鉄道ホビダス

大連埠頭の「プレニ」。(中)

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前任の「プレイ」が大連埠頭線専用ではなく、各地の炭礦や製鉄所に広く用いられて総輌数34輌を数えたのに対し、プレニは大連埠頭線専用として1935(昭和10)年に6輌(220?225)が新製されました。いずれも内地の日本車輌製(製番328?333)ですが、実際にはその後、地元の大連機械製作所で相当数が追加生産されたようで、最終的な総輌数は20輌以上にのぼったと思われます。
▲第二埠頭で入換えに活躍していたプレニ(PL2-32)最後の姿。60年以上にわたってこの埠頭で働き続けてきたことになる。'91.3.22

dairenp5.jpgところで慣れない者にはなかなか判りにくいのが満鉄や鮮鉄で使われていた機関車の形式称号です。プレニと同様に、有名な“あじあ号”の「パシナ」など、どれも片仮名で名づけられています。ご存知の方には今更ですが、この形式称号の付け方をあらためて簡単にご紹介してみましょう。片仮名の最初の2文字が車軸配置のアメリカ式種別名称、「パシフィック」とか「ミカド」とかを示します。つまり軸配置2C1(ホワイト式だと4-6-2)のパシフィックの場合だと頭2文字をとって「パシ」形、1D1(2-8-2)のミカドだと「ミカ」形となるわけです。さらにここからがややこしいのですが、同じ軸配置の新タイプが開発されると、最初のものが一番目、つまり「イチ」の頭文字「イ」を軸配置称号の末尾3文字目にぶら下げることとなります。同様に二番目は「ニ」、三番目は「サ」といった順です。わかり易いといえばわかり易いと言えなくもないでしょうが、セオリーを知らない人や日本語ができない方にはどうにも理解できない形式称号です。すでにおわかりのように、「パシナ」はパシフィック軸配置の七番目の形式、そして「プレニ」はプレーリー(1C1)の二番目の形式ということになります。
▲日本時代の倉庫をバックにしたプレニ(PL2-32)。一見小さそうに見えるが、標準軌だけに炭水車を含めた自重はD51(87.42t)より少々重い90.5tある。'91.3.22 第二埠頭

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▲「プレ」時代の「プレイ」形式図。この時点で総輌数34輌、番号200?233とされているが、「プレニ」が220番から付番されていることを考えると、プレニ誕生の時点で番号が整理されたのだろうか…。『全国機関車要覧』(1929年/車輌工学会)より。
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▲昭和初期の満鉄機関車形式称号規定。左下に、細別を要するものは「イ、ニ、サ、シ、コ、ロ」(イチ、ニ、サン、シ、コ、ロクの意)の文字を記号の末尾に付する…との注記が見える。『全国機関車要覧』(1929年/車輌工学会)より。
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上に掲げた1929(昭和4)年『全国機関車要覧』でもおわかりのように、プレニが誕生する前は、同じ軸配置で競合するものがなかったため、のちの「プレイ」はながらく「プレ」を名乗っていました。同様に満鉄の形式図でも形式称号はただの「プレ」となっているのがわかります。二番機が開発されるにともなって「プレ」は一番目を示す「プレイ」に改称されたというわけです。

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▲「プレロ1529」。1891?1896年のノース・ブリティッシュ製。天津局管内に配置されていたと記載されている。『机車博覧』(1992年/北京鉄路局)より。

脱線ついでに、それでは満鉄とその傍系で「プレ?」を名乗った機関車はどれくらいいたのでしょうか。残念ながら体系的な資料は持ち合わせておりませんが、手もとにあった北京鉄路局『机車博覧』には管内の「草原式」(プレーリー=草原)として「プレコ」や「プレロ」、「プレナ」、「プレク」の写真・諸元が掲載されており、「プレニ」以降もかなりの形式が誕生(編入)されたことが伺い知れます。

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▲1mゲージに改軌されたC12も、軸配置から「プレ」を名乗ることになった。ただし形式は片仮名3文字ではなくアルファベットを付した「プレA」。太原局に55輌が配置されていたとある。『机車博覧』(1992年/北京鉄路局)より。

興味深いことに、同書には1938(昭和13)年にメーターゲージに改軌されて大陸に渡ったC12 121も「プレA」として掲載されています。C56の戦時供出はよく知られていますが、C12も1938(昭和13)年から翌年にかけて60輌(C12 101?C12 160)が1m軌間に改軌されて正太線(石家庄?太原間)に送り込まれているのです。同線はほどなく華北交通となり、戦後は「PL51形」として中国に引き継がれたものの、標準軌への改軌にともなって不要となり、一部はベトナムに渡って同国の「131形」として一部が近年まで健在だったことが知られています。ちなみにこの「A」というアルファベットは、どうやら窄軌(狭軌)用の形式順を示すようで、同時期にやはりメーターゲージ化されて正太線に投入されたボールドウィン製の2920形は「プレB」を名乗っていました。

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