鉄道ホビダス

Nゲージ生誕40周年特別企画講演会を開催。

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今日(27日)は夏休み恒例のNゲージショウ「第27回鉄道模型ショウ2005」の初日で、会場の松屋銀座8階大催場は朝からたいへんな熱気に包まれました。今年はNゲージ生誕40周年とあって、会場内にも特設ブースが設けられ、40年の歴史を彩った懐かしい製品の数々が展示されています。

そして、この記念すべき年を飾る目玉のイベントのひとつが、KATOブランドでお馴染みの㈱関水金属会長で、日本Nゲージ鉄道模型工業会会長でもある加藤祐治さんの講演会でした。この「Nゲージ開発物語…新たなる挑戦から誕生前夜まで」と題した講演会(日本Nゲージ鉄道模型工業会主催)、何と私が聞き手としての出演を仰せつかることとなり、この一週間ほどその下調べと準備でおおわらわでした。

台風一過の快晴の下、松屋から少し離れた会場の紙パルプ会館レセプション・ルームには、開場の13時半を待たずして多くの方々が、めったに聞けない加藤会長のお話に耳を傾けようと詰め掛けていました。ファンの方はもとより、模型メーカーの社長さんや問屋さん、さらには業界新聞の記者さんまでが会場を埋めつくし、14時定刻に講演会が始まりました。


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わが国初のNゲージ・スケールモデルが1965(昭和40)年に発売された関水金属のC50形蒸気機関車であることは広く知られていますが、その発売に至るまでの加藤さんの足跡は意外と知られていません。

1927(昭和2)年にお生まれになった加藤さんは、根っからの鉄道好きとして少年時代を過ごしますが、時ちょうど戦争のさなか、鉄道模型への思いはなかなか形にできなかったといいます。戦後、お父さんの金型製作会社・加藤金属彫刻社を手伝う傍ら、自分の趣味を何とか家業に活かせないかと考えたのがドロップフォージングによる台車の製造でした。1950(昭和25)年にわが国初の“ピボット”軸受け台車を発売、その後さまざまな新機軸を打ち出して、ドロップ台車の加藤の名を不動のものにしてゆきます。

今回、今だからもう話しても…と仰って、現在で言うところのOEMのお話も語っていただきました。天賞堂はもとより、カツミ、カワイ、つぼみ…当時名を馳せたメーカーのドロップ台車は、実はほとんどが加藤金属がOEMで送り出したものだそうです。さらにはあのカツミ“シュパーブライン”の煙室扉やらロッドやら台車やらも実は加藤さんの製造だったそうで、そう聞くと、古くからの16番ゲージャーの方もおちおち足を向けて眠れません。

ソニー・マイクロトレーンの金型処分に立ち会った話、文京区関口水道町に新会社を築き地名の頭文字を取って「関水金属」としたこと、ニュールンベルクのトリックス本社でカプラーの世界統一を成し遂げた話、時計の文字盤の印字技術にヒントを得て車体標記のレタリング手法を開発した話…等々、予定の一時間半を超えての白熱したお話が続きました。

近年、産業考古学的見地からの近代化遺産の発掘や聞き取り調査が盛んに行なわれるようになってきています。図らずも、今回はこれまでほとんど語られることのなかった、製品史ではない鉄道模型史にスポットを当てられた稀有の機会で、微力ながらそのお手伝いをできたことは編集者冥利に尽きる思いです。なお、詳細は9月発売の『RM MODELS』誌上でご紹介できる予定ですのでご期待ください。

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