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皆さん、それでは良いお年を…
この一年、小ブログにお付き合いいただき、ほんとうにありがとうございました。年末年始はしばし休載とさせていただきます。新年は6日(水曜日)より再開する予定にしておりますので、どうか来年もかわらぬご愛読のほどをお願い申し上げます。
皆さん、それではご家族ともどもよいお年をお迎えください。
編集長:名取紀之 敬白

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▲2基のクレーンによって仮台車に載せられた主台枠からボイラーが吊り上げられる。'09.12.29 梅小路運転区 P:高橋 修
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運転開始30周年を迎えた「やまぐち」号で活躍するC57 1号機が全般検査に入場、今回の検査ではボイラ部を解体、専門メーカーで徹底的な検査・修理が行われることになりました。

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▲扇形庫6番線で搬出を待つボイラ。搬出作業は9時15分頃から始まった。'09.12.29 梅小路運転区 P:高橋 修
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今週月曜日(12月21日)に梅小路運転区で報道公開された搬出作業では、扇形庫6番線から仮台車に載せられて庫外に出されたボイラが、待ち受ける50トンと65トンクレーン車2台によって吊り上げられ、大型トラックに積み込まれました。

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▲仮台車に載せられた主台枠とボイラーを人力で搬出する。右は給水温め器。'09.12.29 梅小路運転区 P:高橋 修
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▲転車台上をゆっくりと移動する。めったに目にすることの出来ない貴重なシーンだ。'09.12.29 梅小路運転区 P:高橋 修
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C57 1号機は1937(昭和12)年3月22日川崎車輌製、来年で73歳を迎えることになります。とはいえ、戦時中の酷使と被弾等もあって1958(昭和33)年にはボイラを新製して載せ替えていますので、現在のボイラは新製時のものではありません。その後、1961(昭和36)年に羽越本線村上?間島間で急行「日本海」を牽引中に土砂崩れに遭遇して脱線転覆、大破して廃車の危機に陥りましたが、運良く復活。さらには1995(平成7)年には鷹取工場に検査入場中に阪神・淡路大震災で罹災するなど、幾度の艱難辛苦を乗り越えたまさに“強運”の機関車と言えます。

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▲大型トラックに載せられて梅小路を出てゆくC57 1号機のボイラ。来春には再びこの路を戻ってくるはず。'09.12.29 梅小路運転区 P:高橋 修

専門メーカーによる検査・修理が完了してボイラが再び梅小路に戻ってくるのは来年4月下旬とのことで、来シーズンにはリフレッシュしたボイラで快調に津和野を駆けるC57 1の姿を目にすることができるはずです。

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今度の日曜日は「猫市」へ。

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▲「鉄ホビ・ヤード」はこの日は定休日。「猫市」に向けて続々と集まってくる「お宝」のチェックに励むB滝さん。「猫市」当日はB滝さんも皆さんをお出迎え。'09.12.24

昨年末に弊社社屋で「ホビダス感謝DAY」を開催いたしましたが、大変ご好評をいただきましたことから、今年は来る12月27日(日)にジャンルを拡大し、その名も「猫市」として開催することとなりました。

091225n2934.jpg鉄ホビ・ダイレクトから鉄道模型や鉄道趣味グッズ関連の商品はもちろん、ホビダスダイレクト、模型ホビダス・ダイレクト、ホビダスオート・ダイレクト、ホビダスダイレクト・ホーム&ガレージからも様々なアイテムが登場する予定です。もちろんネット上には掲載していないアイテムも数多く登場いたします。また、当日は「鉄ホビ・ヤード」のオープン・デーでもあり、まだお出でになったことのない方にとっても絶好の機会と言えましょう。日曜日は是非「猫市」にお出でください。
▲編集部スタッフをはじめとした放出品の数々。もちろんNゲージ系の「お宝」も続々登場予定。
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▲そしてこんな「お宝」も…。いったいどんな出会いが待っているかはお出でになってのお楽しみ。

