鉄道ホビダス

2006年5月27日アーカイブ

龍ヶ崎、あのころ。(上)

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関東鉄道…と言うよりも、心情的には今もって鹿島参宮鉄道の龍ケ崎(竜ヶ崎)線は、わずか4.5キロのミニ路線ながら、なぜかいつも意識の片隅にその存在がある不思議な路線です。
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鹿島参宮鉄道が常総筑波鉄道と合併して関東鉄道が発足したのは1965(昭和40)年6月。もちろん鹿島参宮時代は実体験していないのですが、龍ケ崎に通い始めた頃はまだそこかしこに“鹿島参宮”時代の面影が残っており、失礼ながら無味乾燥な“関東”鉄道という名称より、なにかしっくりくる気がしてなりませんでした。
▲ウマをかませて手作業でTR26台車の整備を行う。わずか4.5キロの路線にも関わらず、機関区や検修設備などすべてが“自己完結”しているのも趣味的には大きな魅力。写真のキハ41302はわが国初のワンマン車である。'76.3.9

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ryuu10.jpg昭和40年代の龍ケ崎にはもうひとつ“夢”がありました。龍ケ崎の庫に残されていた4号と5号の2輌の蒸気機関車です。予備機として残されていた両機は、ごく稀にDLの代替として火が入ることがあり、ひょっとすると何かの機会にまた動くのではないかという期待が残されていたのです。けむりプロが『蒸気機関車』誌に発表した「龍ヶ崎」も、そんな5号機の復活を捉えたもので、ひとりの若い読者であった私にとっては、実に鮮烈な印象を植え付けられたものです。
▲庫内の4号機(1925年川崎製)。5号機(1921年日車製)とともに予備機として残され、同線の蒸気動力廃止後も車籍は継続され、最終的廃車は1971(昭和46)年10月であった。'76.3.9

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▲機関区内に残る蒸気時代の給水塔(左)と、模型にしたくなるような駅前の小さな郵便局(右)。70年代の龍ヶ崎界隈はモデラーにとっても桃源郷だった。'76.3.9

今さら思えば龍ケ崎線の蒸気動力使用認可は1968(昭和43)年10月末で廃止されており、稼働状態にあるといっても両機が運転されることなどありえなかったのですが、当時はそんな情報さえなく、“夢”が夢のままで残されていた時代でした。

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▲4号機は地元の民俗資料館に、5号機はおもちゃの町に引き取られたものの、蒸機時代=鹿島参宮の面影を色濃く残していた90年代の龍ヶ崎機関区の構内。検修庫脇には倉庫代わりのテワ1の車体も見える。'93.8.13

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