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レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

2006年4月 8日

グーとグー、再びバッファーの話。

8500fig.jpg2月14日付けの本欄でご紹介し、RM本誌誌上でも再録している「グーとパー、バッファーの話」に関して、学生時代から懇意にしていただいている機械学会の山本茂三さんからお便りを頂戴したのでご紹介してみたいと思います。私はこの原稿中で「本来は左右で形態が違って…(中略)…右がお椀型、つまりは“グー”、左は平板、つまりは“パー”となっていたようです」と書いてしまったのですが、山本さんのご指摘でこのバッファーの“グー”と“パー”の関係が氷解しました。それでは山本さんからのお手紙を改めてご紹介してみましょう。
▲山本茂三さんご提供による国産初のヴォークレイン複式機8500形組立図。山陽鉄道兵庫工場1905年製で、図面は当時の鉄道車輌図面の流儀に従って第一角法で作図されており、下の平面図は上から見た図。バッファーが独自の右=平面、左=曲面となっている点に注目。側面図はフックの表現から右のものを描いているため当て面が平面となっており、下の平面図とも一致する。
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「編集長敬白」でバッファーの当て面の説明がありますが、基本的な設計のプラクティスは、イギリスが左右曲面、ドイツが右=曲面、左=平面、と認識しています。現在もほぼ踏襲されているように思います。アメリカ製は、本国では主流ではないので、日本に輸入された機関車を見ますとイギリス流に倣っているようです。Brooksのような、割とツルリとしたタイプのものもあります。日本製も機関車を例にとりますと、官鉄(国鉄)では860、230を始めとし18900、9900までイギリス流の左右とも曲面型を採用して設計されました。ドイツから輸入した4100形は右=曲面、左=平面でしたが、後継機の国産機4110形は左右とも曲面でした。

一方、山陽鉄道は、1896(明治29)年製の国有後の850形から1907?1909(明治40?42)年製の3700形まで機関車の設計・製作をしていますが、850、5480、6100の前期型まではイギリス流の左右曲面でした。資料的には6100の後期型(炭水車の図)と、ここにお送りした8500形が、右が平面、左が曲面の図面が残されています。1907(明治40)年から製作の3700形の図面ではドイツ流の右が曲面、左が平面となっています。残された写真で、アメリカ製の機関車も(交換を含め)このようになっていたことがわかりますので、ドイツ流が採用されたことが確認できます。国有直前に設計された3700形の図面が、右が曲面、左が平面となっていることから、山陽鉄道は最終的にドイツ流に落ち着いたと見てよいでしょう。

残されている写真では日本鉄道でもドイツ流の採用が見られますが未調査です。さらに付け加えますと、先述した9900形の場合、部品表上は省の基準型バッファーを使うことになっており、左右とも曲面でよいのですが、川崎造船の竣功写真を見るとかなり平面に見えるものがあります。バッファーはストック品を付けて写真を撮ったか、単に平面風に見えるだけなのかは未調査です。

以上のご指摘から、機関車に関しては、省の基準としては左右曲面、つまり“グーとグー”で、輸入機や国有化私鉄からの編入機に“グーとパー”もしくは“パーとグー”のものが存在するというのが正確な表現のようです。山本茂三さんありがとうございました。