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長野電鉄マルーン時代。

nagaden1n.jpgRMライブラリー今月の新刊は宮田道一さんと村本哲夫さんによる『長野電鉄マルーン時代』です。10月には小田急電鉄から長野入りした10000形改め1000系「ゆけむり」が試運転を開始し、“ながでん”もいよいよ新時代を迎えることになりますが、本書は長野電鉄が本格的に観光輸送に力を入れ始めた昭和30年代を中心に、1964(昭和39)年に2000系D編成がツートンカラーの「新塗色」で登場するまでの全車マルーン塗装時代に特化して、その車輌、運転、施設を振り返る異色の書です。

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▲RML『長野電鉄マルーン時代』より。生活路線から観光路線への脱皮を図っていた長野電鉄は、2000系の登場で一気にイメージチェンジを遂げる。

1922(大正11)年の河東鉄道開業以来、今日まで長野市近郊の通勤・通学、そして湯田中温泉郷、志賀高原への観光アクセスとして活躍を続ける長野電鉄ですが、その長い歴史のなかで大きなエポックとなったのが、1957(昭和32)年に誕生した特急車2000系でした。Mc+T+M’cの3輌固定編成は、車体長こそ18mながら、大胆に曲面ガラスを用いた前面2枚窓の優美な車体に回転式クロスシートを備え、性能的にもわが国初の3ft6in軌間用75kW・WNカルダン駆動を採用するなど、大手私鉄の特急車に優るとも劣らない画期的な車輌でした。1957(昭和32)年に2編成、1959(昭和34)年に1編成が登場し、ここまで3編成が伝統のマルーンに細い白帯を巻いた姿で就役しています。まさに“マルーン時代”の掉尾を飾る車輌だったと言えます。

nagaden4n.jpgこの12月に予定されているダイヤ改正でデビューする新特急車1000系によって、輝かしい一時代を築いてきたこの2000系も遠からず第一線を退くことになりそうです。
さすがにマルーン時代は同時代体験していないものの、学生時代に通った長野電鉄は、この2000系に加え、モハ100形やモハニ110形、モハ600形といった開業時からの古豪や、OS(Officemen & Students)カーこと0系など自社発注のいわば生え抜き車輌が大半で、譲受車が目につく他私鉄とは明らかに一線を画した存在だったのが鮮烈に印象に残っています。
▲2000系登場時の説明書表紙。黒岩保美さんの筆によって描かれているのはマルーン時代の優美な姿。(提供:宮田道一)

ちなみに長野電鉄では現在、湯田中駅構内のスイッチバック解消に向けて上条?湯田中間を閉鎖してバス代行運転をしています(9月30日まで)。1000系「ゆけむり」の登場、さらには名物スイッチバック(?)の解消と大きく変貌を遂げるであろう長野電鉄、この機会にぜひ第一世代とも呼べるマルーン時代を振り返ってみては如何でしょうか。

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