたが、恐ろしいくらいおよそどこにでもあるチェーンです。
▲ヒースロー空港のホテル・イビス。ヨーロッパを中心に世界に展開しているホテルチェーン。アジアでは中国・韓国にはあるが日本にはまだない。'08.10.23
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日本のビジネスホテルとほとんど変わらず、必要最低限のものは備えられており、しかも朝食が食べ放題。これはわが国の〇〇インのようですが、さらにすごいのは早朝4時から“early birds”と称して簡単なコンチネンタル・ブレックファストがとれること。これは早朝出発が多い私たちにとっては願ってもないサービスです。ちなみにデザートまでかなり充実した本格的なブッフェは6時半からなんと12時まで供されています。見渡す限りおよそ観光客風の宿泊客はおらず、平日ともなればノートパソコン片手のビジネスマンの姿ばかりが目立ちます。

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▲まずはレンタカーを借りる。ヒースロー空港のレンタカー営業所はターミナルからかなり離れた場所にあり、送迎バスでの移動となる。'08.10.22

さて、今回の移動も結局レンタカーとなりました。エキスポのみならず、営業鉄道でのアプローチがしにくい場所への移動も予定していたためです。借りたレンタカーはまたしてもフォードのディーゼル車でしたが、燃料費が高騰している時期でもあり、かえって幸いだったかもしれません。滞在中の走行距離は523マイル(約837km)。エキスポ会場のケント州など、ロンドン以外はいかにも英国のワインディングロードが続き気持ちよく運転できますが、ロンドン市内は例によってどこもかしこも大渋滞で、レンタカーをパーキングに停めて地下鉄で移動した方がよほど効率的です。

081109n001.jpgその市内の渋滞対策として導入されたのが“Congestion Charge”と呼ばれる「渋滞税」です。平日の日中にコンジェスチョン・チャージング・ゾーンと称するロンドン市内中心部(東京で言えば山手線の内側のような範囲)にクルマを乗り入れる場合は8ポンド(1400円程度)のコンジェスチョン・チャージを支払わねばなりません。ロンドンは世界有数の監視カメラ都市。各所の監視カメラが通行車輌のナンバーを読み取り、チャージを払っているかどうかを瞬時にデータベースと照合するのだそうで、もし払わずにコンジェスチョン・チャージング・ゾーンに進入すると一気に40~100ポンド(7000~18000円程度)の罰金が科せられるとか…。
▲大陸と異なり英国は左側通行のため日本人にとっては走りやすい。もちろん右ハンドルだが、ウィンカー・レバーは左側にある。'08.10.24

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▲これが「コンジェスチョン・チャージ」の領収書。裏面(右)の“NC08SKE”が借りたレンタカーのナンバー。
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このコンジェスチョン・チャージは“C”マークを掲げる店で支払う…とありますが、これが探し始めるとまったくありません。結局パーキングに備えられている自動支払機で登録したものの、半分壊れかかったような場末の機械にクレジットカードを挿入するのは、決して気持ちの良いものではありませんでした。

081109n004.jpgところで、イギリスに美味いものはないとか、イギリスで美味いものを食べようと思えば朝食を3回とるしかないとか、さんざんな言われようの英国食文化ですが、今回も半分それを納得する旅でした。ご覧に入れるのはエキスポ会場のホワイト・オーク・レジャー・センターのカフェテリアで食べたハンバーガーですが、見た目は美味しそうに見えるものの、食べてみると…う~ん、何かが足りない。決して食べられないほどひどいものではないのですが、どうも味が…。エキスポ会場周辺には飲食店がまったくないため、昼時はこのカフェテリアも長蛇の列。混雑を避けて私が昼食にありついたのが14時を過ぎていましたので、大車輪で働いていたカフェテリアの3人のおばちゃんも、疲れが出て何かを入れ忘れたのかも知れませんが…。
▲ホワイト・オーク・レジャー・センターのカフェテリアでようやくありついたバーガー。例によってチップスが付いてくる。見てくれは美味しそうだが…。'08.10.25
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EXPO NARROW GAUGEの旅。(5)

