鉄道ホビダス

この1冊。(5)上

近年は鉄道書の出版ブームとも呼べる状況で、自戒を込めつつその出来も玉石混交の様相を呈しています。一方で時代を画した“名著”が忘れられつつもあり、ここでは何回かに分けて、極めて恣意的な選択ながら私の選んだ「この一冊」をご紹介してみたいと思います。当然ながらすでに絶版になったものが多く、かつご同業他社の出版物を勝手に批評する非礼はあらかじめご容赦ください。

岩波写真文庫『汽車』(1951年)
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今回ご紹介するのは鉄道趣味書ではありませんが、戦後の啓蒙書として大きな役割を果たし、しかも現代の目から見てもその完成度の高さに驚かされる岩波写真文庫『汽車』です。岩波写真文庫は1950(昭和25)年6月20日に創刊された岩波書店のビジュアル文庫シリーズで、B6判中綴じ64頁のフォーマットで毎月3冊ずつ、1958(昭和33)年12月20日までに全286種が刊行されました。
▲『汽車』は岩波写真文庫の第21巻として創刊10ヶ月目に発行された。表紙デザインは全286巻通して変更されることはなかった。

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12月10?11日付けの本欄「日本工房とマグナム」でも触れたように、この岩波写真文庫は希代の編集者であり写真家でもあった名取洋之助が、戦前の日本工房や戦後の『サンニュース』で培ってきたグラフ・ジャーナリズムを岩波という後ろ盾を得て一気に開花させたもので、定価100円という廉価にも関わらず、その完成度の高さは驚異的でした。実際に撮影にあたったカメラマンも、初期のほとんどすべてを手掛けた長野重一をはじめ、東松照明やあの木村伊兵衛ら錚々たる面々で、バウハウスの流れを汲む透徹した誌面デザインとともに、世界に誇るべきビジュアル文庫だったといえるでしょう。
▲「機関車の修理」と題した見開きではわずか2頁6枚で大宮工場と大井工場の検修の様子を的確に伝えている。C57 44が乗せられたベンチテストマシーンも珍しい。

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『汽車』はその中の第21巻目として1951(昭和26)年4月20日に発行されました。もちろん定価は100円。考えうるありとあらゆるテーマを取り上げることになる岩波写真文庫にあって、はじめて“乗り物”をテーマとした一冊です。冒頭では「この本は日本の動脈を交叉する複雑な列車の流れと、緊密な組織のもとにその動脈を守っている約四八万人の鉄道従業員との物語りである」とうたっており、全編を通してハード面への興味・啓蒙のみならず、鉄道を取り巻く人間像をグラフ・ジャーナリズムとして伝えてゆこうという意図が強く感じられる構成となっています。
▲中綴じ製本だけに中央にはホチキスが出る見開き頁が出てしまう。全編を通して唯一の見開き写真がこのセンター頁。さまざまな貨車が並ぶヤードと、彼方を逆機で回送中のD50を逆光で捉えた印象的な一枚。

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全64頁は「機関車とその乗務員たちの話」「線路と保線の話」「お客と荷物を運ぶ話」「機関車の歴史から」の4章から成り立っており、その中に機関車の構造・種類、線路構造物、信号、列車ダイヤ…等々といった、いわば基礎知識が端的にちりばめられています。ただ、その説明的なひとつひとつの写真にも、考え抜かれたアングルが見て取れます。残念ながら写真クレジットは「岩波映画製作所」としか入っておらず、他の撮影者名が明記されているいくつかの巻と違って、この『汽車』が誰の撮影にかを特定することはできませんが、非凡なカメラマンの手によることだけは確かです。
▲「機関士の交代」の見開き頁。上野発常磐線経由青森行きを例に、水戸、平での乗務交代を紹介。

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