■イベント内容
・ネコ・パブリッシングでの展示即売会
・特価品、ワケあり品、長期在庫品セール
・編集部員/社員によるフリーマーケット、絶版本/雑誌特価販売
■出展店舗
・ホビダスダイレクト
 (世田谷ベースグッズ、アパレル全般)
・鉄ホビ・ダイレクト
 (鉄道模型、鉄道趣味グッズ関連)
・模型ホビダス・ダイレクト
 (ミニカー、フィギュア、プラモデル、トイ)
・ホビダスオート・ダイレクト
 (自動車関連部品、アパレル、グッズ、ミニカー他)
・ホビダスダイレクト・ホーム&ガレージ
 (ガレージグッズ、インテリアグッズ、雑貨)

091225nekoichi_520px.jpg○開催日:2009(平成21)年12月27日(日)
○時間:11:00~17:00
○開催場所:株式会社ネコ・パブリッシング本社
      〒152-8545 東京都目黒区碑文谷4-21-13
○問い合わせ:TEL 03-5723-6300
●入場無料!!
ご来場いただいた方には記念品をプレゼントします。
(記念品がなくなり次第終了します)
●交通機関について
駐車場はございません。おクルマでお越しの際は近隣の有料駐車場をご利用ください。
電車でのアクセスの場合は東急東横線・都立大学駅より徒歩10分。
バスでのアクセスの場合はJR目黒駅西口発・黒01系統「大岡山小学校前」行き「平町」バス停下車徒歩1分。

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1968(昭和43)年以来40年以上にわたって運用している6000系車輌に代って、東京メトロでは2010(平成22)年秋以降、新型車輌16000系16編成(160輌)を投入することとなりました。
▲千代田線の新型車輌16000系の外観イメージ。 (東京メトロ ニュースリリースより)

新製される16000系は、駆動システムに永久磁石式同期型モーター(PMSM:Permanent Magnet Synchronous Motor)を採用。10000系搭載の誘導モーターに比べて約10%の消費電力量を削減し、各装置の省エネルギー化をはじめ、走行騒音の低減やリサイクル性、安全性の向上を積極的に図っています。また、客室内は、天井構造の見直しにより荷棚上の空間を拡大するほか、連結面に大型ガラスを採用、荷棚と座席横の仕切りの一部にガラスを採用して、広がりのある空間を実現するとともに快適性の向上を図っています。さらに、車輌床面高さを下げることで、ホームとの段差を少なくし、バリアフリーにも配慮がなされています。

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▲車内快適性や利便性を向上した16000系の客室内イメージ。 (東京メトロ ニュースリリースより)

東京メトロ発表による主な特徴は次のとおりです。
■車内快適性の向上
○車内快適性を高めるため、冷房能力を48kW/輌(6000系)から58kW/輌に向上。
○一人あたりの座席幅を430mm(6000系)から460mmに広げるとともに、クッション性を高めることで座り心地を向上。
■利便性の向上
○車内表示器は各ドア上部に17インチワイド液晶を2画面配置、乗換案内や駅設備案内等、より多くの情報を見やすく、きめ細かに提供する。
○車内の床面高さを1,200mm(6000系)から1,140mmとし、ホームとの段差を縮小。
○立った状態での姿勢保持や立ち座りの補助の目的から、座席前にスタンションポールを設置。
○車端部では、手荷物の上げ下げの容易性を高めるため、荷棚高さを1,770mm(6000系)から1,700mm(両端部以外は1,750mm)に下げるとともに、吊手の高さを1,640mm(6000系)から1,580mmと低くした。
○出入口の床に、床の色とコントラストを付けた識別板を設け、出入口部を識別しやすくした。
○車輌内外からドアの開閉のタイミングを確認できるよう、出入口上部に開閉動作に合わせて点滅する表示灯を取付け。
■環境負荷低減
○従来から導入しているアルミニウム合金製車体の技術を継承し、各部材の材質を極力統一してリサイクル性を向上。
■車体強度向上
○ダブルスキン構体の採用や車体四隅の隅柱強化等により車体強度を向上するとともに、振動を低減して乗り心地を向上し、走行騒音の低減を図った。
■火災・有毒ガス対策の強化
○火災発生時に有毒ガスを発生する材料や高温で溶け落ちる材料は使用しないなど、火災・有毒ガス対策を強化。

