鉄道ホビダス

2005年7月29日アーカイブ

"くりでん”孤軍奮闘!

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“くりでん”を訪れたのは4回目、といっても前3回は「栗原電鉄」だった時代ですから、「くりはら田園鉄道」と名を変えてからは始めての訪問となります。

1987(昭和62)年3月の三菱金属細倉鉱山閉山に伴って、それまで頼みの綱にしてきた貨物輸送の廃止を余儀なくされ、1993(平成5)年12月をもって第3セクター経営に以降、さらに1995(平成7)年春からは、変電所維持費やメンテナンス費用の削減のために、せっかくの電化路線を気動車化するなど、ドラスティックな挑戦を続けてきました。

しかし、時代の趨勢を止めることは難しく、欠損補助金も途絶えた今となっては、万策尽きたというのが実情かもしれません。事実、日中の乗客は目を疑うほど少なく、すでにアナウンスされている来年度末での廃止が覆ることはなさそうです。

↑写真は尾松駅を発車する下り11レのKD952。電気鉄道時代の名残りを留める架線柱は全線に渡って残されている。'05.5.15


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近代化が遅れて時代に取り残された…と言ってしまえばそれまでですが、“くりでん”には、私たちの世代に語りかけるいろいろな小道具が揃っています。わずか延長25.7kmですが、JRとの接続駅・石越駅の独特の雰囲気といい、若柳車庫の佇まいといい、栗駒駅に残る腕木式信号機といい、標準レンズを付けたレンジファインダー・カメラ1台を下げて撮り込みたい、そんな思いを抱かせる鉄道です。

鉄道側もサポーターズ・クラブを立ち上げるなど、多角的に経営努力を重ねているようですが、根本的な利用客の少なさ、そしてそれにともなう賃率の高さといった連鎖は断ち切りがたく、趣味的には味わい深いストラクチャ?やシーナリィーとは裏腹に、ほとんど回送状態で鶯沢の勾配に挑む気動車を見ていると、その現実の厳しさに目を被いたくなる思いです。

残された時間はわずかですが、孤軍奮闘を続ける“くりでん”がなんらかの形で活路を見い出してくれるのを願うばかりです。

↑石越駅はJR石越駅を出た右手にある。頭端式ホームを持つ小洒落た駅舎は今では無人となってしまったが、JRと“くりでん”ふたつの駅を中心とした駅前の空間は、かつて東北各地に見られた地方私鉄の起点の匂いを色濃く残している。例え701系であろうと、是非ともJRの列車から降り立ち、乗り換える妙味を体験してみたい。"05.5.15

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