鉄道ホビダス

2006年5月20日アーカイブ

羽鶴の1080のこと。

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1976(昭和51)年3月2日に追分機関区の9600が火を落とし、国鉄線上からは完全に蒸気機関車の姿が消えましたが、その後もいくつかの専用線には“現役”蒸機が残されていました。鐵原コークスやラサ工業、貝島炭礦などです。しかも、予備機ながら関東地方にも現役蒸機が1輌おり、その動向が注目を集めていました。それが「羽鶴の1080」です。
▲トキを連ねて逆機で常磐駅構内に入ってゆく1080。'79.6.10

日鉄鉱業の羽鶴専用線は東武鉄道葛生(上白石)から分岐する6.3kmの専用鉄道で、普段は三菱製のDL(DD401)が羽鶴鉱業所からのドロマイト製品の輸送を担っていました。ただ、このDLの全検時などの予備として、何と1900(明治33)年生まれの超古典機・形式1070形1080号が残されていたのです。

haneduru1nn.jpgもちろん1969(昭和44)年にはDLも増備(DD451)され、1970年代に入ってからは1080の予備機としての意味もほとんどなくなっていたのですが、長年に渡って1080を守り抜いてきた日鉄関係者の皆さんの思いもあって、ボイラ検査を継続して“現役”を守り抜いていました。そんな1080ですから、たまに火が入るとなると、どこから聞きつけたのか、それは多くのファンが葛生へと向かうこととなります。もちろん、かく言う私もそのひとりでした。
▲専用鉄道廃止を目前にして、鉄道友の会有志の呼び掛けで1080を磨く会が開催された。舐めるように磨き上げられたその姿はとても車齢90年を超えているとは思えないほど矍鑠としていた。'91.11.16

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元気に走る1080の姿を最後に目にしたのは、1979(昭和54)年の蒸し暑い梅雨の日のこと。途中の常磐駅付近の茫洋とした風景の中を行く姿が強く印象に残っています。
▲結構勇壮なブラスト音を響かせて羽鶴へと登ってゆく1080。'79.6.10

さて、この1080ですが、1991(平成3)年11月26日に専用鉄道そのものが廃止されてしまい、羽鶴の庫の中に取り残されてしまうこととなりました。実はそれまでにも東北地方のある自治体が観光用に走らせたい等々、いくつかのオファーがあったようですが、地元の葛生町(現在は佐野市に合併)の思惑などもあって、結局実現しませんでした。羽鶴への道路は極めて狭隘で、専用鉄道の廃止にともなって羽鶴から機関車を降ろすことさえ困難になってしまうことから、せめて線路を撤去する前に、上白石まで降ろせないものだろうか…と日本鉄道保存協会でも話題にのぼりましたが、結局それもかないませんでした。一時は葛生町の文化財に指定しようという動きもあったようですが、こちらもたち消えになってしまいました。せっかく日鉄の皆さんの努力によって奇跡的状態を保ってきた1080だけに、何とか活路を見いだせなかったものかと、いまさらながら悔やまれてなりません。
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▲昭和27年版国鉄車輌形式図に見る1070形。6200形(ネルソン製)とそのダブス版6270形をタンク機関車化改造したのが1070形。合計49輌が誕生した。なお、日鉄羽鶴専用鉄道は1951(昭和26)年の開通時点では旧省3073号を使用しており、1080は僚機973(960形=ピーコック製5300形の2B1タンク改造機)とともに1957(昭和32)年に日鉄鉱業赤谷鉱業所より羽鶴に転籍してきたもの。
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