1992(平成4)年に後継と目される06系1編成が投入されたものの、6000系はのべ36編成の大勢力として、時代を超えて千代田線の“顔”として親しまれてきました。16000系の登場で、来秋以降、ついにその牙城も崩れてゆくこととなります。

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ドコービルの厩。

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▲“聖地”ドコービル家に陽が沈む。ポータブル軌道=軌匡は、コの字型に配されたこの巨大な農家から全世界に広がっていった。'95.10.26

街がクリスマスの賑わいに包まれるこの季節になると思い出すのが、ベツレヘムの厩ならぬドコービルの厩です。かれこれ14年前、フランスのガレージキットメーカー=デュトン・プロダクションのレイモンド・デュトンさんをパリ郊外のお宅に訪ねた際、わざわざ駆けつけてくれたのがドコービル博物館設立準備委員会のファーレー会長でした。

091223decauville2n.jpgポータブル軌道(可搬式軌道=軌匡)の発案者であるポル・ドコービルはパリ郊外の大農場の長男に生まれ、自らの農地から甜菜を運搬するために、独自の可搬式軌道を考案したとされます。時に1873(明治6)年。5年後にはパリ万国博覧会で金賞を獲得し、ドコービル・システムは一気に世界へと伝播してゆきます。恒久軌道としてのナローゲージが、4フィート(1219㎜)や4フィート8インチ(1422㎜)といった19世紀初頭のマザーゲージからダウンサイジングして発達したのに対して、ドコービルは突如としてフランスの農場の片隅に、いわば “降臨”したのです。
▲納屋の中に残されたオリジナル・ドコービルの軌道。'95.10.26
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091223decauville4n.jpgファーレー会長にぜひ見せたいものがあると促されてクルマを飛ばすこと30分あまり、案内されたのは時代がかった巨大な農家の納屋でした。なぜこんなところに連れて来られたのか訝しがる私に向かって、ファーレー会長はおもむろに切り出しました。
「今あなたの立っているここがドコービル家です。ドコービル・システムの生みの親であるポル・ドコービルはこの家で生まれ、この家で最初の軌匡を生み出したのです。そして足元にわずかに残された軌道こそがオリジナル・ドコ-ビルなのです。」
▲博物館設立に向けて保存車輌も集められつつあった。写真は戦後製のTMB15形小型ディーゼル機関車。'95.10.26
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なんの心構えもないまま、突然目の前に現れたベツレヘムの厩ならぬドコービルの厩。この線路がなければ、その後百年にわたって世界を席捲したインダストリアル・ナローゲージも、ひいては自分自身の趣味もなかったのかと思うと、ただただ言葉がありませんでした。

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▲ドコービル家の中庭にて。ご当主の奥様と出てくるのはドコービル博物館設立準備委員会のファーレー会長。'95.10.26

“聖地”ドコービル家に博物館を…と奔走されていたファーレー会長をはじめとした設立準備委員会ですが、残念ながらその後、公開に至ったという情報は伝わってきていません。
去り際に夕日の中で見たドコービル家の光景は、生涯決して忘れることなく深く心に刻まれています。

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▲甲種輸送で東海道本線を一路任地・東京へと向かうEF510 501。'09.12.19 東海道本線真鶴―根府川 P:鈴木龍一 (「今日の一枚」より)
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昨年末にプレス発表されて以来、その誕生が待ち望まれていた「カシオペア」「北斗星」用のJR東日本のEF510形交直流電気機関車の第一陣が完成、先日、兵庫県の川崎重工をロールアウトしたトップナンバー機は、すでに田端運転所に到着、試運転の時を待っています。注目の車体デザインはブルートレイン客車とコーディネートしたブルーの車体に金色の帯、そして側面には流星を思わせる星のマークが施されています。

