鉄道ホビダス

2008年6月23日アーカイブ

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▲武庫川線との連絡口付近で“行き倒れて”いたもと尼崎車庫入換用の2軸凸型電動貨車。背後には川西製と思しきコンクリートミキサーの本体(?)が多数転がっている。手前の仮台車も気になるところ。'65.8 P:澤田節夫
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いよいよ発売となった単行本『編集長敬白』には早くもさまざまな反響が寄せられていますが、今日は拙著所収「阪神の奇怪な電動貨車たち」をご覧になった澤田節夫さんからのお便りと写真をご紹介してみたいと思います。澤田さんは、私が“フリーランスの模型にしても荒唐無稽すぎて現実味がなさそう…”と記した尼崎車庫入換用の2軸凸型電動貨車の末期の姿を武庫川車輌の構内で撮影され、なおかつ自ら主宰される模型メーカー「モデル8」で製品化も検討されたとか…。まずはその澤田さんのお便りからご覧ください。

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▲いつから使われていないのだろうか、荒廃しきった姿を晒していた2軸凸型電動貨車。連結器はプリミティブなピンリンク式。'65.8 P:澤田節夫

当時は高校生でしたが、同級生から国鉄甲子園口から浜の方まで使われていない引き込み線が有り、途中から阪神が使っていて三線軌道になっているというのを聞いたのがきっかけです。昭和40年8月、免許を取り、単車(ホンダベンリイC91 125cc)に乗り始めて半年ほどしたころで、電車では行きにくいのと、夏の暑いとき歩くのが嫌だったので、その連れと一緒に単車に二人乗りで見に行きました。

mukosya2.jpg東海道線の付近から撮影を始め、最後の洲先付近からは線路に入れたため、線路上を単車で行けるところまで行ったら線路を遮る木製の柵に出ました。そこから見えたのが何の工場か分からない廃墟のような構内でした。まるで大阪砲兵工廠跡の雰囲気で、その手前の草生した線路には奇妙な木製2軸凸電が捨てやられていました。これが「編集長敬白」で紹介された高橋 弘さんが昭和26年に尼崎車庫で撮影された車輌の断末魔の姿だったようです。ちなみに廃墟さながら(失礼…)の構内を通り抜けて正門を出てから看板を見ると「武庫川車輌」とありました。何のことはないバックヤードから入り、表玄関に抜け、構内を一周したわけです。この時は日曜だったと思いますがなんとも長閑な時代でした。なお、工場内には阪国1形と801形2輌と851の車体が置いてあり、折しも7801形が建造中でした。
▲荷台にはエアタンクだろうか…。中央運転台の下は空洞になっているはずだが、すでにいろいろなものが詰め込まれてしまっている。'65.8 P:澤田節夫
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その後昭和45年6月に再訪した際にはB凸は無く、851の隣に861が並んで、屋根が付いていました。2回とも洲先に車輌がいなかったため洲先駅の写真がないのが残念です。

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▲集電装置は尼崎時代の極端に短いポールから国道線同様のYゲルに換装されているのがわかる。しかもこのYゲルもやたらと棹が短い。'65.8 P:澤田節夫

澤田さんはこの甲子園口から武庫川車輌へと続く線路も克明に記録されており、2軸凸電とともにその写真も数多くお送りくださいました。たいへん貴重な記録ですので、明日はこの専用線+武庫川線の往時の様子を澤田さんの写真でご紹介してみることにいたしましょう。

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