鉄道ホビダス

この1冊。(6)

近年は鉄道書の出版ブームとも呼べる状況で、自戒を込めつつその出来も玉石混交の様相を呈しています。一方で時代を画した“名著”が忘れられつつもあり、ここでは何回かに分けて、極めて恣意的な選択ながら私の選んだ「この一冊」をご紹介してみたいと思います。当然ながらすでに絶版になったものが多く、かつご同業他社の出版物を勝手に批評する非礼はあらかじめご容赦ください。

『Far Wheels』(1959年)
6177n.jpg 今回ご紹介するのは“洋書”ですが、日本の鉄道趣味に少なからぬ影響を与え、またそれ以上に欧米のファンに日本の鉄道を趣味的な視点で知らしめた伝説の一冊です。著者のチャールズ.S.スモール(Charles S.Small)さんはコロンビア大学を卒業し、その後、米国有数の石油会社の要職に就いておられた関係で、仕事で世界各地を訪問され、その余暇を利用して現地の鉄道に接してこられました。しかも、ただ単に乗車する撮影するという通り一遍のものではなく、その鉄道の来歴から車輌の詳細にいたるまで、実にこと細かに記録され、それをもとに数々の出版物を世に送り出されてきました。
▲線路をあしらった表紙は今となっては時代を感じさせるデザイン。

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▲木曽森林鉄道のボールドウィンB1リアタンクが口絵となった総扉(左)と日本の鉄道を紹介したセンテンスのトップページ(右)。
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▲全編を通してただ一箇所の和文がセンテンス始めのこの文字(左)。右は神戸港からのエクスカーションの経路図。

この“Far Wheels”はそのスモールさんの処女作となった記念すべき本で、1959(昭和34)年の初版。“A RAILROAD SAFARI”と副題の付けられた本書は、スモールさんが訪れたエリトリア、エチオピア、ジャマイカといったこれまで国際的に紹介される機会のなかった国々の鉄道、しかもメインライン以外の鉄道を紹介しており、その中に“More Tunnels than Ties”(枕木よりトンネルが多い)と銘打たれた日本の鉄道が24ページにわたって紹介されています。総頁が168ページほどの本ですから、全体から見ればかなりのボリュームが日本に割かれていると称せましょう。

IMGP6184n.jpgこの時スモールさんが巡ったのは、神戸を起点に中央西線、木曽森林鉄道、磐越西線、沼尻鉄道、鹿島参宮鉄道、東武鉄道、西武鉄道是政線、小坂鉄道、寿都鉄道といった線区です。仕事で来日しながら、暑い真夏の休日を“a third class coach”でこれらの線区を駆け巡るスモールさんの目には、“monpei a sort of overall”を履いたご婦人などが、なんともエキゾチックに映るのですが、何よりも強烈な印象をもたらしたのは、実に多彩な日本のナローゲージ鉄道網でした。ここで言うナローゲージとはもちろん3フィート6インチ、つまりは国鉄も含んでのことです。汽車会社の高田隆雄さんとは1950(昭和25)年以来の親交と聞きますから、これらのエクスカーションも高田さんのサジェスチョンあってのものなのかも知れませんが、当時なかなか日本人ファンでも足を向けないような線区までこまめに訪問されているのには頭が下がります。
▲小坂鉄道や寿都鉄道といった地方私鉄は、まだ日本人ファンでも訪れたことのあるのは一握りだった。そんな時代に的確な解説で海外に紹介されたのだから驚き。

IMGP6174n.jpg恐らく趣味のスタンスから日本の鉄道が広く世界に紹介されたのは本書が初めてで、その意味でも画期的だったといえましょう。日本出身の奥様とハワイに暮らされていたスモールさんは大の日本贔屓でもあり、本書に次いで英国で“Private narrow gauge railroads of Japan”の副題のある“Rails To The Rising Sun”を、さらに機芸出版社から英文+別冊和文翻訳冊子という前例のない発行形態の“Rails To The Setting Sun”(夕陽に映える鉄道)を刊行されるに至ります。筆致も初期の“Far Wheels”の紀行的なものから、次第に徹底した調査に裏付けられた内容となり、台湾の人車軌道を執拗にリサーチした“Rails To The Mine”や、第一次大戦時のフランス鉄聯を追った“Rails To The Front”でその手法は不動のものとなりました。もともとスモールさんご本人がモデラーでもあっただけに、随所に挿入されるストラクチャーを含めた構内平面図は、その後多くの日本人モデラーにも強く影響を及ぼすことになります。もちろん「模“景”を歩く」もご多分に漏れません。
▲“Far Wheels II”の表紙は原本総扉に使われていた木曽ボールドウィンの写真。

その後1986年になって“Far Wheels”の日本の鉄道を中心にした改訂版“Far Wheels II”が発行されました。判型もA4変形中綴じと30年近くの歳月を経て大きく様変わりしましたが、小熊米雄さんから木曽森林鉄道のレクチャーを受けたことなど、スモールさんの親交の広さを今さらながら再認識する記述もあり、こちらも実に興味深い内容です。
140×234mm版上製本168頁

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