鉄道ホビダス

2007年10月アーカイブ

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▲ウォータールー駅全景。開業間もない頃の撮影で、パリ行きのユーロスターがまさに発車してゆこうとしている。画面後方には在来列車の発着ホームが見える。第三軌条集電のため架線がないのに注意。'95.10.29 ウォータールー駅 P:名取紀之
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昨日ご紹介した“エキスポ・ナローゲージ”にゆく道すがら、岡山君がセント・パンクラス(St Pancras)駅に寄って写真を撮ってきてくれました。わが国ではほとんど話題にもなっていませんが、実は11月14日からドーバー海峡を越える“ユーロスター”の英国側の発着駅が、これまでのウォータールー(Waterloo)駅からこのセント・パンクラス駅に変更となるのです。

eurostar2n.jpg1994(平成6)年11月14日にユーロトンネルの開業とともに誕生したユーロスターは、海峡を越えて英国内に入ると在来線に乗り入れ、第三軌条集電方式に切り替わってウォータールー駅を目指していました。フランス国内やユーロトンネル内の最高速度300km/hの高速ぶりを堪能して英国内に入った目には、まるで地下鉄の明かり区間を行くような低速ぶり(と言っても額面での最高速度は140km/h)に面食らったものです。これを改善すべく2003(平成15)年9月には高速新線(Channel Tunnel Rail Link=CTRL)が部分開業、パリ?ロンドン間は最速2時間35分に短縮されましたが、依然として最後のウォータールー駅までの区間は在来線の第三軌条集電に頼っているのが現状です。
▲駅構内では一般列車とは分離されているものの、高速新線までのサウスイースタン線は今日までこのような近郊列車との混走となっていた。'95.10.29 ウォータールー駅 P:名取紀之
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▲11月14日からユーロスターの英国側の玄関となるセント・パンクラス駅ホーム。屋根を支える鋼体は1860年代の建設当時のものがそのまま使われているという。'07.10.27 P:岡山英明

eurostarnewstn2.jpg今回、悲願とも言える高速新線延伸工事が完成し、11月14日からはパリ?ロンドン間は最速2時間15分(ブリュッセル?ロンドン間は最速1時間51分)と従来より30分も短縮されますが、それにしても発着駅そのものを変更してしまうとは、わが国ではちょっと考えられないドラスティックな処置です。セント・パンクラス駅はキングスクロス駅と隣り合わせのまさにターミナル。一方、テムズ川東岸のウィータールー駅は、今後は“国際旅客列車”がこなくなってしまい、一気に寂しくなってしまうに違いありません。
▲堂々とした歴史的建造物のセント・パンクラス駅本屋。ユーロスター乗り入れを前に各種工事も追い込みとなっているようだ。'07.10.27 P:岡山英明
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▲パリ北駅でずらりと並んで発車を待つユーロスターたち。手前の3200番代車はフランス側車籍の編成。'95.10.29 パリ北駅 P:名取紀之

改めて考えてみると、架空線式の高速新線がセント・パンクラス駅まで延伸するということは、集電靴を使って第三軌条をゆくユーロスターもあと2週間で見納めということになります。

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▲トニー・ヒル(Tony Hill)さん作の7㎜スケール(1:43.5)9㎜ゲージのエンドレス・レイアウトより。'07.10.27 P:岡山英明

日本鉄道模型ショウが行われていた27日土曜日、はるか1万キロ彼方のイギリスはロンドン近郊のスワンレーでは、24回目となる“エキスポ・ナローゲージ2007”が開催されていました。ナローゲージのモデル・エキジビションとしてはアメリカの“ナローゲージ・コンベンション”、フランスの“エキスポ・メトリック”(今年からは“RAIL EXPO”)に並ぶ一大イベントです。昨年に続いて今年もヨーロッパに単身赴任中の同期生・岡山英明君が様子を見てきてくれましたので、今日はさっそく最新画像をお目にかけましょう。

ngexpo0702n.jpg会場の“ホワイトオーク・レジャーセンター”はロンドン市内中心部のヴィクトリア駅から近郊電車で30分ほどのケント州スワンレー駅近く。観光客などまず降りることもないような閑静な住宅街の駅です。私はかれこれ12年もご無沙汰していますが、写真を見る限りでは当時とほとんど様子が変わっておらず、「市立体育館みたいな所だな…」と思った第一印象そのままです。
▲会場は今年もスワンレーにある“ホワイトオーク・レジャーセンター”。あたりはすっかり晩秋の気配だ。'07.10.27 P:岡山英明
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▲トニー・ヒルさんの7㎜スケールレイアウト(Belfield Hall)より。右廻りに回転する台の上を車輌が左回りに走り、観客は3種類の背景の中を走る車輌を視線を移さずに鑑賞するという仕掛け。'07.10.27 P:岡山英明

ドーバー海峡をユーロスターで越えてイギリス入りした岡山君、ロンドンでの乗り換えでは地下鉄の週末工事運休のため「キャブ」を利用せねばならないというアクシデントはあったものの、なんとか開場と同時に入場することができたそうです。メールには「皆さん我先と一品物の完成車輌やストラクチャーを売るブースに直行しており、やはりどこの国でも掘り出し物を求めるモデラーの気持ちは同じだと感じた次第です」とあり、身近な光景とオーバーラップして思わず微笑んでしまいました。

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▲メイン会場は昨年同様にバスケットボールコート。右は複合モジュールをコの字型に組み合わせた会場一番の大型レイアウト(Tarrant Valley Railway 4mm scale 9mm gauge by Wimborne MRC)。'07.10.27 P:岡山英明
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▲左は作者が兵役中に東アフリカで見た光景にインスパイヤされたというレイアウト(Eitomo 4mm Scale 9mm gauge by Howard Coulson)。右は陶器工場をモチーフにしたインダストリアル・ナローのHOfレイアウト(Terra Cotta 3.5mm scale 6.7mm gauge by Otto Schouwstra)。'07.10.27 P:岡山英明
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岡山君の印象では昨年に比べて展示レイアウトの数が少なく、来場者もさらに高齢化が目立ったとのこと。写真で見る限りでは“エキスポ・メトリック”に見られるようなギミックや新たなテクニックもなさそうで、今やその面ではわが国の「軽便鉄道模型祭」の方が一歩も二歩も先を行っているように見受けられます。

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▲港を題材にしたレイアウト。狭いスペースながら広がりを感じさせる作品(Port Foxdale 4mm scale 12mm gauge by Robin Winter)。作者がPECOから出版した著作のプロモーション用レイアウトでもある。'07.10.27 P:岡山英明

ところで、ユーロスターでの入国手続きの際、「昨年も同じような時期に英国入国しているな。毎年何しに来るんだ?」と聞かれ、「鉄道模型のコンベンションが毎年10月の最終土曜に行われるので今年も再訪します、と答えたところ、審査官は笑って昨年のスタンプの隣に今回の許可印を押してくれました。それにしてもよく見てますね」と岡山君。彼の地のセキュリティー・チェックはいよいよ厳しさを増してきているようです。

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▲昨年もフランスから出品していたレイアウト“Le Pettit Depot ”=小さな停車場(7mm scale 14&18mm gauge by Escadrille St-Michel)。右はこれも港を題材にしたレイアウトで、コーンウォール地方の漁師港がモチーフ(Crackington Quay 7mm scale 12mm gauge by Roy Parkers)。'07.10.27 P:岡山英明
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さて、この“エキスポ・ナローゲージ”、来年は25周年とあって、今からアニバーサリー・イヤーとしてアナウンスされています。もちろん詳細はまだ決まってはいないようですが、果たしてどんな記念のエキジビションとなるのか、今から楽しみではあります。

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▲世界初の「鉄道車輌用モータ・アシスト式ハイブリッド駆動システムを搭載したJR北海道の試験車。種車は10年前に日高線用に1輌のみ新造されたキハ160-1。P:JR北海道提供

つい先日、鉄道総研が開発した架線・バッテリーハイブリッドLRV「Hi-tram」をご紹介したばかりですが、JR北海道もこのたび世界で初めての「鉄道車輌用モータ・アシスト式ハイブリッド駆動システム」(以下MAハイブリッド駆動システム)を搭載したハイブリッド車輌を開発しました。“ハイブリッド車輌”と言うと最近ではJR東日本が小海線で実用化しているキハE200形が思い浮かびますが、キハE200がディーゼルエンジンがアシストする基本的には“電車”(電気式ディーゼル動車)なのに対し、こちらはモーターがアシストする“気動車”です。

kiha160n12.jpg(株)日立ニコトランスミッションと共同で開発されたこの駆動システムは、JR北海道の発表によると以下のような特徴があります。
(1)低速域ではエンジンを使わず、モーターによる走行が可能で、駅出発時の騒音を低減。
(2)アクティブシフト変速機により駆動効率が向上(従来の気動車と比較して15から20%の燃費改善)し、かつブレーキエネルギーをモーターで回生(電力に変換、再利用)するため、動力性能を向上させることが可能。
(3)エンジンの動力と、バッテリー、コンバータ/インバータ、モーターから得られる動力を協調させ、コストパフォーマンスが向上。
(4)変速時のショックをモーターが連続的に吸収しながら変速するため、乗心地が向上。
(5)排気ガス中の二酸化炭素(CO2)、窒素酸化物(NOx)、粒子状物質(PM)を低減でき環境に優しい。
▲車体側面には“Innovative Technology Train”(ITT)のロゴが大きく浮かび上がっている。ITTは3つのサブシステム①複合車体傾斜システム(Cooperative Tilting)、②ハイブリッド駆動システム(Hybrid Traction)、③軽量車体システム(Reduced Track Load)を有する次世代車輌の愛称でもあるという。
P:JR北海道提供

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▲駆動システムの動作パターン例。(JR北海道提供)

MAハイブリッド駆動システムは、モーターを持ったアクティブシフト変速機、コンバータ/インバータ、バッテリー及び制御装置で構成され、車輪への動力は、エンジンからアクティブシフト変速機を介する方法、モーターから変速機を介する方法、および、その両方を併用する方法があります。さらにブレーキ時はモーターを発電機としてバッテリに充電する回生が可能です。走行パターンは下図でおわかりになるように、①モーター走行、②エンジン走行、③モータとエンジンを併用したモーターアシスト走行、④回生の4種類を使いわける形となります。

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▲各駆動システムとの比較。中央がモータ・アシスト式ハイブリッド駆動システム搭載車輌の例。(JR北海道提供)

このモータ・アシスト式ハイブリッド駆動の場合、従来の車輌を比較的容易に改造できるほか、シリーズハイブリッド方式と比べてバッテリーを小さくできるのも、耐寒対策が不可欠な北海道としては大きなメリットでしょう。
発表によると来月から来年1月頃まで営業線区での走行試験を行い、車輌性能の確認や燃費測定を行う計画だそうで、本誌次号の誌上でまた詳しくお目にかけられると思います。

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▲飯山線は千曲川の河岸段丘にへばりつくように走る。豊野?十日町間は飯山鉄道が建設した私鉄線だっただけに、200Rを切る急曲線もある険しい線形だ。P:笹本健次
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1921(大正10)年に豊野?飯山間で開業した飯山鉄道が越後外丸(現・津南)まで延伸したのが1927(昭和2)年8月。今年でちょうど80周年を迎えます。地元の新潟県津南町では、これを機会に飯山地域における重要な交通機関として人々の生活を支えてきた飯山線を見つめ直し、歴史的変遷と地域の交わりを大きく取り上げ、未来の飯山線のあり方を提言しようと、「農と縄文の体験実習館 なじょもん」で秋季企画展「飯山線が織り成す歴史と文化」を開催中(10月20日?12月16日)です。

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iiyamaki100n2.jpg企画展では多くの皆さんから寄せられたさまざまな年代の飯山線の写真展が開催されるほか、飯山鉄道開業にかかわる資料、津南町町内4駅=足滝、越後田中、越後外丸(現在津南),越後鹿渡駅の開業にかかわる資料、昭和30年代以降の行き先表示板、切符、時刻表、津南駅構内備品の展示、さらには模型ジオラマの展示やライブスチームの運転(10:00?15:30)なども予定されているそうです。
▲“特雪”出動! キ164を押すC56 131〔長〕とC12 199。デフ付きのC12 199は木曽福島区からの応援機。'72.2 P:笹本健次
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iiyamaki100n4n.jpgまた、来週の11月3日には町内恒例行事の「なじょもんバザール」の一環として、ミニシンポジウム「座談会蒸気機関車が走った頃」が開催されます。十日町市、飯山市、長野市にお住まいの、飯山線の蒸気機関車に乗務されていたもと機関士の方3名にお出でいただき、蒸機時代のお話をお聞きする催しです。僭越ながらコーディネーターとして私が司会進行を務めさせていただきますので、ぜひお立ち寄りいただければと思います。
■「座談会蒸気機関車が走った頃」
11月3日・13時30分?15時30分

