鉄道ホビダス

2008年7月24日アーカイブ

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▲阿多でホユニから郵袋を下ろす郵便局員。南薩鉄道にとって郵便輸送は大きな使命のひとつで、気動車時代となっても郵便荷物気動車が長らく活躍していた。'70.9.12 P:湯口 徹(RMライブラリー『鹿児島交通南薩線』上巻より)
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毎月ご好評いただいているRMライブラリー、今月と来月は『鹿児島交通南薩線―南薩鉄道顛末記』を上下巻に分けてお届けします。

080724n1.jpg鹿児島交通の鉄道線(旧南薩鉄道)の廃止は1984(昭和59)年ですから、実際にご乗車になられた方も少なくないと思われますが、鹿児島本線伊集院を起点に、薩摩半島の西岸に沿って枕崎までの路線を持っていた鉄道で、枕崎で接続した国鉄指宿枕崎線の反対側を走っていた鉄道ということになります。もっとも、枕崎までの開業は南薩鉄道が1931(昭和6)年、指宿枕崎線が1963(昭和38)年で、枕崎へは国鉄が南薩鉄道の駅構内を間借りする形で乗り入れた形になっていました。

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▲いかにも南国を思わせる枕崎駅の賑わい。上巻では枕崎線、知覧支線、万世支線のアウトラインを紹介、続く下巻では構内配線も掲載予定。(RMライブラリー『鹿児島交通南薩線』上巻より)
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080724n5.jpg万世線、そして薩南中央鉄道を戦時中に合併した知覧線という2つの支線を合わせた総延長は68.7kmにも及びます。自動車が普及するまでは薩摩半島西岸の交通を一手に引き受けていたわけで、実に多種多様な郵便・荷物輸送用の客車を保有していたのも特徴のひとつと言えましょう。もちろん現在でも保存されているドイツのハノマーグ社製Cタンクをはじめとしたバラエティー豊かな蒸気機関車たちも見どころで、国鉄と同形のC12が地方色豊かなミキストの先頭に立っていたのも“南薩”ならではの光景でした。
▲木造客車2輌を牽引して猛然とダッシュするハノマーグ社製1号機。P:南薩鉄道記念館提供(RMライブラリー『鹿児島交通南薩線』上巻より)

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▲加世田を発車する2号機の牽く万世支線列車。右には薩南中央から引き継がれたキハ4の姿も見える。'56.8.14 P:田尻弘行(RMライブラリー『鹿児島交通南薩線』上巻より)
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080724n3.jpg執筆は『軽便追想』などでお馴染みの髙井薫平さんと、これまで本シリーズで九州の私鉄の研究発表を続けてこられた田尻弘行さんのお二人です。実はお二人は今から50年以上前の1957(昭和32)年、『鉄道模型趣味』誌に「南薩鉄道」のレポートを発表しておられ、これが鉄道趣味界での“デビュー”だったそうです。ただこのデビューには秘められたエピソードがあります。知り合って間もない学生時代ゆえ、同誌に原稿を送った髙井さんが相棒である田尻さんの名前を間違えてしまったのです。発行された同誌通巻104号には当然間違った名前が掲載され、お二人にとってはこの件が今日まで喉に刺さった魚の小骨のごとく気になっていたとのこと。その意味で本書の上梓はお二人にとっていつかは果たしたいリベンジでもありました。
▲南薩鉄道が最初に導入したガソリンカーは松井製の簡易半鋼製2軸車だった。(RMライブラリー『鹿児島交通南薩線』上巻より)

今回は加世田の南薩鉄道資料館のご協力もいただき、2巻に分けて詳しくその実像に迫ります。今月発売の上巻では1914年の開業から太平洋戦争終戦までの沿革と、その期間に入線した車輌、そして2つの支線を含めた沿線の概要を紹介します。また、下巻では戦後の路線廃止までの沿革と車輌、そして設備、開業から終焉までの運転の概要、さらに諸元表などを収録する予定です。どうか上下巻あわせて今はなき南薩線を振り返っていただけたらと思います。

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