第5回:アニバーサリー・チャレンジを見る。(下)
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▲工場のバックヤードをモチーフとした“Moreau et Fils”では、ハーフインチ・スケール(1/2in=1/24)のリスターがトラバーサーで転線する。'08.10.25
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今日はアニバーサリー・チャレンジのレギュレーションでご紹介した“fiddle yard”の実例をご紹介してみましょう。“fiddle yard”、直訳すれば“ちょろまかしヤード”は、わが国と似通った住宅事情のイギリスで苦肉の策として考え出されたギミックで、いくつかの手法が編み出されています。

IMGP3631mn.jpgその代表が「セクター」(sector=扇形)と通称される扇状の転線装置です。これまでにも小ブログ上で何度か、わが国ではほとんど見かけないこのセクターの有用性を取り上げてきましたが、今回のアニバーサリー・チャレンジでもエントリー8作品中2作品にセクターが組み込まれていました。転車台と違い、セクターは車輌単体ではなく編成そのものを転線させるもので、遷移すべき線が2?3線であればスペースもとらず回転角度は極めて少なく済みます。
▲“Moreau et Fils”の全景。工場など建造物の壁面を背景とし、その中に“fiddle yard”を隠すのは常套手段のひとつ。'08.10.25
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▲トラバーサーの反対側の上屋には「セクター」が仕込まれており、最奥の線が背景の工場裏の“fiddle yard”へと続いている。'08.10.25

工場のバックヤードを1/24スケールで再現したLes Colemanさんの“Moreau et Fils”は、工場建物の壁面を背景とし、その中に“fiddle yard”を仕込んだものです。このように建物の壁面をバックに、その裏を“楽屋”として利用する手法は、イギリスやフランスでは比較的よく見られるもので、この作例では右手のトラバーサーを顕在化させ、左手上屋内にセクターを隠す二重のギミックを演じています。

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▲今もって根強い人気のバトルフィールド(戦場)のナローゲージ・シーンを再現した4㎜スケール(1/76)9㎜ゲージの“Jersey 1942”。テーマの割にエントラントは意外なほどお若い。'08.10.25
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IMGP3639mn.jpgもうひとつは009の“鉄聯”レイアウト、Niel Mossさんの“Jersey 1942"です。こちらも岩盤を穿ったトンネル内にセクターが設置されており、背景内に2線の“fiddle yard”が隠されています。皆さん“楽屋”はあまり見せたがりませんが、お願いしてセクターの操作を撮影させていただきました。この作例の場合、セクター操作は手動で、電気的接点以外は極めて単純な構造となっています。ただ、仮にポイントを使用して同様の機能を得ようとすれば、極めて複雑な三枝分岐器を使わねばならないわけですから、いかにこのセクターが単純かつ有用かがわかろうというものです。
▲線型はZ状の極めて単純なもので、奥の線が背後の岩盤のトンネルへと続いている。'08.10.25
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▲お許しを得て“fiddle yard”に仕込まれたセクターを撮らせてもらった。こちらは手動で、バックヤードには2本の隠しヤードが敷設されている。'08.10.25
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ご紹介した2例はプロットやシーナリィ表現の巧みさというよりは“fiddle yard”の実例、とりわけ日本ではほとんど活用されていないセクターのサンプルとしてお目にかけたものですが、ナローに限らず、例えばNゲージ・レイアウトでも、編成ごと“fiddle yard”に遷移させるセクターはいろいろと応用できるはずです。

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第4回:アニバーサリー・チャレンジを見る。(中)
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▲タイトなカーブをきるフランジ音など効果的なDCCサウンドでギャラリーを集めていたAndy Jaggerさんの“Sunnyside Mine”。15インチ(380㎜)ゲージをGスケールにした16.5㎜ゲージで、この“Gn15”は彼の地では結構人気がある。'08.10.25

ビッグスケールの“チャレンジ”として注目を浴びていたのがAndy Jaggerさんの“Sunnyside Mine”です。Gn15と通称される1/22.5スケールの16.5㎜ゲージで、厳しいスペース制限の中、不利なビッグスケールで果敢にチャレンジした秀作です。しかもDCCを駆使したサウンドが抜群の効果で、食い入るように見つめるギャラリーの姿も少なくありませんでした。