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ところで、個人的には飯山線の越後川口方に乗車するのはほんとうに久しぶりです。蒸気機関車時代も撮影はもっぱら豊野?飯山間で('06年1月14日付け本ブログ参照)、定期の貨物列車が1往復しか設定されていない川口方に足を踏み入れることはありませんでした。ただこの飯山線川口方こそ豪雪のメッカで、1945(昭和20)年2月12日には森宮野原駅で実に7メートル85センチの観測史上最高積雪量を記録しています。そんな信じがたい豪雪との闘いぶりも座談会でたっぷりとお伺いできればと考えています。
▲昭和40年代初頭までの飯山線は混合列車王国だった。特徴的なツララ切りを鬣のように掲げて上り列車と交換するC56 111〔飯〕。画面右端に飯山機関区が見える。'67.3.12 飯山 P:笹本健次
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▲飯山鉄道キハニ1?5竣功図。買収後は形式番号も変わらず“私鉄買収気動車”として国鉄で活躍したが、戦後間もなく揃って上田丸子電鉄に引き継がれ、一部は電車化されるという数奇な運命を辿った。
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さらにお出でいただくお3方の中には戦前の飯山鉄道時代からお務めの方もおられ、買収以前のお話も伺えたらと期待しています。飯山鉄道は開業以来8年の歳月をかけて十日町まで延伸、越後川口からの鉄道省十日町線と接続して1929(昭和4)年9月に現在の飯山線全線が形作られましたが、会社としては1944(昭和19)年6月1日にいわゆる戦時買収されて消え去ってしまいました。そんな私鉄時代の飯山線の姿も、オーラルヒストリーとして記録に残すことができれば望外のよろこびです。
■農と縄文の体験実習館 なじょもん
JR飯山線津南駅よりタクシー 15分
JR越後鹿渡駅より徒歩    50分
越後湯沢から急行バス森宮野原行き・十二ノ木バス停下車徒歩20分
十日町からバス津南行き。卯ノ木上口バス停下車徒歩15分
観覧料   一般?高校生・300円
中学生?小学生まで200円
未就学児無料

なじょもんホームページ:http://www.najomon.com/

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▲会場中央に設置された巨大な集合式レイアウトを快走する500系新幹線。'07.10.27

今年で28回目を迎える「日本鉄道模型ショウ」が今日から京急蒲田駅近くの大田区産業プラザ(PIO)で始まりました。台風20号の接近が伝えられるあいにくの天候でしたが、それでも開場と同時に多くのモデラーがつめ掛け、終日熱気に包まれていました。
昨年の様子はこちら
一昨年の様子はこちら

tetumoren0713.jpg近年では東京に限らず鉄道模型のショーが数多く開催されていますが、その中でもいわば“老舗”のこの「日本鉄道模型ショウ」は、日本鉄道模型連合会(JMRA)加盟メーカーを中心とした、どちらかというと1/80、1/87スケール中心のコンストラクターズ・ショーです。それだけに、なかなか手に入りにくいブラスキットや、ショップでは目にできない珍品やパーツなどにも出会え、また、メーカーの皆さんとエンドユーザーが直接会話できるのも大きな魅力と言えるでしょう。
▲日本鉄道模型連合会自らが製作した集合式レイアウトだけあって、台枠の造作や接合部のジョイントなどにも見るべき点が多い。'07.10.27
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▲レイルロードの新製品東急8500系。これまでのノウハウを集大成したエッチングキットで、試作品が展示されていた。'07.10.27

tetumoren0712.jpg今年は会場中央に日本鉄道模型連合会自らが製作した16.5ミリゲージの巨大な集合式レイアウトが登場。シーナリィやストラクチャーなどは未完成ながら、カントも設定された本格的なものです。9ミリゲージならまだしも、16.5ミリゲージでこれだけのスケール線路延長を確保することは個人ではほとんど不可能ですから、長大編成が快調に走る姿には多くのファンが見とれていました。
▲その床下機器はなんと床板と一体のエッチング板となっている。それぞれの機器を折り曲げて箱状にし、床板のスリットに嵌め込んで組み立てる。'07.10.27
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▲あーすコンサルのブースで見かけた珍しいマダガスカルのミシュラン“グース”(1/45)。缶詰のブリキを使ったワンオフだが、今後量産、動力化して販売の予定もあるとか…。'07.10.27

もちろん弊社も一角に販売ブースを設けさせていただき、なかなかお手に取ってご覧いただく機会のない書籍類もすべてお求めいただけるようになっております。また、『貨物鉄道百三十年史』など、ホビダスダイレクト取扱品もあわせて実物をご覧いただけますので、会場にお越しの際はぜひお立ち寄り下さい。

tetumoren0714.jpg会場2階の小展示ホールでは「入換コンテスト」や5インチ乗用電車の運転など、ご家族向けのイベントも行われています。この「日本鉄道模型ショウ」、明日(最終日)は10時から17時までの開催。入場料1000円(保護者同伴の小学生以下無料)で市価500円の立派な記念誌もついてきます。幸い明日28日(日曜日)は台風一過の秋晴れに恵まれそうですので、ぜひ足を向けてみられてはいかがでしょうか。
▲会場にはこんな珍品も。103系(ATCタイプⅢ)の運転台実物で、お値段は50万円也。'07.10.27
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日本鉄道模型ショウ
・10月27日(土曜日)/10月28日(日曜日・10:00?17:00)
・大田区産業プラザ(PIO) 東京都大田区南蒲田1-20-20
京浜急行京急蒲田駅東口より徒歩4分/JR京浜東北線蒲田駅より徒歩12分

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▲11月からは札幌での試験が予定される「Hi-tram」(ハイ!トラム)。この愛称は架線とバッテリーのHybrid走行による架線区間と無架線区間、軌道線と鉄道線といった相互直通運用(Interoperable)を行うトラム、の頭文字をとり、あわせて高い加減速度による元気な走行を期して命名されたもの。ちなみに形式名の「2」は元豊橋鉄道3300形の実験車に続く2番目という意味である。'07.10.25 鉄道総研 P:RM(高橋一嘉)
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鉄道総合技術研究所(鉄道総研)が開発した新しい架線・バッテリーハイブリッドLRV「Hi-tram」(形式LH02)が完成、昨日報道公開されました。これまでにも鉄道総研では元豊橋鉄道モ3300形を使用してリチウムイオン二次電池搭載による架線レス車輌やハイブリッド車輌の開発を続けてきましたが、今回は鉄道車輌のハイブリッド化を進めるにあたり実用化に必要な各種技術を開発するため、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託を受けて新造車輌が製作されました。

souken12n.jpg改めて架線・バッテリーハイブリッド車輌について紹介すると、従来のようなパンタグラフを介した架線集電による走行と、自車搭載のリチウムイオン二次電池によるバッテリー走行の双方を可能とした電車です。つまり、充電さえできれば架線がなくても走行可能というわけで、例えば従来の電化区間から延長する形で新線を建設する場合は、電化区間でパンタグラフから充電、新線区間ではバッテリー走行ということが可能になります。また、完全な新線建設の場合なら、必要に応じて停留場などに急速充電用の設備を設置すれば、そこに停車中にパンタグラフから充電、走行中はやはりパンタグラフを下げてバッテリー走行ということも可能になります。これにより新線建設に際しての架線設備の設置が不要になり、都市景観の向上にも寄与できるというわけです。もちろん、制動時の回生電力はバッテリーに充電され、再利用されるのも大きな特徴で、回生ブレーキに不向きな列車密度の小さい線区にも有効です。
▲運転室背後に設置されたリチウムイオン二次電池(カバーを外した状態)。運転席直後に縦長に見えるのも同じくバッテリーである。'07.10.25 鉄道総研 P:RM(高橋一嘉)
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▲ロングシートが配置された超低床構造の客室部分。先代の実験車のような客室部分への制御器やバッテリーなどの設置はなくなり、客室を見る限りは営業車とほとんど相違ない。窓上に見えるのはバッテリーやパンタグラフの状況を表示するディスプレイ。'07.10.25 鉄道総研 P:RM(高橋一嘉)
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今回新造されたLH02はLRVながら鉄道線への直通運転も想定して開発されたもので、架線電圧は直流1500Vおよび600Vの複電圧仕様、最高速度は70km/hとなっています。製造は東急車輛・アルナ車両で、車体は客室部分を超低床構造とした伊予鉄道2100形に近いレイアウトのボギー車となっています。車内は実験車輌ながら客室部分は完全に確保されており、リチウムイオン二次電池は運転席前方および背後床面にコンパクトに搭載されました。客室窓上にはバッテリーなどの状況やGPS情報を表示するディスプレイが設置されているものの、それ以外は営業車とほとんど変わらない仕上がりとなっており、降車知らせボタンまで設置されています。

souken13n.jpg注目されるバッテリー走行ですが、鉄道総研内での実験では1回の充電で30km程度の走行が可能で、回生電力は加速時に使用した電力の70%程度が制動時にバッテリーに回収されているとのことです。また、急速充電中はバッテリーの温度が上昇しますが、これが65℃を超えないようにするためセルの配置や冷却方法などが検討された結果、直流1500Vの剛体架線から1000アンペア-40秒以上および500アンペア-3分以上の充電でも所定の範囲内に抑えられているとのことです。
▲運転席前方窓下、黒い部分もリチウムイオン二次電池の列。'07.10.25 鉄道総研 P:RM(高橋一嘉)
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▲総研内の実験線をバッテリー走行中のLH02。走行中にパンタグラフ集電とバッテリー走行を切り替え、パンタグラフを昇降することも可能である(昇降時はもちろんバッテリー走行)。ちなみに台車はカバーで隠れて見えないが、住友金属製のコイルばね台車で、形式はFS601である。'07.10.25 鉄道総研 P:RM(高橋一嘉)
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▲車内に貼られた東急車輛とアルナ車両の銘板(左)。右は車体裾部にペイントされた検査標記。'07.10.25 鉄道総研 P:RM(高橋一嘉)
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■LH02形主要諸元表
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さらに注目されるのは、このLH02が実際に営業路線を借りての試験運転に供されることです。場所は札幌市電で、期間は11月から来年3月まで。札幌では主に省エネ効果(従来車輌との消費電力の比較)や、冬季の機器・バッテリーの耐久性が試験されるとのことで、残念ながら営業運転は行わないとのことですが、冬の札幌の街を行くLRVはファンのみならず多くの市民の注目の的となることでしょう。

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▲急速充電するLH02をアニメーションでご覧あれ。ちょっと判りにくいが、急速充電の設備はパンタグラフ1個分程度の短い剛体架線。車内のモニターで見ていると、あっという間にバッテリーが充電されていく。なお、札幌には急速充電の設備は設置されず、1時間程度かけて充電が行われる予定。'07.10.25 鉄道総研 P:RM(高橋一嘉)

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▲2回目となる「森林鉄道フェスティバル」に向けて軌道の延長整備が続く松原スポーツ公園。作業用に使われているのは改軌した立山砂防軌道の5t機。P:りんてつ倶楽部提供

来週末、11月3・4日の連休に、紅葉真っ盛りの木曽・王滝村で、2年ぶりに「2007森林鉄道フェスティバル」が開催されます。2005(平成17)年5月に行われた前回のフェスティバルの際は保存車輌の保管場所が旧田島停車場構内でしたが、現在は松原スポーツ公園に移っており(昨年3月2付け本ブログ参照)、今回は同公園を主会場としての開催です。

shinrin1.jpg松原スポーツ公園は牧尾ダム堆砂事業により埋め立て再整備され、当時の軌道敷より約20m高くなっていますが、この新たに整備された公園には立派な機関庫も誂えられており、“りんてつ倶楽部”の皆さんを中心とした保存運転線の敷設も、はやくも延長400mを超すまでになっています。今回は新たな試みとして、森林鉄道の主役であった運材列車の復活が計画されているそうです。運材台車を修復し、木曽ヒノキを運搬した姿が往年さながらに再現されます。木曽森林管理署と王滝林業有限会社の協力で本物の原木を借用、5mの木曽ヒノキ材素材を積載した3輌編成の運材台車が保存軌道を走ります。
■4日(日)9:30?15:00
※1時間に1回程度の運行を予定。
▲松原スポーツ公園の真新しい車庫にずらりと並んだ車輌たち。P:りんてつ倶楽部提供

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▲りんてつ倶楽部の会員を中心に線路の延長作業が行われている。現在では総延長400mほどにまで延伸することができたという。P:りんてつ倶楽部提供

もうひとつ見逃せないのが、20名ほどの著名な林鉄ファンの協力による往時の貴重なパネル写真展です。「思い出の森林鉄道」と名づけられたこの写真展、昭和30年代から廃線までの未発表写真を含む貴重なコレクションが一同に会するもので、森林鉄道ファンにとっては垂涎の的に違いありません。なお、当日までこの写真展の特設ホームページも設けられており、こちらも必見です。
■3日(土)12:00?15:00
■4日(日)9:00?15:00

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▲乗車体験会用に誂えられた座席車(?)と、整備が完了して綺麗になった姿でお披露目が予定されている関電のモーターカー。P:りんてつ倶楽部提供
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一昨年に引き続いて、 『木曽谷の森林鉄道』の著者・西 裕之さんによる「木曽森林鉄道の魅力を語る」と題した特別講演も予定されています。
■3日(土)16:00?17:30 会場 保健福祉センター

shinrin2.jpgまた「懐かしの沿線探訪ツアー」と銘打たれた廃線跡バスツアーも企画されています。1942(昭和17)年に完成した日本の近代土木遺産である三浦ダムまで、当時の営林署関係職員が思い出を語りつつ、紅葉の廃線跡を辿ります。
■3日(土)12:30?15:30 集合 12:00村公民館前
■定員:20名予約制(予約は実行委員会0264-48?2134)
■参加費 1000円(バス代・資料・記念品)
(協力:関西電力、王滝村公民館共催)
▲生え抜きの131号機の牽く空車列車。今回はこの運材台車の上に薫り高い木曽ヒノキの原木が搭載される予定。P:りんてつ倶楽部提供

このほかにもお馴染み木曽モジュール倶楽部(KMC)の皆さんによる鉄道模型ジオラマ公開運転(3日/土12:00?15:00、4日/日9:00?15:00)、特別に準備されたトロッコ客車を使用しての森林鉄道体験試乗会(3日/土12:00?15:00、4日/日9:00?15:00)、ライブスチーム乗車会(4日/日9:00?15:00)、 森林鉄道関係オリジナルグッズ販売(3日/土12:00?15:00、4日/日9:00?15:00)、なども予定されており、林鉄ファンならずとも楽しい2日間になりそうです。 なお、松原スポーツ公園会場へは王滝村公民館前から無料シャトルバスが運行される予定だそうです。(木曽福島から王滝村へのアクセスはこちら

