鉄道ホビダス

最後の木造国電。(下)

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さて、現車を目の前にしたものの、この車輌の来歴についてほとんど知識を持ち合わせていないことに気づきました。改めて何か手がかりになるようなものはないかと見回してみると、台枠に「大正十一年 日車東京」の立派な銘板がついています。大正十一年ということは西暦で言えば1922年。すでにこの時点で53年も前に生まれた車輌なのです。
▲クエ9112の3-4位側(後位側)正面。貫通扉と渡り板が装備されており、M車はこちらに連結することを前提としていたようだ。'75.11.24 下十条電車区

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浅原信彦さんの『最盛期の国鉄車輌』によれば、このクエ9112は大正時代の標準型電動車のひとつであるデハ23500形が出自だそうです。デハ23500形は1500Vへの昇圧に伴って電装解除されてクハ23500形となり、さらに1928(昭和3)年にクハ15形に称号変更されています(クエ9112の種車はクハ15048)。この時点ではまだM車時代のパンタグラフを載せていました。戦後、1949(昭和24)年に生き残っていた3輌が両運転台化改造のうえ救援車となった…というのが大まかなヒストリーで、僚車クエ9110は先代下十条区の救援車、9111は遠く離れて大阪は宮原区の救援車でした。前者は1972(昭和47)年、後者はえらく古く1963(昭和38)年に廃車となり、昭和50年代まで生き延びたのはこの9112ただ1輌でした。
▲1-2位(前位側)運転室。外から見ると狭い貫通扉があるように見えるが、中に入ってみると圧力計配管などで扉は開けられないようになってしまっていることがわかる。マスコンは日立製、速度計はなく、計器類は双針圧力計がひとつのみ。椅子はアーム式の丸椅子で、運転士は中央に座ることになる。天井からは非常弁が垂れている。'75.11.24

これほど古い電車はめったに見られるものではありませんので、運転台の中も見せていただくことにしました。古風な乗務員扉を開けて中に入るとビックリ、えっこれで動くの…と聞きたくなってしまうほどシンプルです。なにしろ運転機器といえば主幹制御器とブレーキ弁、それに双針圧力計くらいで、驚いたことに速度計さえありません。確か当時の法令では鉄道車輌の速度計設置は必須用件ではないと聞いたことがありますが、ローカル私鉄ならともかく、天下の国鉄車輌に速度計が付いていないとは思いもしませんでした。

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貫通路をつぶしたど真ん中に双針圧力計があり、運転士はこれと正対して車体中央で運転する格好となります。しかも運転席の椅子たるや、荷室との間仕切り壁を支点とするアームで支えられた丸椅子。いかにも不安定な、貫通路の窓に向かってのめりこむような姿勢での運転を強いられるわけです。そういえば、かつて電車の構造に詳しい宮田道一さんから、昔の電車は居眠り防止のためもあって乗務員椅子はわざわざ不安定にしてあると伺ったことがありますが、この椅子もそんな原始的デッドマン装置なのかもしれません。▲魚腹台枠にトラス棒と、この時点でさえとても現役車輌とは思えないサイドビュー。'75.11.24

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足周りでは魚腹台枠ももちろんですが、とりわけ興味を引かれたのがトラス棒(トラスロッド)です。この時点でも地方私鉄の客車にかろうじて残っていた程度で、国鉄電車に付いている例など見たことがありませんでした。このトラス棒は台枠の歪みを矯正するための極めてプリミティブな仕掛けで、車体中央が下垂(スゥェイバック)してくると、このトラス棒に付いているターンバックルを締め上げて矯正する仕掛けです。ちなみにこれを締め上げ過ぎて車体中央が盛り上がってしまう状態を、英語ではキャメルバックと称しています。
▲禿げかかった側面羽目板には「北モセ」の所属標記が…。'75.11.24

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一期一会となってしまったクエ9112との出会いですが、この撮影から2年も経たない1977(昭和52)年7月5日に廃車になったと聞きます。さらにその十年後、1986(昭和61)年3月3日に下十条電車区は浦和電車区に統合され、乗務員区の下十条運転区となって車輌配置はなくなり、判じ物の「北モセ」の車体標記も永遠に過去のものとなってしまいました。
▲台枠には「大正十一年 日本車輌製造株式会社東京支店製造」の銘板がしっかりと残っていた。'75.11.24
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▲1961(昭和36)年東京鉄道管理局線路一覧略図に見る下十条電車区の線路配置。ちなみに左横には先日のこのブログでもちょっと紹介した北王子貨物駅と須賀貨物線が描かれている。クリックするとポップアップします

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