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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2006年11月10日

“垣間見た”温根湯森林鉄道跡。(下)

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留辺蘂から温根湯へ、そしてその先の塩別、常呂方面へと、軌道跡はとにかく呆れるほどまっすぐに伸びています。北海道では農地部の軌道跡はあっという間に道路化されるか、路盤を崩されて跡形もなくなってしまいますが、これは大規模農業が中心の北海道ならではで、巨大な農業機械の取り回しの必要性によるもの…と聞いたことがあります。実際、この日も“内地”では目にすることのない巨大な収穫用機械が、軌道跡の回りの畑でしきりにうごめいていました。
▲ケショマップ沢へ分け入ってゆく支線は橋も架け替えられてすっかり立派な道路となっていた(下掲地形図▲地点)。写真は無加川に架かる支線の厚林橋。画面手前が厚和地区。'06.11.4

onneyuphgakkou.jpgさて、この温根湯森林鉄道、1920年(大正9)年着工と道内では最も古い森林鉄道で、軌道の延伸とともに主流・無加川の各支流にも多くの支線を伸ばしてゆきました。今回は時間の関係もあって厚和地区からケショマップ沢へ分け入る軌道跡だけを覗いてみましたが、残念ながら、橋台を含めて痕跡らしい痕跡を発見することはかないませんでした。
▲厚和の小学校跡から無加川沿いの本線軌道跡を見る。画面前方が温根湯・留辺蘂方面。'06.11.4

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▲5万分の1地形図に見る温根湯森林鉄道。▲印の地点がトップ写真の撮影場所。(国土地理院1:50000地形図「北見富士」昭和33年4月発行より転載)
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ところで、営林局境をまたいで軌道を延伸することは通常考えられませんが、この北見営林局温根湯森林鉄道に限っては、石北峠を越えて隣接する旭川営林局管内の層雲峡にまで本線が延長されています。これは1954(昭和29)年の台風15号による風倒木処理に対応するための緊急処置とされており、この延伸がわが国の森林鉄道では最大のディーゼル機関車を誕生させることになります。

onneyuphkawa.jpgその辺の事情を、小熊米雄さんは著作『北海道における森林鉄道用ジーゼル機関車について』のなかで「特に温根湯森林鉄道は、昭和29(1954)年秋の15號颱風による風倒木処理のため石北国境越への延長線があり、留辺蘂貯木場・層雲峡山元土場間、52.0kmで、そのうち層雲峡山元土場・大町中継土場間、16.1kmの逆勾配を含む区間では、運材列車用として、主にB?B15ton」が使用されるようになったと記述しておられます。通常山奥から搬出される木材は、勾配を下って国鉄駅に隣接する貯木場に集められます。つまり盈車(積車)が勾配を登ることは想定されていないのです。ところが温根湯森林鉄道は石北峠(西 裕之さんによれば、営林署では局境であることから旭北峠と呼んでいたようです)を越えてしまっていますから、当然、層雲峡側から峠の頂上までは木材を満載した運材列車が勾配を登らねばなりません。そこで緊急避難的に考案されたのが、わが国初の自重15tの森林鉄道用B?Bボギー式ディーゼル機関車だったのです。
▲無加川の清流は北海道ならではの清清しさを感じさせてくれる。温根湯森林鉄道はこの清流を石北峠へと遡っていった。'06.11.4

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▲盈車を牽引して石北峠の逆勾配を登る協三工業製15tボギー式機関車。写真は28号で、1955(昭和30)年製の第2ロット車。(日本産業車輌協会『Industrial Rolling-stock & Trucks in Japan 1957』より。

rubeshibedlhyou2n.jpgかつて私が路線の特異さとともに温根湯森林鉄道を記憶した理由のひとつに、このB?Bボギー式ディーゼル機関車の存在がありました。時あたかも老舗・酒井工作所が森林鉄道用超小型ボギー式ディーゼル機関車の試作を開始した頃でしたが、温根湯森林鉄道では福島の協三工業が製造した自重15tという従来の森林鉄道用機関車の概念を越える大型機を導入しました。協三としても初のボギー式ディーゼル機関車です。搭載ディーゼル機関は日野ジーゼル工業製6気筒13741ccのDL‐10形。この森林鉄道用としては“巨大”な機関を箱型車体の中央にレイアウトし、ホイールベース900㎜の両ボギーを駆動するという、実に意欲的な機関車です。

kyousan15tn.jpgただ、手元の協三工業機関車納入台帳によれば、最初の1輌の納入が1953(昭和28)年で、先述の「昭和29(1954)年秋の15號颱風による風倒木処理のため」という記述とは辻褄があいません。続く4輌が納入されたのが1955(昭和30)年。ひょっとすると、最初の1輌は風倒木処理とは関係なく試験的に導入されたものなのかもしれません。いずれにせよ、合計5輌となったこの15tボギー機は、1960(昭和35)年に温根湯森林鉄道本線が廃止されるまで石北峠越えに活躍したそうです。
結局、その後どの森林鉄道でも15t級のボギー機が増備されることはありませんでした。森林鉄道離れしたスタイリッシュなその形態は、当時流行の“湘南塗り分け”とともに、大雪山中に生涯を終えさせるにはもったいなかった…温根湯森林鉄道の名を聞くたびに、そう思えてなりません。
▲協三工業カタログに見る北見営林局納入15tボギー式ディーゼル機関車。模型的なディメンションだ。
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