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“パリダカ”の増岡さんと足尾・日光のトワイライトゾ?ンを巡る。(下)

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▲わたらせ渓谷鉄道終点の間藤から足尾本山までの1.6キロは休止線として施設もそのまま残されている。錆びつきながらも孤独に立ち続ける腕木式信号機に増岡さんも大感激。'08.3.25
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「足尾歴史館」での機関車運転初体験を終え、増岡さんの運転するデリカは今度は足尾本山へと向かいます。間藤から足尾本山までの1.6km区間に残されている線路跡(正確には休止線)を探訪しようというのです。

masuokasan51.jpg歴史館の皆さんのご案内で通常は立ち入れない道床を歩いて本山を目指しますが、途中には橋梁や隧道がそのまま残されており、なかなかの雰囲気です。殊に30.3‰の急勾配上の最後のトンネルはポータル手前に腕木式信号機も残されており、背景の工場跡とともに究極のトワイライトゾ?ンとなっています。
▲本山方から間藤方面を振り返る。この30.3‰勾配はC12にとってまさに最後の難関であった。'08.3.25
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▲足尾本山駅(写真前方)は現在でも古河機械金属の管理化に置かれており立ち入ることなできない。'08.3.25
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▲足尾駅も国鉄時代の面影を色濃く残している。貨物ホームにはキハ35の姿も見ることができる。'08.3.25
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足尾本山を堪能したあとは、細尾峠への足尾銅山馬車鉄道の遺構を見に峠へと向かいます。なにしろ廃止が大正元年と伝えられるだけあって、とても痕跡など残っていないと思っていましたが、そこは地元の歴史館、山中に残る路盤と橋梁跡にご案内いただきました。

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▲足尾駅本屋前のラリーアート特別仕様デリカD:5。コンペティティブな外見とは違って乗り心地はきわめて良好。余談ながら駅前に復活したという郵便ポストにもご注目。'08.3.25
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さて、ここからは一気に日光へと向かいます。足尾から日光側へは以前は究極の峠道・細尾峠にアタックするしか術がなかったのですが、今は「日足トンネル」であっという間のドライブです。そういえば昨今の広域町村合併で足尾も「日光市」となっています。

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▲足尾町内のガソリン軌道と細尾峠へと向かう馬車軌道。馬車軌道は索道を介して細尾峠を越え日光側へと連絡していた。内務省地理調査所1:50000地形図「足尾」「男体山」(昭和21年発行)より加筆転載。
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「峠といえば、碓氷峠の最終日のことも忘れられないですね」と増岡さん。横軽最終日にはカメラをいっさい持たずに、トンネル脇の空き地でコンロでコーヒーをたてながら一日中行き交うロクサンを見ていたとのこと。「写真に撮るのは皆さんにまかせて、何か自分の心に焼き付けておきたかったんですよね」。

masuokasan37.jpgそんな増岡さん、ハードスケジュールのなか、時間を捻出しては、最近でもしっかりと“現場”に立っておられ、昨年は念願だった余部橋梁と、かつて三重連を撮った思い出の地・生野越えを再訪されたそうです。今年は肥薩線の大畑へ行けたら…と尽きぬ思いを語っておられました。
▲大内事付近の山林に残る足尾銅山馬車軌道の路盤。地元の方の案内なくしてはまず発見することは困難。'08.3.25
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▲そしてこれが細尾峠への馬車鉄道最大の遺構。沢を渡る木橋だったのだろうか…。それにしてもこの山奥に巨石を積み上げた明治の技術には増岡さんも絶句。'08.3.25
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ところで、“パリダカ”総合優勝2回という世界的なラリードライバーだけに、さぞや華麗な運転テクニックなのだろうと期待していたのですが、失礼ながら想像とはかけ離れてびっくりするほど慎重な運転です。その辺をうかがってみると「運転はメリハリです。競技のように速く走る時にはひたすら速く走る。でもその必要のない時にはそれなりの走り方をするということですかね」。それにしても交差点などちょっとじれったくなる(失礼…)ほどの慎重さですが、その点を聞いてみると、「競技でも公道でも、常に回りの状況に気を配ることが基本です。おそらく交差点ひとつ通るにしても、普通の人が想像もしてない2つも3つも多くに注意を払っているんだと思いますよ。“パリダカ”の場合、まったく何の目印もない砂漠を一日600キロから走り続けるわけですが、ちょっとでも注意が疎かになればそれこそ命に関わります。そういった中で身についてきたものかもしれません」。