091222n0480.jpg現在「カシオペア」「北斗星」運用に充当しているEF81形の老朽化に伴って、その置き換え用として、JR貨物が開発したEF510形15輌を新製するとJR東日本が発表したのが昨年12月。あらためて申し上げるまでもなく、EF510形はJR貨物が当初からEF81形の置き換え用として開発した3電源方式の交直流電気機関車で、2001(平成13)年に1号機が完成しました。
▲多くのファンが注目する中、工場を出るEF510 501。'09.12.18 川崎重工業兵庫工場 P:長井崇志
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▲在来のEF81とEF510との比較。なお、JR東日本としては発足以来初めての電気機関車の新製となる。(JR東日本プレスリリースより)
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▲車体構造は貨物機と変わっていないように見えるが、車体塗色が変更されたことによってまったく別の機関車のようにさえ見える。'09.12.18 川崎重工業兵庫工場 P:長井崇志
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▲正面ライト回りには金色の帯が入れられている。キャブ側面のJRエンブレムはシルバー。'09.12.18 川崎重工業兵庫工場 P:長井崇志
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しかもEF510形はもともとEF210形の交直流版として日本海縦貫線での使用を想定して開発され、現在は全機16輌が富山機関区に集中配置されて、大阪(タ)~青森(信)間で運用されています。それだけに、耐寒・耐雪機能も実証されており、JR東日本はそのポテンシャルに注目して、会社を超えて自社のEF81形置き換えに起用することとなったものです。

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▲側面には流星を思わせるマークが輝く。裾部に入れられた金帯の上部には“EAST JAPAN RAILWAY COMPANY”の文字が…。'09.12.18 川崎重工業兵庫工場 P:長井崇志
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▲番代は500番代に区分されている(左)。車体側面の星マークと側面の形式番号標記(右)。'09.12.18 川崎重工業兵庫工場 P:長井崇志
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▲サイドビューを見る。来年には本機が「カシオペア」や「北斗星」の先頭に立って活躍を始めるはず。'09.12.18 川崎重工業兵庫工場 P:長井崇志
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新製輌数は15輌。注目の番代は500番代が付与されています。使用が開始されると、現在田端運転所のEF81が受け持っている寝台特急「カシオペア」や「北斗星」などの寝台特急列車は順位このEF510形に置き換えられることになります。

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▲昇降式のスノープラウが一面の銀世界と化した鉄路をかき分ける。茶志内の“大コン”9217は美唄からの転属機だ。'59.2.10 三菱鉱業茶志内専用鉄道 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

寿都鉄道で幕を開けた撮影行は、偶然耳にした胆振線のキマロキ運転で早くも旅程の変更となります。佳き時代のことゆえ、幸いにも添乗を許され、3台のレンジファインダーカメラはキマロキの信じがたい雪との闘いを活写してゆきます。そのアングルはまさに広田写真の真骨頂ともいえるもので、必見です。

091220n2929n.jpg夕張地区の数々の私鉄・専用線を丹念に巡りながら、広田さんのカメラアイは鉄道そのものではなく、いわば“空気感”をも写しとってゆくのです。その一連の作品は、鉄道写真を志す皆さんに時代を超えて普遍の方向性を示すとともに、模型心を持った方にとっても、掛け替えのないインスピレーションとなって響くに違いありません。

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▲8850の動輪が躍動する。ランボードからの流れ、第1動輪に集中するロッド。ドイツ機の血をひくテンホイラーは奈井江の地で元気だ。'59.2.22 三井鉱山奈井江専用鉄道 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

そして本書のもうひとつの白眉ともいえるのが、『鉄道ファン』宮田寛之名誉編集長による解説です。「広田さんの昭和34年の北海道撮影行と当時の私鉄・専用線の蒸気機関車について」と題された16ページにわたる解説は、「私の前半生は広田さんとともにあり…」と記される宮田さんならではのもので、昭和二十年代後半の鉄道趣味界の動向から解きおこされ、当時の諸先輩方のつながり、そして鉄道写真黎明期の胎動がひしひしと伝わってくる必読の内容です。

