鉄道ホビダス

2007年3月13日アーカイブ

肥薩線視察記。(下)

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さて、肥薩線にまつわる遺構として最大規模のものは、旧人吉機関区の石積み機関庫です。全通から2年後の1911(明治44)年に完成したというこの機関庫は、全長約51m×幅約16mの実に堂々とした3線矩形庫で、もちろん加久藤溶結凝灰石を丹念に積み上げたこの地方ならではの建築物です。
▲1911(明治44)年築造と伝えられる旧人吉機関区の石積み庫。間もなく100年を迎えようというのに、まったく劣化が見られないという。石積みでない画面後方は増築部、手前の屋根がめくれているのは台風による損傷。'07.3.8

DH000067nn.jpg現在では使用されていませんが、肥後石工の手による径間4mの3連アーチが両端に美しく残されており、まさに第一級の産業遺産ということができましょう。八代方には後年増築された庫が続いていますが、現在管理しているJR九州熊本運輸センターのお話によれば、増築部分の方が補修率が高く、石積みの旧庫の方はまったく手が掛からなかったとのこと。改めて明治期の「匠」による技術完成度の高さに思いを馳せずにはいられません。
▲庫内から人吉駅(右側)とくまがわ鉄道車輌庫(左側)方面を見渡す。この石積みの庫には大学の建築学科の学生の視察も多いという。'07.3.8

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▲かつては大畑越えの重装備D51や川線のC57、それに湯前線の8620がひしめき合っていたであろう庫内は静まりかえって車輌の姿はない。屋根中央部に設けられた煙出しと明り取りが蒸機全盛時代を物語る。'07.3.8

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▲実に堂々とした石積み。手持ちのメジャーで計ってみると1個の大きさは600×300㎜ほど(左)。右はポータル部のアップで、矢岳第一隧道にはなかった“要石”の装飾が見られる。'07.3.8

この機関庫脇には上路式の転車台が残されており、2年後に58654号機が熊本?人吉間を結んで走り始めた際には大きな役割を担うこととなります。残念ながら本線とは機関庫を挟んで逆側となるため、列車から展望することはできません。石積みの機関庫や転車台を含めた観光資源としての利活用を考えるなら、今後見学動線の確保が必要となってくるものと思われます。

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▲機関庫を挟んで本線と逆側に上路式の転車台が残されている。通常は気動車の給油線と洗浄線を結ぶただの通路としてしか用いられていないが、58654復活の折りには不可欠な設備だ。'07.3.8


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このほかにもあの余部橋梁と同じアメリカン・ブリッジ製の球磨川第一橋梁・第二橋梁(1906=明治39年製ピントラス、ちなみに余部橋梁より旧い)など、沿線の産業遺産・近代化遺産は数知れません。この「肥薩線開通100周年記念事業」への取り組みはまさにいま始まったばかりです。なんとか実りある方向での発展を期待したいものです。
▲この転車台は電気式のモーター駆動。センターのビーム上に設けられた回転式の接点から集電して360度自在に回転できる(左)。万が一の停電の場合はキャブ内に備えられた非常用クランク(写真右下)によって手回しも可能。'07.3.8

ところで、今回の視察で“トワイライトゾ?ン”的にとんでもない“発見”がありました。地元の皆さんもまったく気が付かなかったというその“発見”の正体について、明日は番外編としてご紹介いたしましょう。