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▲日光いろは坂など足元にも及ばないほどの急坂とカーブの連続の細尾峠。まさにデリカD:5の本領発揮のステージだ。'08.3.25
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そう言えばラリードライバーと蒸気機関車乗務員に共通した点があるとおっしゃっておられましたが、その点を詳しく聞いてみると…。「ご存知と思いますが、ラリーはドライバーとナビゲーターの二人の共同作業です。これはまさに機関士と機関助士の関係そのもので、呼吸がぴったりと合わないと優勝などほど遠いのです」。「ナビゲーターは前を見ずにペースノートを見ながら、ひたすらルートを読んでドライバーに指示をするわけですが、例えば距離、ルートマップでは何キロとなっていてもそれは地図上での話であって、ラリーカーは頻繁にジャンプしたりしていて、タイヤの回転数がそのまま走行距離というわけではないんですね。つまり何の目標物もない見渡す限りの砂漠で、外を見ずに空転している距離も読んでナビゲーションしなければいけないわけです。今の増岡の走り方だと実際の走行距離は何キロだと、そこまで正確に読めてこそのナビなんです」。

masuokasan40.jpg「砂漠の風向きひとつで水温が変わったり、そこらも本当に蒸機と同じです。よく機関助士は投炭しながらでも走っている地点が正確にわかっていると言いますが、ナビゲーターも同じです。機関士は機関助士の、機関助士は機関士の、つまりドライバーはナビの、ナビはドライバーの癖ひとつまで知り尽くし、さらに両者が車輌そのものの状態を常に把握し尽くしている…思えば中学生の時に乗せてもらったC55 47の乗務員さんが原点だったのかも知れませんね」。
▲現在はその細尾峠の地中を日足トンネルが一直線に貫いている。足尾と日光側とはこのトンネルによってなんと20分ほどで結ばれている。'08.3.25
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▲東武日光駅から大谷(だいや)川に沿って路面を走っていたのが日光軌道線。急勾配の路面を電気機関車に牽かれた貨車も走っていた。内務省地理調査所1:50000地形図「男体山」(昭和21年発行)「日光」(昭和22年発行)より加筆転載。
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せっかくの機会ですから、クルマで撮影に行かれる機会の多い皆さんにアドバイスをお願いしてみました。「そうですね、よく撮影地でエンジンを掛けたまま仮眠している人がいますね。あれはエコの面からはもちろん、実は非常に危険なんです。どんなクルマでも停車したままフルスロットルにしておくと十数分でエンジンルームから発火します。ですからエンジンを掛けたまま運転席で仮眠するのは絶対にやめてください。気づかない間にスロットル(アクセル)を踏みっぱなしにしてたなんてことになりかねませんから…」。

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▲独特の構造が今に残る安良沢橋梁。あと2ヶ月も経てば周囲は新緑に覆われてこれほどくっきりと見渡すことはできなくなってしまうに違いない。'08.3.25
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「俯瞰撮影などで林道などを走る方もおられると思いますが、万が一のことを考えると古毛布を一枚積んでおくと良いですよ。それこそエンジンを止めて仮眠する時にも役にたちますし、なによりも泥濘にはまったり、脱輪したりした時にこの毛布をタイヤの下に敷いてやれば脱出可能ですから」。
「それと燃料。これは燃料計が半分になる前に必ず給油する癖をつけといた方が良いです。北海道などスタンドが少ない場所はもちろんですが、いざという時にクルマ本来の航続距離が発揮できないのでは意味ありません」。
「さきほどの機関士と機関助士の話ではありませんけど、クルマの運転もやはり“段取り”です。先々に起こることを見越して運転する、それが大事ですね」。

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▲安良沢橋梁(左)とほぼ同様の構造を持つ田母沢橋梁(右)も道路の上下線に挟まれてかろうじて残っている。それにしても前後の道路はかなりの勾配で、ここを電車が行き来したと思うと改めて驚く。'08.3.25
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masuokasan44.jpg東武鉄道日光軌道線の跡を辿りながら“ゴール”と決めたJR日光駅に到着したのは17時。途中、機関車体験運転に熱中しすぎてのタイムオーバーなどはあったものの、ゴールタイムはしっかり予定通り。ナビゲーター役の私もまずはほっとです。
改めて増岡さんに今日の感想をうかがってみると…「いやぁ、すごい密度の一日でしたよね。廃線跡探訪の楽しさも改めて思い知りました。廃線跡って見ているうちにどんどんイメージが広がり、イメージを創りすぎて見終わったあとにぐったりくるこの感じがたまらないですよね」。いやはや、増岡さんは本当に根っからのトワイライターでした。
▲“ゴール地点”のJR日光駅に到着。東照宮に模して正面玄関に誂えられた「鳴龍」を試す増岡さん。次の“パリダカ”での必勝を祈願したのかも…。'08.3.25
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