鉄道ホビダス

2006年1月14日アーカイブ

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今からちょうど35年前の今日、1971(昭和46)年1月14日夜、私は大混雑の上野駅ホームで臨時急行「戸狩スキー」の入線を待っていました。翌15日は成人の日で休日、しかも金曜日とあって、まだまだ週休二日制が定着してはいなかったものの、3連休をとって上信越のゲレンデを目指すスキーヤーで駅は溢れかえっていました。その頃の冬の上野駅といえば、帰省シーズン以外は、長いスキー板を抱えたスキーヤーに席捲された感がありました。列車の方も臨時急行「小出スキー」、「戸狩スキー」、「石打スキー」等々、まさに機関銃の連射のごとくスキー臨が設定されており、しかもそのどれもが阿鼻叫喚の地獄絵の如き混雑ぶりでした。
▲295レを牽いて替佐で小休止するC56 131。巨大なツララ切りもさることながら、単式コンプレッサーを左右両面に備える異色機でもあった。'71.1.15

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臨時急行「戸狩スキー」は飯山線桑名川行き。妙高高原行きの「妙高51号」と併結されて、日付の変わる直前23時55分に上野駅を出発します。桑名川行きはわずか3輌、しかもその車内は予想したとおりの大混雑。何とか席だけは確保したものの、スキーヤーとはまったく違う風体だけに周囲から浮いていることおびただしい状況です。ではなにゆえこの列車に乗ろうとしているかというと、それには二つの大きな理由がありました。ひとつは飯山線の8620牽引の早朝の通勤列車に間に合わせるため、そしてもうひとつはこの「戸狩スキー」が長野から蒸機牽引となることです。
▲雪晴れの青空を衝くようにC56のブロワが上がる。'71.1.15

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高崎二区のEF58に牽かれた「妙高51・戸狩スキー」は闇の関東平野をひたすら雪原を目指して走り続けます。少しでも早く仮眠をとりたいこちらの意図とは裏腹に、テンションの上がったスキーヤーたちの笑い声が車内に響き続けます。もちろん当時は禁煙車などというものがあろうはずなく、白熱灯に照らされた車内は紫煙がたちこめむせかえるようです。それでもいつしか眠りに落ち、碓氷を越えたのも記憶にないまま、気付くと列車は漆黒の川中島を通過、再開された車内アナウンスが長野での列車分割による誤乗防止をしつこく伝え始めました。
▲1月15日は注連縄飾りなどを焚きあげる「どんど焼き」の日。替佐の雪原でも近所の人々が集まって伝統の行事が行なわれていた。今年の豪雪から比べると穏やかな里山風景である。'71.1.15

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長野では分割作業の後、「妙高51号」が先発、ややあってホームに残された3輌を迎えにきたのはC12 66でした。上諏訪からスキーシーズンだけ長野に応援にきているカマで、まさに現在真岡鐵道で動態保存されている機関車そのものです。臨時とはいえ、全国を見回しても、当時C12が牽引する「急行」はこの「戸狩スキー」だけでした。

排気室を持たないC55以前の近代機特有の歯切れの良いブラスト音を響かせながら、「戸狩スキー」は豊野を出て飯山線に入り、明けやらぬ千曲川を右手に立ヶ花-上今井間の20‰を越え、やがてまだ明るさのかけらも見えない飯山駅へと滑り込むのでした。
▲飯山の矩形庫は木造2線の模型にしたくなるような姿形の良いものだった。'71.1.15

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こちらは飯山で「戸狩スキー」を捨て、上り始発の122Dで撮影地の蓮-替佐間に戻り、続いて上ってくるハチロク牽引の222列車を迎え打とうという算段です。「戸狩スキー」から降り立った飯山は、雪こそ降っていないものの、午前5時とあってその寒さは筆舌に尽くしがたいものでした。それでも隣のホームには222レを牽く18688が規則的なコンプレッサーの排気を繰り返しながら待機しており、水銀灯に照らし出されるその美しさは冷気を振り払うほど神々しく見えたものです。実際、担当工場のお膝元ということもあってか、長野のカマは他区に比べて格段に整備が良く、その中でも2輌だけ在籍していたハチロク、18688と88623はとりわけ美しく磨きあげられていました。この222列車牽引以外は構内入換えが主な仕業でしたから、フロントデッキには無粋は手摺りが増設されてしまっておりそれだけが残念でしたが、恐らくこの1971年初頭に生き残ったハチロクの中でもっとも美しかったのはこの2輌だったのではないでしょうか。
▲上諏訪から応援に来たC12 66は、本業が上諏訪の入換えだけに、警戒塗装の、お世辞にも美しい機関車ではなかった。ただそれでも今日はまぎれもない「急行用機」である。現在は真岡鐵道で動態保存されている。'71.1.15 飯山

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蓮-替佐間は11キロポスト付近のはざま第二・第三隧道をサミットとして両側が20‰の勾配になっており、勾配を考慮すれば当然蓮方を選択すべきでしょうが、何を思ったか 蓮を通り過ぎて替佐まで行ってしまい、結局は替佐-蓮間でほぼ半日を費やすこととなります。

雪晴れの好天に恵まれた35年前の成人の日、撮り足りない思いはあったものの、美しく整備された長野の機関車たちにそれなりの満足感を得て飯山を後にすることとしました。14時台とちょっと早めですが、帰りももちろんC12 66牽引の急行「戸狩スキー」。上野には20時23分の到着です。
▲飯山を発車する295レ。実は最後尾には逆機のC12 66がぶら下がっている。桑名川まで回送されて上り急行「戸狩スキー」の先頭にたつのだ。'71.1.15

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