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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2006年11月23日

北東北を巡る。(1)

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二十年以上も続いている東西の趣味人が集う合同忘年会(?)がこの週末に東北で開催されます。せっかく遠路東北にまで足を向けながら、そそくさと帰ってくるのもちょっと残念で、意を決して今日から北東北を一周してみることにしました。
▲雪をかぶった岩手山が紺碧の空に浮かぶ。手前の廃墟は松尾鉱山の社宅アパート跡。気温は1℃。標高が高く風が強いこともあって猛烈に寒い。'06.11.23

IMGP9977n.jpg東京発朝一番の「はやて」で盛岡へ。レンタカーを借りて、まずは花輪線へと向かいました。昨日来、全国的に荒天が続いているようですが、なぜか盛岡地方は雲ひとつない抜けるような快晴。岩手山もこれ以上ないほどくっきりとその麗姿を見せてくれています。
▲午前中の松尾八幡平駅。1928Dと1929Dが交換するはずだったが、強風による抑止で、待てど暮らせど両列車ともに来なかった。'06.11.23

ところが、まずは手始めにと松尾八幡平駅付近で列車を待ち受けるも、待てど暮らせど一向にやってくる気配がありません。やむなく何か情報はと駅へ向かってみると、盛岡運輸区からの遠隔操作スピーカーで、途中強風のため遅延している旨のアナウンスが! しかもその遅れたるや180分、つまりは3時間とのこと。これは待っても無駄と踵を返すことにしましたが、ちょっと残念だったのは誰ひとりとして駅で列車を待っている人がいなかったこと。お詫びのアナウンスだけがむなしく無人の待合室に繰り返されていました。

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さて、松尾八幡平に立ち寄ったのは、実は松尾鉱山鉄道の跡地を探ってみようと考えていたからです。
▲八幡平市(旧松尾村)歴史民俗資料館の前庭に保存されているED25 1。状態はすこぶる良い。'06.11.23

松尾鉱山鉄道は屈指の硫黄鉱山であった松尾鉱業の運搬を担って1914(大正3)年に建設された馬車鉄道を嚆矢としますが、その後3'6"軌間に改軌、一時は4110形も入線するなど隆盛を極めました。1951(昭和26)年に電化、この時に新製導入されたED251が八幡平市(旧松尾村)歴史民俗資料館に保存されています。この機関車、廃止から20年以上にわたって盛岡市内の解体業者さんの手によって大事に保管され、近年になって旧松尾村に寄贈されたものだそうで、状態はきわめて良好に見えます。

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▲東日産業跡地に放置されている3輌の貨車と2輌の客車。このまま朽ち果ててしまうのだろうか…。'06.11.23

IMGP0014n.jpgもと終点の屋敷台駅構内で建材業を営んでいた東日産業跡地には客車2輌(スハフ7、オハフ9)と貨車3輌(ワフ5、ワフ7、ワ9)が放置されているとのことで足を向けてみましたが、こちらは荒れるにまかせた状態で、先行きが懸念されます。
▲ワフ7の側扉には形式番号標記とともに松尾鉱業の社紋がかろうじて残されている。'06.11.23

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▲最盛期には1万3千人が暮らしたという松尾鉱山の廃墟は、産業遺産の域を超えて圧倒的な重苦しさを伴って迫ってくる。'06.11.23

というわけで本日のこのブログは青森より配信しておりますが、明日以降は通信環境次第で続編がアップできない可能性があります。事情ご賢察のうえご了承ください。