鉄道ホビダス

中川先生からの最後の手紙。

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鉄道史研究の泰斗であり、数多くの著作がある茨城大学名誉教授の中川浩一先生が先週の8月19日にお亡くなりになったのを知ったのは、今週になってからのことでした。中川先生にはこの5月に発行したRMライブラリー『鹿島鉄道 ―鹿島参宮鉄道・関東鉄道鉾田線―』を白土貞夫さんとの共著でまとめていただいたばかりで、突然の訃報には言葉を失いました。
▲中川先生からいただいた最後の書状。消印は8月14日となっている。(一部画像処理しています)

しばらく前から体調を崩され、閑静な山里の温泉病院で療養生活を送っておられましたが、旺盛な研究心はいささかも衰えることなく、たびたびお便りを頂戴しておりました。実は先週もお手紙を頂戴したばかりです。
「拝啓 下界はあつい日が毎日続いている様ですが、山中の病院は空調で、あつさはNHK・FMのニューズで知るのみです」と書き出された便箋5枚にびっしりと書かれた書状は、拙著『編集長敬白』をお読みになっての感想をはじめ、最近のご興味などを逐一丁寧にしたためられておられます。

いまさらながらに消印を見ると「8月14日」と判読できます。会社宛だったこともあって私が手にしたのが週明けの18日月曜日…。折り返しでご下問の八幡製鐵所の機関車に関する資料と礼状をお送りしたのが21日でしたから、残念ながら私の返信に目を通されることはなかったことになります。

いただいた書状のなかで、「地形図は発行年月で論ずべきではなく、測図(量)、修正測図(量)など、実地の作業を行なった年で論ずべきものです。戦時中までは測図や修正測図の年と発行が数年ずれている例が珍しくありません。要部修正や部分修正はなにをどれだけ直したのか見当つきにくく、注意が必要です。」と、小誌の誌面表記にもご指摘をいただきましたが、これは中川先生の最後のアドバイスとして次号以降しっかりと修正してゆきたいと思います。

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封筒にはここにお見せする写真一葉が同封され、手紙は、「お礼の気持だけですが、トワイライトの一シーン、一九七〇年八月タイ国カンチャナプリ近くのクワイ川鉄橋東岸、一〇〇式牽引車と九七式貨車、牽引車の前輪をはずして九七式貨車のボギー台車をはかせています。センターピン付なので固定軸距短縮か?
敬具
中川浩一    名取紀之様」と結ばれています。

まだまだお聞きしたいこと、アドバイスを頂戴したいことは数え切れないほどありました。しかし、中川先生がわが国の鉄道史研究に遺された足跡は、今後も決して色褪せることなく後世に引き継がれてゆくに違いありません。
享年77歳。改めてご冥福をお祈り申し上げます。

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