鉄道ホビダス

2006年7月12日アーカイブ

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■2番グースのこと
残された6輌の“ギャロッピンググース”のうち、もっとも早くから動態で保存されたのが2番グースでした。1番の好成績を受けて1931(昭和6)年8月に新製された2番は、ビュイックの4ドア自動車を改造して誕生したもので、全長10m弱とかなり大型のモーターカーです。
▲ロッキーの入道雲を背に2番グースがやってきた。フロントの巨大なスノープラウがチャームポイントでもある。'00.8.29 Cascade Canyon(Rockwood-Tacoma)

2goose7.jpgビュイック製乗用車を車体ごと流用しただけに、キャブ後部にはホイールアーチがそのまま残るお世辞にも出来の良いスタイルではありませんでしたが、後年ピアース・アロー製の車体に載せ代えられて現在のスタイルとなりました。実は3番以降のグースたちは、6番以外全車がこのピアース・アロー車体を載せて誕生しています。“ギャロッピンググース”の定番としてお馴染みのNo.3?No.5のウェーン・バス・ボディはさらに後年載せ代えられたもので、基本的にはこのピアース・アロー車体がオリジナルだったのです。現在でもこのスタイルで残っているのは2番と7番の2輌で、いずれもコロラド・レールロード・ミュージアムに保存されています。
▲フューエルタンクはキャブの屋根上にある。小休止の間にジェリ缶からガソリンが補給される。'00.8.29 Rockwood

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▲コロラド・レールロード・ミュージアムで初めて出会った14年前の2番グース。この時点で動態で保存されているのはこのNo.2とワークグースと呼ばれるNo.6だけだった。'92.9.13 CRRM

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▲2番グースに試乗させてもらった。運転席はガーガー、ガタガタとたいへんな振動と騒音だ。'92.9.20 CRRM
2goose8.jpg2番グースは当初リッジウェーとテラライドの間の郵便・荷物、さらには少数の乗客を乗せて運用されていましたが、のちにデンバー&リオグランデ・ウエスタン(D&RGW)鉄道のデュランゴとリオ・グランデ・サザン(RGS)鉄道のドロゥレスを結ぶ連絡便として1942(昭和17)年まで使われていたそうです。戦後の1951(昭和26)年、熱心なRGS研究家でもあるロバート・リチャードソンさんに買い取られてアラモサに移され、その後1958(昭和33)年にコロラド・レールロード・ミュージアムに移設されて静態保存されていました。しかしリチャードソンさんはじめグースの復活を望む多くの人々の努力で、1975(昭和50)年6月4日に動態復活、以後ミュージアム内のデモ運転線で定期的に運転されるようになりました。
▲運転席は異様に狭い。磨き出しのウォールナットだろうか、インパネはブガッティあたりのビンテージカーを思わせる。右は私の足で、この体勢でのけ反りながらようやく写した一枚。'92.9.20 CRRM

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私が最初にこのミュージアムで2番グースに出会ったのは今から14年ほど前のことでした。運よく公開運転中で、短い区間ながら、中学時代から思いこがれてきた“ギャロッピンググース”というものが動く様を初めて目にすることができたのです。しかもありがたいことに、一週間後に再訪した際には運転席に乗せてもらってその“走りっぷり”を堪能する幸運にも恵まれたのです。よく閉まっていないのか、はたまたはじめから建てつけが悪いのか、小刻みに震え続けるボンネットリッドをはじめ、とにかくその振動と騒音は今もって強烈な印象となって記憶に残っています。
▲スロットルを踏み込んでダッシュしてゆくNo.2。背面の「2」の標記がいかにもかっこいい。'00.8.29 Rockwood

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