鉄道ホビダス

2007年7月13日アーカイブ

「秩父路」のアルミカー。

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▲アルミの無塗装車体に秩父カラーであった茶色の帯を巻いたサハ352。台車も空気バネが奢られ、まさに秩父鉄道自社発注車のフラッグシップ的存在であった。'81.12.19 三峰口

今でこそ国鉄101系を改造した1000系をはじめ、都営地下鉄、西武鉄道と他社からの転籍車輌が主流を占めている秩父鉄道ですが、かつては自社発注のオリジナリティあふれる車輌が大きな魅力でもありました。その中でも白眉と言えるのが急行「秩父路」に用いられていた300系電車です。

ctk3n.jpgデハ100形を中心とした戦災復旧鋼体化改造車が主流をしめていた秩父鉄道に初めて登場した全金属製カルダン車がデハ300形でした。1959(昭和34)年日本車輌製のこの車は、当時流行りの「湘南顔」の前面に、中央寄りにオフセットした2扉セミクロスシートの車体を持つ20m車で、高度経済成長を背景にしたレジャーブームの一翼を担うべく誕生した意欲作です。デハ301+デハ302と303+304の2編成が誕生しましたが、1966(昭和41)年に中間車サハ351・352が新製されて3輌編成を組むこととなりました。しかも2輌のうちの1輌、サハ352にはアルミ車体が試用されたのですから驚きです。
▲1980年代に入ると小田急から来た800系(もと小田急1800形)が普通列車の主力となっていったが、急行運用はもちろん300系の独壇場であった。'81.12.19 武州中川

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▲「秩父路」のヘッドマークを掲げた300系3連。中間にはサハ352が挟まれている。同時代の長野電鉄2000系などとともに、レジャーブームを背景にした地方私鉄の意気込みが感じられる車輌だ。'81.12.19 三峰口

サハ352はアルミ車体を試用したのみならず台車も空気バネ式NA319Tを履き、どちらかというと地味な印象の強かった秩父鉄道に新風を吹き込みました。
実はこのサハ352、1960年代後半から何度か遭遇してはいるのですが、改めて写真を探してみると今回ご紹介するカットのみという体たらくで、いまさらながら何でもっときちっと撮っておかなかったのかと悔やまれてなりません。このサハ352、1992(平成4)年10月に3000系の投入によって廃車となり、その後しばらくは姿をとどめていたものの、結局は解体されてしまったと伝え聞きます。

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