鉄道ホビダス

32年前の“今日”へ。?1974年北海道の旅? (9)

3月31日
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年度末のしかも土曜日の夜とあって「利尻」は増結となっており、そのマシ号車スハ45 18で南稚内へ。前夜とまったく同じパターンです。しかもこれまた同じく交換の6時21分発338Dで手前の抜海へと戻りますが、ほかの皆さんも今日の324レがC55だとわかっているらしく、338D車内はえらい人出です。この分では抜海の撮影ポイントの“騒乱”は想像に難くなく、おとといの恵比島のような思いをするのも嫌なので、あえて次の勇知まで行くことにしました。
▲低圧側安全弁を吹きながら、滑るように勇知の雪原を駆けるC55 50。かすかにスポーク動輪が透けた。'74.3.31 勇知?兜沼

syanai2.jpg324レの勇知到着は8時37分。抜海方に戻った辺りで牧場のサイロをバックに朝日の中のC55をシルエットで狙おうというのです。チャームポイントである水かきスポークがうまく抜けてくれることを祈りながらシュート。それなりの手ごたえを得たものの、この324レと次の兜沼で交換する333Dで南稚内へ取って返し、天北線に乗り換えねばなりません。333Dの勇知発車は8時57分、気が付くともう10分ほどしかないではありませんか。
▲北見枝幸で入換え中の39631。名寄区のカマで、興浜北線は同区受け持ちの北限であった。'74.3.31

またまた朝飯も食べていないのに駅まで全力疾走。ほうほうの体で333Dのキハ22 21に滑り込み南稚内へ。9時23分到着。乗り継ぐ天北線724Dの発車は9時37分ですから、これまたあわただしく、朝食をとっているほどの接続時間はありません。駅前の国鉄物資部南稚内センターの自動販売機で60円の廉価で売っていた大コーラ缶(これは内地では売っていなかった)と“パンブロン”というネーミングがついた巨大なパン、それに6つ入りのコッペパンとマーガリン、しめて360円ほどを買い込んで朝食兼昼食のストックとします。

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天北線音威子府行724Dはキハ22 306の単行でした。それでも車内はそれほど混んでおらず、晴れ渡った彼方に利尻富士が遠望される実に気分の良い小旅行です。ちょうど一年前にも同じようにこの列車でパンをかじりながら浜頓別を目指しており、どうもデジャブのような錯覚に陥ります。去年と同じように鬼志別で29613の牽く1791レと交換。ホームに降りて撮影していると、隣で撮影している人のカメラに目がとまりました。キヤノンのFTbのブラックボディー、しかもレンズは24㎜がついているではないですか。ちょっと興味を持って話しかけてみると、その人も興浜北線へゆくとのことです。
▲今日は3月31日。北辺の小さな町でも、旅立ちと別れのセレモニーが繰り広げられていた。この日、926Dで旅立った女の子は、その後どんな人生を歩んでいるのだろうか…。'74.3.31 北見枝幸

syanai5.jpg結局724Dに乗っていたファンの大半は小石で降りてしまい、浜頓別で降りたのは例のFTbブラックの彼を含めて5人ほどでした。11時45分発925Dのキハ22 23でまずは先行した1991レが到着しているはずの終点・北見枝幸へ。牽引機の9600が「団結号」かどうかを確かめようというのです。果たして39631〔名〕はキャブにこそ石灰の跡が残るものの、まずは大丈夫、折り返しの926Dで定番撮影地の斜内へと向かいます。
▲すっかり春を思わせる陽気の下、斜内山道をバックに海岸で戯れる地元の子供たち。'74.3.31

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926Dが発車する前、ホームにラジカセの「蛍の光」が流れ始めました。進学なのでしょうか就職なのでしょうか、キハ22の二重窓を開けて今にも泣き出しそうな女の子。どうやらこの列車で北見枝幸の町を離れるようです。狭いホームを埋めた多くの人たちに見送られて926Dは終着駅をあとにしました。
▲今年の斜内には流氷の影はなかった。山道を1992レが回り込んでくるのに合わせるかのごとく、ちょうど上空に雲が広がってしまった。いずれにせよ、この位置からだといわゆる“鉛筆転がし”にしか見えない。'74.3.31 目梨泊?斜内

syanai4.jpg今年の斜内山道にはすでに流氷はなく、おまけに天気が良いこともあって、この時期のオホーツクとは思えないほどのどかな風景が広がっていました。斜内の海岸から打ち寄せる波を入れて北神威岬灯台をゆく1992レを狙いましたが、ちょうど列車に合わせて線路が翳ってしまい、ちょっと残念。一緒に撮影したFTbの彼と一緒にバスで浜頓別まで戻ることにしました。
▲上の写真を撮ってから斜内の駅まで全力疾走。大きく回り込んで斜内駅に進入してくる同じ1992レを200㎜レンズで捉える。'74.3.31

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浜頓別ではさきほど興浜北線1992レを牽いてきた39631が天北線1790レとして発車してゆくシーンを撮影、そのほかにもう1本山軽方で19616〔稚〕の牽く1792レを撮影して727D(キハ22 22)で稚内へと戻ることにします。
▲浜頓別で一時間ばかりの入換えののち、興浜北線から出荷された貨車は今度は天北線1790レとして組成しなおされ、同じ39631によって音威子府へと向ってゆく。'74.3.31 浜頓別?常磐

定刻19時30分稚内着の727Dは30分近くも遅れて稚内に到着しました。今日は20時55分稚内発の318レ上り急行「利尻」に乗る予定なので、なにはともあれ夕食をとっておかねばないません。鬼志別以来ずっと一緒に行動しているFTbの彼と駅前のラーメン屋に入ったものの、ちょっと高めなので隣の定食屋に移動したところ、鉄研の先輩の大沢さんとばったり。いや、なんという偶然でしょう。大沢さんの方も今日知りあったという中3のファンと一緒です。都合4人になって「利尻」に乗り込みますが、今日は日曜日の夜とあってガラガラで、7号車のスハフ44 103の11?14ボックスをひとり1ボックスずつ占領して深い眠りについたのでした。

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