鉄道ホビダス

『内燃動車発達史』下巻が完成!

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いよいよ湯口 徹さんのライフワークとも言える『内燃動車発達史』の下巻「戦前メーカー編」が完成しました。すでに見本は出来あがっており、今週末か、遅くとも来週中には小社特約店の店頭に並ぶはずです。

「上巻/戦前私鉄編」では、各私鉄ごとの内燃動車導入の経緯から、許認可の紆余曲折、改造・譲渡の顛末までが、圧倒的な量の一次資料を駆使して解き明かされ、各方面から絶賛をいただきました。しかし、この上巻を凌いで「下巻」はさらに恐ろしいほどの“濃さ”に仕上がっています。何といっても白眉は、これまでまったくと言って良いほど触れられることのなかった「特許」「実用新案」が徹底的に掘り起こされたことでしょう。これによって、今まで表面には出てこなかったメーカー間の葛藤が浮かび上がり、戦前の日本の気動車の全貌がようやくくっきりと見えてきたといっても過言ではありません。

その最たるものがボギー動車での逆転機保持方式です。1930(昭和5)年に出願された日車方式は、湯口さんの言を借りれば「一種の“コロンブスの卵”だが文字通り基本的発案」で、どう転んでもこれ以上ない最適かつ確実な方式を、日車に実用新案として押さえられてしまった他社は、すでにその時点で苦戦を強いられることになります。そんな事情もあって、結局、戦前の私鉄気動車は日車の圧勝で幕を閉じるわけですが、これに対する鉄道省の対応も実に興味深いものがあります。

キハ36900→キハ41000以降の国鉄機械式気動車は、実はこの日車式の逆転機保持方式を採用しているにも関わらず、『鉄道技術発達史』をはじめとして、国鉄の公式資料にはどこにも日車のパテントに関しての記述はありません。従前の資料はほぼすべてが“官”の側から書かれており、この一例をとっても、“民”の視点が根本的に欠落していたのは自明です。本省工作局としては、国内メーカーの技術は“わが方”の技術と考えたのかどうか…、いずれにしてもそんな“裏事情”も湯口さんの半生を賭けた研究があってからこそ、今回はじめて明らかにされるわけです。

初公開の図面類や初出の写真をふんだんに盛り込んだこの『内燃動車発達史』下巻「戦前メーカー編」は、今後、気動車研究には絶対に欠くことのできない書となることはもとより、過去の鉄道車輌を調べる上での方法論としても、これまでにない新たな地平を築いたことは間違いありません。小部数のためお求めにくい場合は、弊社クイックサービスをご利用のうえ、是非とも書架にお揃えください。

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