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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2007年11月 6日

阪神の奇怪な電動貨車たち。

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▲藤永田造船所製という112形114号。この車輌は大阪方の荷台に架線修理用の櫓が増設されているのがわかる。'59.12.6 尼崎 P:高橋 弘
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9月29日付けの「高松琴平のデカ1」をご覧になった京都の高橋 修さんから、阪神の“同類”の貴重な写真をお送りいただきましたので、さっそくお目にかけましょう。撮影されたのはお父上の高橋 弘さんです。

59-12-6-014-800n72.jpg『編集長敬白』で紹介されていた高松琴平電鉄の“デカ1”を拝見して、同じように特異な形態をした阪神電車の作業用電動貨車の事を思い出しました。そこで親父のネガを探したところ、3輌の電動貨車の写真が出てきましたのでお送りします。父に聞くと、写真は尼崎車庫での撮影で、既に阪神電車大型化の立役者301系が導入されたのちで、通勤電車の大型化のために登場したジェットカー試作型が登場した頃の写真だそうです。車輌面ではこの頃が一番の変化が大きかった頃かも知れません。
▲113号の正面。レールなどの長物運搬用に中央運転台下が空洞になっているのがよくわかる。それにしても連結器が見当たらないが、連結・牽引することは想定していなかったのだろうか…。'59.12.6 尼崎 P:高橋 弘
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電動貨車の資料を探してみると、写真の車輌は112形という形式で113は1925(大正11)年日本車輌製、114・115の2輌は1931(昭和6年)藤永田造船所製造だそうです。阪神電車ではその他111形111号と112形112の2輌と、戦後製造された121形121号の合計6輌の凸型の電動貨車が存在しました。特に戦前に製造された5輌の凸型電動貨車は、中央運転台下がレールなど長物が乗せられるように空洞になっていたのが特徴で、なんとも模型心をくすぐる形態です。

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▲113号(左)と115号(右)。この2輌は昇圧直前まで生き残っていたという。'59.12.6 尼崎 P:高橋 弘
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114号は写真のように大阪方の荷台に櫓が設置されていました。廃車は1953(昭和28)年から徐々に進み、113と115号が昇圧直前の1967(昭和42)年11月まで活躍していたそうです。

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最後にもう1輌、同じ阪神電車尼崎車庫の入換え用凸型電動貨車をお目にかけましょう。ほとんど移動機と違わないこの車輌、小型で単台車を履いていますが。作られたのは1950(昭和25)年です。元を正せば阪神国道線で使われていた散水電車改造だそうですが、詳しくはわかりません。廃車の時期も車輌でなく“機械”だった宿命からか、これまたいまもって判明していません。
▲尼崎車庫入換え用の奇怪な単車。小さな車体にも関わらず、112形の例に漏れず中央運転台の下は空洞になって突き抜けている。やたらと短いポールもご愛嬌。'51.7.21 尼崎 P:高橋 弘
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高橋さんありがとうございます。なかでも尼崎車庫の構内入換え用の奇怪な単車は初めて目にするもので、お送りいただいたメールの添付ファイルを開いた時には思わずのけぞってしまいました。フリーランスの模型にしても荒唐無稽過ぎて現実味がなさそうなこのスタイル、まさに「なんとも模型心をくすぐる」1輌です。