■問合せ先  2007森林鉄道フェスティバル実行委員会
  〒 397-0201 長野県木曽郡王滝村2758番地3
    王滝村教育委員会内
   TEL  0264-48-2134   FAX  0264-48-1030

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▲大宮駅7番線に颯爽と入線するE655系の試乗列車9348M。ダークブラウンをベースに3本の金色のラインを配した車体塗色は、他の車輌にはない荘厳な雰囲気を醸し出している。'07.10.24
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親しくしていただいているJR上層部の方から個人的にお招きをいただき、先日完成したばかりの“ハイグレード車両”E655系に試乗してきました。大宮から上野までと、乗車時間としては24分ほどのささやかなミニトリップでしたが、出発前には各車内の内覧時間も充分にいただき、文字通り“ハイグレード”な設備を堪能することができました。

e655n102.jpgすでにE655系に関しては本誌10月号11月号で詳しくご紹介し、本ブログの7月24日付けでもその概要をお伝えしておりますので、改めての説明は省かせていただきますが、JR東日本が足かけ5年の歳月をかけて開発したこれまでに例をみない高級車輌です。しかも特別車輌E655-1(TR)が別途に用意されており、このTR車を組み込むことによって「お召列車」として運行することも前提として開発されています。言い方をかえれば、お召列車として使われる編成の一部に乗車できるわけで、営業開始後の人気のほどは今から想像に難くありません。
▲本日の試乗会のパス。もちろんE655系とコーディネートされたデザイン。'07.10.24
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e655n104.jpgさて、車内に入ってまず感じたのは、鉄道車輌というよりは高級ホテルのような独特の雰囲気です。ことに機器室が左右にあるデッキ部は、周囲に窓がないこともあってまるでホテル客室階の廊下のようなイメージです。全席が1列+2列配置となった座席はシートピッチ1160㎜。電動式のリクライニング機構、レッグレスト機構も驚くほど静粛かつスムースで、ことに3号車の9席のみに奢られた革張りのシートは、日本の鉄道車輌史上最も高級感溢れるものでしょう。
▲各乗車口にはアテンダントが立つ。時ならぬ試乗列車の出現に隣のホームのお客さんも興味津々。'07.10.24
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▲“ハイグレード車両”のなかでもとりわけハイグレードな3号車の革張腰掛(左)と、他号車のシート(右)。'07.10.24
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▲今回の試乗会では残念ながら3号車のVIP室は公開されなかったが、その廊下だけでも高級ホテルを思わせる。ことに絨毯の毛足の深さは感激もの。'07.10.24
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▲全席にタッチパネル式の液晶モニターが備わり、車内販売等もこのパネルからオーダーができるようになっている。'07.10.24

e655n108.jpgさらに興味深いのは全座席に設けられている8.4インチのタッチパネル式液晶モニターです。デジタル放送、ビデオ・音楽放送、ゲーム、運転台カメラからのライブ映像などのほか、飲み物や食事、さらにはお土産ものまでもがこのタッチパネルで注文できるようになっています。この面白さは本来“動画”でお目にかけるとわかりやすいかと思いますが、残念ながらムービーを持参していなかったため、今日は静止画のアニメーションでご覧いただきましょう。
▲モニターではリアルタイムに前面展望も楽しむこともできる。'07.10.24
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▲液晶モニターでの車内サービスオーダーをアニメーションで疑似体験していただこう。グッズまで購入できる。

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▲公式リーフレットより。「お召列車」として使用される時は3号車と4号車の間に「特別車両」E655-1が組み込まれる。
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この注目の“ハイグレード車両”E655系、11月後半には団体臨時列車として初めての営業運転に充当される予定です。特別な中でも群を抜いて特別な車輌だけに、おいそれと乗車することはできないでしょうが、こんな夢の車輌の存在そのものが嬉しい限りです。

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▲量産車(左)と先行車(右)。わずかな差なので判りづらいが、尾灯が車体中央側に拡大されている。'07.10.19 川和車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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3月19日付け本ブログで先行車をご紹介した横浜市交通局10000形の量産車が、10月19日に報道公開されました。3月の記事でもご紹介したように、この10000形は来年3月末の開業を予定する横浜高速鉄道4号線(グリーンライン)用の電車です。グリーンラインは中山?日吉間13.1kmを結ぶ路線で、現在のブルーラインと共に港北ニュータウンから東京方面への重要な足となります。

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▲グリーンラインという路線名に合わせカラーバンドはグリーンとなった10000形量産車。先行車では先頭車の運転室背後、側開戸横にあった吸気口は廃止されている。'07.10.19 川和車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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shi10000n13.jpgさて、今回された量産車は、先行車に比べ側窓横のカラーバンドが青系から緑系のものに変更されました。これは言うまでもなく路線名に合わせたもので、先行車も変更される予定とのことです。このほか、外観上では前面下部の尾灯開口部を車体中央側に拡大されたほか、先頭車側開戸横の換気用吸気口が廃止されており、これらは先行車には反映されないため、開業後も先行車との識別点になるでしょう。
▲車内全体のイメージは先行車と変わりないが、側扉上部左右の液晶表示器カバーは角のRが大きいRタイプに変更、袖仕切りのガラスも取り付け方法が変更され、ガラスの周囲に枠が見えるようになった。'07.10.19 川和車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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一方、車内では座席袖仕切りのガラス取り付けが交換しやすい構造に変更されたほか、側扉両側の液晶表示器のカバーが角のRの大きいものに変更されています。このうち後者については先行車も交換されるとのことです。

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▲横浜市都筑区内の川和車両基地に並んだ10000形電車。この基地は人工地盤上に造られており、下は横を流れる鶴見川の洪水に備えた遊水池となっている。'07.10.19 川和車両基地 P:RM(高橋一嘉)
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既報の通り来年6月には東急目黒線も日吉まで延伸開業する予定となっており、このグリーンラインの開業によって、港北ニュータウンの利便性は格段に向上することになります。

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▲主要諸元表および開業後の横浜市営地下鉄路線図。(横浜市交通局パンフレットより)
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▲すっかり綺麗になった保存車輌たちが久しぶりに屋外に出された。六甲山中から故郷・頸城に戻って3年、荒廃していた木造車輌も見違えるほど綺麗に復元されている。'07.10.20 百間町

鯨波の撮影ポイントから直江津運輸区に向かう道すがら、ちょうど一般公開されている頸城鉄道のコッペルを見に、もと百間町車庫を利用して設置されている「頸城鉄道展示資料館」を訪ねました。当日は「直江津?柏崎間鉄道開通110周年記念イベント」の一環として直江津駅からシャトルバスも運行されており、すでに会場は多くのファンで賑わっていました。

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▲昔も今も変わらぬ頸城のシンボルであるコッペルの2号機。1911(明治44)年製というからあと4年で100歳を迎えることになる。'07.10.20 百間町
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kubiki07n3.jpg六甲山中に保管されていた頸城鉄道の車輌たち(DC92、ホジ3、ハ6など)が奇跡の帰還を遂げたのは3年前の2004(平成16)年6月('05年6月20日付け本ブログ参照)。頸城商工会の村おこし活動としてスタートした保存・復元活動も、今ではNPO法人「くびきのお宝のこす会」として文字通り軌道にのり、昨年夏に伺った際('06年10月7日付け本ブログ参照)はまだ修復途中だったホジなど3輌も見違えるように綺麗にレストレーションされて公開されていました。会場では副会長の村椿 明さんにご案内いただき、前原さんも興味津々でその説明に聞き入っておられました。
▲2号機のバックビュー。この日も東京や大阪から遠路はるばる多くのファンがやって来ていた。'07.10.20 百間町
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▲興味深そうにコッペル2号機を観察する前原さん(左)。このあと形式写真撮影のためにロッドをさげることになり、前原さんも一緒になって皆でコッペルを押す(右)。'07.10.20 百間町 P:尾藤千秋
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昨年までは構内に置きっぱなしになっていた転車台も、展示資料館内に新たに作られたピットに設置され、現役時代さながらに回転する様子が見られます。しかもその上には地元の子供たちが作った張り子のコッペルが…。いかにも地域の手作りのイベントらしい温かさに包まれた会場です。

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▲現役と見まごうばかりにレストアされたDC92はすぐにでも動きだしそう(左)。右は見事に復元されたハ6。もと魚沼鉄道の2軸客車で、兄弟にあたるハ5は新潟県立自然科学館に保存されている。'07.10.20 百間町
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さて、撮影が一段落した頃から急に風が強くなり、イベントスタッフの皆さんもテントの撤収やらなにやらおおわらわの様子に…。私たちもこれ以上お手を煩わせてはと早々に百間町を辞して直江津運輸区に向かうことにしましたが、実はこの風が数時間後に行く手を阻むことになります。

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▲デッキ付き木造客車を気動車化したという世にも不思議なホジ3の車内。コッペルとともに頸城を代表するこの車輌の整備も進んでいる。'07.10.20 百間町

塚山→鯨波→頸城→直江津運輸区と実に充実した時間を過ごし、あとは帰るばかりと乗り込んだのは直江津17:01発の1017M「はくたか17号」。ところが定時で到着したものの、乗り込んださきから北越急行線内の強風で抑止、結局運転再開まで1時間50分も待たされることとなってしまいました。

kubiki07n7.jpg幸い前原さんもこの日は完全にオフ。今日中に帰京できればということで、すっかり空いてしまった車内(もちろん普通車)で、山下と3人、缶ビールと柿の種でささやかな“反省会”です。「3次型の門デフ」しかも新潟の門デフとあって多少は懐疑的だった3人も、実物を目の当たりにしてからは大絶賛。前原さんも本当によくぞ実現してくれましたよね、と感激収まらぬ様子です。唯一の門デフ+スノープラウ装備だった福知山の11号機になぞらえて、今度は雪の磐西でやってくれないかな、などと3人の勝手な“夢”も飛び出して、逆にあっという間の1時間50分でした。
▲ホジ3の前で記念撮影。中央はお世話になったNPO法人くびきのお宝のこす会副会長の村椿 明さん。'07.10.20 百間町
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つい先ごろ、三十数年来封印してきた鉄道模型を復活させ、まずは一番のお気に入りC55 57を買ってしまったという前原さん。翌朝テレビをつけると「サンデープロジェクト」に生出演して田原総一朗さんと“激論”を戦わせる副代表としての姿が…。前夜とは別人のようなその姿に、かえって「趣味」の大切さを再認識させてもらったような気がします。

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▲冬の訪れを予感させる日本海をバックに一路直江津へと向う「SLえちご日本海号」。「門デフ」のシルエットがひときわ映える。'07.10.20 鯨波ー青海川
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「門デフ」となったC57 180号機をぜひ撮りたいのですが、20日の土曜日であれば何とかスケジュール調整がつきそうなのでご一緒いただけませんか…前原誠司さんからそんなメールをいただいたのは、かれこれ2週間ほど前のことでした。

c57180n12n.jpg改めてご紹介するまでもなく、前原誠司さんは衆議院議員で現在は民主党の副代表。その一方で小学生の頃からのたいへんな蒸機ファンで、『国鉄時代』4号にもご寄稿いただいているので、その熱意と半端でない知識の深さはすでにご存知の方も少なくないはずです。その前原さんがとりわけシンパシーを感じてきたのがC55、C57といったライトパシ、しかもC55 57を頂点とする「門デフ」装備機です。それだけに今回のC57 180の「門デフ」改装にはまさに居ても立ってもいられず、超多忙なスケジュールを調整しての日帰り撮影行というわけです。
▲右から前原さん、私、『国鉄時代』の山下、そして現地でのアテンドをして下さった会津善和さん。会津さんは長年JR東日本のオフィシャル記録映像を撮り続けてこられたムービーのプロ。'07.10.20 鯨波ー青海川
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日頃から親しくさせていただいている『国鉄時代』編集担当の山下がさっそく計画を立案、前原さんと私が早朝の新幹線で長岡に向かい、前夜に現地入りしてレンタカーを調達していた山下が長岡駅まで迎えに出ることになりました。お目当ての「SLえちご日本海号」は途中の柏崎で一時間近く停車するため、最初に塚山峠で撮影後、定番の鯨波-青海川間に移動しようというプランです。

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▲「SLえちご日本海号」で到着後、直江津運輸区で一般公開された180号機の晴れ姿。「門デフ」は後ろ斜め7:3のアングルも実に決まる。'07.10.20
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c57180n24n.jpg前夜までの豪雨もすっかり止み、薄日も差すまずまずの天気のなか、最初の撮影地となる塚山-長鳥間の塚山峠へ。峠とはいうものの、登りは2キロほど。しかも塚山隧道をサミットに最急でも11.1‰と、C57にとってはほとんど苦にならない程度の勾配だけに、「SLえちご日本海号」は白煙を残して軽快に走り去ってゆきました。それでも渋海川橋梁先の築堤をサイドぎみから狙うアングルからは「門デフ」がはっきり見え、前原さんも手ごたえ充分の様子。余韻に浸る間もなく、次の撮影地鯨波へと向かいます。
▲お目当ての「SLえちご日本海号」の通過を前に、「トワイライトエクスプレス」を見送る前原さん。'07.10.20 塚山ー長鳥
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▲直江津は新潟県の鉄道発祥の地。ただ、かつてはその規模を誇った旧直江津機関区(本誌連載“「SL甲組」の肖像”直江津機関区参照)の扇形庫も今やかろうじて4線分を残すのみ。'07.10.20 直江津運輸区

