レイル・マガジン編集長自らが作る編集日記。

残された最後の「川造型」。

2005年11月29日 17:13
名取紀之

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今年のはじめにED403が派手なクライアント・カラーに塗り替えられて話題となった岳南鉄道ですが、幸い(?)にもこの塗色変更は他機には及んでおらず、古豪ED501は麗しいチョコレート色のまま今日も活躍を続けています。
▲「川造型」のプロフィール。一時は前面が警戒塗装(ゼブラ模様)であったが、現在はその警戒色もとれてまさに威風堂々。'04.7.14 比奈

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このED501(形式はED50形)、1928(昭和3)年に川崎造船所で誕生した「川造型」と通称される古武士のような無骨な電気機関車で、ほぼ同設計のものが小田急電鉄(ED1011、1012 ※形式はデキ1010形)と西武鉄道(E21、22)にもおり、関東のファンには馴染み深い電機、いや「電関」でした。ただ、1968(昭和43)年に小田急のED1011が廃車されたのを皮切りに、1973(昭和48)年に西武E21、1978(昭和53)年に西武E22、そして1985(昭和60)年に小田急ED1012が廃車されるに至って、ついに5兄弟の中で生き残ったのは岳南ED501だけとなってしまいました。

それからでもすでに20年。向ヶ丘遊園と海老名に保存されていた小田急ED1011と1012もつい先ごろ解体されてしまい、動態、静態を問わず本機がいよいよ最後の個体となってしまったわけです。
▲ED501のメンテナンスを担当する岳南富士岡の庫を裏の道路から見る。鉄道工場というよりも町工場の雰囲気が漂う。

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ところで他の4輌の兄弟が比較的平穏無事に生涯をまっとうしたのに対して、このED501の半生は実に波乱万丈でした。川造へのもともとの発注者は上田温泉電軌で、同社が北東線の開業に伴いまさに“大盤振る舞い”で購入したものでした。ただ、自前の貨車が5輌しかないローカル電鉄に40t/450kW出力の電機は宝の持ち腐れで、導入数年後に暴走転覆の汚点も残していくばくもなく三河鉄道(のちの名鉄三河線)に売却、1970(昭和45)年になって岳南に転じるという流転の日々を送っています。この辺のエピソードについてはRM LIBRARY 74『上田丸子電鉄』(下)で宮田道一さんが細かく触れておられます。

かくして今年で喜寿を迎えた古老は、今日もED40にまじって活躍を続けています。主な仕事は比奈駅に隣接する大昭和製紙吉永工場への貨車入換えで、ある意味、定年後には相応しい日なた仕事かも知れません。長大なトムとトフの列を従えて電動機の唸りも高々と小田急や西武の本線を行く姿はもう見ることがかないませんが、せめてここ比奈の構内でいつまでも余生を過ごしてほしいものです。
▲比奈で入換えに励む。定期の貨物運用を持つ電化私鉄はここ岳南と秩父、それに三岐のみで、こんなさりげない光景も実は大変貴重なものとなりつつある。'04.7.14


三瀦に保存されたコッペル。
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