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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2007年3月 3日

悲運の「人民」「前進」。

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相生市中央公園に保存されている中国蒸機「人民形」と「前進形」を訪ねたのはかれこれ7年近く前のことです。再塗装が施されて間もないようで、状態は決して悪くないように見えましたが、何とこの2輌、昨年解体されてしまい、現在では煙室扉とフロントビーム、それに動輪一軸のみを残した“モニュメント”と化してしまっているそうです。
▲人民形(RM)は旧満鉄パシロをコピーした勝利形(SL)をさらに改良した中国産パシフィックで、1957年から総計258輌が製造された。勝利以降、パシロ時代の美しいスポーク動輪はボックス化されてしまっている。1750mmの動輪は固定軸距3660mmとかなり接近しているが、これはパシロ譲り。'00.7.1 相生市中央公園

okayamaqj003n.jpgこの2輌は今から25年前、1982(昭和57)年7月25日から8月31日にかけて横浜(東横浜貨物駅跡)で開催された、日中国交正常化10周年・北京駅東京駅友好交流記念「中国鉄道展」で展示運転されるために輸入されたもので、翌春には天津市神戸市友好都市提携10周年記念として神戸(湊川貨物駅)で開催された同展でも公開されています。博覧会終了後、日本国内での保存先を探していましたが、中国発祥の“ペーロン”競争が盛大に開催されている縁で、相生市に譲渡され、海岸に近い中央公園に安住先が決まったものです。
▲スローガンのデコレーションも来日当時のまま残されていた。
'00.7.1 相生市中央公園

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▲全長29291mm(前進)と23252mm(人民)と巨大な2輌はゆったりとした公園敷地に安住の地を得たかに思えたが…。'00.7.1

ところが海岸に近いことが災いして再塗装などの保守に費用がかさむこと、さらには近年になってボイラーに使用されているアスベストが日本の基準値の6倍に達することなどから保存の再考が求められ、結果として“生首”どころか“能面”状態でのモニュメントとなってしまいました。国交正常化という大義名分のもと盛大なイベントが開催され、「大陸から夢のSLがやってくる!」とのキャッチコピーで海を渡ってきた2輌だけに、果たしてこれで良かったのか考えさせられるものがあります。

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▲「中国鉄道博」での人民形(Ran-Min=RM)1163の姿。短い距離ながら前進形の線路と並行して敷設された線路上をデモ走行していた。'82.8.29 東横浜

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▲前進形(Qian-Jin=QJ)6200はこのイベントのために“新製”された個体。後年、集通鉄道経棚峠などで人気となる前進形だが、この時点では多くのファンにとって初めて見る巨躯であった。'82.8.29 東横浜

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▲人民形・前進形とともにひっそりと展示されていたBタンク。中国の1号機関車というような解説が添えられていたが“?”。手元の北京鉄路局『机車博覧』(1881?1991)によれば「零号」と名付けられ「1882年英国製」とのこと。幸いこのBタンクのみ中国に返送されて、現在は北京鉄道博物館に保存展示されている。'82.8.29

ちなみに2輌のうち前進形(QJ)6200号機はこの博覧会のために新製されたものだと聞きます。1982年当時の中国はまだ「前進」「建設」「上游」といった基幹形式を新造中で、6200号機は大同工場で竣功後ただちに日本に送られたようです。つまりは中国大陸の本線を一度も走ることなく、横浜と神戸の短いデモ用線路を往復しただけで相生の地に果てたことになり、それもまた不憫でなりません。