鯨波駅を出て延長140mと短い鯨波隧道を潜って弁天島をのぞむ海岸に踊り出る32キロポスト付近は、今回の運転区間随一のハイライト。それだけにゆうに百人を超すファンが詰め掛けていました。本来は鯨波隧道を出ると9‰の下り勾配ですが、サービスなのかそれなりの煙も出してくれ、これまた大満足の撮影となりました。

c57180n21n.jpg「SLえちご日本海号」の運転はこの日は直江津まで。C57 180は直江津運輸区でいわゆる“マルヨ”ののち、翌21日(日曜日)に下り「SLえちご日本海号」を牽いて新井から長岡に戻る運用です。直江津運輸区ではC57入区後、夕方までイベントを兼ねた一般公開が実施されており、じっくりと「門デフ」を愛でるためにこの一般公開に伺うことにしました。事前にお話していたこともあって長井区長自らが案内してくださり、すっかりスタイリッシュになった180号機を入庫まで見届けることができました。
▲扇形庫内で明日の運転に備えて整備が続く。こんなショットでも「門デフ」の存在感は抜群。'07.10.20 直江津運輸区
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前原さんは握手や記念写真を求める来場者に気軽に応じながらも、1974(昭和49)年以来という目の前の生きた「門デフ」に大感激の様子。ご自身の趣味の原点だった遠い日の南九州へと思いを馳せられているようでした。

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昨日に続いて、小田急電鉄の新型ロマンスカー“MSE”をご紹介いたしましょう。地下鉄線内でも空と海のさわやかさ、明るさを感じさせるとされる車体基調色「フェルメールブルー」は、非常に微妙な色調で、角度や光線状態によってかなり印象が異なってくるようです。

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▲VSEに似た造型の流線型側正面と、分割併合のため中央に貫通路を持つTc1'車。ちなみにご覧のようにフェルメールブルーは角度や光線状態によって微妙に印象が変わる。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)
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▲2号車(M4)の外観。パンタグラフは2・3号車(M4、M3)に搭載されている。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)
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▲流線型側運転台(左)と中央に貫通路を持つTc1'車の運転台(右)。運転台のコンソールは同じく千代田線乗り入れ用の4000形と同様のものが用いられている。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)
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mse.cafen.jpg発表された運転計画のなかで驚かされたのは、昨年の製作開始発表当初は東京メトロ千代田線湯島駅が起点とされていたものが、北千住、さらには新木場発着とされた点です。逆に千代田線内の停車駅は北千住・大手町・霞ケ関・表参道の4駅となり、湯島は通過となってしまいました。
→3号車に設備されている「カフェ」。同じく3号車には自動販売機も設けられている。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)
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▲腰掛肩部上面に付けられた手掛けにもMSEのロゴが記されている。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)

mse.usb.jpg民鉄の有料特急が山手線に接するターミナル駅より内側の都心部に乗り入れるのも有史以来これが初めてのことですが、一般の通勤電車では地下鉄との直通運転が日常化している昨今ですから、他の有料特急を運行する民鉄でも同様の可能性を秘めていると言えるわけで、今後、この事例が他社に波及するのかも気になるところです。
▲報道発表でノベルティーとして配布された特製USB。
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▲同じく報道発表の際の“お土産”でいただいたMSEクッキー。まだ賞味させてはいただいていないが、編集部内では大うけ。果たして市販はされるのだろうか?
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小田急の特急車としては初代特急専用車1910形から数えて11代目となるこの60000形MSEは、来年春から営業開始の予定。詳細は追ってRail Magazine本誌でたっぷりとお伝えする予定です。

■主要諸元表 小田急電鉄提供
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詳しくはこちら(PDFファイル) 小田急
詳しくはこちら 東京メトロ
東京メトロホームページ
小田急電鉄ホームページ

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▲スモークの中から姿を現すというなかなか凝った演出で報道公開が開始された。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)

昨年9月に製作発表が行われた(昨年9月20日付け本ブログ参照)小田急電鉄の新型ロマンスカー60000形MSE(Multi Super Express)の完成披露が本日行われました。
既報の通り、この60000形は一昨年5月に東京地下鉄(東京メトロ)と小田急電鉄が合意した千代田線・小田急線直通特急の運転に対応するため製作された車輌です。組成は6輌固定(4M2T)2本と10輌編成時に新宿方に連結される4輌固定(2M2T)1本ですが、今回お披露目されたのはひと足早く完成した6輌編成です。それでは、明日と2回に分けてこの注目の新ロマンスカーをご紹介してみましょう。

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▲小田原方から見た60000形MSE。フェルメールブルーという色の名称は画家のフェルメールに因んだもの。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)
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デザイン設計は50000形と同じく岡部憲明氏によるもの。アルミ製車体の型材のうち、床や窓下部分など6つはVSEと共用、肩部や天井部分など3つは新規設計とのことです。外観は50000形からの血統を色濃く感じさせますが、流線型先頭車の先頭部スカート形状は昨年発表の完成予想図に比べて形状が変更され、連結器両側に設置された前灯とともに異なる印象を与えるものとなっています。車体色は既報の通りフェルメールブルーにロマンスカー伝統のオレンジバーミリオンの帯。このフェルメールとはいうまでもなく、現在、新国立美術館で「牛乳を注ぐ女」が公開中の17世紀オランダの画家、ヨハネス・フェルメールに因んだものです。なお、50000形同様、ミュージックホーンは搭載していますが、現在のところ東京メトロ線内では使用しない予定とのことです。

msehizyouguti.jpg2.3mの天井高が確保された車内はゆとりのある空間を感じさせますが、その一方、ビジネス客中心であることを考慮して、腰掛の背ずりは大変高いものが使用され、各席毎の個別感を演出するものとなっています。また、これまでのような腰掛背面格納のテーブルは、引き出し時に前席の乗客に僅かながら不快な衝撃を与えることがあることから廃止され、代わりにA4サイズパソコンが載せられる大きさのテーブルが肘掛内に格納されました。ちなみにこの腰掛、地下鉄線内での短時間での折り返しを想定し、リクライニング中やテーブル引き出し時にも回転が可能となっています。
▲デビュー前から注目されていた流線型側の非常口を開いたところ。VSEに似た造型の先頭部にプラグドアが組み込まれている。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)
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▲30000形EXEと同様、分割併合のため中央に貫通路を持つTc1'車。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)
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注目の運転計画は、昨年発表とは大きく異なり、以下のようになりました。
●平日ダイヤ
朝方:<メトロさがみ> 本厚木→北千住1本
夕方:<メトロホームウェイ> 北千住→唐木田1本
夜間:<メトロホームウェイ> 大手町→本厚木2本
●土休日ダイヤ
朝方:<メトロさがみ> 本厚木→北千住1本
日中:<メトロはこね> 北千住?箱根湯本2往復
夜間:<メトロホームウェイ> 北千住→本厚木1本
●有楽町線乗り入れ
土休日の<メトロさがみ><メトロホームウェイ>は年間30日程度北千住発着が有楽町線新木場発着に変更され<ベイリゾート>の愛称で運転

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▲VSEと同じくドーム状の天井、そして背の高い腰掛が並ぶ客室内。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)
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編成は10輌もしくは6輌編成で、4輌での運転は予定されていません(平日は夜間の2本目のみ6輌で、他は全て10輌で運転予定/行き帰りで運転本数が合わないものについては片道回送運転)。注目の地下鉄線内の途中停車駅では代々木上原経由の定期利用客の多い駅上位3駅で、乗り換えにも便利ということで選出されたとのこと。なお、地下鉄線内での追い抜きはなく、各駅停車との平行ダイヤとなります。

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▲ご覧の通り、テーブルを出したままでも腰掛は回転可能。地下鉄線での短時間での折り返しを想定した工夫である。'07.10.19 大野工場 P:RM(高橋一嘉)
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一方、小田急線内では成城学園前が初めて特急停車駅となりました。これは世田谷区内からの千代田線への直通利用客が多いという理由によるものとのことです。

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▲流線型側の運転室。運転席背面に見えるのは運転士用のコート掛け。 '07.10.19 大野工場 P:RM(青柳 明)
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そして注目されるのは今回初めて発表となった有楽町線への直通運転です。これは東京西部から湾岸方面への利用客を見込んだもので、再開発により発展著しい豊洲にも停車し、お台場や東京ディズニーリゾート方面へのアクセスとして注目されますが、ファンの目から見れば、小田急の電車と西武・東武の電車が同じ線路を走ることの方が衝撃的でしょう。なお、特急料金設定は利用しやすい額を両社で協議した結果とのことです。また、土休日のみ専用のワゴンによる車内販売が予定されています(平日は自動販売機のみ)。

■平日ダイヤ
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■各列車ダイヤ(平日) ※特記以外1本運転
●本厚木発→北千住 メトロさがみ(朝方)
  本厚木、町田、表参道、霞ヶ関、大手町、北千住
●北千住発→唐木田 メトロホームウェイ(夕方)
  北千住、大手町、霞ヶ関、表参道、成城学園前、新百合ヶ丘、小田急永山、小田急多摩センター、唐木田
●大手町発→本厚木 メトロホームウェイ(夜間)2本運転
  大手町、霞ヶ関、表参道、町田、本厚木
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■休日ダイヤ
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■各列車のダイヤ(休日) 特記以外1本運転
●本厚木発→北千住 メトロさがみ(朝方)
  本厚木、町田、新百合ヶ丘、成城学園前、表参道、霞ヶ関、大手町、北千住
●北千住⇔箱根湯本 メトロはこね(夕方) 2往復
  北千住、大手町、霞ヶ関、表参道、町田、小田原、箱根湯本
●北千住発→本厚木 メトロホームウェイ(夜間)
  北千住、大手町、霞ヶ関、表参道、成城学園前、新百合ヶ丘、町田、本厚木

■有楽町線乗り入れ (臨時列車)
●本厚木発→新木場 ベイリゾート(メトロさがみ変更運転) ※臨時列車(朝方)
  本厚木、町田、新百合ヶ丘、成城学園前、表参道、豊洲、新木場
●新木場発→本厚木 ベイリゾート(メトロホームウェイ変更運転) ※臨時列車(夜間)
  新木場、豊洲、表参道、成城学園前、新百合ヶ丘、町田、本厚木
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■特急料金一覧表
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■特急料金と運賃
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新型ロマンスカーMSE概要
■形式:60000系
■名称:MSE(Multi Super Express)
■編成:6輌編成2本 4輌編成1本 分割併合可能
■定員:10輌編成時は578名 6輌:352名 4輌:226名
■制作費:約38億円
■製作:日本車輛製造(株)

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RML99_H1n.jpg今月発売のRMライブラリー第99巻は、清水 武さんによる『西濃鉄道』です。小ブログでも今春訪問記をご紹介しておりますので、先刻ご承知のことと思いますが、西濃鉄道は岐阜県の東海道線美濃赤坂駅を起点に路線を伸ばす貨物専業の地方鉄道です。その歴史は古く1928(昭和3)年に赤坂?市橋間の市橋線2.6km、赤坂?昼飯(ひるい)間の昼飯線1.9kmが開業しました。短い路線が二つ、というのはかなり独特の線路形態ですが、これは美濃赤坂の北側に位置する金生山周辺の石灰石業者の採掘場や工場と国鉄美濃赤坂駅を結んだためです。

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▲市橋線の名所=石引神社の境内を横切る踏切をゆく2109。ディーゼル機関車に変わった今日でもこのシチュエーションは基本的に変わっていない。P:清水 武(RM LIBRARY『西濃鉄道』より)

seinou102n.jpg開業当初から貨物輸送を目的とした鉄道でしたが、その一方で市橋線では1930(昭和5)年から旅客営業も始まりました。もっとも、これは自前の車輌ではなく、大垣発着の鉄道省の車輌がそのまま直通運転するものでした。ちなみにこの車輌は国鉄気動車の始祖、キハ二5000で、この大垣?市橋間での運転が鉄道省における気動車列車第一号でした。その後、車輌はキハ41000に変更されましたが、この運転も戦時下の燃料統制により1945(昭和20)年に廃止となり、以後、現在に至るまで西濃鉄道は時刻表に載ることのない、貨物専業の鉄道となったのです。
▲「大垣?市橋」のサボを下げて大垣機関区で待機中のキハニ5004。P:岐阜経済大学所蔵(RM LIBRARY『西濃鉄道』より)
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▲さながら複線のように側線が続く市橋線乙女坂?猿岩間をゆく2109。左隅に積み込み用のナローゲージの線路も見える。'64.9 P:清水 武(RM LIBRARY『西濃鉄道』より)

現在では昼飯(ひるい)線は廃止となり、市橋線も美濃赤坂?猿岩2.0kmが残るのみとなりましたが、名古屋の製鉄所へ石灰石輸送するホキ9500による専用貨物列車が毎日3往復運転されています。貨物列車を運行する私鉄が数えるほどとなった今日、臨海鉄道など公営に近い鉄道以外で貨物専業の鉄道が今なお盛業中なのは特筆に価しましょう。

seinou104n.jpgさて、本書の筆者である清水 武さん(現・北恵那交通顧問)は美濃赤坂に程近い大垣にお住まいで、特に蒸機時代の同鉄道には何度となく訪れられ、大井川に旅立つB6 2109号機の姿も見送られています。このB6は現在まで続く大井川鐵道の蒸気機関車動態保存の第1号となりましたが、のちに清水さんご自身も大井川鐵道副社長を歴任されたのは、何かの縁というものでしょうか。
▲西濃鉄道の無煙化は1964(昭和39)年からはじまり、最初にこのDD401が導入された。写真は美濃赤坂で入換え中の同機。'69.4.10 P:清水 武(RM LIBRARY『西濃鉄道』より)
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本書では清水さん秘蔵のB6時代の写真を中心に、現在のDLの姿はもちろん、貴重な西濃鉄道内を走るキハ二5000の姿も含め、数多くの写真を収録し、知られざる鉄道の歴史、車輌の全貌を明らかにしています。本書をお読みになって現地を訪ねれば、興味も一層深まるはずです。

RMライブラリー特設ホームページ開設!
※ホビダスブックスではRMライブラリー100巻達成を記念して特設ホームページを開設しております。ぜひご覧ください。(→こちら

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▲「36年前の西舞鶴にて」でご紹介したカット(下)。西舞鶴を発車、伊佐津川への築堤を登るC58牽引の舞鶴線(小浜線)921列車('71.3 西舞鶴?東舞鶴)。上は柴草敏明さんが撮ってくださったその現状定点観測。

