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遠い日の総武流山電鉄。(中)

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▲流山に到着したモハ1001+クハ52の2連。ともにもと西武鉄道のクハ1211形で1927(昭和2)年日本車輌製。モハの方は西武所沢工場で電装されて流山へとやってきた。'79.3.9 流山
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nagareyama22.jpg馬橋駅から1927(昭和2)年日車製と聞くモハ1001に揺られること十数分、列車はほんとうにあっけなく終点・流山に到着します。最急勾配がほんの短い11‰と、全線にわたってほとんど勾配らしき勾配もないだけに、すでに老体と思しきモハ1001も電動機が唸りを上げることもなく、そんな路線環境も長寿を助けていたのかも知れません。
▲本線はホームの先でそのまま1線の木造検修庫へと入ってゆく。奥の留置線で顔をのぞかせているのはモハ102。'79.3.9 流山
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▲1949(昭和24)年の電化時に国鉄から譲り受けたのがモハ100形。もとは南武鉄道のいわゆる買収国電で、最終的には4輌がここ流山の地に集った。15mに満たない車体に木製の2扉と模型にしたくなるような小型車だった。'79.3.9 流山
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nagareyama25.jpg終点の流山駅は平屋の駅本屋を中心に、貨物ホームと電留線、それに検修庫が狭い敷地にぎっしりと配置されており、まさに模型のレイアウトを見るかのようでした。ことに本線の延長線上に建てられた木造の検修庫は実に趣があり、モデラーにとっても、また写真派にとっても強く興味をひかれるものでした。ちなみに70年代初頭までこの検修庫前には背の低い給水塔が残されており、1955(昭和30)年頃まで残されていたという蒸気機関車(1255)の姿を偲ぶこともできました。
▲モハ102の台車は汽車会社製のボールドウィンAタイプ。控えめながら汽車会社の製造銘板が取り付けられていた。'79.3.9 流山
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▲流山駅全景。当時旅客ホームは本屋に隣接した1面のみで、画面左側には貨物ホームがあった。右端に前年秋に導入されたばかりの「流星」(初代)の姿が見える。'79.3.9 流山
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ところで、電化時から30年にわたって走り続け、流山の顔でもあったモハ100形はこの頃から運用を外れ、検修庫の奥にはモハ102が、馬橋よりの留置線にはモハ103ともう1輌が休んでいました。沿線のみならず、車輌の陣容も大きく変わろうとする時期だったのです。

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