鉄道ホビダス

2005年8月16日アーカイブ

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国鉄線上から完全に蒸機の煙が消えて数ヶ月、1976(昭和51)年の夏に「福島・会津磐梯ミニ周遊券」を使ったささやかなラウンドトリップを計画しました。今となっては主目的が何だったのかは思い出せませんが、蒸機時代のお気に入りで幾度となく訪れた会津、しかも日中線にもう一度行ってみたいというのがひとつのきっかけだったかもしれません。
▲キハ51 15の先頭部は荷物室代用としてシートで仕切られていた。合造車を運用するほどの荷扱い量もない区間では、各地でこのような代用荷物室が見られた。

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旅は上野を23時20分に出る707M・新潟行き急行「佐渡7号」で始まりました。東京からの「福島・会津磐梯ミニ周遊券」は周遊区間への往復経路が3種類あり、一般的な東北本線経由の他に、高崎・上越・只見線経由と常磐線・磐越東線経由が選択できました。今回はその経路を最大限に活用してラウンドトリップを試みようというわけです。

12輌編成の急行「佐渡」は2輌のロザ、3輌のハザを組み込みながらも大半の7輌が自由席という周遊券利用者にとってはありがたい夜行でした。夏休みとあってかなりの込みようでしたが、何とか席を確保することができました。クモハ165?23の14番A席、これが仮眠としかいえないひと夜の宿です。

なにしろ707Mの小出着は3時38分。とても寝入ってなどおられません。列車はあっという間に上越国境を越えて真っ暗な小出駅へ到着。名にしおう豪雪地帯とはいえ、真夏の構内は夏草に被われています。なにはともあれ、まずは待合室で只見線の始発5:36発426Dを待つことにします。

426Dはキハ51 15(仙コリ)を先頭にキハ23を2輌つなげた3輌編成で、あのDMH17独特のゴロン、ゴロンというアイドリング音が明けやらぬホームに響き渡っていました。当然、先頭のキハ51に席を構えることにします。
▲払暁の小出駅で発車を待つ426D。右下に見えるのは編成後部キハ23の屋根。

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つい数年前まで大白川?只見間は未開通で、小出?大白川間を只見線、西若松?只見間を会津線只見方と称していましたが、全通とともに只見線の名称に統一されました。大白川から先は、私にとって初めて乗車する区間です。

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6時31分大白川着。つい5年ほど前までは全列車がC11の混合で、しかも牽かれる客車の中には珍しく「ブドウ色1号」(2号ではない)のものが残っていたと聞きますが、いまやすべてが夢、幻…、夏草の中に残された転車台だけが蒸機時代を忍ぶよすがでした。

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