鉄道ホビダス

2006年7月11日アーカイブ

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■1番グースのこと
6年前、2000年に行われたデュランゴ&シルバートン鉄道(Durango & Silverton Narrow Gauge Railroad)のレールフェスタは今もって強烈な印象として残っています。2年ほど前に奇跡の復活を遂げた5番グースと、デンバー近郊の博物館で動態保存されている2番グースがこの保存鉄道上で劇的な再会を果たす…そんなプログラムが組まれていたのです。
▲実に68年ぶりに甦った1番グース。磨き上げられたオリーブドラブの車体にビュイックのラジエータシェルが燦然と輝く。'00.8.28 Rockwood

goosefig2.jpgところがこのコロラドの山奥で待っていたのは、2輌ではなく3輌のグースたちでした。5番、2番のあとに続くのは見たことのないオリーブドラブの小さな車体に“US MAIL”のレタリングも鮮やかなひときわ小ぶりな車体。ボンネットリッドには控えめに“RGS No.1”の文字が見えるではないですか。信じられないことに、3輌目に続くのは70年近くも前に解体されてしまったはずの1番グースだったのです。
▲“ギャロッピンググース”の象徴、RGSのヘラルド。

1goose2.jpg最終的に7輌のファミリーをなす“ギャロッピンググース”の長兄No.1グースは、1931(昭和6)年6月にリオ・グランデ・サザン鉄道(RGS)の北端、リッジウェー(Ridgway)の町で誕生しました。それまで機関車牽引列車を仕立てていた郵便・小荷物輸送の効率化を図るべくビュイックの6気筒トラックを改造して製造されたこの奇妙なモーターカーは、テラライド(Telluride)?ドロゥレス(Dolores)間に投入され、852.58ドルという製造コストの割には大成功を収めたのでした。この実績を受けてただちにさらに大型の同系車が企画され、同年末には完成、これがのちの2番グースとなりました。翌年にもさらに増備が続けられることになったものの、いかんせん1番グースは小さすぎ、結局この時点で後継車に部品を供給して廃車されてしまうことになります。時に1932(昭和7)年10月のことでした。ギャロッピンググースの“原点”はわずか1年と4ヶ月の短命に終わったのです。
▲“新車”とはいえエンジンは年代モノ。しばらく力行を続けるとラジエータに給水せねばならない。'00.8.28 Rockwood

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そんなわけですから、1番グースが目の前に現れることなどありえない“はず”でした。ところが目の前にはNo.1が…。驚くべきことに、この車、実はこの日のために「新製」されたレプリカだというではないですか。
派手なエンジン音を響かせてアニマス川の清流を遡るようにNo.1グースの旅は続く。'00.8.29 Cascade Canyon(Rockwood-Tacoma)▲

1goose4.jpg戦前の、しかもわずか1年4ヶ月の命だっただけに、1番グースに関する資料はほとんど残されていません。聞けば現在判明しているのは写真がわずかに7カットと、1枚の“スケッチ”のみ。そんな困難な状況にも関わらず、1番グースの出生地リッジウェーのカール・シェファーさんが中心となって、同年式のビュイックをベースに復元に取り組んだのだそうです(現在はリッジウェー・レイルロード・ミュージアムが管理)。「少なくとも95%は忠実だ」とドライバーシートのシェファーさんは自信を浮かべます。それにしてもなんと言う情熱、いや情念でしょうか。アニマス渓谷のひんやりとした川風を震わすエキゾーストノートを聞いていると、ギャロッピンググースを愛する仲間たちの思いに、はからずも目頭が熱くなってくるのでした。
▲復活をアピールした一日が終わろうとしている。デュランゴ目指して駆け足(galloping)で帰路につく1番グース。'00.8.29 Trimble-Animas City

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