鉄道ホビダス

『「SL甲組」の肖像』第3巻まもなく発売。

080822n1.jpg1巻・2巻ともに日本図書館協会選定図書に選ばれてたいへんなご好評をいただいている単行本『「SL甲組」の肖像』の第3巻が週明けの25日に発売となります。まずはこの3巻に収録した区所をご紹介いたしましょう。
小樽築港機関区(函本山線、C62とともに/31番線の扇形庫、職員数791人。北の名門機関区の矜持/C623復活を支えた検修魂)
 □C62 3号機有火復元までのあゆみ
豊岡機関区/和田山支区(桃観、そして生野。隧道との戦い)
福知山機関区(北近畿・三丹の要衝)
沼津機関区(時代の先端を走った名門区)
 □蛇松線について
福島機関区(みちのく動脈の分岐点)
 □思い出のSL
長野機関区(山線に挑むD型機の居城)
 □熱きSLへの想い/雪の越後路
直江津機関区(果てしなき自然との闘い)
 □白魔との闘いの記録
新得機関区(北海道の屋根を征す)
鷲別機関区(鉄は産業の米…不夜城・室蘭への道)
 □乗務員のバイブル「蒸気機関車乗務員執務要綱」
美唄鉄道(つわものどもが夢の跡)
鉄道聯隊(鉄道兵かく戦えり)
 □鉄道聯隊の記録
水戸機関区(「ある機関助士」伝)
 □PR映画「ある機関助士」
 □「ある機関助士」完成台本


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▲福知山機関区で顔を揃えた山陰の雄C57 11とD51 499。かつては少数派C54、そしてその後は無煙化のホープとして期待されながら故障に泣かされたDD54と、偶然にも二世代の“54”を任されたのも福知山区であった。(『「SL甲組」の肖像 3』誌面より)
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▲独特の「長工デフ」に特徴的なエンドビームの白線、集煙装置とスノープラウで武装しながらも、長野機関区のD51には他区所属機にはない表情があった。(『「SL甲組」の肖像 3』誌面より)
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この3巻でも改めてご注目いただきたいのが取材秘話ともいうべき各章にちりばめられた「出会った人びと ―取材メモから―」です。この「SL甲組」OBを全国に訪ね歩く取材の旅は椎橋さんに一任しているため、実は編集を担当する私も記事に出てくる武勇伝の主がどんな方なのかは存じません。それだけにこの「出会った人びと」のページは、ご本人の“肖像”はもちろんのことながら、そのお人柄と最近の暮らしぶりまでもが垣間見られ、私自身も毎回楽しみにしております。

080822n2.jpgさらに連載では紹介できなかった手記や資料をふんだんに盛り込んでいるのも特徴です。なかでも一押しと言えるのが、あの小樽築港機関区の検修掛の頂点に立っていた山下仁郎さんの手記「C62 3号機復活めも」です。1987(昭和62)年3月、C62 3を有火復元しようと計画した国鉄北海道総局は、往年の検修の神であった山下さんにそのアドバイスを求めます。この手書きの「めも」は、いったんはその要請を断りながらも、結局は復元プロジェクトの中心となってあの歴史的復活劇を成し遂げるまでの一ヶ月を克明に記録したものです。その後の7年余にわたる復活走行がどれほど多くの感動を残してくれたかを思うと、この「めも」に記されたひとつひとつの紆余曲折に思わず涙腺が緩んできます。
▲1987(昭和62)年3月9日から国鉄分割民営化を跨いで4月2日まで、山下仁郎さんの「C62 3復元めも」は、同機復活までの激動の一ヶ月を最当事者の目で克明に記録している。(『「SL甲組」の肖像 3』誌面より)
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▲3巻所収のなかで異色なのが「鉄道聯隊」。千葉機関区で実習を行なった聯隊兵は山線訓練のため山北に廠舎があった御殿場線へと送り込まれ、訓練を終えると戦地へと散っていった。(『「SL甲組」の肖像 3』誌面より)
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この3巻では国鉄機関区以外の“甲組”の皆さんにもご登場いただいております。私鉄の美唄鉄道、そして戦前の鉄道聯隊です。旧日本陸軍の組織であった鉄道聯隊は、今もってその全容が知れず、さらに時の経過とともにオーラルヒストリーとしてこのような形で記録を残せる機会も少なくなってきてしまっております。

080822n11.jpgもうひとつご紹介いたしましょう。これまた初公開となるのがあの名作映画「ある機関助士」の完成台本です。連載時にはあえて伏せておりましたが、この映画撮影に関しては実は驚愕の事実がいくつも隠されております。岩波映画「土本組」によって撮影されたこの映画が、前年に起こった三河島事故で失墜した国鉄の信頼を回復すべく企画された、いわばプロパガンダであったことは広く知られていますが、一見ドキュメンタリーに思えるこの映画、実は極めて綿密なプロットに基づくいわば“劇”だったのです。なおかつクランクインは上野~水戸間の電化3週間後の1962(昭和37)年10月25日。急行「みちのく」として登場するのはなんと撮影用に特別に引かれたスジを走るC62の、しかも「単機」なのです。
▲初公開となる「ある機関助士」完成台本。あの名作がどのように作られていったのかが今詳らかになる。(『「SL甲組」の肖像 3』誌面より)
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だからといって名作「ある機関助士」が残してくれた感動がいささかたりとも揺るぐものではありませんが、こういった史実の検証と後世への伝承も、今後『「SL甲組」の肖像』が果たすべき大きな役割だと考えております。各巻の中でもとりわけ読み応えたっぷりのこの第3巻にぜひご期待ください。

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