鉄道ホビダス

2007年5月18日アーカイブ

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▲貯蔵サイロ下で待機する住友セメント広田サービスステーション302号機。全国に多数あった包装所の中ではそれほど大きな規模ではなかったが、今春まで鉄道輸送を続けてきたことで貨物列車ファンにとってはありがたい存在だった。なお、この当時の運転管理は地元の磐梯運送が行っていた。'81.8.7

先般の3月ダイヤ改正で、かろうじて1往復残っていた磐越西線の貨物列車(5291・5292レ)が廃止され、ついにあの“磐西”からも貨物列車の姿が消えてしまいました。この貨物列車は塩川と広田にある大阪住友セメントのサービスステーション(SS)に北陸本線の青海からセメントを輸送するために設定されていたものです。やはりこの改正で高山線坂祝発着のセメント列車も廃止されてしまい、モーダルシフトの趨勢とは裏腹に、ことセメント輸送に関しては、鉄道貨物輸送は冬の時代に逆戻りしてしまったかのようです。

hirotass302n3.jpgところでこの磐越西線貨物列車の目的地である広田のセメントプラントには少々思い出があります。昭和40年代に会津線に通っていた頃、磐越西線の車窓から広田駅構内でちょこまか動き回っている日通色の加藤10t機を幾度か目撃しており、ここにセメント会社の専用線があることは気がついていました。ただこの当時は加藤製作所製の10t規格型機などとりたてて珍しい存在ではなく、途中下車してまで訪ねてみようとは思いもしませんでした。
▲昭和40年代、磐越西線の車内から垣間見た広田包装所(1975=昭和50年よりサービスステーションに名称変更)の加藤10t(1956年製)。この頃はまだ302号の姿はなかった。'74.8.12

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▲同系のカタログモデル機は15t、18t、20tとラインナップされていたが、ファミリーの中ではこの15t機「150-15-B」が一番整ったプロポーションをしているように思う。2軸の連動はチェーンではなく、さながらインサイドギアのような歯車式。'81.8.7
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hirotass302n2.jpgそれがあえて訪ねてみようと考えを改めたのは、加藤10t機の後釜として川崎車輌製の15t機が赴任したからでした。川崎製のB型シャンターは比較的輌数が少なく、なかでも昭和30年代生まれのものは“レア”な存在でした。住友セメント広田包装所に郡山包装所から1959(昭和34)年製の本機が移籍したのを知り、ぜひともつぶさに観察したいものと広田駅に降り立ったのは、今から26年前の夏の日のことでした。
▲広田サービスステーション専用線は国鉄駅(画面右)構内に寄り添うようにのびていた。「専用線一覧表」によれば延長は0.3キロ、作業距離は0.2キロ。'81.8.7
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手元の『住友セメント八十年史』(1987年発行)によれば、広田SSは貯蔵能力3000トンと500トンのサイロそれぞれ1基を備える中堅規模の包装所です。専用線は駅構内に隣接する短いもので、入換機は国鉄機が授受線に置いていったセメント用タンク車をそのサイロ下へと押し込むのが主な任務です。

hirotass302n4.jpgこの15t機、メーカー形式「150-15-B」(150馬力の15tB型)と呼ばれるカタログモデルで、同系機としては最初のロット(1959=昭和34年7月製/製造番号38・39)の2輌です。磐城セメント(1963=昭和38年より住友セメントに社名変更)に納入された両機は、埠頭工場を初任地に1962(昭和37)年に磐越東線大越にある田村工場(同工場は翌1963年稼働開始)に転じ、その後302号機のみが郡山包装所→広田包装所と福島県内を転々としました。同形機は川崎セメントなどにも納入されており、なおかつこの15t機に連なる18t機(150-18-B)や20t機(140-20-B)も以後続々と誕生することになります。
▲川崎車輌カタログに見る「150-15-B」。写真は僚機301で、納入先は前身の磐城セメントとなっている。(川崎車輌カタログ1959年版)
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▲川崎車輌「150-15-B」組立図。本図は翌1960(昭和35)年2月に川崎セメント向けに生産された同形機(製番54・55)のもので、トルコンが新潟製CB100(MS390)に変わっている。ホイールベースの1803.4ミリは71インチのメトリック換算値。(川崎車輌原図)
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今回の磐越西線貨物列車廃止の報を聞くまで、あの住友セメント広田包装所を訪ねた夏の日のことなどすっかり忘れてしまっていました。あれから四半世紀以上、聞くところでは、この広田SSには1993(平成5)年に岩手通運から日立製の20t機が移籍してきて、先日の貨物輸送廃止まで働いていたそうです。ただ、残念ながらその後あの川崎製302号機がどうなってしまったのかは知れません。

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