IMGP3652mn.jpg興味深いのはこの“Sunnyside Mine”にはこと細かな“プロット”が設定されている点です。曰く…アメリカはワシントン州の小さな鉱山“Sunnyside Mine”のいつもと変わらぬ木曜日の早朝、クラッシャーで粉砕された砕石はベルコンで小さなストレージ・コンテナへと入れられ、軌道によって運河の荷船へと運ばれる。荷船の担当者はマーチン、ジョンはストレージからナベトロへの積み込みを担当し、ビルはせわしそうに単気筒エンジンのディーゼル機関車を運転している…場所・時間はもとより、「曜日」まで設定しているのには脱帽です。
▲砕石は最奥に位置するストレージ・コンテナからナベトロへと積込まれる。ストラクチャーやシーナリィの表現手法は一見して“大味”だが、それはそれでGn15の持ち味。'08.10.25
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プロットを決め、デザインを考えたのが今年3月。それから7月の応募期限までに大車輪で完成させたそうです。
レイアウトそのものの寸法はレギュレーションの40:25に対応して712×445㎜。高さは550㎜でベースボードは軽量化を図るためもあってダブル・スキン構造となっています。

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▲砕石を積んだ列車は一度180度カーブを描いてからスイッチバックして再び河岸へのサイディングへと進んでゆく。ポイントひとつだけの単純な線路配置ながら、狭隘なスペースを最大限に活かしたレイアウトだ。'08.10.25

シーナリィは基本的にウッドランドシーニックとホーンビィの一般的なもの。樹木だけはスクラッチしたそうです。灯火類はモデルタウンのものを大幅に手直しし、焚き火の煙は“Express Models”(ママ)の発煙装置を使用しているとの説明でした。
機関車は“Black Dog Mining”(ママ)のキットに天賞堂製のパワートラックを組み込み、ナベトロは当初フライシャマンのマジック・トレインを利用しようとしたものの、ホイールベースが長くてカーブがクリアできずに断念、結局“Slater”(ママ)製のものを利用しているとのことです。

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※上の画像をクリックすると動画がご覧になれます。
音声付ですのでクリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。

コントロールとサウンドはNCE製のPowercabを用い、単気筒のエンジン音はリスターの保存機から録音したものをカスタマイズしたそうで、カーブを回るフランジ音とともになかなか実感的です。ちなみに、動画でご覧になればおわかりのとおり、ストレージからナベトロへの“砕石”の積み込みはリモコンながら、荷船への取り卸しは“手作業”で、これはこれでご愛嬌といったところでしょう。

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C57 180が装飾デフに。

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▲今週末にサプライズ・デビューするC57 180の装飾門デフのイメージCG。期間限定とあって人気を呼ぶに違いない。JR東日本新潟支社リリースより
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昨年秋に大きなサプライズとして話題となったC57 180号機の「門デフ」ですが、またまた驚きのニュースが飛び込んできましたので、今日はエキスポ・ナローゲージの訪問記を中断してこの話題をお伝えいたしましょう。昨日、JR東日本新潟支社から発表されたリリースによれば、今週末から同機の「門デフ」に“波にかもめ”の装飾が施されるというのです。

20081106-2n.jpg古くからの蒸機ファンの皆さんには改めてご説明するまでもないでしょうが、“波にかもめ”の装飾は特急「かもめ」専用機として門司港機関区に配置されていたC57 11号機に1954(昭和29)年2月に装備されたもので、ステンレス板と真鍮板を巧みに組み合わせたその意匠は、煙突や給水温め器のバンドとあいまって、22輌を数える「門デフ」(小工式切取除煙板)装備C57の中でも白眉と言えるものでした。新潟支社からのニュースリリースが到着したまさにその時間に、ちょうど門鉄デフ研究の第一人者で鉄道友の会専務理事の関 崇博さんが来社されておられ、二人でリリースを見てびっくり。関さんの形態分類によれば11号機は「K-7」タイプで、180号機のデフもこのタイプを模して作られていますから、まさにうってつけと言えましょう。「生きた門デフC57を再現できるとすれば1号とこの180号だけ。ならばいつか見た夢をもう一度見たい!(中略)そんな思いを込めた門デフです」(新津運輸区小野英晴区長=『「門デフ」によせて』/『国鉄時代』14巻所収)と門デフ装備を発案され、ファン心を痛いほどおわかりの小野区長ならではの、再びの“サプライズ”です。
▲名高い割りに11号機の装飾デフの写真は数少ない。その中からRMライブラリーの著者・佐竹保雄さんに電話でお許しを得たので、九州特有のお椀型ヘッドマークを掲げて出区を待つ「かもめ」専用機C57 11の晴れ姿をお目にかけよう。磨き抜かれた装飾デフが誇らしい。'54.10.11 門司港機関区 P:佐竹保雄(RMライブラリー『昭和30年代の国鉄列車愛称板』より)