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▲憧れの“ランケンハイマー”についに出会った。十勝の野を走るランケンハイマー、感激の一瞬である。'59.2.26 日本甜菜糖十勝清水専用鉄道 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

もちろん登場する各私鉄・専用線の蒸気機関車についての的確かつ味わい深い解説は宮田名誉編集長ならではのもので、期せずして宮田さんが師と仰ぐ臼井茂信さんが『鉄道讃歌』に寄せられた解説を彷彿させます。素晴らしい形式写真の数々とともに、間違いなく後世に残る解説ページとなっております。

091220n%EF%BD%8832.jpg■本書に登場する主な鉄道
寿都鉄道、胆振線、日本製鋼所室蘭工場、栗林商会、北海道砂鉄伊達工場、大夕張鉄道、真谷地専用鉄道、角田鉱業所専用鉄道、夕張鉄道、美流渡専用鉄道、美唄鉄道、茶志内鉱専用鉄道、奈井江鉱専用鉄道、茂尻鉱業所専用鉄道、芦別森林鉄道、油谷鉱業専用線、日本甜菜製糖十勝清水専用鉄道、北海道拓殖鉄道、根室拓殖鉄道、庶路鉱業所専用鉄道、雄別鉄道、尺別鉱業所専用鉄道、釧路臨港鉄道、釧路埠頭、日本甜菜製糖磯分内専用鉄道、置戸森林鉄道、運輸工業専用線、北日本製紙江別工場専用線、定山渓鉄道、茅沼炭化工業専用鉄道/簡易軌道風蓮線
▲“銀竜”のエンジンをかけるべくクランクを回す。'59.2.16 根室拓殖鉄道 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

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▲16ページにわたる詳細な解説は『鉄道ファン』名誉編集長の宮田寛之さんによるもの。 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

そして巻末には、4年後の昭和38(1963)年10月に撮影された「一馬力の殖民軌道 ―簡易軌道風蓮線の一日―」を収録いたしました。根釧原野に最後に残された馬力による簡易軌道に会いたくて、はるばる根室本線厚床を訪れる情熱は、『昭和三十四年二月 北海道』の時となんら変わってはいません。

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▲見渡す限りの秋の根釧原野を「一馬力の殖民軌道」が行く。'63.10 簡易軌道風蓮線 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

カメラこそニコンFに進化してはいるものの、被写体の鉄道、そしてそれを取り巻く人びとへの眼差しは、鉄道写真の“原点”を深く心に刻んでくれるものです。『昭和三十四年二月 北海道』は、鉄道写真を志すすべての方に、是非、是非、ご覧いただきたい珠玉の一冊です。
■広田尚敬写真集『昭和三十四年二月 北海道』 (限定出版)
・A4判変形(本誌同寸)208ページ(モノクロ/一部2色刷り)
・上製本、ケース入り
・定価:10,000円(税込)

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▲時刻は8時12分、山のくすんだ朝日が9237を照らし出す。北国の冬は石炭の匂いで充満していた。'59.2.9 大夕張鉄道大夕張炭山 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

今年の掉尾を飾るに相応しい一冊、広田尚敬さんの写真集『昭和三十四年二月 北海道』が間もなく発売となります。

091220n2931.jpgちょうど50年前の昭和34(1959)年2月2日19時25分、東北本線経由青森行き115列車で広田尚敬さんの北海道撮影行が始まりました。それまでにも青木栄一さんをはじめ(RMライブラリー『昭和29年夏 北海道私鉄めぐり』参照)何人かの先達が、北海道の鉄道、とりわけ私鉄・専用線に残された古典蒸機を求めて渡道されてはいましたが、冬季、しかも厳冬期の2月に撮影のために津軽海峡を渡った方は誰もおられませんでした。
▲ブックデザインはわが国を代表するブックデザイナー祖父江 慎さんの手によるもの。
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▲昭和34年2月2日夜、いよいよ無謀ともされた厳冬の北海道撮影行が始まる。115列車発車前の上野駅ホームで“機関車グループ”のささやかな壮行会。左から3人目の学生帽姿は本書の解説を担当してくださった『鉄道ファン』名誉編集長の宮田寛之さん。'59.2.2 上野 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