10月4日付けでご紹介した「36年前の西舞鶴にて」に再び嬉しいお便りが寄せられました。媒体アドレス宛にメールを下さったのは地元の舞鶴市にお住まいの柴草敏明さん。なんとさっそく「定点観測」写真を撮って送ってくださったのです。

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▲同じく第6伊佐津川橋梁を渡り西舞鶴に下り込むC58重連の上り貨物列車('71.3 東舞鶴?西舞鶴)と、柴草さんが撮影されたその同地点の現状(右)。

「編集長敬白」毎日楽しみに拝見させていただいております。
36年前の舞鶴、現在はどうなっているのかをお送りいたします。伊佐津川橋梁近辺の写真は場所を特定できましたが、C12の写っているところは判りませんでした。当時は港までの線路もあったわけですが、その跡地は遊歩道や畑、生活空間になっています。とりあえずは伊佐津川橋梁の写真と、そこに至る築堤の写真です。橋梁のほうはあまり変化が無い感じですが、築堤のほうは大分雰囲気が変わっています。ただ、編集長の写真の右側に写っている万年塀ですが、今も一部が樹木や草に隠れて残っているのを確認しました。変わらないのは山だけのようです。

nishimaiduru0704.jpgいや、まさかこのブログをご愛読いただいている舞鶴の方から定点観測写真をお送りいただくとは想像もしていなかっただけに、感謝感激です。写真を拝見すると、36年の歳月にも関わらず、伊佐津川橋梁をはじめ意外なほど当時の雰囲気が残されているのに驚かされました。無煙化→電化とめまぐるしく変遷しながらも、やはり生きている線路がある限り、脈々と引き継がれてゆく何かは必ずあるわけで、その点はトワイライトゾ?ンと化した廃線跡とは根本的に異なります。定点観測の楽しさも再認識させてくれた柴草さんに改めてお礼申し上げたいと思います。
▲伊佐津川橋梁を渡る舞鶴線上り電車。まさかこの橋梁を電車が渡ることになろうとは36年前にはゆめゆめ思わなかった。P:柴草敏明
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さて、ここでお詫びと訂正です。やはり「36年前の西舞鶴にて」をご覧になった幾代 裕さんから寄せられた29680号機の写真を「36年前の西舞鶴によせて」としてご紹介しましたが、その写真キャプションの中で私は「ちなみに蛇足ながら、国産制式機のなかでは9600だけが動輪の位相が他形式と異なって左先行のため、このように絶気前進フルギアの場合、ラジアスロッドは加減リンク上に持ち上がることとなる。この写真はその状況が良く見てとれる。」と解説してしまいましたが、蒸気機関車研究家として知られ、弊社刊『日本の蒸気機関車』の「国鉄蒸機発達史」もお書きいただいた高木宏之さんから「前進フルギアでラジアスロッドが加減リンク上に来るのは、左先行・右先行とは無関係です」とご指摘をいただきました。まさに“蛇足”の極み、ご指摘の通りで汗顔の至りであります。改めて高木さんの解説をご紹介いたしましょう。
「ワルシャート弁装置のようなラジアルギヤでは、ピストンと同位相の動きと、90度ずれた動きとを合成しますが、“90度ずれた動き”はリターンクランクから取ります。その際、8620、 Cxx、 Dxxの各形式は、公式側でリターンクランクが前傾なので、前進時はピストン(クランクピン)より90度遅れた位相となり、9600、 4100、 4110、 6760の各形式は、公式側でリターンクランクが後傾なので、前進時はピストン(クランクピン)より90度進んだ位相となります。90度遅れた位相と、90度進んだ位相とでは、ちょうど逆相(180度)となりますので、前進時にラジアスロッドが加減リンク下でなく、上に来るわけです」。
高木さんには『国鉄時代』にも頻繁にご登場いただき、打ち合わせでご来社いただいた際には数々の機械工学的サジェスチョンもいただいております。
29680の写真をお送りいただいた幾代さん、「定点観測」をしてくださった柴草さん、そしてご指摘いただいた高木さんと、「36年前の西舞鶴」は期せずして鉄道趣味の深さ、楽しさ、そして繋がりを実感させてくれる展開となったようです。

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▲おおまかな下塗りが終了し、いよいよ本塗装を待つばかりとなった協三工業製DL。隣には昨年美しくレストレーションされたボールドウィンの姿が見える。'07.9.16 P:木村一博

群馬県沼田市の林業機械化センターでめざましい活躍をしている「よみがえれボールドウィン実行委員会」が今年の目標に掲げていた協三工業製ディーゼル機関車の塗装修復が完成、この週末の日曜日、「2007根利森林鉄道まつり ?協三DL塗装修復完成披露会?」と題してお披露目が行われることとなりました。

neri1021n1.jpg「よみがえれボールドウィン実行委員会」が昨年のボールドウィンに続いて協三工業製10tディーゼル機関車(もと上松運輸営林署No.141)の修復に取り組んでいる様子はこれまでにも2回ほどご紹介(5月17日付8月7日付)いたしましたが、素人(失礼…)のボランティア作業とは思えないピッチで修復が進み、当初の予定通り6回の作業でまるで新品のように甦ってしまいました。まさに成せば成る! その実行力にはまたしても脱帽です。
今日は公開を前に、修復完成までの後半の道のりを写真でたっぷりご覧いただきましょう。撮影は毎回ご提供いただいている木村一博さんです。
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▲塗装の剥離作業は夏の猛暑の中で行われた。台枠からわずかに顔を出したオリジナル塗装のブルーに注目。'07.8.26 P:木村一博

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▲屋内では下塗りを前にペーパーがけしてシンナーで脱脂する作業が続く(左)。右は下塗りを終えたルーバー類。'07.8.26 P:木村一博
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▲ようやく下塗りを終え文字通りの“ホワイトボディー”となった協三DL。いよいよ本塗装が始まる。'07.9.16 P:木村一博

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▲キャブ内は狭く作業性がすこぶる悪い。窮屈な姿勢での下塗り作業が続く(左)。軸箱回りは細かい部分まで刷毛で念入りに下塗りを行う。地道な作業だ(右)。'07.9.16 P:木村一博
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▲2回目の下塗りを終えたパーツにいよいよ本塗装を開始する。鮮やかなブルーが目に染みる(左)。'07.9.16/外してあったボンネット上部カバーを取り付ける。潰れたネジ山をタップで修正しながらの作業(右)。'07.10.6 P:木村一博
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▲砂箱の蓋の取り付けに四苦八苦、なかなか嵌らない(左)。右は屋根の仕上げ塗装をする指導役の県立産業技術専門校の先生。'07.10.6 P:木村一博
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▲塗装作業と並行して線路の延長も行われた。保管してあったレールを利用しての敷設で、これで協三の影に隠れてしまっていたボールドウィンも見やすくなるはず。'07.10.6 P:木村一博
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neri2-107.jpg21日の「2007根利森林鉄道まつり ?協三DL塗装修復完成披露会?」は以下の要領で行われます。
■会場:林野庁森林技術研究所林業機械化展示館
群馬県沼田市利根町根利1445番地 電話0278-54-8332
■開催日:2007年10月21日(日) 少雨決行
10:00受付/10:30開会式・関係者記念撮影?18:00閉会
■内容
開会式 協三工業10tディーゼル機関車除幕/記念撮影
協三工業10tディーゼル機関車披露・乗車体験 協三DLは北海道北見時代のブルーに復元。
ボールドウィン製蒸気機関車屋外展示・乗車体験
協三DL、ボールドウィンの修復過程のパネル展示。
地元・利根に存在した森林軌道の紹介。
懐かしの利根森林軌道の貴重な写真やパネルを展示。
よみがえれボールドウィン実行委員会の調査報告。
鉄道関連グッズの展示・販売。
アルプ・ホルン演奏会(午前・午後 2回) 他

▲真鍮製のホーンは亀裂が入っていたので当て金をしてロー付けで復元。磨き上げられたこのホーンの音色は…もちろん完成披露会で聞けるはず。'07.10.6 P:木村一博
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▲ブルーの塗装も鮮やかに完成間近の協三DL。細かい補機類も取り付けられて、21日の完成披露会では新車と見まごうばかりの姿を見せてくれる予定だ。'07.10.6 P:木村一博

「よみがえれボールドウィン実行委員会」では林業機械化センターの保存車輌の修復のみならず、利根森林軌道の再検証にも力を注いでおり、初公開の写真の数々や現地調査の報告など、林鉄ファンにとっては必見の展示も予定されています。
まだアナウンスはされていせんが、去年のボールドウィン、今年の協三DLに続いて、3年目を迎える来年はいったい何がレストアされるのか、今から実に楽しみです。

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昨日は14回目を迎えた「鉄道の日」でしたが、今日は新宿のハイアットリージェンシー東京(9月末日まではセンチュリーハイアット東京)で鉄道の日実行委員会主催による記念祝賀会が開催されました。
▲ハイアットリージェンシー東京のバンケットルームを会場に行なわれた第14回「鉄道の日」記念祝賀会。国土交通省やJR各社をはじめとする鉄道事業者首脳陣が一同に会する一年に一回の機会だ。'07.10.15

私たち趣味として鉄道に接している者にとって、今年のレセプションでのビッグニュースは高井薫平さんが鉄道関係功労者大臣表彰を受賞されたことです。事業者等の経営幹部に贈られる鉄道事業振興関係の今年の受賞者は3名。JR貨物の田村修二副社長、富山地方鉄道の桑名博勝社長、そしてもとユタカ製作所社長の高井さんで、もちろん鉄道趣味とは別次元のお仕事としての功績を賞されてのことではありますが、『軽便追想』をはじめ数々の著作で趣味界に大きな足跡を残されてきているほかならぬ高井さんだけに、一参列者である私にとっても、実に嬉しい受賞の報です。

071015n2.jpg祝賀会は昨年に続き冬柴鐵三国土交通大臣の挨拶から始まりました。会場にはJR各社社長をはじめ、ほとんどの民鉄の社長クラスが顔を揃えているとあって、監督官庁としての薫陶の辞が述べられたのち、大臣ご自身の名前の由来に話が移りました。冬柴大臣は旧満州の奉天(瀋陽)生まれ。お父上は鉄道省から満鉄に移られた生粋の鉄道マンだったそうで、名前の「鐵」の字は当然鉄道の「鉄」、さらに長男にも関わらず漢数字の「三」が付いているのはお父上が「てつどう」と「てつぞう」をかけたのではないだろうか…そんな逸話を披露され、会場は万雷の拍手に包まれました。
▲開会にあたり挨拶に立つ冬柴鐵三国土交通大臣。'07.10.15
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▲会場はこのように多くの鉄道関係者で溢れていた(左)。JR東日本の社員とその家族による楽団も登場、祝賀会に花を添えた(右)。'07.10.15
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071015n3.jpg近畿日本鉄道小林哲也社長の乾杯の音頭で本格的に幕を開けた祝賀会ですが、恒例となった「日本鉄道賞」の発表も行われました。財団法人運輸政策研究機構運輸政策研究所の森地 茂所長が委員長を務めるこの「日本鉄道賞」は6回目。今年の受賞はN700系を開発・導入したJR東海とJR西日本のダブル受賞となりました。表彰選考委員会特別賞はICタグの活用などシステムとしての自動化を推進してきたJR貨物、世界初のハイブリッド鉄道車輌を実用化したJR東日本の2社に、同じく特別表彰はDMVの実用化に尽力するJR北海道、潜在需要喚起で利用客増を図った阿武隈急行、地下鉄の環状運転など公共交通の復権に努める名古屋市交通局の3社局に贈られました。授賞式ではJR5社の社長がひな壇に並びましたが、これもこの祝賀会ならでは光景でしょう。
▲「日本鉄道賞」の授賞式でプレゼンターの豊岡真澄さんから花束を受け取るJR西日本山崎社長。右は同じくJR東海の松本社長。'07.10.15
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▲栄えある鉄道関係功労者大臣表彰に輝いた高井薫平さん。会場には奥様とお出でになっていた。'07.10.15

さて、肝心の高井薫平さんの大臣表彰ですが、実はこの祝賀会に先立って別室で行われてしまったとのことで、拝見することはかないませんでした。その点、個人的には少々残念ではありましたが、改めて栄えある受賞おめでとうございます。

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▲2日目は参加者一同で開館を目前に控えた鉄道博物館を内覧。JR各社をはじめ鉄道事業者の参加も多いだけに、運営面での質問も相次いでいた。'07.10.12

このブログをお休みいただいていた先週11・12日は、毎年恒例の日本鉄道保存協会の年次総会に出席しておりました。設立以来17年を迎える同協会の年次総会は、毎年全国の加盟団体の持ち回りで開催するのが慣例で、一昨年は北海道(一昨年の様子はこちら)、昨年は長野県上松町で行われました(昨年の様子はこちら)。

jprs015n.jpg今年はというと、初めて開催地団体なしの東京での開催です。それというのも参加者にとっては大きな関心事であろう「鉄道博物館」がオープンするからで、加盟団体でもある東日本鉄道文化財団のご厚意で開館前の鉄道博物館の内覧をプログラムに組み込んでの2日間です。また、今回は会員以外の保存活動に取り組む団体・個人にオブザーバーとしてご案内申し上げ、初参加の津軽鉄道さんをはじめ23名のオブザーバーの皆さんにご参加いただきました。
▲文化庁文化財部の堀 勇良主任文化財調査官(工学博士)による基調講演「文化財としての鉄道遺産」。パワーポイントを駆使して文化財指定のプロセスをわかりやすくご説明いただいた。'07.10.11
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▲東京・麹町の弘済会館「蘭」の間を会場に行われた総会は、オブザーバーを含めて満員の盛況ぶり。'07.10.11