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▲門司港区のフラッグシップだったC57 11だったが、装飾デフ装備から2年ほどで「かもめ」運用はC59に代わり、米子区へと転じてしまう。'54.10.11 門司港機関区 P:佐竹保雄(RMライブラリー『昭和30年代の国鉄列車愛称板』より)

なお、この装飾デフ装備は今週末11月8日を皮切りに今月いっぱいの9運転日(11月8・9・15・16・22~24・29・30日)のみ。斜光に輝く“波にかもめ”を狙いに、これから新潟通いを予定される方も少なくないのではないでしょうか。

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第3回:アニバーサリー・チャレンジを見る。(上)
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今年のエキスポ・ナローゲージは、エキスポ自体の開催25周年と、運営団体のG&DNGRSの創設40周年が重なり、アニバーサリー・イヤーと位置づけられております。そしてその記念イベントとして公募されたのがその名も“Anniversary Challenge”と銘打たれたレイアウトコンペティションです。
▲ひときわ注目を集めていた“La mine du Chene Blanc”。坑道から現れたキャブレスのDLが3輌のタブ(鉱車)を推進してホッパー上へと進んでゆく。ホッパー下には“本線”が…。'08.10.25
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さぞやたくさんのエントラントが…と期待したものの、事務局から配布されたリリースによるとなんとエントリーは8件のみ。これは肩透かしを食らったと少々落胆ぎみに会場をのぞいてみてびっくり。いずれの作品もその完成度の高さは尋常ではなく、このレベルの戦いではおちおち気軽にエントリーも出来ないと、妙に納得してしまうのでした。

IMGP3629mn.jpgこのアニバーサリー・チャレンジにはレギュレーションが定められており、わが国でも参考になる点が少なくありませんので、まずはそのルールを簡単にご紹介してみることにいたしましょう。
1:レイアウトの平面縦横比は40:25とし、最大で80×50㎝までとする。高さは特に制限を設けないが、“fiddle yard”(直訳すれば「ちょろまかしヤード」?)もこの寸法内に収めねばならない。
2:運転関係の機器や、ライティング、サウンドなどの装置類はこの寸法外として構わない。
3:どのようなスケール、ゲージでも構わないが、ナローゲージをメイン・モチーフとしたものでなければならない。
4:モデルとしてのクオリティーが高いばかりでなく、独創性・新奇性が伴わねばならない。
5:必ず運転可能で、メインとなる列車が動かねばならない。
以下、二重エントリーの禁止や応募方法、審査方法と続きます。
▲これが外観。キューービック状の、いわば紙芝居状態。下の紅白のラインはメジャーで、確かに40×25㎝に収まっていることがわかろう。'08.10.25
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▲上部軌道のホッパー上にはタブを回転させるチップラーが備わる。下の動画でおわかりのように、このチップラーが電動で回転して実際に“鉱石”をホッパービン内に落としてゆく。'08.10.25
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さて、まず最初に目につき、かつ人だかりが出来ていたのがBernard Junkさんの“La mine du Chene Blanc”と名づけられた鉱山軌道のレイアウトです。“Chene Blanc”はフランス語でホワイト・オーク。つまり会場のホワイト・オーク・レジャー・センターに因んだホワイト・オーク鉱山というわけです。1/35スケール・16.5㎜のホッパー・セクションをきっちり40×25㎝の箱に収め、なおかつ上部軌道が運んできた鉱石を下部軌道が搬出するというギミックを盛り込んでいます。しかもDCCを用いたサウンドと、今回お見せする動画ではわかりにくいかと思いますが、BGMのように流れる環境音が抜群の臨場感を醸し出しています。

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▲限られたスペースながら見れば見るほど手がこんでいる。詰所前で一服する係員や、トンネルポータル周辺の植生など思わず見とれてしまう。'08.10.25
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“鉱石”を満載した鉱車(“タブ”=tubと通称されるタイプ)はチップラーで回されて鉱石をホッパービンに落とし、さらに下部軌道の無蓋車がそれを受け取りにくる…その一連の作業フローが見事に模型化されています。ただし、“舞台裏”での鉱石の積み替えは手作業のようで、さすがにバックヤードは見せていただけませんでした。