当時、広田さん24歳。大先輩の萩原政男さん(『鉄道ファン』初代編集長)からは「やめなさい。冬行ったら凍え死にます。それにお目当ての古典ロコは、雪と蒸気に包まれて見えませんよ」と忠告されながらも、夏に南九州、冬こそ北海道、寒い時にこその表情を写し撮りたいと、無謀とも思われる渡道を決意されたのでした。

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▲清水沢6時32分発の一番列車が大夕張炭山駅に到着。貨車からは天然冷凍品となった海辺の街からの荷物が次々とおろされる。'59.2.8 大夕張炭山 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

鉄道友の会の「機関車グループ」のメンバーでもあった広田さんは、この当時すでに鉄道写真コンクールの常連入賞者で、『鉄道ピクトリアル』誌上でも数々のグラフを発表されていただけあって、世代を超えて多くの方々がこの渡道を支援されました。国鉄工作局にお務めで、のちに「ゆうづる」のヘッドマーク・デザインなどでも知られる趣味の大先輩・黒岩保美さんもそのお一人で、事前に数々のレクチャーをされるばかりか、旅程に沿っていくつかの国鉄宿泊所まで紹介してくださったそうです。

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▲海抜244メートルの真谷地に向かう8100形5052。客車はコハフ1とホハ1。完全逆光のためフードが役に立たず、画面左上には覆った手が写り込んでいる。'59.2.8 北炭真谷地炭礦専用鉄道五区?六区 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

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▲夕張鉄道11号機のテンダーからすれ違う“アメB”夕鉄6号機を捉える。'59.2.7 夕張鉄道若菜 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

そして北海道の鉄道の第一人者で鉄道友の会北海道支部長でもあった小熊米雄さんは、ほとんど情報のなかった道内の私鉄・専用線の現状を伝えてくださり、24日間にわたる旅の最後には桑園の小熊さん宅を訪ねることになります。

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▲夕張鉄道の新二股から角田炭礦へは小さなポール電車が往復していた。当時はこんな山の中の炭礦街も活気に満ち溢れていた。'59.2.21 北炭角田鉱業所 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

こうして多くの皆さんに支えられながらスタートを切った厳冬の北海道撮影行ですが、カメラはなんとレンジファインダー機3台だけ。しかもレンズは標準50㎜と35㎜、そして85㎜の3本のみ。フィルムはもちろんモノクロで、しかも潤沢にあるわけではなく、ひとコマひとコマ指折り数えながらの撮影だったと聞きます。

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▲沼ノ沢で発車を待つ真谷地行き5051。三脚にセットしたレオタックスFのシャッターをTにセットし、マグネシュームをドンと発光させて写した一枚。'59.2.8 北炭真谷地炭礦専用鉄道沼ノ沢 (広田尚敬『昭和三十四年二月 北海道』より)

寿都鉄道の8100を皮切りに24日間にわたったこの撮影行の作品は、これまで数枚を除いて発表されたことがなく、イヤーブックとして発行していた『鉄道写真』2001~2005にその途中までを連載いただきましたが、この『昭和三十四年二月 北海道』はその完成編としてお送りするものです。半世紀前、3台のレンジファインダーカメラでこれだけ圧倒的なドキュメント、いや作品が生み出されていたことに改めて驚かされるとともに、この一冊は広田写真、ひいては近代鉄道写真の“原点”を物語るものといっても過言ではないはずです。

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▲C62にとってもっとも輝いていた時代、4レ特急「はと」の先頭にたって山科の大カーブをゆく宮原区の30号機。P:佐竹保雄 (『国鉄時代』vol.20より)
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21日発売の『国鉄時代』vol.20は2号連続特集の第二弾、C62(下)をお送りします。今号の目玉はなんといっても「C62栄光の軌跡」です。「栄光の…」「極限の…」といった形容がされる急客機C62ですが、果たして49輌全機が特急牽引の栄光に浴したことがあるのでしょうか。今回の企画は編集を担当する山下のそんな疑問からスタートしました。それでは山下より今号の見所をご紹介いたしましょう。

