鉄道ホビダス

2007年7月19日アーカイブ

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▲大きく蛇行する大井川に寄り添うようにDD100の牽く井川線上り列車が千頭を目指す。この付近は現在では長島ダムの湖底に沈んでしまっており、付け替えられた新軌道はアプトで一気に高度を稼いでいる。'80.11.3 川根唐沢?川根市代 P:名取紀之

今月のRMライブラリーは、もと大井川鐵道副社長でアプト化に際しての計画責任者でもあった白井 昭さんによる『大井川鐵道井川線』です。現在でこそ寸又峡や接岨峡温泉への足として多くの観光客で賑わう井川線ですが、その70年以上におよぶ歴史は実に波乱万丈なものでした。
※今月に限り、発売が25日頃となります。

RML96001n.jpg大井川鐵道の建設は金谷より進められ、1929(昭和4)年には塩郷に達しましたが、建設の進行にあわせて千頭より奥地の森林、電源の開発を目的にした軌道の建設も進められました。大井川流域の電源開発は大正末期より計画されていたものですが、第二富士電力は1928(昭和3)年頃より大井川の支流である寸又川水系に千頭ダム、続いて大間ダムなど数々の大規模電源開発を具体化し、その前段としてダム工事資材の輸送と、ダム完成後の木材搬出のために千頭?寸又?千頭ダム間約24kmに2フィート6インチ(762㎜)軌間の軌道建設を進めることとし、1930(昭和5)年に着工しました。

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▲井川線の歴史は第二富士電力による寸又川上流の電源開発にまで遡る。輸入ガソリン機関車を投入しての軌道開発秘話はまさに序章にふさわしいフロンティアスピリットあふれるもの。

いっぽう大井川電力は市代に奥泉ダムを建設するために千頭?沢間?奥泉ダム堰堤間にやはり2フィート6インチ(762㎜)軌間のガソリン軌道を建設し、結果として1935(昭和10)年には千頭を起点とした大井川上流域への専用軌道網が完成したのです。これが今日の大井川鐵道井川線のはじまりです。

ikawa2ad.jpg大井川鐵道井川線については弊社刊『私鉄の車両シリーズ⑭ 大井川鉄道』をはじめ、これまでに多くの記録が発表されていますが、本書は車輌面よりむしろ歴史に重点が置かれているのが特徴です。そのなかでは、いわば兄弟関係であった千頭森林鉄道に関してもたっぷりとページを割き、全線の乗車記も収録しております。もちろん車輌に関しても決してないがしろにしているものではなく、全形式の写真・竣功図、さらには「DB1の物語」と題して井川線に今もって残る最後の機械式ディーゼル機関車DB1形にもスポットを当てております。
▲千頭?川根両国間の3線区間は千頭森林鉄道廃止後もしばらく残されていた。3線区間をゆく井川線下り列車。'80.11.3 P:名取紀之
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▲井川線とは切っても切れない関係だった千頭森林鉄道に関してもたっぷりとご紹介。未公開の写真も多く、林鉄ファンにとっても必見。

廃止論議からアプト式の採用、そして産業鉄道から観光鉄道への大転換と、まさに最当事者であった筆者ならではの知見を加えて書き記された本書は、今後、井川線を語る上で欠くことのできない一冊となるはずです。

●明日より週末にかけて出張となるため、お楽しみいただいている本ブログ「編集長敬白」は、23日までお休みさせていただきます。あしからずご了承ください。

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