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EXPO NARROW GAUGEの旅。(2)

第2回:まずは会場をひと巡り。
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▲わが国では馴染みが薄いが、彼の地では一大勢力を誇る4㎜スケール(1/76)ナローの総本山“the OO9 Society”のブース。手前で2ペンス硬貨を回っているのはスチームモノレール。'08.10.25
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メイン会場のスポーツホールはその名の通り体育館そのもので、ここに54のブースが配置されています。さらにその横の小ホールに7ブース、廊下を挟んで対面の小部屋ではOO9ソサエティーメンバーによるフリーマーケットと、今年の大きな目玉でもある「アニバーサリー・チャレンジ」の作品展示が行なわれています。

IMGP3704nn.jpgフランスの“RAIL EXPO”と同様に、ブースの配置はメーカー、トレーダー、クラブ、個人、さらには実物保存団体など、ジャンルに関係なくランダムで、いわば入込み状態。一見して掌握しにくい気はするものの、慣れてくるとその渾然一体とした雰囲気が実に楽しく思えてくるから不思議です。わが国の各エキジビションはもとよりのことながら、アメリカのナローゲージ・コンベンションでも“トレーダーズ・ルーム”という名称に象徴されるように、物販と作品展示は別々になっていますが、あえて区分しない英仏方式もおおいに魅力的ではあります。ただし、運営側にとってはとてつもなくたいへんそうですが…。
▲昨年のパリでもお世話になった“Wrightlines”のブース。小ブログのコピーを差し上げるとたいへん喜ばれた。'08.10.25
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▲会場平面図。メインのスポーツホールに54ブース、隣のプラクティスホールに8ブース、スクヮッシュコートの2部屋ではOO9ソサエティーのメンバーによるフリーマーケットと、今回の目玉でもある「アニバーサリー・チャレンジ」の展示が行なわれる。
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▲マニファクチャラーのブースから。7㎜スケールを中心としたホワイトメタルのフィギュアや小物を所狭しと展示したS&Dモデルズ(左)と、右は5.5㎜スケール(1/55?)をアピールする“Beccadale Haematite Mine”のブース。5.5㎜ナローゲージ・レイルウェー・アソシエーションのメンバーとのこと。'08.10.25
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さて、会場をひとしきり巡ってみると、そのスケールのバラエティーに改めて驚かされます。“母体”とも言うべきOO9(ダブルオーナイン、4㎜スケール=1/76、9㎜)を筆頭に、7㎜スケール(1/43.5)、3.5㎜スケール(1/87)、1/4inスケール(1/48)、1/2inスケール(1/24)、3/8inスケール(1/32)、さらにはG(1/22.5?1/20)、1/18から2㎜スケール(Nn)まで、そのバリエーションは十指に余るほどです。

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▲意外にも2ブースが出展されていた2㎜スケール(1/152)=Nnの世界。t0.2㎜ほどの極薄エッチング板を半田付けで組んでゆく。目があがってしまった私などには到底組めそうもないエンスージャスティックなキット…。'08.10.25
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しかも驚いたことに、ピコの16.5㎜ゲージトラックとOOのシャーシを流用できることを謳い文句にしていた5.5㎜スケール(1/55?)3フィートナローや、1メーターが20ミリに相当するのでメトリックの車輌を模型化するのには抜群のアドバンテージ(?)とアピールしていた1/50スケールなど、やや百鬼夜行ぎみではあります。

