鉄道ホビダス

「ランケンハイマー」のお砂糖。

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ランケンハイマーと聞いても何のことやらお分かりにならない方が大半でしょうが、日本甜菜製糖の清水工場で使用されていた正体不明のBタンクの“メーカー名”です。メーカー名といっても車体に付けられた製造銘板に「ランケンハイマー製 米国」と書かれていたのを信じればの話で、米国生まれだとすればオリジナルの銘板が片仮名書きであろうはずもなく、その胡散臭さは天下一品、古くから蒸気機関車研究家の頭を悩ましてきた謎の機関車です。

この機関車、これまでに発表された写真も極めて少なかったのですが、昨年夏に青木栄一さんがRM LIBRARY 58巻『昭和29年夏 北海道私鉄めぐり』(上)で磯分内工場時代の克明な写真を紹介されたのに続き、この夏には広田尚敬さんが『鉄道写真2005』で清水工場に転属してからの感動的な写真の数々を発表され、一気に知名度(?)が上がりました。先日にはついにワールド工芸さんから1/80のモデルまで発売されています。
▲机の上に広げた広田さんのランケンハイマーの写真の上に日本甜菜製糖から送られてきたお砂糖、そしてワールド工芸さんの1/80のモデルをのせてみた。

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ところで、1959(昭和34)年2月に厳冬の北海道を巡った広田さんは、出立前からこのランケンハイマーに会いたくて、日本甜菜製糖にあらかじめ手紙を出して見せてくれるように頼んでいたと言います。その甲斐あって、清水工場を訪問すると、冬季休車になっていたランケンハイマーをわざわざ引き出して撮影させてくれたそうで、『鉄道写真2005』ではすっぽりと布に包まれて保管されている様から、“冬眠”から目覚めてコッペルの推進で雪原を駆けるまでがドキュメントとして再現されています。

この広田さんのランケンハイマーについては、かれこれ30年以上も胸につかえていたことがあります。『鉄道ファン』誌1970(昭和45)年5月号(No.108)にこの機関車の流し撮りがあり、広田さんのコメントとして「実は、この写真は若干少々トリックがあるのだが、その話はまた後日にゆずることにしよう」と記されていたのです。トリック? いったいどんなトリックがあるのだろうと思いつつ、あっという間に時が流れてしまいましたが、今回のドキュメントでそのトリックがようやく判りました。何のことはないランケンハイマーには火が入っておらず、後ろからコッペルが推していたのです。広田さんはその連結部分から前だけを巧みに写し込み、「その話はまた後日」と結んでいたのです。
▲茂尻のコッペル103にもランケンハイマーと同様の片仮名書きの銘板が付いていた。「オツトライメルス製造」とあるが、言うまでもなく、オットライメルスはコッペルの取扱代理店名でメーカー名ではない。『鉄道写真2005』より。

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『鉄道写真2005』発売後、46年前にお世話になったお礼にと、広田さんは日本甜菜製糖に掲載誌を送られたそうです。しばらく経って広田さんのご自宅に大きな段ボール箱が届きました。差出人は日本甜菜製糖! すでに当時を知る人はいませんが、古い機関車と従業員のことを覚えてくれていてありがとうございます、という旨の手紙とともに、あの工場で作られたお砂糖が一杯に詰められていたそうです。おすそ分けいただいたポケットシュガーには、「スズラン印のお砂糖は北海道の大自然が育てた甜菜(ビート)からつくられています」と印刷されています。遥か遠い日のランケンハイマーを偲びながらコーヒーでもいただくことにしましょう。
▲アンバランスなプロポーションがかえってチャームポイントとなっているランケンハイマーのサイドビュー。現在ではポーターの成れの果て説が有力だが、いまだに素性は知れず。'59.2.26 『鉄道写真2005』より。

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