鉄道ホビダス

2006年5月15日アーカイブ

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昨日の閉館フィーバーから丸一日、今日は午後から関係者を招いての「交通博物館・感謝とお別れの集い」が開かれました。模型鉄道パノラマの随時運転、映画ホールでの秀作映画の随時上映、非公開だった重要文化財・鉄道古文書や明治鉄道錦絵コレクションの特別展示、さらには万世橋駅遺構への案内など、至れり尽くせりのプログラムですが、いかんせん昨日の14000人の熱気の余韻が残る身には、200人ほどの招待客が“点在”する館内は寂しすぎ、本当の終焉を感じずにはいられませんでした。
▲機関車ホール正面ではJR東日本交響楽団による奏楽が披露され、館内はこれまでにない幽玄な雰囲気に包まれた。'06.5.15

IMGP6972n.jpg18時30分からの小宴では、機関車ホールのC57や9850の周囲にビュッフェが設けられ、さらにJR東日本交響楽団の生演奏が館内を包みました。当然これまで飲食禁止だった機関車ホールですが、最後の最後にこのようなパーティーが実現した背景には、菅 建彦館長の果たせぬ思いがあったと言います。海外、ことに欧州の鉄道博物館事情に通じておられる菅館長によれば、これはまさにヨーク方式、つまり英国の国立ヨーク鉄道博物館での国際会議の際のパーティースタイルなのだそうです。歴史あるまさに博物館車輌を囲んで、参加者が一献傾けながら博物館を、そして鉄道を語る…いつかは神田須田町の地で鉄道保存の国際会議をと描いていた菅さんの夢の片鱗が、このパーティーでもあったのです。
▲あの閉館フィーバーから一昼夜。長蛇の列だった券売機には惜別の看板が掲げられていた。'06.5.15

IMGP7038n.jpg20時過ぎ、ついにこのセレモニーも最後の時を迎えました。当初は菅館長の閉館の辞でフィナーレというプログラムになっていたようですが、僭越ながら私の具申で、閉館挨拶のあとに館長自らの手でC57 135の汽笛を吹鳴することとなりました。学芸員の方が用意されたコンプレッサーから8キロの圧縮空気が込められ用意万端。国鉄時代、長年運転に携わってこられた荒木副館長の提案で、閉館に相応しく“絶気合図”汽笛に決定。

20時30分、機関車ホールに「ボォー、ボッ・ボッ」とC57の5室の汽笛が響き渡り、神田須田町の地で70年にわたってファンとともに“力行”を続けてきた「交通博物館」は、ついにその幕を閉じたのでした。
▲1号機関車の前で挨拶に立つJR東日本の清野 智社長。「来年
10月、今度はさいたま市でお会いしましょう」。'06.5.15

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▲そして本当のフィナーレ。1940(昭和15)年の同い年生まれというC57 135の前で閉館の辞を告げる菅 建彦館長。この後、C57の汽笛が高らかに吹鳴された。'06.5.15

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