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▲左の円形のダンボールは何かと思いきや、実はエンドレストラックの販売方法。確かに直径は実感できるが、果たしてこのまま持ち帰るのだろうか? 右は会場最奥の一隅に誂えられた写場で“ブツ撮り”に勤しむ彼の地の青柳カメラマン?。ご苦労さまです。'08.10.25
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IMGP3769nn.jpgところで、高年齢化が著しく、“退役軍人の会合”と見間違われたという笑うに笑えない逸話もあるアメリカのナローゲージ・コンベンションに比べ、今回のエキスポ・ナローゲージでは嬉しいことに“若手”のエントラントが少なからず目につきました。ことに開催25回とG&DNGRSの40周年を記念して公募された「アニバーサリー・チャレンジ」には、私が13年前にこの地を訪れた時には子どもだったであろう年齢の“次世代”がエントリーしており、実に心強い思いがいたしました。次回はいよいよその「アニバーサリー・チャレンジ」の様子をお目に掛けることにいたしましょう。
▲いかにも趣味の奥行きを実感させるブースがこれ。何と蔵書の表紙替えと合本化をしてくれるお店。閑古鳥かと思いきや、結構相談に立ち寄るお客さんが多い。'08.10.25
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第1回:いざ、会場へ。
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▲イングランドの季節は東京より一ヶ月ほど早いだろうか、10月下旬ともなると会場のホワイト・オーク・レジャー・センター周辺もすっかり晩秋の装い。'08.10.25
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留守中に溜まっていた話題も一段落したことですし、いよいよ先週行ってまいりましたイギリスのモデル・エキジビション“EXPO NARROW GAUGE 2008”のレポートを始めることにいたしましょう。昨年、一昨年とヨーロッパに単身赴任していた同期の岡山英明君のレポート(→こちら)をお送りしましたが、今年は25周年記念の特別イベントということもあって、実に13年ぶりに私自身が会場へと向かいました。

expong005.jpgすでに何度かご紹介したように、世界の3大ナローゲージ・モデル・エキジビションと私が勝手に決めているのが、アメリカの“NARROW GAUGE CONVENTION”(→こちら)とフランスはパリの“RAIL EXPO”(→こちら)、そしてこのロンドン近郊で行われるこの“EXPO NARROW GAUGE”です。もちろん先日4回目が開催された日本の「軽便鉄道模型祭」も、将来的にはこれらに伍するポテンシャルを秘めていそうで楽しみではあります。
▲10時半のオープンを前に会場への通路は長蛇の列が…。洋の東西を問わずの光景。'08.10.25
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▲事前にEメールでアポをとっておいたため、事務局からはご覧のような招待券を頂戴した。'08.10.25

さて、この“EXPO NARROW GAUGE”は1968(昭和43)年9月に設立された“Greenwich and District Narrow Gauge Railway Society”(G&DNGRS)が、メンバーのレイアウトを広く公開したいと始めたものです。ケント州はドーバー海峡のお膝元でもあり、フランスをはじめとした大陸側のナローゲージャーとの親交も深く、海峡を越えたエキジビションとして第1回目が行われたのが1984(昭和59)年11月17日(土曜日)。1993(平成5)年からは開催時期を11月から10月に変更し、会場もより広い現在の“White Oak Leisure Centre”に移し、今年でちょうど25回目となります。私が最初に行ったのが13年前の1995(平成7)年ですから、このような開催スタイルとなってまだ3年目だったことになります。

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▲シーナリィ表現の巧みさには改めて驚かされる。おいおいご紹介してゆくが、その一例としてこれは4㎜スケール(1/76)9㎜ゲージの組立式セクションレイアウト“County Gate”。'08.10.25
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会場のホワイト・オーク・レジャー・センターはロンドンはビクトリア駅から近郊電車で30分ほどのSwanley駅下車。前回はまだインターネットもなかった時代ゆえ、駅を降りたもののいったいどっちに行けばよいものか途方に暮れたものです。今回もその点はなんら改善?されておらず、「NG→」とだけ書かれたA4判くらいの紙が角々に貼ってある程度。しかも駅からは歩いて20分ほどは掛かろうという不便さで、「外国人」にとってはたどり着くのも一苦労です。ただし、今回はレンタカーでのアプローチで、事前にグーグルアースまで駆使してルートを確認していただけあって、ロンドン市内のホテルから迷うことなく一時間ほどで到着することができました(動画参照)。

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▲メーカー、トレーダー、クラブ、さらには実物保存団体までもがアトランダムにブースを構えているのが大きな魅力。会場面積は決して広くはないが、その密度たるや恐ろしくなるほど。'08.10.25
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▲メイン会場はバスケットボールのゴールもある体育館そのもの。混雑する通路を縫うようにアフタヌーンティー(?)のケータリングワゴンがゆく(左)。右は工具・素材の専門店。とにかく圧倒的な物量。'08.10.25
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13年ぶりのホワイト・オーク・レジャー・センターは、エントランスを入ると忘れていた記憶が次々と甦ってきました。名前のとおり施設としては市民体育館といったところで、温水プールやアスレチックなどが設備された市民の憩いの場です。会場はメインのスポーツホールを最奥に、その手前のプラクティスホールとスクワッシュコートの3箇所。会場へのアプローチを疑似体験していただきたく、下に動画を用意いたしましたが、残念ながらレジャー・センター内はプール等の関係からか厳重に撮影禁止となっており、駐車場から途端に会場入口へと映像が飛ぶ点はご容赦のほどを…。

