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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2008年5月27日

“国見山”のオアカー。

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▲海岸貯鉱槽付近で休むED2。もと南海のED5108で、1923(大正12)年梅鉢製とされる。前任はさらに古い大阪高野鉄道工場製凸電が務めていたが、この時点ではすでに跡形もなかった。'91.9.22

比較的近年まで命脈を保っていたにも関わらず、なぜか縁が薄かった専用鉄道に国見山三重鉱山㈱三重鉱業所の鉱石輸送鉄道があります。三重県は熊野灘に面した南伊勢町(当時は南島町)に存在した全長3.18㎞のこの鉄道は、とにかく交通不便で、紀勢本線からもひと山離れたまさに陸の孤島に位置していました。

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▲大阪セメント伊吹工場より転籍してきたという2軸鉱車。若松車輌製とされるが、その流転の生涯は謎に包まれていた。上部は嵩上げ改造されている。'91.9.22

紀伊半島自体は、さらに奥深い紀州鉱山へ足しげく通っていたにも関わらず、なぜかこの国見山へは足が向きませんでした。アプローチしにくいこともありましたが、今さら思えば車輌のバラエティーが限られていることも一因だったのかもしれません。

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▲ED2との連結面(左)。編成とは直通制動が可能となっている。鉱車の軸受はもちろん原始的なシュー式(右)。'91.9.22
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1991(平成3)年に訪れたこの時も、レンタカーを蹴ってはるばるやってきたにも関わらず運休中。結局、神前湾の海岸貯鉱槽線に留置されている編成を撮影するだけで引き上げざるをえない体たらくでした。

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▲鉱車の下回りを見る。制輪子が激しく減っているのが見てとれる。車輌中央にポケットのシュートがあるため、空気溜めやブレーキシリンダーは台枠上に位置し、凝ったリンケージでブレーキハンガーを作動させているのがわかる。'91.9.22
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留置された編成は、唯一の機関車であるED2を先頭に、セム1形に似た2軸鉱車を9輌連ねたもの。南海崩れの凸電にはもちろん興味を引かれたものの、この古典的なオアカーにも興味津々で、どうせ運休とあっては車輌のディテール写真でもと撮影したのが今回お目にかける一連の写真です。

080527009n.jpgまたの機会に…と毎度の思いで立ち去ったのですが、しばらくのちにセキ系のボギー鉱車が投入され、この2軸鉱車はお払い箱となってしまいました。いくら電機が由緒あるオールドタイマーとはいえ、うしろに続くオアカーがセキでは…と贅沢な御託を並べているうちに、今度はDLが投入されて非電化に。電機さえ戦列を離れてしまい、結局そのまま再訪するチャンスは訪れぬまま、いつの間にか線路そのものが廃止となってしまいました。
▲シュートの開閉装置部。ストッパーを外すとシュートが開き、チェーンで閉める極めて原始的な方式。'91.9.22
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たまたま行った日に限ってお目当ての車輌が動いていなかったという話はこの世界につきもので、これが国内のみならず海外ともなろうものなら目もあてられません。ただ、この国見山の場合は、考えようによっては、動いていなかったからこそオアカーのディテールをじっくり観察できた、いわばけがの功名と言えるのかもしれません。

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