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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2008年6月26日

43年前の武庫川線と武庫川車輌。(下)

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▲武庫川車輌構内裏手に置かれていた阪神816と825の廃車体。台車が抜かれたいわゆる“だるま”状態で、倉庫代用としてでも使われていたのだろうか。背後の工場建屋には2番、3番の標記が見える。'65.8 P:澤田節夫
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武庫川駅での阪神本線との接続状況を記録されたのち、澤田さんは愛車“ホンダ・ベンリィ”を蹴ってさらに洲先方面を目指します。といっても甲子園口?武庫川間と違ってこの区間は武庫川線として立派に営業中ですから線路敷を走るわけにはゆかず、当然沿道を迂回して終点を目指すことになります。

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▲工場正門付近から見た武庫川車輌構内。1番、2番の建屋内では車輌構体を建造中。番線標記から上の写真と逆側であることがわかる。画面右端に見えるのは国道線11号の廃車体。'65.8 P:澤田節夫
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▲工場入口付近に置かれた851号廃車体の定点観測。左は1965(昭和40)年8月の撮影で、休憩室にでもなっていたのか車体のみが無造作に置かれた状態。右は約5年後の1970(昭和45)年6月の撮影で、隣には861が寄り添うように増え、木製の屋根も架けられている。P:澤田節夫
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1965(昭和40)年当時の武庫川線はまだ600Vで(昇圧は1967年)、現在の終点である武庫川団地前駅も開業しておらず(同駅の開業は1984年)、洲先駅から先は武庫川車輌への専用線となっていました。この専用線は線路内に直接バイクを乗り入れられた(!)ため、澤田さんはご友人と二人乗りでずんずんと犬走りを走り抜け、辿り着いたのがくだんの木製2軸凸電が捨てやられた武庫川車輌のバックヤードだったのです。

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▲阪神国道線11号の廃車体。この廃車体にもまるで建物のような立派な屋根が誂えられている。'65.8 P:澤田節夫
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080626n5.jpg武庫川車輌(正確には武庫川車両工業株式会社)は戦時中に阪神の車輌修繕を主たる業務に設立された会社を母体とし、戦後は川西航空機の民需転換の思惑もからんで摂津車輌を名乗っていました。しかし工場が火災によって全焼、再出発を期して1957(昭和32)年に新たな会社として設立されたのが武庫川車輌でした。5001形、7001形、8000系をはじめとした阪神基幹形式の数々や、ローレル賞を受賞した叡山電鉄デオ900形(「きらら」)など電鉄系メーカーとは思えない輝かしい実績を積んできた同社でしたが、2002(平成14)年に会社解散となって歴史の彼方へと消えていってしまったのは記憶に新しいところです。
▲再利用を待っているのだろうか、雨よけの板を載せられたボールドウィンタイプの台車。澤田さんによれば阪神881のものだったとのこと。'70.6.28 P:澤田節夫
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同社は1983(昭和58)年に西宮市鳴尾浜産業センターに移転し、武庫川線とは直接縁がなくなってしまいますが、今日ご紹介した澤田さんの写真は、そのはるか以前、まだ川西航空機の残像を感じられる貴重な時代の記録です。改めて澤田節夫さんにはお礼申し上げたいと思います。

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※サイン会のお知らせ
お恥ずかしい限りではありますが、下記日程でサイン会を行ないます。
日時:6月28日14時から
場所:書泉グランデ6F
当日『編集長敬白』をお買い求めいただいた方には些少のお土産も用意しておりますのでぜひお越しください。