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アップで登場するレイアウトは7㎜スケール(1/43.5)16.5㎜ゲージの“Hollies End”のワークショップ部分で、焚き火から上がる煙がおわかりになるだろうか。
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▲車体側面に描かれた総合高速検測車“DAX”のロゴ。ちなみに“DAX”とは“Dynamic Analytical eXpress”の略。'08.10.30 高幡不動検車区 P:RM(高橋一嘉)
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昨年登場し、今春から運用が開始された京王線の軌道架線総合検測車クヤ900形「DAX」の鉄道雑誌社向けの報道公開が先日行われました。

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▲京王八王子方から見たクヤ911。前・尾灯も備わるが運転台は構内運転用で、本線上で先頭に立つことはない。'08.10.30 高幡不動検車区 P:RM(高橋一嘉)
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このクヤ900形は従来、夜間を中心に個別に行われていた軌道および電気関係の検測作業を集約し、昼間に実施することを可能としたものです。具体的には、軌道検測項目としては、通り・平面・軌道の高低・軌間・水準・動揺を、また架線検測の項目としては、トロリ線高さ・トロリ線磨耗、偏位・硬点、パンタ衝撃検出・支障物検出・渡り線検出・トロリ線高低差・電柱位置検出・離線・カメラによる接触状態の各項目が挙げられています。

dax.003.jpg車体長は営業車と同じく19500mmのステンレス製。軌道検測装置を搭載するためT車であり、実際の運転に際しては2004年度に登場したデワ600形と連結して運転されます。車号の「911」とは9000系のイメージを持つことによる「9」に、デワ600形601・621・631の下2ケタの空番である「11」を組み合わせたもの。これはデワ600形登場時にすでに検測車の導入を前提として空番としていたそうです。

▲新宿方から見たクヤ911。検測車ならではの表情。'08.10.30 高幡不動検車区 P:RM(高橋一嘉)
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▲デワ600形と連結した、運用時のスタイル。京王八王子方からデワ631-デワ621-クヤ911-デワ601の4輌編成で運転される。'08.10.30 高幡不動検車区 P:RM(高橋一嘉)
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なお、デワ600形はレール運搬用のチキ290形の牽引にも使用されるため、日常的に編成替えを実施する関係上、クヤ900形は両運転台構造となっており、前・尾灯も備わっています。ただし、両端とも構内運転のみを前提としたものであり、「クヤ」ではあるものの本線で先頭に立つことは不可能とのことです。

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▲検測用のコンソールとモニターが整然とレイアウトされた車内。床は二重構造で、この下にはレーザ基準装置が設置されている。'08.10.30 高幡不動検車区 P:RM(高橋一嘉)
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▲検測用のパンタグラフは京王線では唯一の下枠交差型である(左)。運転台は6000系のものを流用。通常運用時には使用しないためカバーがなされている(右)。'08.10.30 高幡不動検車区 P:RM(高橋一嘉)
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このクヤ900形は本年4月2日から本運用を開始しており、2ヶ月に一度程度、京王線全線を2日間かけて検測しているそうですので、京王線沿線の方ならばこの車輌に遭遇する機会も少なくないのではないでしょうか。なお、このクヤ900形については今月発売の本誌誌上でスペックを含めて詳しくご紹介できる予定ですのでお楽しみに…。

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▲今年も工作派を中心としたモデラーの熱気に包まれた大田区産業プラザ大展示ホール。手前のGスケールのキハ35(?)はCJ-PROが参考出品していたペーパー製の“Gトレインショーティー”。遠からず発売になるとのこと。
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秋の鉄道模型エキジビションとしてお馴染みの「日本鉄道模型ショウ」が今日から始まりました。会場はこちらも恒例の大田区産業プラザ(PIO)一階大展示ホールと二階の小展示ホール。来年で30回目を迎えようという歴史あるイベントだけに、会場内にはさまざまな見所がいっぱいです。