総会に続いて行われた基調講演は文化庁から文化財部の堀参事官にお越しいただき、「文化財としての鉄道遺産」と題して現在の文化財指定の流れをご説明いただきました。現在、重要文化財指定の建造物は2317件、鉄道関連はそのうち8件、登録有形文化財指定の建造物は総数6263件、鉄道関連はそのうち90件だそうで、参加者からは指定に向けての具体的な質問が相次ぎました。

jprs013n.jpg続いて小樽市総合博物館の佐藤卓司学芸員、碓氷峠鉄道文化むらの高橋 寛館長、大井川鐵道の萬豆明夫運輸部次長、加悦鉄道保存会の篠崎 隆理事の4名のパネラーによる討論「鉄道遺産の保存活用と地域活性化」が行われました。ご承知のように小樽交通記念館の解散により激動の数年間を経験した小樽市総合博物館をはじめ、特定目的鉄道としての横軽間復活が暗礁に乗り上げている形の碓氷峠鉄道文化むらなど、それぞれの悩ましい実状も吐露される討論となりました。
▲昨年に続いて総合司会は私が務めさせていただいた。'07.10.11
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▲4人のパネラーによる討論「鉄道遺産の保存活用と地域活性化」の総括をされる顧問の小池 滋先生。画面右は同じく顧問の青木栄一先生(左)。総会後の懇親会で挨拶に立つ賛助会員の種村直樹さん(右)。'07.10.11
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なかでも興味深かったのは、加悦鉄道保存会の篠崎さんからの問題提起、都市部のボランティアによって支えられている“地域の鉄道遺産”の現状です。加悦鉄道保存会も主力メンバーはほとんどが大阪方面からのボランティアだそうで、地域の人たちの手によって地域の鉄道遺産を護ることがいかに難しいかが切々と語られました。オブザーバーとして参加していた“南部縦貫レールバス愛好会”や木曽王滝村で保存活動を繰り広げている“りんてつ倶楽部”からも、メンバーの大半が東京在住である現状が明かされ、今後の保存活動の大きな課題が浮かび上がってきた形となりました。

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▲鉄道博物館2階のコレクションギャラリーには歴史的鉄道部品等が数多く収蔵されている(左)。右は開館に合わせて開催中の特別展で展示されている新幹線試験車のモックアップの数々。'07.10.12
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▲全国から集った保存協会の面々で記念撮影。鉄道事業者、自治体、第三セクター、ボランティアと立場は違えど、目標を共有できた有意義な2日間だった。'07.10.12

かくして1日目は終了、翌日は朝から「鉄道博物館」の内覧に参加しましたが、総工費120億円以上というその巨大なプロジェクトに全国各地から集ったメンバーは圧倒される思いだったようです。ただその一方、地域に根ざした地域でしかできない保存活動により思いを強くし、再会を約した参加者たちは再び全国へと散ってゆきました。

「門デフ」C57誕生!

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▲見事に甦った「門デフ」。さながら羽ばたくウイングのごとく、デフレクターひとつでここまで表情が変わる。'07.10.12 新津運輸区 P:RM(高橋一嘉)

先月26日付けのこのブログで速報したC57 180号機の「門デフ」改装が完成、13日の「SLばんえつ物語号」でのデビューを前に、新津運輸区で報道公開が行われました。

c57180n13.jpg詳しくは今月発売の本誌でご紹介する予定ですが、今日はひと足早く、すっかりスタイリッシュに生まれ変わったその姿をご覧いただきましょう。小倉工場作図の図面をもとにまったく新しく作られたという「門デフ」は、“K-7タイプ”と呼ばれる当時最も標準的だったもの(RMライブラリー『国鉄蒸機の装備とその表情』参照)。数少ない本州の門デフC57として福知山区で親しまれたC57 11号機(もと門司港機関区の「かもめ」牽引機で、“波にかもめ”の装飾を施されたことで有名=RMライブラリー『昭和30年代の国鉄列車愛称板』参照)のものもこのK-7タイプでした。
▲正面から見てもこれだけ表情が違う。'07.10.12 新津運輸区 P:RM(高橋一嘉)
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▲後ろ斜め7:3も「門デフ」が引き立つアングルのひとつ。夕陽に映える「SLばんえつ物語号」の定番ショットにも新作が期待される。'07.10.12 新津運輸区 P:RM(高橋一嘉)
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c58180n15.jpgもちろん歴史的に新潟地区に門デフを装備したC57が配置されたことはありませんが、実は同じ切り取りデフの仲間である「長工式デフ」装備のC57は2輌が在籍した記録があります。4号機と130号機で、ともに新潟機関区の所属ながら、4号機の方は1962(昭和37)年秋に新津機関区に移籍、1966(昭和41)年春に大分機関区に転出するまでの4年近くをここ新津の地で過ごしています。いまだに写真こそ見たことがありませんが、切り取りデフ装備のC57が日本海をバックに、はたまた山都の橋梁を駆け抜けるシーンが見られたはずです。
▲キャブには13日の“デビュー”仕業のA運用が。'07.10.12 新津運輸区 P:RM(高橋一嘉)
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▲3次型としては175号機についで2輌目の「門デフ」ながら、すっかり板についている180号機。なお、1960年代から装備されていた長野工場施工機の特徴である五角形のドーム前手すりは撤去されている。'07.10.12 新津運輸区 P:RM(高橋一嘉)
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10月中のみの限定…とリリースされたこの「門デフ」装備ですが、改めて確認したところ、やはり下記のように「SLばんえつ物語号」4日間、「SLえちご日本海号」2日間のみで、来月には標準デフに戻される予定だそうです。蒸機ファンにとってはまことに忙しい10月の3週間となりそうです。

C57 180「門デフ」仕様運転予定
■運転日:10月13日(土)、14(日)、20(土)、21(日)、27(土)、28(日)
※20、21は〈SLえちご日本海〉として運転 詳しくはこちら
■運転区間:新潟ー会津若松(除く20・21)
■運転時刻(SLばんえつ物語)
新潟9:43→新津10:03?14→津川11:13?29→野沢12:16?18→喜多方13:05?07→会津若松13:31
会津若松15:25→喜多方15:48?51→野沢16:25?35→津川17:19?34→新津18:35?38→新潟19:00

新潟支社プレスリリースはこちら(PDFファイル)
・関連リンク
JR東日本新潟支社ホームページ
JR東日本ホームページ

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▲いったん加減弁ハンドルを握って前方注視すればこれがシミュレータだということさえ忘れてしまうほどリアル…と大絶賛の大石さん。

日曜日にオープンする「鉄道博物館」の大きな目玉である「D51シミュレータ」についてはこれまでにもたびたびお伝えしてまいりましたが、先日、日本工業大学でB6(2109)の動態保存に尽力され、蒸気機関車の構造と運転に関してはまさに先生とお呼びするに相応しい大石和太郎さんに挑戦していただきましたので、その模様の一部をご覧にいれましょう。

ooishisan12n.jpg大石和太郎さんは鉄道博物館の地元・大宮機関区を振り出しに、田町電車区乗務員、さらに新幹線東京運転所で1964(昭和39)年の東海道新幹線開業初列車(上り)の運転士を務められたことでつとに有名です。ちなみに小型飛行機の免許もお持ちというから驚きです。もちろん古くからの蒸気機関車ファンとしても知られ、各誌に写真を発表されるとともに、お仲間とまとめられている数々のムービーはまさに珠玉の完成度として知られています。
大宮機関区時代は半年庫内手を務めたあと、中央鉄道教習所機関助士科で蒸気機関車の構造や理論を学び、卒業後は機関助士として4年間乗務。最後の2年は憧れの本線甲組で東北本線は宇都宮までと小山から水戸線経由で水戸までに乗務されていたそうです。もちろん大宮区の東北本線だけに乗務機関車はD51。シミュレータとはいえ、まさに青春時代を過ごした大宮の地での半世紀ぶりの邂逅というわけです。
▲宮守の25‰を登る。機関助士役の向谷さんが連続投炭するが、罐圧はじわじわと落ちてゆく。なお、火床のセンサーは“かえしスコップ”さえも認識するというから、そのプログラムのこだわりようは尋常ではない。
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▲罐水を作るのも機関助士の役目。給気運転中は給水ポンプが使えるが、絶気時はインゼクタを操作することになり、これがまた難しい。ただ無闇に給水すると罐温度を下げることになりかねない。

当日は開発にあたった向谷 実さんも駆けつけてくだいました。驚いたのはお願いしたわけでもないのに、お二人ともに申し合わせたように自前のナッパ服を用意されての“乗務”です。
■釜石線花巻?青笹 運転開始駅別難易度
花巻=☆☆、似内=☆☆、新花巻=☆☆、小山田=☆☆、土沢=☆☆☆、晴山=☆☆、岩根橋=☆☆☆、宮守=☆☆☆☆、柏木平=☆☆☆、鱒沢=☆☆、荒谷前=☆、岩手二日市=☆、綾織=☆☆☆、遠野=☆☆☆、青笹=☆☆☆

ooishisan15n.jpgさすがにいわゆる「線見」(勾配・曲線・信号・隧道等の線区情報を予め下見すること)もしていない釜石線だけに、最初は戸惑いもあったようですが、そこはまさに昔とった杵柄。最難関の宮守?柏木平間も2回目にして見事のりきり、なおかつ柏木平到着時のボイラ圧力もそれほど減圧していなかったのは流石というほかありません。それにしても、大石さんの目から見てこのD51シミュレータはどう映ったのでしょうか。詳しくは本誌次号で語っていただきますが、今回はその一部をご紹介してみましょう。
▲インゼクタに手を掛け助士席で前方確認中の向谷さん。まさに本物さながらの臨場感。
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ooishisan13n.jpgまずその感想を先に言ってしまえば、ここまでやるとは…というのが率直な気持ちです。もうひとつの驚きは鉄道と直接関係のない音楽館の向谷 実氏をリーダーとする若いスタッフが開発して作り上げたものだという点。蒸気機関車は忘れられかけた過去のものと思っていただけに、このような若い人たちがいることに何よりも感動しました。
このシミュレータで唯一手を加えてあるのは、自動弁のユルメ込め位置にハンドルが行かないようストッパーが取り付けてある点です。それは誤ってこの位置にハンドルを置くと、給気弁の一時的過上昇で列車のブレーキが不緩解になるからで、苦肉の策というか、当然の処置であると思います。このように限りなく本物に近いシミュレータの完成は、海外、特にヨーロッパあたりでは日本国内以上に称賛されるに違いありません。
▲「いや、まいりました」と向谷さんに語りかける大石さん。機関士・機関助士としても絶妙のコンビを見せてくれた。
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大石さんは帰りに立ち寄った大宮駅の喫茶店でも興奮さめやらぬ様子で、「まさかあそこまでやるとは…」と何度も何度もその感動を噛み締めておられました。向谷さんも「大石さんに評価されればお墨付きを得たようなもの、なにより励みです」と実に嬉しそうな一日でした。
それでは「大石機関士」の乗務の様子を動画でご覧いただきましょう。

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上の画像をクリックすると動画(約5分)の再生が始まります。
※音声付きですので、クリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。

※明日より日本鉄道保存協会の年次総会出席のため、お楽しみいただいている「編集長敬白」は2日間お休みとさせていただきます。あしからずご了承ください。

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▲白鳥峠を越え、東舞鶴に向かって軽快に下る29680〔舞〕。デフ取り付け、パイプ煙突化、スノープラウ、そしてランボードの白線と大宮時代とは別の機関車のように印象が異なる。ちなみに蛇足ながら、8620やB・C・D・E形式の国鉄制式機と異なり、9600だけがリターンクランク90度進み形のため、このように絶気前進フルギアの場合、ラジアスロッドは加減リンク上に持ち上がることとなる。この写真はその状況が良く見てとれる。'71.2.11 P:幾代 裕

10月4日付けの「36年前の西舞鶴にて」をご覧になった幾代 裕さんから、舞鶴線で同時代体験をなさった思い出をお送りいただきましたので、さっそくご紹介してみましょう。

29680n12.jpg西舞鶴界隈の写真、懐かしく拝見させていただきました。つい最近、友人から当時の921列車の車内放送の録音を聞かせてもらったので、一層懐かしさがこみ上げてきました。先日、私も「わが国鉄時代」に白鳥峠のD51 499を投稿させていただきましたが(7月31日アップ)、この写真を撮ったのが昭和46 年の2月だったので、名取編集長が訪問された約1ヶ月前ということになります。
▲昼下がりの東舞鶴駅構内、ターンテーブル横でしばしの休息中。デフや煙突はもとより、前照灯はLP405(シールドビーム)化され、煙室ハンドルも一般的なタイプに取り替えられるなど“面相”も変わっている。'71.2.11 P:幾代 裕
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29680n13.jpgところで29680が大宮から来た罐だとは知りませんでした。身近にいた機関車が遠く離れた転属先で活躍しているのを見ると嬉しくなってしまう、そのお気持ちよくわかります。たまたま同じ日に29680の活躍する様子も撮っていましたので、お送りします。
なお、冒頭の写真で29680が下って行くのを見送った後に登ってきたのが「わが国鉄時代」に投稿したD51貨物でした。この日の東舞鶴側は気持ちの良い雪晴れで、499号機の特徴である後藤デフもしっかりものにすることができました。
▲東舞鶴を発車、上り貨物を牽いてこれから峠にアタックしようと力行する29680。'71.2.11 P:幾代 裕
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名取編集長が行かれた西舞鶴側は午前中に俯瞰気味に狙いましたが、C58の客レ、D51の客レ、C58の後補機付き貨物と次から次へといろんな機関車いろんな列車がやって来て、今から考えると本当に夢のような時代でした。ただ、この時には既にDE10の訓練運転が始まっており、最後の雪景色を楽しんだということになるでしょうか。

