鉄道ホビダス

豊島線、あの頃…。(上)

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▲今から35年前、夏の昼下がりの豊島線豊島園駅ホーム。アルマイト製のカップがぶら下がった蛇口や、手押しの散水ポンプが遠い日の記憶を思い起こさせる。'73.8.26
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当サイトのバナーや本誌の誌面告知ですでにご存知のことと思いますが、「としまえん鉄道フェスタ2008」(9月20・21日)の開催がいよいよ近づいてまいりました。この鉄道フェスタは親子で楽しめる新しい参加型イベントとして豊島園と弊社がコラボレーションして開催するもので、現在その準備作業がまさに佳境を迎えております。

080909n102.jpgイベントの詳細については近日中に改めてお伝えする予定ですが、今日は会場となる豊島園への足、西武鉄道豊島線の1970年代を写真で振り返ってみることにしたいと思います。豊島園が開業したのは今から82年も前の1926(大正15)年。西武鉄道の前身の武蔵野鉄道が練馬-豊島間(1km)を開業したのが翌1927(昭和2)年10月のことでした。その後、豊島駅は豊島園駅と改名(昭和8年)されましたが、線名は「豊島線」のままで、今日まで81年間にわたって走り続けてきています。
▲島式の頭端式ホームは昔から変わっていない。住宅をかすめるように池袋行きの501系がホームを離れてゆく。'73.8
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▲豊島園駅のホームは思いのほか広い。夏休み中とあって、階段を下りた改札口には臨時ラッチも並んでいる。'73.8.26
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▲大江戸線ができる前は通勤客でもごったがえしていた。行楽地への足としての休日の顔と、通勤路線としての平日の顔…豊島線はふたつの顔を持っていた。'72.9
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練馬駅からわずか1キロとはいえ、一大遊園地・豊島園への、かつては唯一の交通手段だった豊島線ですが、現在では都営大江戸線が並走しており、今もって「単線」の豊島線は都会の盲腸線といったイメージがいよいよ強まりつつあります。

080909n106.jpgそんな豊島線も1970年代の平日は通勤・通学客、休日は行楽客で信じられないほどの賑わいを見せていました。練馬-豊島園間の区間運転はもとより、一時は池袋~豊島園間の準急(途中停車駅は練馬のみ)も設定されていたのですから驚きです。池袋からの下りは練馬を出ると上り本線をクロスするかたちで豊島線へと乗り入れてゆくため、分岐付近に二階建ての立派な信号扱い所があったのも印象に残っています。
▲トタン張りとなったものの、駅本屋は風格のある屋根を持つ木造モルタル造りの立派なものだった。'72.9
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▲高架となった現在では想像もつかない練馬駅の全景。北側の旧カネボウ跡地からの撮影で、右側に豊島線と本線の転轍をつかさどっていた二階建ての信号扱い所が見える。'79.1
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