鉄道ホビダス

2005年8月10日アーカイブ

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個人所有のものは別として、恐らく日本で一番状態の良い静態保存蒸機が、北海道の沼田町の指定文化財となっている「クラウス15号」でしょう。

「クラウス15号」は、九州鉄道が開業時にドイツのクラウスから輸入した25t機で、製造は1889(明治22)年11月、つまり今年で116歳とたいへん古く、まさに古典機中の古典機です。九州鉄道の国有化とともに10形15号となり、1925(大正14)年に除籍、東横電鉄の建設工事などに使用されたのち、僚機17号とともに1931(昭和6)年に留萠鉄道入りしています。留萠鉄道では終点の昭和にあった明治鉱業昭和鉱業所の入換機として活躍し、1969(昭和44)年に昭和炭礦が閉山するまで、このクラウス兄弟の姿を拝むために、はるばる昭和の地を訪れたファンも少なくありませんでした。

昭和炭礦閉山後のクラウス兄弟は波乱万丈な日々を送ります。弟分の17号は東京池袋の西武百貨店でオークションにかけられ、当時の金額で105万円で個人の方に引き取られました。その後、1969(昭和44)年10月に鶴見のキリンビール専用線で公開運転、続いて大阪万博で展示、万博が終わると蒸気機関車の動態保存を模索していた大井川鉄道で構内展示運転に供されます。15号の方は閉山とともに地元・沼田町に寄贈されましたが、鉄道100年を機会にこの15号を主人公とした映画が作られることになり、札幌の泰和車輌で動態復元、九州への里帰りも実現しました。しかしこの映画製作が頓挫してしまい、こちらも一時大井川に貸し出され、17号と奇跡の再会を果たすことになります。大井川鉄道での役目を終えたのちは、15号は沼田町に戻りましたが、17号はさらに流転をかさね、1983(昭和58)年に所有者から岩手県遠野市に寄贈されています。遠野市では「クラウス17号を走らせる会」が結成され、5回ほど展示運転が行なわれましたが、その後の市の保存状況が好ましくなく、所有者の方が返還を要請、市内の「万世の里」に移されて今日に至っています。

15kura.jpg沼田町に戻った「クラウス15号」は、1989(昭和59)年にオープンした同町の「ふるさと資料館」横に設けられた専用車庫に保存されることになりました。しかしここからが特筆されるところで、この車庫外にも25mくらい線路を延長してあり、車庫から外に出せる仕掛けとなっているのです。どうやって出すかというと、車庫奥に専用の貨車移動機“アント”が用意されており、このアントを使って屋外に出すわけです。

言うなれば、日本工業大学で動態保存されているB6(2109)が無火状態にあるようなもので、「静態」保存とはいいながら、これほど理想的な静態保存はほかにありますまい。

しかもその手入れの良さたるやお見事で、お話によれば係の方が日々ウエスで磨き上げているのだとか。シリンダーもきっちりと圧縮が残っているようで、アントで押すと排水弁からシュー、シューとかすかに息をする音まで聞こえます。

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ant.jpgこの沼田町「ふるさと資料館」、JR石狩沼田駅から徒歩10分ほどの位置にあり、「クラウス15号」は雪のない4月?11月の天気の良い日は車庫外に出されて展示されます。

これだけ手をかけられ大事にされている保存機は本当に珍しく、ただ、その割りにはあまり知られていないのが残念でもあります。留萌線に行く機会があれば、皆さんも是非とも立ち寄ってみてください。

▲キャブ・インテリアも欠品のひとつもなく磨き込まれている。右側運転台で、芸術的曲線を描くレギュレータ・ハンドルが鶴首のように伸びている。右上はいったんハネられたら冷えるまで作動しそうもない小型の砲金製インゼクタ。一世紀以上前の蒸機の運転がどれほど熟達を要したかが伺い知れる。右は移動用に用意されているアント工業製の貨車移動機「ANT15」。

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