鉄道ホビダス

2008年9月11日アーカイブ

豊島線、あの頃…。(下)

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▲練馬駅ホームのすぐ下り方にあった“構内踏切”のような練馬1号踏切。通過しているのは豊島園発池袋行きの701系767F。'79.1.19
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高架複々線となってすっかり昔の面影がなくなってしまった練馬駅周辺ですが、地上時代はそこかしこに武蔵野鉄道の匂いを感じ取ることができました。アングル鋼材で組まれた架線柱もそのひとつで、巨大な架線柱がさながら鳥居の列のように並ぶ様は、その下を盛大な吊り掛音を響かせてくぐってゆく“赤電”の姿とともに、見ることかなわなかった武蔵野鉄道時代を彷彿させてくれました。

080909n110.jpg豊島線が分岐する練馬駅は、島式ホーム2面ながら、南側には貨物側線と貨物ホームがあり、バラエティー豊かな電気機関車が定期貨物を牽いてやってきては入換えに励んでいました。駅本屋の隣にはこれまたストラクチャーのプロトタイプとして模型にしたくなるような日通の事務所があり、隣接する製材会社からはほのかに木の香が漂ってきたのを思い出します。いまさらながら残念なのは、この貨物ホームや日通事務所を撮影していなかったことで、“模「景」を歩く”的視点が染み付いたのはこれら一連の写真を撮影した数年後、1970年代中盤以降になってからのことでした。
▲豊島園に向かう下り列車より0.5 キロポスト付近のR200の曲線を見る。'72.9
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▲わずか1キロながら豊島園手前では生活感溢れる街並みをくぐり抜ける(練馬三丁目付近)。池袋行きの前サボを掲げて踏切を通過するのは551系。'72.9
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ところで豊島線は練馬駅高架複々線化工事の際、一時、完全に本線との連絡を遮断され、いわば陸の孤島と化したことがありました。今から十年ほど前のことですが、101系2編成がこの孤立した豊島線に封じ込められ、実に不思議な光景を現出していました。

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▲カネボウが撤収してから練馬駅北側はながらく広大な空地のままだった。豊島線ホームの4番線沿いには仮設の覆いが続く(左)。写真右は多客時対応として駅本屋対面に設けられていた豊島園駅臨時出札所。'72.9
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そして本線との接続が復活したのちも絶えることのなかった練馬-豊島園間の区間運転が、今年6月のダイヤ改正を期に消滅し、現在、豊島線列車は全てが池袋へ直通(ただし豊島園発の終電は練馬行き)する運転形態となっています。その意味では面白味は多少減ってしまったような気もしますが、東京の、しかも23区内の単線盲腸線としての存在感はまだまだ充分です。

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▲最後に手元にあった昭和38年11月1日改正の池袋線・豊島線・狭山線列車ダイヤの一部をご覧にいれよう。500番代の列車番号が豊島線列車であることがわかる。ちなみにこの当時はまだ貨物列車も数多く設定されており、練馬や東長崎にも長い停車時間が設定されているのが見てとれる。
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さて、そんな豊島園を舞台にした「としまえん鉄道フェスタ2008」はいよいよ来週末、9月20日(土)・21日(日)開催です。豊島線に乗ってぜひお出でください。

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