鉄道ホビダス

北野白梅町にて。

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先日、同志社大学に伺った際に、ちょっと足を伸ばして京福北野線の北野白梅町駅をのぞいてきました。同志社大学とは指呼の間で、土地勘のない人間にとっては、こんなに近いところに歴史ある路面電車が息づいているのが不思議でさえあります。
▲北野白梅町駅に到着するモボ501形。北野線はほとんど全線が専用軌道で、北野白梅町付近も今出川通の中央を仕切った形の専用軌道となっている。'05.11.6

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聞けば京都市電に路面を譲り渡す1958(昭和33)年までは、この北野白梅町(当時の白梅町)から、今出川通をさらに400mほど先の「北野」まで伸びていたそうで、まさに同志社大学の目と鼻の先で京福の電車を目にすることができたわけです。

今回はほとんど時間がなく、垣間見ただけとなってしまいましたが、北野白梅町の駅の風情が時空を超えて記憶の中のイメージとぴったり同じなのに驚かされました。車輌こそ更新改造が進み、トロリーポール時代から比べると“味わい”という面ではやや減衰してしまった感はありますが、冷房化をはじめ、利用者にとってはおおいに歓迎すべき変化でしょう。
▲平面的な前面意匠が多くなった中で、昔ながらの3枚窓を堅持するモボ301に出会うとちょっとほっとする。

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時間に追われて1往復の発着を見送っただけとなってしまいましたが、ここでも恒例(?)の定点観測をしてみました。といっても行き当たりばったりで「元写真」を持っていったわけではありませんから、何ともアバウトな定点観測となってしまいました。
▲画面左側にはマンションなどの建物が増えたが、驚くほど変わっていない北野白梅町駅ホームからの眺め。右の「石田外科」も看板こそ変わったものの健在。'05.11.6/'73.10.31

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帰ってからさっそく当時のモノクロフィルムを探し出してみました。2枚の写真の間に流れる時空は32年。にもかかわらず独特のホーム屋根をはじめ何もが驚くほど変わっていません。ホーム端にあるトイレの建屋はまるでそのままですし、出発信号機や架線柱の形状もほとんど変わっていません。

今回はせっかく絶好のシーズンにも関わらず、日帰り、しかも往復の新幹線の車中ではパソコンとにらめっこという味もそっけもない京都行きでしたが、次回は是非とも一日ゆっくり北野線と「嵐電」を味わってみたいものです。
▲発車を待つ帷子ノ辻行きモボ130。トロリーポールがZパンタ化されて姿を消したのは、室蘭本線でC57 135牽引の国鉄最後の蒸機牽引旅客列車が走った1975(昭和50)年12月14日のこと。'73.10.31

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