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▲「ニグロハッサン」の愛称で親しまれた29683や若番9684と並ぶ大宮時代の29680。大宮工場施工機の特徴でもあった角付きの煙室ハンドルや、LP42形前照灯横に掲げられた尾灯のような補助灯は各機共通している。板番号5(左右660㎜)を用いたナンバープレートは字間が開いておりこちらも特徴的(RMライブラリー『国鉄蒸機の装備とその表情』参照)。'66.11.23 大宮機関区 P:笹本健次
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▲高島→田端→大宮と戦前から一貫して東京地区で働いてきた29680だったが、川越線無煙化にともない1969(昭和44)年10月6日付けで西舞鶴に転じ、1971(昭和46)年11月24日付けで廃車されるまで最後の2年ほどを丹後の地で過ごした。大宮工場受け持ちの9600の特徴でもある嵩上げされたスチームドームがよくわかる。'68.8.9 大宮機関区 P:笹本健次
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幾代さんありがとうございました。今日は大宮区時代の29680の姿を弊社社長の撮影した写真でご覧いただきましょう。なお、昭和30年代初頭から福知山区に所属していたD51 499は翌1972(昭和47)年春に亀山機関区に転じています。私は亀山でこの499号機と出会っていますが、この頃は広域転配された機番と再会した喜びもとりわけ強かったような気がします。

丹羽さんの新作コッペル。

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▲スカートが印象的な15HPコッペルの完成サンプル。ボイラーの細さといい、これまで製品化されたなかで最小サイズのコッペル。P:丹羽雄二

社会システム工学・安全システムの専門家として活躍される傍ら、ナローゲージモデラーとしても内外に知られる丹羽雄二さんから、ひさしぶりに新作のキットが届きました。丹羽さんは数年前から“SEA Lion工房”の名で極少量生産の精緻なエッチング・キットを頒布してこられ、この1月にも森製作所製小型DLをご紹介しましたが、今回はこれまたマニアックなコッペルの登場です。

miekoppel13n.jpgプロトタイプとなったのは、三重軌道(のちの三重交通)が開業に際して導入したBタンク機(1911年製製番4896?4898)。出力15HPとわが国に輸入されたコッペルとしては10HPタイプ(三潴軌道無番など)に次ぐ小ささで、なおかつトラム仕様としてスカートが付けられていたのも異色でした。ボイラー直径も500φと異様に細く、製品化されたコッペルの中では群を抜く小ささです。
▲相変わらずシャープなエッチング板に、今回はレジン製ボイラーなどが組み合わされている。P:丹羽雄二
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▲ボイラー回りは煙突を含めてレジン製。スカートが付いているだけあって、やっかいな足回りに苦労しなくて済むのも特長。P:丹羽雄二

キット構成で興味深いのは、ボイラー+スチームドーム、煙室+煙突がそれぞれコンプリートされた状態のレジン・キャストとなっている点です。一般流通を前提としない少量生産品だからこそ可能な割り切りとも言えるでしょう。エッチング板そのものも実に高精度で、最適のディテール再現のために今回は表裏のエッチング深さを3:7に変化させたとのこと。

miekoppel14n.jpgさらに面白いのは動力装置です。なんとあのBトレインショーティーの動力台車を改造して流用する設計となっているのです。インストラクション・シートの改造手順によると、そう容易い改造作業ではなさそうですが、古くからスプリット・シャーシの自作方法を英国の模型誌などに発表されてきた丹羽さんらしい着想です。
▲CDケースに詰め合わされたキット内容。いかにもガレージキットといった風情だが、インストラクション・シートの懇切丁寧さは特筆される。P:丹羽雄二
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▲救助網も誂えられた完成サンプル。パワーユニットは何とBトレインショーティーの動台車を流用。なお、一部は先日の「第3回・軽便鉄道模型祭」会場で市販もされたそうだ。P:丹羽雄二

こういったいわば“ガレージキット”は、イギリスやフランスではあいかわらず隆盛で、生業を持ちながら休日にごく少量のキットを生産するバックヤード・ビルダーが多数存在します。もちろんその出来たるや玉石混交で、“own risk”で向き合うことが前提ではありますが、その存在がある意味、趣味の深みとなっていることも確かです。

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▲鉄道記念物であるとともに重要文化財にも指定されている1号機関車の左サイドタンクに取り付けられている島原鉄道植木元太郎社長自筆の「惜別感無量」のプレート。昭和5(1930)年6月の文字も見える。'07.10.1
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C57 135をはじめ交通博物館から鉄道博物館へと移管された車輌の中には、展示方法が変わったことによって、従来目にすることの出来なかった部分が見られるようになったものが少なくありません。ピット内からインサイドシリンダーやバルブギアを見られるようになった1292「善光」や、回転する動輪を同じくピット内から見られるようになったマレー9856などがその代表格でしょう。

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▲1号機関車はエントランスホールからヒストリーゾーンに入ってすぐの所に展示されており、新橋~横浜間開業間もない頃の情景がフィギュアや音声を交えて再現されている。'07.10.1
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そんな中で個人的にちょっと嬉しかったのは、「1号機関車」の公式側側面が間近で見られるようになったことです。1号機関車の左側サイドタンクには島原鉄道の植木元太郎社長による「惜別感無量」のプレートが付けられていると聞いていましたが、ご存知のように交通博物館時代は機関車ホールの壁面に寄り添うような形で展示されていたため、公式側側面を見ることは出来ませんでした。

sekibetu13.jpg植木元太郎社長直筆によるこの「惜別感無量」のプレートには、1号機関車保存にまつわる遥か80年近く前の逸話があります。
1号機関車は鉄道開業に際して英国から輸入された5形式10輌のうちの1輌で、1871(明治4)年バルカン・ファンドリー社製の製番614。のちに神戸・大阪地区へ転じ、1909(明治42)年の規程改定で150形となったわずか2年後の1911(明治44)年に、160形4輌とともに開業用機関車として島原鉄道に譲渡されました。
▲交通博物館時代見慣れた非公式側側面。鉄道博物館では再現されたホームから公式側側面もつぶさに見ることができる。'07.10.1
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▲新製時にスチームドームが位置していたキャブ直前には単室の汽笛が備わる(左)。サイドタンク上には国鉄式吊り環が見える。右はまさにミュージアム・コンディションのキャブ内。'07.10.1

大正年間を通じて島原鉄道の主力機関車として活躍してきたようですが、昭和初期にわが国最初の営業用機関車を後世に残そうとする気運が盛り上がり、折りしも鉄道開業50周年(1921=大正10年)を記念して東京駅付近で開館した鉄道博物館(初代)に収蔵すべく鉄道省が島原鉄道と交渉を開始。結局、島原鉄道に代替機関車として600形656号(ナスミス・ウィルソン1897年製)を渡すことで交渉が成立し、1930(昭和5)年に鉄道省へと返還される運びとなりました。

sekibetu16n.jpg開業時から島原鉄道を支えてくれたこの機関車には植木社長自らとりわけ強い思い入れがあったようで、その壮行に際して自ら筆を取ったのが「惜別感無量」の銘板です。7月3日に諫早駅で記念式典が挙行され、同12日に甲種輸送で品川に到着した1号機関車には墨痕鮮やかに「送国宝第一号機関車」の幟まで立てられていました。
▲いわゆるバッファー・リンク式の連結器。バッファーの当て面は英国機だけにグーとグーのペア(アーカイブ「バッファーの話」参照)。'07.10.1
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昭和初期にこの1号機関車の保存にかけた人々、そして「惜別感無量」で送り出した社長…。77年後の「鉄道博物館」での晴れ姿を、きっと天国から満足げに見守っているに違いありません。

北海道開拓の村の馬車鉄道。

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▲明治11年建築の旧開拓使工業局庁舎(右端)前を“力行”するアラシ。タイムスリップしたような情景の中、パカ、パカッと独特の“走行音”が響く。'07.9.18
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野幌森林公園に隣接する「北海道開拓の村」を訪ねるのは今回で3回目です。前回は4年前の11月、凍えあがるほど寒い日で、新札幌野駅を出る時に降り始めた氷雨が途中から吹雪に変わったのを鮮明に覚えています。

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▲赤レンガ交番として1971(昭和46)年まで市民に親しまれたという旧札幌警察署南一条巡査派出所前を通過。なかなかどうして結構なスピードだ、'07.9.18
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北海道開拓の村は明治・大正期の道内の歴史的建造物を移築・保存している野外博物館で、内地では想像できない54ヘクタールという広大な敷地に、市街地群、農村群、山村群、漁村群と4カテゴリーに分けられたさまざまな建物が点在しています。しかもそのほとんどは内部の見学も可能で、2階がガラス張りの写場となった大正時代の写真館など実に興味深く見ることができます。

kaitakunomura12n.jpgところで一見、鉄道とは関係のなさそうな開拓の村ですが、村内の移動・遊覧用に2フィート6インチ軌間の「馬車鉄道」が敷設されており、この“馬鉄”に出会えるのが毎回大きな楽しみになっています。かつてこのブログで岩手県・小岩井農場の馬車鉄道(3フィート軌間)をご紹介したことがありますが、現在わが国で運転されている馬鉄、いや畜力による鉄道はこの2ヶ所のみ。かつての実用軌道を観光用に転換した小岩井と違って、こちらはまったく新たに敷設されたものではありますが、客車はより本格的なものが使用されています。
▲客車内から“牽引機”アラシの力走ぶりを見る。'07.9.18
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▲終点ソーケシュオマベツ駅逓所前で折り返しを待つアラシ。発車寸前まで連結棒は接続されない。'07.9.18
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kaitakunomura13n.jpg18人乗りのこの客車は1981(昭和56)年11月の日本車輌製。全長4130㎜×全幅1712㎜、自重2t、デッキ部に手ブレーキハンドルを備えるだけのきわめてシンプルな構造です。たださすがに座席はモケット張りの座り心地の良い現代風のものが奢られています。車端部には“牽引機”たる馬との連結装置が設けられていますが、これまたただのフックと言った方が早いような原始的なものです。
▲車端部に取り付けられた日本車輌のエッチング銘板。'07.9.18
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kaitakunomura14n.jpgこの日の“牽引機”は白馬の「アラシ」。入口広場前の旧浦河支庁舎を出た列車は、歴史的建造物が立ち並ぶ市街地群のメインストリートをパカパカと軽快に進みます。運転士(御者)が制御しなくとも自分の目で前方確認をして走ってくれるわけですから、ある面これほど安全安心なことはありません。路線は多客時の2列車運転を考慮してこのメインストリート部は複線となっており、いかにも北海道らしい並木とあいまって、かつての札幌市街軌道あたりに思いを馳せさせてくれます。

▲木製の車内はかなり狭いがそれでも定員は18名。左上に日車の銘板が見える。'07.9.18
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▲とても馬車鉄道のものとは思えないソーケシュオマベツ駅逓所前のレンガ造りの2線庫。仕事の合間に“機関区”でしばし休息するアラシ。'07.9.18

この開拓の村の馬車鉄道、運転は毎年4~11月にかけてで(詳細はこちら)、冬場は馬鉄にかわって“馬そり”が運転されるそうです。アラシ君も雪の便りとともに今度は馬そりの先頭に立つのでしょう。

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▲開拓の村案内図。馬車鉄道は市街地群のメインストリートを直進、右折して農村群へと向かう。(案内パンフレットより)
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▲鉄道博物館エントランス(左後方)側からニューシャトル大成駅を見る。街路も含め急ピッチで整備が進められている。'07.10.5

今日はまたしても取材で開館間近の大宮の鉄道博物館へ。大宮と言ってもJR大宮駅からは気軽に歩ける距離ではなく、ニューシャトル(埼玉新都市交通伊奈線)に乗ってひと駅目の大成(おおなり)で下車するのが常です。

oonari17n.jpg鉄道博物館構想が具体化するまでは、大成という駅名そのものに馴染みもなく、もちろん下車したこともありませんでした。しかし一昨年11月の起工式以来たびたび利用するようになり、その変貌ぶりも気になりだしました。もともとは高架下に狭い通路と小さな改札があるだけの“乗降場”といった感じの小駅(一日の利用者約5000人)で、駅を降りても、商店はおろか自動販売機さえ探さねばならないほどでした。現在、鉄道博物館開館に合わせた改築工事が急ピッチで進められており、10月14日の開館にあわせて駅名も「鉄道博物館(大成)」に改称される予定となっています。
▲ホーム上の駅名標。従来の「大成」はテープで仮止めされ14日の改名を待っている。'07.10.1
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▲高架下の改札口だけだった小さな駅は見違えるほど大規模に生まれ変わっている。写真は正面入口。'07.10.5

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▲暗く狭かった通路は、コンコースと呼ぶのが相応しいほどゆったりとしたスペースに大変貌。まだまだ工事たけなわだが、14日の開館日には見違えるほど綺麗になって来館者を迎えてくれるはず。'07.10.5

明日10月6日(土曜日)には大規模なダイヤ改正も行われ、鉄道博物館へのアクセスを確保するため土休日は最大5分間隔での運転となるそうです。

oonari15n.jpgところでこのニューシャトルは、東北・上越新幹線の高架張り出し部に建設された側方案内軌条式新交通システムで、1983(昭和58)年12月22日に大宮?羽貫間11.6kmで開業しました。1990(平成2)年には内宿まで延長されて総延長12.7km、13駅間で運転されています。新幹線車中から並走する姿をご覧になった方は多いかと思いますが、実際に乗車され、ましてや撮影された方は決して多くはないのではないかと思います。今日ご一緒した方も、埼玉県内にお住まいにも関わらず乗車されるのは初めてとのことでした。
私はそんなニューシャトルを、なぜか開業直後に撮りにいったことがあります。ここにお目にかけるのがその時の写真の一部で、開業から2週間後、わざわざ丸山車庫まで行ってゴムタイヤ式の車輌を撮影しています。つい昨日のことのようですが、もう23年も前のことになります。
▲開業を祝うヘッドマークを掲げた1601。現在とはまったく異なる車体塗色にも注目。'84.1.7