081101002.jpg実に94社もの出展社で埋め尽くされた大展示ホールは、午前中からかなりの混雑ぶり。どちらかというと工作派、しかも16番モデラーの比率が高いイベントだけに、各出展社のブースには、ここぞとばかりに熱心な質問を重ねるお客さんの姿がそこかしこに見受けられました。普段はなかなか接点のないメーカーのご店主との語らいもこのイベントの妙味といえる部分で、主催する日本鉄道模型連合会ではエンドユーザーも参加可能な懇親会(1日夜)を設定するなど、積極的に送り手と受け手の間のバリアフリー化に努めているのも特筆されます。
▲天賞堂からは年末発売予定とアナウンスされているキハ17系に続いて、やはりプラ製のキハ55系のサンプルが展示された。キハ55、26、キロ25の3形式で、準急色、急行色、首都圏色(展示サンプルは未塗装のテストショットで首都圏色ではない)の3バージョンが用意されるとのこと。発売は来年夏の予定。
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▲気持ち良いサウンドを響かせてひときわ注目を集めていたのが天賞堂のカスタムシステム搭載EF58。D51、DD51に続くダイキャスト製品で、駆動モーター音、汽笛、ATS警報音、ドア開閉音などがリアルに再現されている。来年早々には発売とのことで待ち遠しい方も多かろう。
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会場内にはもちろんNスケールも多いものの、やはりとりわけ目立つのは1/80スケールの金属キットでしょう。半田付けの実演をはじめ、午後には早々に売り切れとなってしまっていた交換用コテ先など、まだまだ金属工作に取り組むモデラーが少なくないことに心強い思いがいたします。

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▲メディカルアートのブースで見かけた009(1/76、9㎜ゲージ)のライブスチーム。英国のモデラーによる受注生産で、価格は16万と安くはないものの、任意の番号とネームプレートを付け、しかもアフターメンテナンスもしてくれるとのこと。十年ほど前に輸入されたことはあるが、久しく絶えていた“逸品”。写真手前が取り外したアルコールランプ。
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081101n005.jpgそんななか、全体を見渡してみると意外なほどナローものの新製品が多いのに気づきます。もちろん個人的嗜好からそちらが目につくのは否めませんが、ひと昔前までは限られたメーカーのアイテムだったナローが急速に一般化してきているのは間違いありません。なおかつ既製のパワートレーンを利用するお手軽なOナローがひとつのジャンルを築きつつあるのも特徴的です。数年前にアメリカでOn30がウェーブを創ったのと同様に、こちらも今後の展開が注目されます。
▲浜松のアールクラフトが参考展示していたレーザーによるペーパー車体へのリベット表現のサンプル。逆転の発想で浮き出すのではなく凹ませることで微細なリベットの感じを再現しようとしている。製作はYAMA模型。店主の井指さん曰く「ニセスチールならぬニセリベットです」。
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▲このところ積極的にOナローを展開しているペアーハンズからは“岩手富士タイプ”と銘打った特殊軽量機関車のボディーキットが新発売。ご覧のように展示レイアウトをサンプルが軽快に走り回っていた。それにしてもこんなマニアックな機種までリリースされるとは…。
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081101n006.jpgさて、この第29回「日本鉄道模型ショウ」、明日2日(日曜日)までの開催(10:00~17:00)です。会場の大田区産業プラザへは京浜急行京急蒲田駅から徒歩4分、JR京浜東北線蒲田駅からだと徒歩12分ほど。入場料は1000円(保護者同伴の小学生以下は無料)ですが、オールカラー60ページの年度版カタログ(\500)が入場券とともについてきます。このカタログ、毎年テーマを設定して実物の特集を組んでいますが、今年のテーマはC62生誕60年。18ページにわたるグラフと記事は、高橋 弘さん撮影の貴重な画像の数々とあいまって必見です。
なお、会場には弊社もブースを出しておりますので、ぜひお立ち寄りください。

▲アルモデルからはやはりOナローの南筑軌道の石油発動車が発売となった。ボンネットリッドに相当する無点火石油発動機のレギュレータ部のカバーが一体のホワイトメタル製のため結構な重量がある。いずれは後ろに続く客車も…とはご店主の弁。
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▲会場の大田区産業プラザは京急蒲田駅の目の前。ちょうど京急蒲田駅付近は高架化工事がたけなわで、空港線の分岐シーンもファンとしては見逃せない。お出での際はついでにぜひウォッチングを…。
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