091219n001.jpgまずは特集の「C62栄光の軌跡」。年配のベテランファンの方々でも、全機特急を牽引したとは考えられないと言いますが、一輌一輌、特急牽引の写真が残されているか検討していくと、ざっと40輌は見つかります。履歴を見ると全機特急運用のある機関区に所属したことがありますから、可能性はあると判断し、“特急のヘッドマークを掲げた走行写真”にターゲットを絞り、多くのベテランファンの方々にもう一度ネガを点検していただきました。

091219n015.jpg撮影時はめずらしいなどとは思わなかったから、ほとんど忘れかけていたけれど…とおっしゃって、多くの写真が編集部に届きました。結局、45号機のみ、編成を牽引しているシーンは見つからず、機関区の停車シーンと、5レ「ゆうづる」牽引の帰りにヘッドマークにカバーを付けて各駅停車を牽引する姿、いわば「状況証拠」といったところです。それでも、全機特急を牽引したということが実証でき、大好きなC62に「特急機」という面目をほどこすことができたことは、ファンとしてこの上なく嬉しく思います。49輌ただ並べたわけではなく、順番をなるべくくずさぬように東海道・山陽本線から常磐線までグラフィックに名場面を構成いたしました。
▲1号機から49号機まで全機を特急ヘッドマーク付きで収録した画期的特集。トップを飾るのは宇田賢吉さん撮影の201レ「かもめ」を牽く広島二区の1号機。 (『国鉄時代』vol.20より)
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▲C62 21〔尾〕の牽く2レ「はつかり」や23号機〔平〕の牽く「ゆうづる」の姿は首都圏のファンにとって忘れられないものであった。 (『国鉄時代』vol.20より)
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巻頭を飾るのは細川延夫さんの遺作、呉線です。呉線にC62が本格的に入線したのは昭和40年からですが、その前にも米軍関係の列車を牽引して入線していたことがよくあったとのことで、瀬戸内海を背景にした見開き写真はその列車のようです。撮影時の記録がなく、詳細な撮影時期はいまや分からなくなってしまいましたが、その海を背景にした写真以外はすべて昭和40年以降と思われます。文章は細川さんと親交の深かった元機関士の宇田賢吉さんに添えていただきました。乗務員ならではの視点でお書きいただいた文は、我々ファンには宝にも等しい記録と言えます。また個々の写真の解説のために、呉線沿線にわざわざ確認に行っていただいたりして、正確を期すという面でも宇田さんならではのこだわりがある記事です。

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▲尾久区の38号機や39号機の牽く「はつかり」。39号機の「はつかり」牽引の姿は珍しい。 (『国鉄時代』vol.20より)
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Vol.20は前号ではあまり触れなかった「西」にシフトしており、列車史研究家の三宅俊彦さんの「山陽本線 中・西部のC62」はその中でも昭和30年代後半のブルートレイン牽引全盛期を語る上ではこの上なく貴重な資料といえます。短編成の「かもめ」とは対照的な堂々の20系編成の先頭に立つ山陽型のC62は、同機の歴史の中でもやはり華の一つに挙げられるでしょう。

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▲宇田賢吉さんによる「呉線とC62」。細川延夫さんによる瀬戸内をゆくC62の姿が強く印象に残る。 (『国鉄時代』vol.20より)
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▲形態分類と運用で振り返る「宮原区EF58の輝ける日々」は、1970年代中盤、正面窓のHゴム化やヒサシの左右一体化、さらにはパンタグラフのPS22B化などが急速に進むなか、最後まで美しい姿を保っていた宮原区所属機の動向を克明に追った記録。 (『国鉄時代』vol.20より)
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一般記事では「宮原区EF58の輝ける日々」が目を惹きます。東海道に君臨したEF58ですが、その末期に焦点を当てた運用と形態分類。「ゴハチ」ファンならずとも懐かしくも刺激的な記事となっています。

