鉄道ホビダス

肥薩線視察記。(中)

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今回の肥薩線開通100周年記念事業の大きな柱のひとつは、肥薩線にまつわる産業遺産・近代化遺産の掘り起こしと、それを利活用した観光資源化です。それだけに意見交換会を前にした現地視察では、JR九州熊本支社の協力のもと、矢岳第一隧道や人吉の機関庫など、通常は立ち入ることのできない施設や遺構を見学することができました。
▲2096mと肥薩線最長の矢岳第一隧道ポータルには人吉方・吉松方それぞれに立派な扁額が掲げられている。これは人吉方のもので、着工当時の逓信大臣・山県伊三郎の揮毫による「天険若夷」(てんけんじゃくい)の文字が刻まれている。険しい肥薩の山地も平地(夷)のように越えられるようになったという意味。'07.3.7

DH000194nn.jpgまずは矢岳第一隧道。人吉?吉松間のサミットに聳える第一隧道は延長2096m。肥薩線最長トンネルであることはもとより、隧道内が25‰の片勾配となっている点も特筆されます。隧道内にサミットを設定するのが定法ながら、高低差の激しいこの区間では矢岳方からひたすら掘り下ってゆくしか方法がなく、地下水の出水に悩まされるたいへんな難工事だったと伝えられています。
▲今まさに矢岳第一隧道に進入しようという1255D「いさぶろう3号」。人吉方の山県伊三郎の扁額に向かって走る下り列車が「いさぶろう号」、吉松方の後藤新平の扁額に向かって走る上り列車が「しんぺい号」を名乗る。'07.3.7

IMGP9950nn.jpgそんな難工事が完成したのは1909(明治42)年。この矢岳第一隧道の貫通をもって、青森から鹿児島までを貫く日本縦貫鉄道が実現するわけです。それだけにこのトンネルの意義は大きく、人吉方のポータルには着工当時の逓信大臣・山県伊三郎の揮毫による「天険若夷」(てんけんじゃくい)の扁額が、吉松方には開通当時の鉄道院総裁・後藤新平の揮毫による「引重致遠」(いんじゅうちえん=この隧道によって重い貨物も遠くへ運べるようになった…との意)の扁額が掲げられています。人吉?吉松間を結ぶ観光列車「いさぶろう・しんぺい号」の名称はこの扁額に由来し、人吉方の山県伊三郎の扁額を目指して走る下り列車が「いさぶろう号」、吉松方の後藤新平の扁額を目指して走る上り列車が「しんぺい号」と名づけられています。
▲JR九州熊本支社のご案内で矢岳第一隧道の人吉方ポータルを調査する青木栄一教授をはじめとする一行。石積みとレンガ積み(オランダ積み)を併用した造りとなっている。'07.3.7

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▲球磨川右岸から採取されるという加久藤溶結凝灰石を積み上げて作られた大畑駅の給水塔。球磨地域だけで百数十棟の石倉が残るという肥後石工の伝統は、この地域の鉄道施設にも活きており、人吉の機関庫も珍しい石積みである。'07.3.7

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▲これまた珍しい石作りのあさがお型噴水は蒸機時代からの大畑駅ホームのシンボル(左)。右は吉松駅構内の危険品庫で、こちらも石積み。財産標によれば「明治36年」とあり、建設工事着工時からの遺構と思われる。もちろん現役で使用されている。'07.3.7

今回の視察には鉄道史研究の泰斗で東京学芸大学の青木栄一名誉教授にもお声を掛けさせていただきましたが、この地方特有の石積みの遺構類には改めてたいへん興味を持たれたようでした。実際、同行した郷土史の専門家も気づかれなかった吉松駅の危険品庫など、100年以上を経た建造物も再確認され、実に意義深い視察となりました。

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ところで矢岳駅前の「人吉市SL展示館」には人吉機関区で活躍していたD51 170号機が、吉松駅前には1975(昭和50)年に鹿児島区で廃車となったC55 52号機が保存されています。
▲吉松駅前に保存されているC55 52号機。末期に57号機とともに若松区から流れてきたカマで、九州最後のC55の1輌であった。個人的にはアフリカ象の耳のようなデフ形状がどうも好きになれず、この52号機が現れると舌打ちをしていた記憶がある。ともあれ実に三十数年ぶりの再会。'07.3.7

DH000007n.jpgゆかりのD51 170は九州鉄道OB会人吉支部の皆さんの手によって手厚く護られており、すこぶる状態は良好です。さながら座布団のような敦賀式集煙装置、ボイラ上の650?とランボード上の600?重油タンク、他区には見られない砂撒き管カバー等々、まさに日本一の“重装備”ぶりを目の当たりにすることができます。今回の視察ではかつてこのD51に乗務され、現在は人吉市議会議員をお務めの立山勝徳さんから“補給制動”や“圧縮引き出し”といった「山線」機関士ならではの体験談を伺うこともできました。
▲矢岳駅前の展示館で大切に保存展示されているD51 170号機。かつてはこの横に現在修復中の58654も展示されていた。OBの皆さんの手によって整備されているだけあって状態はすこぶる良い。鹿児島工場施工のボックスタイプの煙室扉ハンドルにも注目。'07.3.7

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▲矢岳駅を発車してゆく「しんぺい号」。木製のベンチに改札ラッチと、今やイメージの中だけでしか出会えないと思われがちな「原風景」がここにある。'07.3.7

トンネルポータルや保存機といったものももちろん重要ではありますが、本誌連載「SL甲組の肖像」のように、その遺構に直接関わってこられた方のオーラルヒストリーも極めて大きな意味を持ちます。意見交換会ではそういったいわば「語り部」の皆さんにどうご協力いただき、今後のプロジェクトを進めてゆくべきかも議論されました。

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