鉄道ホビダス

雄別鉄道記念館のC11。

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北海道の運炭私鉄の多くは炭礦の閉山とともに1970(昭和45)年初頭までにはその姿を消してしまいましたが、道東最大規模の炭礦鉄道であった雄別鉄道もそのひとつで、1970(昭和45)年4月16日付けでその半世紀近い歴史の幕を閉じました。私にとってこの雄別鉄道もわずかに間に合わなかった痛恨の鉄道のひとつで、歴代の在籍機のバラエティーも大きな魅力に思えます。
▲ボランティアの皆さんの手によって塗装の修復が行なわれているC11 65。立派な上屋が設けられているものの冬期の厳しさは察するに余りある。'07.1.21
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▲雄別にはのべ5輌のC11が在籍したが、この65号機は1961(昭和36)年に国鉄から転入したもの。キャブ横には雄別鉄道の社紋が描かれている。背後の記念館正面に掲げられている「阿寒駅」の駅名額は実際に使われていたもの。'07.1.21
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廃止時まで残った機関車のうち、有名な8722は現在でも釧路製作所構内に素晴らしい状態で保存され、広く知られていますが、もう1輌、C11 65が阿寒町の雄別鉄道記念館に保存されています。

yuubetuc11n3.jpgこの1月、「北海道の鉄道と連絡船を保存するシンポジウム」の帰路、奥山道紀さんに空港まで送っていただく際に、この記念館をご案内いただきました。「あかんランド丹頂の里」と名づけられたこの一帯は、阿寒国際ツルセンターや丹頂観察センター、さらには道の駅「阿寒丹頂の里」などが建ち並ぶ観光ポイントです。真冬にも関わらず丹頂鶴のシーズンとあって結構な賑わいでしたが、記念館のあるキャンプ場はオフシーズンとあって人気はなく、記念館そのものも冬季休館中(今年は6~9月の日曜日、および8/1~19のみ開館)で、館内に保存展示されているという雄別鉄道関連の資料は見ることができませんでした。
▲C11の後ろには国鉄のオハ62 95とヨ8057も保存されている。'07.1.21
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お目当てのC11 65は記念館の裏手に客車と緩急車を伴って保存されていました。奥山さんによれば少し前にボランティアの皆さんの手で修復と再塗装が開始されたそうで、フロントデッキ回りなどは実に綺麗に甦っていました。ただ後ろに続くオハ62は塗装も剥げ落ちてかなり荒廃が進んでおり、地元の産業遺産を顕彰するための保存だけに、行政の手によってメンテナンスがなされてほしいと願わずにはいられませんでした。
この記念館には鉄道のみならず炭礦関連の様々な資料展示もあるそうで、ぜひ一度、今度は開館シーズンに再訪してみたいと思っています。

2007年7月   

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