091219n021n.jpg「常紋1984」では蒸機全廃後約10年、最も地味だった時期の北の峠の撮影記。大自然の景観は今も変わりませんが、DD51の牽引する緑のコンテナやスイッチバックに時代の流れを感じます。
大好評の特別付録DVDは、三品勝暉作品「C62重連怒涛の旅路」、宮内明朗作品「小海線のC56」です。スピードも大きさも対象的な2形式の活躍ぶりをご覧ください。
『国鉄時代』も創刊5年、vol.20を迎えました。来年もますます「圧」を上げて驀進したいと思っております。

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▲雨の朝、人影も少ない早朝の大宮駅に寝台特急「北陸」がすべり込んできた。'09.12.3 東北本線大宮 P:織田澤潔さん (「今日の一枚」より)
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本日(18日)14時、JR東日本から来春のダイヤ改正の概要が発表となりました。「成田エクスプレス」の増発や、横須賀線武蔵小杉駅開業などの明るい話題のかげで、上野~金沢間の寝台特急「北陸」と、最後のボンネット車定期運用だった急行「能登」が消えてゆくことが判明しました。

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▲夜明け前、「能登」が終着・上野に向けてラストスパート。'09.12.6 東北本線尾久―上野 P:宮田 誠さん (「今日の一枚」より)
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091218n5.jpgJR東日本の今回のダイヤ改正の主な内容は以下のとおりです。
○「成田エクスプレス」の増発・新型車輌増投入
・「えきねっと」によるチケットレスサービス開始
○横須賀線「武蔵小杉駅」が開業
・横須賀線・南武線朝通勤ピーク時間帯の増発
○「東京メガループ」の利便性を向上
・横浜線朝通勤時間帯の根岸線直通列車増発
・横浜線データイムの快速列車増発
・武蔵野線データイムの東京直通列車増発
○上越新幹線「とき」の到達時分短縮
▲都心で見られる最後のボンネット。この姿が見られるのもあと3ヶ月。'09.12.13 東北本線尾久―上野 P:梅木智晴さん (「今日の一枚」より)
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このうち「成田エクスプレス」は来年夏頃には全編成がE259 系に統一される予定です。また車輌関連では、すでにご紹介したように(アーカイブ「209系 京浜東北線・根岸線から引退へ」参照)京浜東北・根岸線へのE233系大量投入(昨年度まで480 輌、今年度350輌投入)により、同線の830輌全車がE233系に統一されます(2010 年1 月25 日予定)。また来年夏頃より京葉線へのE233系投入(アーカイブ「京葉線にもE233系」参照)が開始されます。

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▲上越国境を駆け下りて東京を目指す「能登」。国鉄特急色を纏う伝統のボンネットスタイルもついにカウントダウンの時を迎えた。'09.12.12 上越線水上 P:神山宗二さん (「今日の一枚」より)
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いずれにせよ、趣味的には、昨春の「銀河」、今春の「富士・はやぶさ」に続いて、またしても寝台列車・夜行列車が消えてゆく寂しさは禁じえません。プレスリリースには「ご利用の減少と車両の老朽化に伴い、寝台特急「北陸」(上野~金沢間)及び急行「能登」(上野~金沢間)の運転を取り止め、週末や夏休みなどお客さまのご利用の多い時期を中心に臨時列車を運転します」と記されています。

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▲寝台特急「北陸」尾久駅通過。 金沢へのブルートレインの旅路は始まったばかり…。'09.12.10 東北本線上野―尾久 P:梅木智晴さん (「今日の一枚」より)
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またひとつ消えていってしまうブルートレイン、そしてボンネット車最後の定期運用の消滅…注目のダイヤ改正実施日は3月13日(土曜日)に決まりました。
なお、JR西日本金沢支社では最終運転日となる3月12日(金曜日)に、金沢駅で「北陸」と「能登」両列車の最終列車出発式を予定しているそうです。

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