鉄道ホビダス

2006年1月29日アーカイブ

この1冊。(5)下

岩波写真文庫『汽車』(1951年)
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名取洋之助を編集長、のちに記録映画監督として知られることになる羽仁 進をデスク、長野重一を写真チーフとしてスタートした岩波写真文庫は、現代の感覚ではとても信じられない徹底したこだわりに貫かれています。たかだか64頁とはいえ、どんな絵柄の写真をどうレイアウトするか、いわば“絵コンテ”ともいえるラフスケッチを最初に描き、これに沿って撮影を開始、妥協することなく何度でも再撮影を行ったといいます。『富士山』では3度も再撮影登山を敢行させたとさえ伝えられます。そんな作り込みの64頁を毎月3テーマ発行していたわけですから、尋常ではありません。
▲表紙は開いてみると入換えのB6を跨線橋上から撮ったものだと判る。いかにも日本工房の流れをひくアングルだ。

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さらに、意外と気付かれていませんが、誌面にはもうひとつ驚異的なこだわりがあります。それは“文字組”です。本文は縦書き、キャプションは横組みとなっていますが、この両者ともに一字一句過不足なくピタッと揃っているのです。つまり20字詰×10行であれば最終行は必ず20字、お尻がきっちり合っているわけです。もちろんこの『汽車』も例外ではなく、岩波写真文庫286巻すべてがこのセオリーを守り抜いているのですから驚異です。
▲添乗映像で右カーブ時の前方視認性を機関士側・助士側で端的に検証(左)。右は客車区での車内清掃状況。こういった写真に語らせる手法こそ岩波写真文庫の真骨頂。

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1950(昭和25)年6月20日にスタートをきった岩波写真文庫の第一回配本は、「木綿」「昆虫」「南太平洋の捕鯨」「魚の市場」「アメリカ人」と一見何の関連性も感じられない5テーマでした。グラフ・ジャーナリズムによるエンサイクロペディアを目指そうという理想が、その後も縦横無尽なテーマを選ばせ、結果として8年間にわたって実に286テーマを送り出すことになります。
▲100巻目までは名取洋之助自らがレイアウトを手掛けたとされる。乗客専務車掌ら旅客列車乗務員のかばんの中身を開陳させて1枚の写真で仕事の内容を理解させようとする試みなど、写真は「芸術ではなく考えるための記号・象徴」と主張し続けた洋之助のポリシーが体現されている。

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名取洋之助が直接手を下していた100巻目くらいまでは「心と顔」「力と運動」「波」といった実験的なテーマが多かったことが特筆されます。ただ、その比類ない才能とは裏腹に、洋之助の金銭感覚のなさは戦前から知れ渡っており、金と時間に糸目をつけない完璧主義が『サンニュース』をはじめとした多くの歴史的出版物を自滅に追い込んできました。それだけに岩波写真文庫は当初から岩波書店の大番頭・小林 勇が財政面を掌握する形で運営されており、巻を重ねるごとに実験的テーマは影をひそめ、いわば“売れ筋”に収斂してゆきます。その“売れ筋”とは地方別の紀行もので、第134巻の『山形県』を端緒として県別の「新風土記シリーズ」がスタート、以後の写真文庫はこの地方ものの合間にたまに別テーマが挿入されるといったラインナップとなってしまいます。
▲奥付はなく、夕闇の鉄路を歩く保線夫のカンテラが印象的な一枚で終わる。

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今回ご紹介した第21巻『汽車』のほかに、鉄道をテーマとしたものとしては第113巻『汽車の窓から ?東海道?』がありますが、286巻という圧倒的なテーマ数からすれば鉄道ものは意外と少ない気もします。鉄道以外の乗り物では第94巻『自動車の話』が秀逸で、ことに巻頭の東海自動車戸田営業所のバスと乗務員の一日を追ったドキュメントはまさにグラフ・ジャーナリズムの真骨頂と言えましょう。
▲手元にあった岩波写真文庫の何冊かを並べてみた。サイズが一回り大きいのが復刻ワイド版。『汽車』にも復刻ワイド版がある。

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岩波写真文庫は1958(昭和33)年12月20日をもって休刊しますが、1980年代後半になっていくつかのテーマがA5判の「復刻ワイド版」となって復刊されています。幸いにも『汽車』もこの際に復刻され、もともとのオリジナル版の発行部数が多かったこともあってか、数ある岩波写真文庫の中にあって現在でも古書市場で比較的手に入れやすいテーマです。流通価格も1000円前後とこなれており、この趣味を続けるうえで是非とも手もとに置いておきたい一冊です。
▲最末期第267巻の『佐賀県-新風土記-』より岩波写真文庫のタイトル目録(クリックするとポップアップします)。

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