鉄道ホビダス

2008年7月11日アーカイブ

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▲観覧車をバックに阪神甲子園パークに保存されていた1形「1」号。どのような経緯だったのか、実際の現車は1形27号であったという。'88.5.2 P:宮武浩二
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先日ご紹介した阪神武庫川線の話題はその後も各方面から反響をいただいておりますが、RMライブラリー『全盛期の大阪市電』の著者でもある宮武浩二さんから、今はなき国道線の保存車輌の画像を頂戴いたしましたので、ご本人のご諒解をいただきお目に掛けることにいたしましょう。

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いつもホビタスの情報を楽しみにしております。特に名取編集長の「編集長敬白」は更新をいつも楽しみにしており、阪神武庫川線の話題もたいへん興味深く読ませていただきました。私は残念ながら記録したものがないのですが、20年ほど昔に阪神パークに保存されていた阪神国道線の保存車を撮影しています。あまりよい写真ではありませんが、すでに解体されて現存しないので、何かの参考にでもと思い送らせていただきます。
▲最後まで国道線・甲子園線で働いていた201形215号。「金魚鉢」譲りの大きな窓が印象的な車輌。1948(昭和23)年汽車会社製。'88.5.2 P:宮武浩二
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080711n3.jpg撮影は昭和63年5月2日で、1号については保存展示に際して改番の経緯があるように聞いております。その後この2輌は園内の工事で邪魔になるとかで、あっけなく解体処分されてしまったようです。阪神国道線の電車はほかには71号が尼崎センタープール前駅の北側にある水明公園に、少し離れた蓬川(よもがわ)公園に74号が公民館となって残っています。また、伊丹市にあった79号は三重県のファンに引き取られたと聞いていますが、今ではこの程度しか残っていません。大阪市電のように積極的に販売しなかったことが原因と思われます。
▲簡単な来歴とスペックが記された説明看板が掲げられていた。'88.5.2 P:宮武浩二
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ちなみに、この付近には阪急の71号が尼崎市七松町の七松幼稚園に木造車体のまま現存しており、甲子園裏のC11や阪神電鉄の604、1150(尼崎センタープール前駅高架下)などの保存車も含めると、まとまった数の保存車が現存しています。用途を終えた車輌についてはなにかと気になるもので、特に台車を取られた車輌を発見すると見つけ次第撮影するように心がけております。

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▲1927(昭和2)年「藤永田造船製」と説明看板にある1形。1974(昭和49)年まで主に北大阪線で使用されていたという。'88.5.2 P:宮武浩二
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宮武さんありがとうございました。「金魚鉢」の愛称で親しまれてきた71形保存車が現存するのは嬉しい限りですが、そのスタイルを受け継いだ201形唯一の保存車215号が解体されてしまったのは残念でなりません。保存場所であった阪神甲子園パークは戦前から続いてきた動物園などを擁する遊園地で、国道線の忘れ形見であった2輌の電車は休息室としても使われていたそうです。宮武さんがこの写真をお撮りになった数年後、1991(平成3)年頃には人知れず解体されてしまったようで、その後、阪神甲子園パークそのものが阪神・淡路大震災で被災し、一時は住宅展示場として再生したものの、結局2003(平成15)年には閉鎖されてしまいました。保存車輌といえども、状況の変化でいつ忽然と消え去ってしまうかもしれず、記録できる時に記録しておかねばと改めて思い知らさせてくれる貴重な画像でもあります。

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