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▲開業直後の丸山車庫は造成地に忽然と現れた感じの車輌基地だった。開業祝賀マークを付けた4輌編成2本が待機している。背後は当時大宮まで暫定開業していた東北・上越新幹線。両新幹線はちょうどこの丸山付近で分岐する。'84.1.7 丸山車庫 P:名取紀之
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これまではファンの間でもほとんど知られていなかったこのニューシャトルですが、鉄道博物館開館以後はそのアクセスとして多くのファンがお世話になるはずです。

36年前の西舞鶴にて。

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▲西舞鶴を発車、伊佐津川への築堤を登るC58牽引の舞鶴線(小浜線)921列車。京都を早朝に発って山陰・舞鶴・小浜線経由で敦賀を目指す。'71.3 西舞鶴?東舞鶴

以前にも記したことがありますが、モノクロネガやカラーポジに比してどうもぞんざいな扱いになりがちなのがカラーネガ・フィルムです。仕事がら印刷適性が劣るという固定観念があり、それが邪険な扱いにつながっているのかも知れません。もちろん、最近の画像処理技術ではカラーネガが劣るなどということはほとんどなく、むしろ適材適所であえてカラーネガを使うことさえあります。のっけから余談ながら、今月号で広田尚敬さんに特写していただいた鉄道博物館の折込も、暗い館内でのシャドー部の再現性を考慮してあえてカラーネガによる撮影です。

obama3nn.jpgプライオリティーが低く設定されがちだった昔のカラーネガだけに、整理も行き届いておらず、ものによっては正規のネガケースではなく、とんでもない引き出しの奥からひょっこり出てくるものさえあります。今日お目にかける西舞鶴の光景もそのパターンで、最近“発見”されたフジカラー・フィルムです。撮影はたしかサブ・カメラとして持っていったミノルタA2。模型製作時の塗色の参考と記念写真用にとカラーネガを装填していただけに、ベストショットはすべてモノクロ・ブローニーで、こちらは何とも気の抜けたカットばかりです。
▲第6伊佐津川橋梁を渡り西舞鶴に下り込むC58重連の上り貨物列車。この伊佐津川橋梁先の23.5キロポスト付近をサミットに両側から25パーミルの勾配が続いていた。'71.3 東舞鶴?西舞鶴
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▲西舞鶴区にはC58や9600に混じって5輌のC12の配置があり、主に舞鶴港線の運用に就いていた。舞鶴港から帰投するC12。'71.3 東舞鶴?西舞鶴

それでも改めてスキャナーにかけてみると、モノクロにはない色の記憶が鮮明に甦ってきて、しばし時の経つのを忘れてモニターに見入ってしまいました。

obama4nn.jpg撮影した1971(昭和46)年春といえば、小浜線無煙化の半年前で、まだ西舞鶴機関区には小浜線用のC58、宮津線用の9600、それに舞鶴港線や入換用のC12が在籍していました。確か宮津線への乗り換え途中に半日ほど撮影しただけだったように記憶していますが、許可をとって入れてもらった機関区で2年前まで大宮区にいた29680を見つけて感激したことだけは今もって鮮明に覚えています。
▲西舞鶴構内で入換中のC12。宮津線とのジャンクションである西舞鶴駅構内は、今日では想像もつかないほどの活気に満ちていた。'71.3
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風光明媚な宮津線に比べてあまり話題になることもなかった舞鶴線と小浜線。機関車がC58だったのも軽視される要因だったのかも知れませんが、ミノルタのシャッターを押しているこの時は、まさか32年後に電化されようとは思ってもみませんでした。

土佐電気鉄道7形に出会う。

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▲高知駅前から桟橋に向かってゆっくりと走る7形。昼間は定期列車に充当されるため、事情を知らない人は突如やってきた“非冷房”の古めかしい電車にびっくり。'07.7.21 桟橋通一丁目
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7月に四国を訪れた際、ほんとうに駆け足ではありましたが“とでん”こと土佐電気鉄道をのぞいてきました。首都圏からだと陸路で行くにはかなり遠いためか、話題になる機会も少ないようですが、なかなかどうして車輌面でもロケーション面でも侮れない魅力を秘めた鉄道です。

tosaden7gou4n.jpgそんな土佐電気鉄道ですでに20年以上もマスコット的存在として親しまれているのが「維新号」と呼ばれる7形復元単車です。土佐電気鉄道は1904(明治37)年の開業。わが国初の営業電気鉄道=京都電気鉄道に遅れることわずか7年、現在でも営業を続けている路面電車としては最古の存在です。7形はその土佐電が開業80周年を記念して1984(昭和59)年に復元したもので、開業時の“7号”の図面をもとに驚くほど忠実にその姿を再現しています。とりわけ足回りは初代7形のブリル21Eを踏襲しており、新製されたいわゆる“レトロ電車”の類とはその存在価値が格段に異なり、いわば走る文化財とも称せましょう。
▲終点の桟橋通五丁目に到着しようとする7形。防波堤こそ高くなってしまったものの、昔も今も潮風が心地よい電停。'07.7.21 桟橋通五丁目
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tosaden7gou3n.jpg初代7形は20年以上にわたって増備が続き、メーカーも梅鉢、日車、三菱など複数にわたっています。ブリル製の単台車にモニタールーフの木造車体、ベスチビュール式の開放デッキ、ポール集電といういかにも明治・大正期の路面電車の典型的スタイルをしています。復元車の車体は日本車輌で製作され、木製の車内まで実に丹念に再現されています。さらに巨大な救助網まで装備されているのも嬉しい限りです。
▲車庫前を快走する。単車ならではのピッチングがなんとも楽しい。「フットゴング」も再現されており、警笛ならぬゴング音も耳にすることができる。'07.7.21 桟橋車庫前
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▲救助網もしっかり再現されてまさに威風堂々の姿。ブリル製の台車はもともとは7形22号が履いていたものとされる。'07.7.21 桟橋通五丁目
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この7形「維新号」、オープンデッキとあってさすがに冬場は運転されないようですが、それ以外の時期は外国電車の運用で桟橋線(高知駅前~桟橋通五丁目)で営業運転され、一般車に混じってあのはりまや橋を行く姿も目にすることができます。

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▲二階回廊から見下ろすヒストリーゾーンの全貌。初めて見る者にとってはまさに言葉を失うほどの圧巻!
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昨日、全フロアがプレス公開された鉄道博物館ですが、一般の報道関係者にも注目の的だったのが、このブログでもたびたびご紹介している「D51シミュレータ」です。まるで実物さながらの動揺装置で上下左右に揺れるキャブ内は、その臨場感を取材しようとするプレスカメラマンで終始大賑わいでした。

tetuhaku10.2n4.jpgあまりに実物に近いだけに、その運転操作の難しさも並大抵ではなく、果たしてどのように一般公開されるものか注目されていましたが、結局、いくつかの難易度に分け、15分をひと枠としての公開となります。一日の定員は最大32名。館内に設置された専用予約機で入館料とは別途に500円を支払って事前予約(入館の際に使用したSuicaもしくは入館ICカードに予約情報を登録して予約完了)することが必要です。もちろんインストラクターがつきますので初心者でも安心(?)ですが、それなりの“運転”ができるようになるまでにはかなりの“乗務”が必要でしょう。
▲C57 135の転車台は回転するデモンストレーション時を除いてウォークスルーとなっている。'07.10.1
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▲シミュレータホールに据え付けられたD51シミュレータ。線路状況にリンクした動揺装置が臨場感を高める。

さて、そんな注目のD51シミュレータを今日は動画でご覧いただきましょう。お手本として運転されているのは荒木文宏館長代理。動揺装置による振動や、汽笛、ブラスト音、踏切通過・橋梁通過などの臨場感溢れる音は、いかんせん紙媒体ではお伝えできないものだけに、この動画で2週間後に迫った公開の“予習”をしていただければと思います。
※RM MODELSのスタッフブログでも昨日の報道公開の様子をご紹介しています。詳しくはこちら

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▲D51シミュレータ動画その1
上の画像をクリックすると動画(約5分)の再生が始まります。
※音声付きですので、クリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。

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▲D51シミュレータ動画その2
上の画像をクリックすると動画(約3分)の再生が始まります。
※音声付きですので、クリックする前に周囲の環境にご配慮ください。なお、Macでは再生できない場合があります。

■これまでに「編集長敬白」でご紹介した鉄道博物館建設の歩み 
※それぞれクリックするとリンクします。

いよいよ「鉄道博物館」が起工。(2005年11月16日)
「オハ31」大宮に到着!(2006年7月31日)
松本電鉄ハニフ1が鉄道博物館へ。(2006年10月14日)
一年後の「鉄道の日」には…。(2006年10月24日)
再び脚光を浴びるC51 5。(2006年11月29日)
いよいよ全貌を現した「鉄道博物館」。(2006年12月18日)
「鉄道博物館」本線とつながる。(2007年2月17日)
C57 135、いよいよ大宮へ!(2007年3月10)
オープンまであと半年…「鉄道博物館」は今。(2007年4月16日)
「鉄道博物館に続々と車輌が集結。(2007年5月28日)
大宮で博物館展示車輌がそろい踏み。(2007年6月1日)
必見!「鉄道博物館」完成間近。(2007年6月25日)
注目!「鉄道博物館」速報。(2007年7月10日)
「鉄道博物館」ヒストリーゾーンの全貌。(上)(2007年8月13日)
「鉄道博物館」ヒストリーゾーンの全貌。(下)(2007年8月14日)
驚異のD51運転シミュレータ。(2007年8月21日)
速報 「鉄道博物館」地元小学生に公開。動画付き(2007年8月27日)
迫真のD51シミュレータ。(2007年9月25日)
「鉄道博物館」プレス公開。(上)(2007年10月1日)

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▲メインエントランス正面に置かれた彫刻家・流 政之氏による彫刻「ぽっぽや」を前に行われた除幕セレモニー。大宮地区の各駅駅長も鏡開きに参加、多数の報道関係者が取り囲む。'07.10.1
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いよいよ「鉄道博物館」グランドオープンの10月が到来。今日は朝から一般プレス関係者を招いての報道公開が行われました。すでに小誌とこのブログでは幾度となく館内の様子をご紹介してきていますが、実はこれまでの公開は基本的にヒストリーゾーンのみで、全館が撮影可能な状態で公開されるのは今日が初めてです。

tetuhaku10.1n2.jpg公開にさきだち、2階壁面に埋め込まれた巨大なステンドグラス「過ぎゆくもの」と、1階メインエントランス正面に置かれる彫刻「ぽっぽや」の除幕式が行われました。前者は国際的な銅版画家として活躍する山本容子さんの作品。縦3m×横1mのステンドグラス10枚には、それぞれ著名な作家10人(浅田次郎、中沢新一、池澤夏樹、嵐山光三郎…ら)の書き下ろした鉄道にまつわるエッセーからインスパイアされた世界が、まばゆいばかりの彩りで綴られています。この10枚、それぞれが独立した作品でありながら全体が一枚の絵に見えるように構成されていて、その巨大さとともに圧巻です。なお、館内から外光を通して見るのみならず、夜間は並行する在来線の車中からも鑑賞できるように館内からライトアップされるとのこと。この夜の幽玄な情景もひと目見てみたいものです。
▲2階の在来線側壁面にはめ込まれた山本容子氏によるステンドグラス「過ぎゆくもの」。こぼれるような艶やかな色彩で10編の物語が綴られている。'07.10.1
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▲奥行き8m×幅25m、約200㎡の広大な模型鉄道ジオラマ。線路延長は実に1.4キロにもおよびATSも装備している。'07.10.1
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もうひとつのモニュメント・彫刻「ぽっぽや」は、ニューヨーク近代美術館にも永久保存として作品が保存されている彫刻家・流 政之さんによるコールテン鋼製の高さ4m×横幅2.8mの作品。鉄道に対する熱い思い、安全運行に対する頑固なまでのこだわり、乗客への思いやりなど、鉄道開業以来、すべての鉄道員(ぽっぽや)の底流にある「鉄道魂」を表現した作品だそうです。

tetuhaku10.1n4.jpg館内にはラーニングゾーンをはじめとして体験型の設備も数多く、その中でもプレス関係者にひときわ人気を博していたのが園内庭園を走る「ミニ運転列車」です。550㎜ゲージの軌道を走る“列車”は一見おもちゃのように見えますが、「線路上を運転士として走行することで、鉄道の保安装置や安全運行システムを学ぶことができる」のが主目的だけに、車輌にはATS?PやATC同等の保安装置が搭載されています。編集長もぜひお試しを…と促されて乗り込んだのはE231系。力行3ノッチ、制動3ノッチのワンハンドル“マスコン”を握りしめての体験です。まるで自動車教習所のようなコースには出発、閉塞、場内と信号機が林立し、これを確認しながら運転せねばなりません。ちょっといじわるをしてわざと停止現示の閉塞信号を冒進しようとしてみましたが、さすがに運転台の車上信号が点灯して即座に“非常”が掛かりました。最高時速は4.5km/hながら、子どもさんはもちろんのことながら、大人でもハマってしまいかねない面白さです。
▲「万世橋」駅を出るミニ運転列車の253系(?)。子どもはもとより大人も夢中になりそうな楽しさ。'07.10.1
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▲ヒストリーゾーン中央の転車台に載せられたC57 135は回転する様子を初披露。エアーコンプレッサーによって5室の汽笛も吹鳴され、広い館内に響き渡っていた。'07.10.1
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▲オープン時の案内図も完成。各フロアを心ゆくまで見るには丸一日は必要。'07.10.1
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さて、そんな体験型施設のなかでも究極と言えるのが、このブログでも何回もご紹介している「D51シミュレータ」でしょう。その臨場感溢れる“運転状況”をビデオに収めてまいりましたので、明日はその動画をお見せいたしましょう。いや、一度体験してみたくなること請け合いです。

レイル・マガジン

2007年10月   

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